永遠の出口 (集英社文庫(日本))

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  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087460117

感想・レビュー・書評

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  • あの頃は良かったな、とふと過去の時間に思いを馳せる時って誰にでもあると思います。往々にして、今の生活に、今の仕事に行き詰まっている、思い悩んでいる時にそういった気分になるように思います。現実から逃げたい、幸せだった過去に逃げたいとすがるように…。人の脳は上手く出来ているなと思うのは、嫌なこと、辛いこと、そういった記憶が頑張らなくてもどんどん薄まって消え去ってくれることだと思います。あの時代、あの瞬間、あの場所でも、今と同じように自分は思い悩んでいた。色んな辛いこと、苦しいことがあったはず。でも思い出すのは楽しかったことばかり。辛い記憶が残っていたとしても、それでさえ、あんなことで思い悩んでいたんだなと笑い飛ばせるような今の自分がいる。辛いこと、苦しいこと、悲しいことに潰されなかった自分を褒めてあげたいと第三者的立場に立つ自分がいる。記憶がこういう仕組みで良かったなと本当にそう思います。

    『私は、「永遠」という響きにめっぽう弱い子供だった。今、見なければ私は永遠にそれを見ることができない。確かにそこにあるものを、そこに残したまま通りすぎてしまう。それは私の人生における大きな損失に思えた』という主人公・岸本紀子。この作品はそんな彼女の小学校三年生から高校を卒業するまでの一年一年をとても丁寧に紡いだ物語です。

    小学校時代、特に女子の間ではグループがとても重要な位置を占めていたのではないかと思います。『誕生会は私たちのビッグイベントだ。グループの誰かが誕生日を迎えるたび、私たちはその誕生会に必ず出席し、自分のときにもグループ全員を招待する』そうして、グループの結束を確かめ合い、それによって自分自身の居場所を確かなものにする。人間社会が集団生活によって成り立っている限り、これもそれに向けた準備の過程の一つだとも言えるように思います。

    小学校時代は特に成長のスピードの違いが顕著に現れます。また、同じ校舎の中にいても上級生が大人にも見えてしまうくらいに学年差が感じられる時代です。『小学校は瞭然たるピラミッド社会だ。たとえ中学校でまたふりだしに戻るとしても、その底辺から頂点へと昇りつめていく感じは悪いものじゃない。小学六年生の白い名札。入学当初はあれがなんと眩しく、恐れ多く見えたことだろう』という表現はまさしくその通り。卒業してしまうと、こんなことを考えることなど全くなかったこともあって、とても懐かしく、それでいてとても新鮮に響いてきました。

    また、これは絶妙だと思ったのは『もう小学生ではないような、でも中学生でもないような、空白の二週間。ぽっかり口を空けたあなぽこみたいな季節』。そうです。小学校の卒業式の後の残された三月。まだ子供運賃で堂々と乗れる電車がとても嬉しくて、でもお金もないから隣の駅までの切符を買って駅員さんの顔を見ながら改札を通った記憶があります。自分の中にこんないわばマイナーな時間の記憶が残っていたのにも驚きましたが、森さんのあまりの絶妙な目の付け所に上手いな〜と感じ入りました。

    『人はそれをナイフのように鋭く、ガラス細工のように繊細な時代と言う』という中学時代、そして、最後の『進路なんて、高三になったからといって突然決まるものではない。十八歳になればおのずと理想の未来図が見えてくるわけでもない』という高校三年生まで、親子関係を疎ましく感じ、いわゆる非行に走ったり、初の恋愛とその終わりを経験したり、はてまた初のアルバイトでの経験だったり、この一冊で読者は岸本紀子という女性の『あの頃は良かったな』という思いを鮮やかなまでに共有することができます。そして、それと同時に、かつての自分をそこに重ねていることにも気づきます。だからこそ、岸本紀子が一方的に自分の想い出を話すのに、自分は彼女に話しかけられないもどかしさを感じたりもしました。

    想い出は美しくあって欲しい、それがすでに過去という時間の中で確定されてしまったものである以上、それを大切に守りたいと思うのは自然なことだと思います。そんな岸本紀子の想い出の中でも家族との大分への最後の家族旅行の記憶は何ものにも変えがたいものがあるのだと思います。『桜は人を狂わすというけれど、もみじは人を黙らす。燃える炎を思わせる複葉には桜にはない神々しさがあり、それは見る者の胸に限りない静寂と、小さな畏怖を送りこむ。なのにとても温かい』この家族旅行の章の森さんの描写は、もうため息がでるほどに美しい表現に満ち溢れているのにもとても魅せられました。

    『たとえばここに長々と続く道があり、その方々に幾つもの枝道が延びていたとする。まっすぐ本道を行くのか、枝道へ逸れるのか、その両者を分けるのはあくまで本人の意思である』。そうです。人生というのは選択の歴史でもあります。この世に生まれた時から、現在まで、自分にも無数の選択肢がありました。『いろいろなものをあきらめた末、ようやくたどりついた永遠の出口』、人は年を取るにつれ、選択をすればするほどに、一方でその先の選択肢が少なくなっていきます。でもそれも人生、それが人生。

    思えば今日この作品に出会えたのも自分の意思によるもの。昨日の自分、よくやった、よく選択したと思います。優しさに溢れたとても読みやすい文体、それでいてハッとするような美しい表現に満ち溢れている物語。でもそんな中に、若さ故に、勝手に思い込んで、踏み外して、傷ついて、迷って、悩んで、そしてその事ごとに青春時代特有の喜び、悲しみ、驚き、迷いを感じつつ、人との出会いと別れを繰り返して大人になっていく、それが私たち。エピローグでは現在の岸本紀子が描かれます。そんな彼女もまた現在の生活の中でかつてと同じように迷い、悩み、苦しんでいます。そう、人はそういう生き物。彼女も自分も変わらない。長い人生の途上を生きている『人』。過去を振り返る時もある。あの頃が良かったと思うなら、現在が未来から見たら、あの頃は良かったと思える時代になるように、一瞬一瞬をしっかり生きていきたい、幸せな時を生きていきたい、そう思いました。

    この作品を読んだことで思いがけず自分の記憶の奥深くに眠っていた、あんなこと、こんなことを思い出すきっかけとなりました。是非とも再読したいと思います。
    そう、過去の自分に出会うために。

  • 簡単に言ってしまえば、小学生から高校卒業するまでの紀子の成長なのだけど。

    その年齢にあった、紀子の心の揺れとか震えとか膨らみとか… いちいちリアルで、紀子に共感する事が多かったからか、私自身の過去の出来事をリアルに思い出した。すっかり忘れていたことまで。

    紀子は普通の女の子だけど、丁寧に成長を追っていけば、こんな本になっちゃうんだな。という気持ちになった一冊でした。
    さすが森絵都さんです。

  • ふぅ、流石としか言いようのない構成、キャラ設定...。特に「時の雨」が秀逸! 自身のあの頃の葛藤や淡い恋心、親とのすれ違いを思い出しながら...。
    あぁ、そうなのだ。物語に触れることが自分にとっての燃料なんだと...。今日を生きるエネルギー充填完了!
    「あの青々とした時代をともにくぐりぬけたみんなが、元気で、燃料を残して、たとえ尽きてもどこかで補充して、つまづいても笑っていますように――」

  • 主人公の紀子の、小学生から高校卒業までを綴った連作短編集。
    面白くてどんどん読み進んだけど、同時に読んでて胸が苦しくもなった。青い10代を生きて大人になった人なら、誰しもが思い当たるエピソードが満載で。
    今まで忘れていたことでも、そういえばこんなこと私にもあったなぁ、なんて色々と思い出したりした。小学生時代のお誕生会とか、女子同士のあれこれとか、仲良くても卒業してバラバラになると疎遠になっちゃう感じとか。

    この主人公は反抗期がやや行きすぎた感じになったのだけど、私の周りにいたいわゆるグレてた子も、元々はきっと普通の子で、ほんの些細なきっかけでそっち側にいって、でも少し大人になってまた元に戻ってみたり、純粋だからこそ染まりやすく揺れやすい、そういう思春期の描き方が本当に秀逸。
    森さんは元々児童文学のジャンルの作家さんだから、というのもあるかもしれないけれど、大人になって読んで自分のことを振り返って少し胸が疼くような、懐かしくてちょっと笑っちゃうような、青さが恥ずかしくて思わずジタバタしちゃうような(笑)、たくさんの感覚を与えてくれた小説だった。

    10代の頃から目標を明確に持って5年先10年先のビジョンを描けていた人もいるかもしれないけれど、全く描けないまま何も決められないまま高校を卒業してしまった私のような人間からすると、「未来は全然分からなかったけれど、自分次第でどんな風にも変えていけた」と30代になってから気づいた瞬間の、諦めとも後悔とも誇らしさともつかぬ複雑な感覚が正しく描かれすぎているこの小説が、大好きだけどちょっと怖い、と思ってしまうのかもしれない。はっきりと自信が勝っているなら、そうはならないのかもしれないけれど。

  • 『あの青々とした時代をともにくぐりぬけたみんなが、元気で、燃料を残して、たとえ尽きてもどこかで補充して、つまづいても笑っていますようにー。』

    このエピローグのセリフにじーんとしてしまった。
    なんかもうどうしようもなく自意識過剰で、エネルギーを持て余して、周りが見えてなくて、そういう時期をぶつかり合いながら一緒に成長してきた仲間を想う言葉としてこれ以上にマッチする物言いはないように思った。

  • 森絵都いい。すごくいい。
    全9章、全部よかった。
    もう星⭐️45個付けたい気分。
    一個前に読んだ「ペンギンハイウェイ」もだけど、
    小中高生が語り口の本がめっちゃ好きなんだと思う。

    特に好きなのは5章と6章
    主人公が中1から中3のお話

    5章
    叔母さんの手紙と主人公の行動・感情の合わなさ、ちぐはぐさ
    子どもには子どもの世界、言語があって、大人には理解できないんだろうな。
    ぼくももう子どもの世界は理解できない気がする。

    6章
    家族が分かりあっていく様子にほっこりする。
    中学生になると、自分には見えてない世界が理解できるようになっていくが、章が進むごとに主人公のその様子が見て取れる。
    大分県国東半島両子寺の紅葉がいいらしい。

    2人姉妹の次女でO型だったら、もっと主人公に共感できたなあ

  • おもしろかった~。ここまで波乱万丈な学生生活を送ったわけではないけれど、現実はこんなもんだよね、という感じでした。先生を退治することはできないし、恋がうまくいくとは限らないし。

  • とある女の子の小学校から高校卒業までの人生を一気に駆け抜ける作品。主人公の女の子が中々に吹っ飛んだ行動をしてくれるので、それを見ているだけで面白かった。過去を全く振り返らずに、どんどんと違う世界に飛び込んでいくところは、本当に中高生らしいなぁと。

  • 10代の頃の私は、毎日何を思い、何を考え、過ごしていたんだろう。と、今回、この作品を読んだ後、10代の私についていろいろ思い返してみたんですが、あまり思い出せません。もう昔のことすぎて。

    だけど、この物語の主人公・紀子は、多分、私と生きてきた時代が一緒のようなので、紀子が10代の自分の記憶をたどるたびに、「あー、そうそう。そうだったなー」なんていう、共感できる感情は、多々浮かび上がってきます。

    特に、黒魔女のような恐ろしい担任との闘いを描いた『黒い魔法とコッペパン』は、私もほんとに同じような経験があるので、あの時の、何とも言えないような思いが蘇って、胸がしくしく痛みました。

    小学生の頃。なんて言うものは、自分が今そこに立っている場所が「世界」の全てで、その場所は、とてつもなく広くて大きな世界だ。って思ってました。

    中学生になると、その世界がもっと広がったような気になって、高校生になると、もっともっと広がって、自分自身もなんだかいっぱしの大人になったような気がするんですが、でも、実際、本当に大人になってしまうと、自分がいるこの場所は、なんてちっぽけなんだ。なんて思ったりして、疑うことを知らず、純粋に生きて、いろんなものから守られていた「あの時」の自分は、きっと幸せだったんだろうな。なんて思ったりしました。

    私は、紀子のように、中学生の頃グレたりすることはなかったけど、あ、妹はグレたけど、でも、やっぱり「親」という存在は、ウザくてめんどくさくて、「私のことなんかほっといてよ。」なんて思ってたりしてて、でも、自分が親になると、やっぱり、ほっとくことなんてできなくて、だけど、多分、親が思ってるよりは子供って、意外とたくましく生きてるんだよな。って思います。

    それでも、やっぱり、心配なのだよ。かあちゃんはね。

    主人公の紀子は、本当にいたって普通の女の子で、紀子が過ごしてきた10代の記憶は、多分、同じ世代に生まれた女の人たちには、共感しどころ満載だと思います。

  • ものすごく大好きだ!
    と思える本に出会えて嬉しい。

    小5から高3までの1人の少女の成長記のようなものであるが、昭和に生まれた女子ならば少なからず「あるある!」と声を上げそうになるだろう。
    そして自分の青春時代を思い出してジンとくる‥

    森絵都さんの軽妙な語り口が遺憾なく発揮されていて、読んでいて心地いい。

著者プロフィール

森 絵都(もり・えと):1968年生まれ。90年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞し、デビュー。95年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞及び産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、98年『つきのふね』で野間児童文芸賞、99年『カラフル』で産経児童出版文化賞、2003年『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞、06年『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞、17年『みかづき』で中央公論文芸賞等受賞。『この女』『クラスメイツ』『出会いなおし』『カザアナ』『あしたのことば』『生まれかわりのポオ』他著作多数。

「2023年 『できない相談』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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