鯨の岬 (集英社文庫)

著者 :
  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087444049

作品紹介・あらすじ

50年後、記憶の扉を開けた女は……『鯨の岬』と北海道新聞文学賞受賞作『東陬遺事』。喪失と向き合う人々の凄絶な大地の物語2編。

感想・レビュー・書評

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  • WEB本の雑誌の「オリジナル文庫大賞」の候補作の中から、大賞ではなかったが、選評を読んで良さげに思えたので買ってみた。
    200頁あまりの中にお話が2つ。

    【鯨の岬】
    札幌の二世帯住宅に暮らし共稼ぎの息子夫婦の子どもの面倒を押しつけられた生活に倦んでいる老年の主婦・奈津子が、病気の母を見舞いに行った釧路で思わず乗ってしまった電車で小学生の頃に住んでいた町を訪ねてしまうところから転がるお話。
    そこでどんどんと過去の記憶が甦ってきて、かつての捕鯨の町・霧多布での鯨の肉や油や解体や臭いや爆発などについての挿話はなかなか強烈だし、湿原や町の施設の描写には主人公のみならず読んでいるこちらまで日常から離れた心持ちを感じる。
    そのことと「自分の中には何か欠落した大きな空洞がある」という彼女の想いとがどう折り合っていくのだろうと思っていたが、札幌に帰るのをもう一日遅らせてまでも知ろうとした記憶の正体があれだったことが、私の中ではちょっと腑に落ちなかった。

    先日、淀川に迷い込んで亡くなった鯨が、ガスを抜く作業を施された上で沖に運ばれ沈められたが、死骸は放っておくとお腹の中にガスが充満し爆発するし臭いもひどいということを散々ニュースでやっていたので、物語の中の鯨が爆発する話はすんなりと頭に入ってきた。

    久し振りにくらさきの鯨かつが食べたくなった。(と言ったら、配偶者から「あなた、この本読んで、よくそんなこと思うね…」と呆れられた)

    【東陬遺事】
    江戸後期の蝦夷地・野付に資源調査のため赴任した平左衛門が、仕事の傍ら、通行屋の下働きの家族とも親しくなり、ということで進むお話。
    根室半島と知床半島の間にああいう面白い形の半島があること初めて知った。Google Mapで多くの画像を見ることが出来たが、綴られた文章はそれら以上に過酷な自然-流氷で覆いつくされる海、木々の枝が地に伏すように伸びる風の強さ、何もかもしっとりと湿らせてしまう海霧、鼻毛も凍る気温の低さ、獲物を狙う猛禽たちの翼、等々-をしっかりと感じさせる。
    終盤、立て続けに事件が起こるが、この結末に作者の意図したところを推し量るのが私には難しかった。

    二作とも、北海道のそこにしかない自然や町の佇まいに対する描写には感じ入ったが、お話の顛末にはいささか消化不良という感じになった。

  •  『〝クジラ〟強調月間始めました!』4

     第4回は、河﨑秋子さんの『鯨の岬』です。
     表題作「鯨の岬」の主人公は、初老の主婦・奈津子。孫や夫の世話等で、鬱憤が溜まっています。
     ある時奈津子は、腐敗したクジラの腹が発酵して爆発する動画を目にします。クジラの腐敗臭と一緒に遠い記憶が蘇るのでした。
     小学生時代に暮らした道東・霧多布の町、クジラの霜降り肉やクジラの油のかりんとう、優しい家族…。温かな思い出が、やがて意識の中のぽっかりと空いた空洞に埋め込まれた衝撃的な記憶につながります。
     日々の自分の生活・家族について、独りで静かに見つめ直す意味を示し、前に後押ししてくれる作品だと思えました。性別・年齢を問わず、非日常や知的体験の欲求は、時に大切だなと考えさせられました。
     もう一編の「東陬遺事」は、江戸後期の道東・根室の北、野付の物語です。氷に閉ざされる過酷な地に生きる蝦夷集落の人々の生と死が、地元民にしか描けない筆致で描かれています。
     同郷の桜木紫乃さんの解説も秀逸です。

  • 河﨑秋子『鯨の岬』集英社文庫。

    表題作で書き下ろしの『鯨の岬』と第46回北海道新聞文学賞受賞作の『東陬遺事』の2編を収録した作品。

    河﨑秋子は個人的に注目している作家の一人である。静謐な文章の中に感じる不思議な自然の力と人間の運命の機敏。そんな作品を描き続ける河﨑秋子から目が離せない。

    『鯨の岬』。安穏で無為な日常と幼い頃の記憶。どこかでねじ曲げられた記憶が再び甦る時、全てを知ることになる主人公に驚愕させられた。見事なプロットと結末。札幌に暮らす主婦の奈津子はある時、孫からYouTubeで鯨が腐敗爆発する動画を見せられ、幼い頃の鯨の血の臭いを思い出す。後日、釧路の施設に居る母を訪ねる途中に捕鯨の町にいた幼い頃が蘇り、ふと花咲線の根室行きの電車に飛び乗る。そして、奈津子はかつて過ごした町、霧多布に降り立つ。遠い昔の爆発した鯨の記憶……★★★★★

    『東陬遺事』。厳しい自然の前に激しく生きるも儚い人間の運命。因果応報。喪失感に打ちのめされる結末。江戸時代後期の蝦夷地に資源調査のために赴任した山根平左衛門は土地の下働きの家族と親しくなる。身のまわりの世話をする女、たづと男女の仲になった平左衛門は、たづの娘のりん、たづの弟で下働きの弥輔とも親交を深める。やがて、平左衛門が知る弥輔の過去。★★★★★

    本体価格570円
    ★★★★★

  • 河﨑秋子さんの初期の作品ということで、興味を持ち読んでいる間に直木賞受賞となりタイムリー?な読書でした。

    「鯨の岬」は出だしからもう磯の匂いや魚の匂いがゴメの声と共に立ち上ってくるような描写。五感を刺激されるようなつかみ。
    主人公がショートトリップに出向いた展開からなにか楽しい展開になるのかななどとのんびり読んでいたけれど、最後には思いもよらないところへ連れて行かれて絶句。こんな始まり方の河﨑さんの作品が、そんなのんきな小説であるはずないのに。それにしても…。鯨の肉を目にしたらこれからはこの小説を思い出しそうです。
    「東陬遺事」北海道文学賞を受賞されたということでずっと読んでみたかった一作。遺事というからにはこれも誰かが亡くなるのだろうなと推測しつつ読み進めていたけれどこれも壮絶な物語だった。淡々と改まった文体で、海の氷原や空の月や鳥などの自然の描写が抜群にうまいと思いました。河﨑スタイルとでも呼びたくなるような独特の命の捉え方のスタンスはもうこの頃には固まっていたのだなぁと感じました。こういう小説が北海道文学賞なのだなと、改めてその文学賞のレベルの高さをも思い知りましたね。

    手に取ったのは文庫だったので解説は直木賞の先輩である桜木紫乃さん。この解説がまたいい。桜木さんらしさが全開で、短くてもクオリティがもう一編のエッセイでした。
    時々はこのような文学的刺激のある小説をこれからも読まねば、と思いました。

  • 農繁期に読んで、そのままになっていた。
    時間をかけないとと記録しておけない内容だったので、ここに河崎秋子作品をまとめて。

    幼馴染と母親の介護の話を、鯨を絡めて語ることを、誰が考えつくだろうか。しかもその鯨は爆発するのだ。北海道の道東に住み、この景色を見て育ち、牛や羊を育て、屠り、人に出逢いながら人生を積み重ねてきたものでないとできない発想だと思う。
    しかし、話はいたって穏やかにすすむ。夫も孫もいる奈津子は、普段の生活を離れて、母の施設を訪問する。札幌から釧路までの4時間を、電車の中で読書で過ごし、面会して、帰ってくる。その日常が突然、鯨の記憶によって覆る・・・。
    (鯨の岬)

    野付に設けられた通行屋に赴く幕府の役人、平左衛門は、根室から国後、択捉に至る場所の資源調査や他詳細な検分のためにやってきた。訳ありの武士の女たづとその娘、りん、弥輔との関係を、逗留の時間のなかで知る。そして彼らの宿命も。野付半島の自然を余すところなく描き、その自然が人々に何をもたらしてきたか、これから何をもたらすのか、また与えることがないかを滲ませる。
    (東陬遺事)

    「東陬遺事」は、20212年第46回北海道新聞文学賞受賞作品。中編であるが、ここに河崎秋子の才能と、その後描かれる小説のエッセンスが、全て凝縮されていると言っても過言ではない濃さの作品。そして、明らかに新人のレベル越え。
    あとがきの桜木紫乃さんが、まるで一つの作品のように河崎秋子氏を語っていて、それもまた読み応えがある。

  • すごいものを読んでしまった。

  • 北海道の出身の作家さんだということで、読んでみました。
    釧路行ったばかりだったので、札幌から釧路長旅だよね〜と主人公に共感。この作家さんの登場人物は身近にいる、悪くもないけど聖人でもない、ふつうに毒を抱えて生きている人がリアルに感じられるところがいいなと思う。
    合理的な嫁とかうるさい乗客にイラつくところとか。。昔育った場所の行き方とか参考になりました。いつか行ってみたい。
    鯨の岬ともう一つ乗っていたお話はどう消化して良いかわからなかったです。開拓使の歴史学んだら理解できるかな。

  • なんだかものすごい作品を読んでしまったぞ
    言葉で解説なんてできないけど、心がすごいと言っている、そんな感じ
    今から言葉で感想を書くんだけどもさ(笑

    『鯨の岬』
    普段ミステリを中心に読んでいるので、そういった方面からの驚きもあってびっくりした
    冒頭の、鯨爆発動画を見て笑う孫とそれに嫌悪感を抱く祖母、これがミステリ的伏線だったなんて……
    ふとしたきっかけで目的地とは違う行先の電車に乗ってしまうとか、そんな展開と合わせて「あーはいはい、自分の生き方を見つめる的なお話なのかな」なんて思っていたら、命のお話になるとは
    ……命というか、死者への祈りや自分の内面への探求とか、そんなものを感じました
    冷たい言い方をするけど、旧友が死んだ過去を思い出したからといって現実的に何が変わるわけでもないじゃないですか
    でもそれでも50年も昔の死を思いだし、泣き、祈り、自分の空白と向き合い、そして生きていくという描写に胸を打たれるんですよ
    このあたり、考えれば考えるほど「なんなんだろう……」って、もうかなり長文を書いてるからここまでにしとくけど、キリがないんですよねホント

    『東陬遺事』
    この作品こそ言葉に出来ない
    例えばたづが死を選んだ理由ひとつとっても、読んでいて違和感はないのに説明ができない
    出自・生い立ち・北の大地での死生観、呪い
    作中のセリフや描写から拾う事も出来そうだけど、それだけで収まらない
    解説からの引用で「つまらぬ欲や些末な感情へ小説世界を誘導すると、その構えの大きさに内臓まで開かれ手痛い目に遭う」ってのがしっくりくる

    引用したところで書いとくと、解説もとても良かったです
    「鯨以外の哺乳類はすべて絞めることができます」
    「人間も?」
    「ええ、たぶん」
    この会話とかメッチャかっこいい!クール!!

    まったくの不勉強で存じ上げなかったのですが、第167回直木賞候補の作家さんだったんですね、河﨑秋子さんて。確かにこりゃすげーわ。

  • たしかに別格だと思います。人間力なのだろうか。

  • ずいぶん平和な雰囲気で、「こういう河﨑さんの著作もあるのか」と思っていたら、いい意味で裏切られ、呆気に取られた。これぞ河﨑作品!

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著者プロフィール

1979年北海道別海町生まれ。2012年「東陬遺事」で第46回北海道新聞文学賞(創作・評論部門)、14年『颶風の王』で三浦綾子文学賞、15年同作でJRA賞馬事文化賞、19年『肉弾』で第21回大藪春彦賞を受賞。最新刊『土に贖う』で新田次郎賞を受賞。

「2020年 『鳩護』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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