- Amazon.co.jp ・本 (624ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087458060
感想・レビュー・書評
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昭和30年代から平成にかけて、親子三代に渡って塾経営に奮闘する物語。
私は中学受験経験者で、今現在は娘が中学受験のさなかです。
私は昭和の終わりの頃、まさにこの物語の中の千葉進塾のような中堅進学塾に平日は通い、週末や長期休暇の間は大手進学塾に通っていました。
あの頃の塾の背景ってこんな感じだったのか、とか、もっと言えば父も中学受験をしたので、父の時代は吾郎と千明の駆け出しの頃なんだ、、、などと時代を重ね合わせて読み進められました。
学習塾から進学塾への変遷や、中学受験の是非の話だけではなく、戦後の混乱期の中で生まれた複雑な家族のあり方が、片方に偏ることなくどちらにも軸足が置かれていて、ボリュームがある小説ながら飽きずに読み終えることができました。
NHKオンデマンドに入っているのでドラマ版も観てみたいな。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
育児中の人に読んでもらいたい。
瞳の法則は実際に使えそうです! -
大河小説とあるだけに、大河ドラマみたいな小説でした。国の教育に対する指針や、各塾の方針などが書かれているので、中学生の親子に読んでもらいたい一冊です。
途中しんどかったですが、最後まで読んで良かった本です。 -
世代を経て続けていく情熱。
怨念というか呪縛のようなものも感じるけど、家業ってこんな感じなんだろうなと思います。
初代の思い入れみたいなものって、初代の人じゃないと語れないと思うし、その時代はもっと生きづらくて、それをなんとかしたいともがくから、本当に必死だったと思います。
次の世代は、そんなこと知らない世代。
経営とはなにか?
情熱とはなにか?
「教育」「塾という商売」を通じて、いろんな生き様が描かれていきます。
読み応えがありました。 -
あらすじ
1961年、千葉県習志野市の小学校の用務員だった
大島吾郎は、学校で私的な勉強会を始めていた。そこに来る児童のひとり、赤坂蕗子に吾郎は非凡なものを認める。蕗子の母の千明は、文部官僚の男との間に設けた蕗子を、シングルマザーとして育てていたのだった。千明は吾郎に接近し、2人で補習塾を開くことを提案する。2人は結婚して近隣の八千代市に塾を開き、着実に塾の経営を進めていく。吾郎はワシリー・スホムリンスキーの評伝を書き、2人の間に娘も2人生まれ、千明の母の頼子も塾にくる子どもたちの成長に心を配る。しかし、2人の塾経営をめぐる路線の対立が起き、吾郎は家を出る。千明は塾を進学塾にし、津田沼駅前にも進出して、地域の有力な存在となってゆく。
千明の長女の蕗子は、母親とは離れ、一時期連絡も絶ち、夫とともに秋田県に住み、公立学校の教員として、塾とは違う形での子どもたちとの触れ合いを追求する。次女の蘭は、塾の経営に関心をもつようになる。三女の菜々美は親に反抗し、外国の学校に行くなど、子どもたちの世代はばらばらな歩みをみせる。
夫の死後、息子の一郎とともに蕗子は実家にもどる。一郎は就職がうまくいかずに、蘭が経営する配食サービスの会社で配達を担当するが、その中で、貧困のために塾にも通えない子どもたちの存在を知り、そうした子ども向けの無料の学習塾を立ち上げる。その中で伴侶もみつけた一郎は、自分の中に流れる〈大島吾郎の血〉を自覚して、新しいみちを開拓しようとするのだった。
感想
大島吾郎、貴方は寛大で太陽のような人だ。
現在の教育者に読んで欲しい本です。 -
塾とはどんな存在だったか?
教育の歴史と家族の歴史が重なりながら、
変遷していくその存在に引き込まれた。
決して読みやすいテーマではなかったのに、
家族の会話、息遣いが目の前で繰り広げられているかのようで、朝ドラのようだった。 -
友人から成り行きで内容も知らずにこの本を借りたのはおよそ半年前。教育関係の話は正直興味なかったので、本の厚みもあってか読み進まず...他の本との二股読みをしてたので尚更の事。中盤あたりから、人間味のある(あくまでも私が感じた事)内容になりそこからは面白く読みました。最後には、「ああ、こう言うことか」とこの厚さが腑に落ちて、フィクションであるけどこの本の登場人物達は、そこに生きてると思ってしまった。
読書からしばらく離れていた身にはずっしりハードな読み応え(良い意味で)でした。 -
戦後、塾を立ち上げた2人と、その家族と、社会の話。なんとなく教育の歴史を知ったように思える一冊。とりあえずいつの時代もお役所と現場は噛み合わない。悲しみ。
学校教育が太陽であれば、塾は月のようなもの。
そしてタイトルの三日月を表す吾郎さんの言葉が良かったです。
「どんな時代のどんな書き手も、当世の教育事情を一様に悲観しているということだ。最近の教育はなってない、これでは子どもがまともに育たないと、誰もが憂い嘆いている。もっと改善が必要だ、改革が必要だと叫んでいる。読んでも読んでも否定的な声しか聞かれないのに最初は辟易したものの、次第に、それはそれでいいのかもしれないと妻は考えはじめたそうです。常に何かが欠けている三日月。教育も自分と同様、そのようなものであるのかもしれない。欠けている自覚があればこそ、人は満ちよう、満ちようと研鑽を積むのかもしれない、と」 -
日本の教育を通した、3世代に渡る、ある家族のお話。すごく読み応えがあった。
自分の使命に突き動かされ、真っ直ぐ進んでいく様に、ただただ尊敬。
私も、できることをやろう。やれるだけやろう。
欠けている自覚があれぼこそ、人は満ちよう満ちようと研鑽を積む。人も、みかづきでいいんだ。
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<物語の着地が綺麗すぎて>
小学生の頃読んだカラフル以来の、森絵都さんでした。
世代を超えて、想いがつながり、物語が進む。ただ「月」でありたいと願っていたはずの千明。物事に一所懸命に取り組むあまり、目指していたはずの目的地と別の場所に立ってしまう。がむしゃらである程、なってしまうんやろうなあ。
塾と学校の関係性、その当時を生きてなかった僕にとっては新鮮でした。