Xのアーチ (集英社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087607185

作品紹介・あらすじ

過去・現在・未来、時空を超え、“あり得たかもしれない"人生を生き直す女サリーと、サリーに魅せられる男たち。壮大なヴィジョンで描かれる、愛と快楽、自由と隷属を巡る、濃密で哀切なラヴストーリー。

感想・レビュー・書評

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  • 今まで読んだエリクソン作品のなかでも一際パッションに満ちた物語だった。エリクソンというアメリカ人作家が作中に登場するうえに、「私」という一人称で語られる登場人物とは別のエリクソン(?)が何度か介入することもある。暗号で書かれた私小説と捉えることもできるかもしれない。『彷徨う日々』のエンディングから端を発している章があったり、過去作品との交差点にもなっているようだ。いつもながら目眩のするような読書体験だが、他作品に比べて切実さと歪さが際立っていて、それゆえドライヴがかかったときの文章にはめらめらと燃焼するような爆発力を感じる。


    この本のなかで語られる〈愛〉は(全ての愛が少なからずそうであるように)矛盾と不道徳を内包しており、健全な社会からすればPCやジェンダーの観点から、まず間違いなくナシにされてしまう類いの非常に脆い性質のものだ。そして我々は時に、そうした社会的要請を超えて〈愛〉を見つめる時間を必要としている。物語という容れ物は、そうした取り扱いに難のあるものを慎重に鑑賞するための真空空間なのではないだろうか。傷つけず、損なわずに〈愛〉に対峙するには、俳優の身体を経由する映画ではノイズが多すぎて、我々の脳に直結する文学こそが手段として最も好ましいように思った。

  • 全体の構成としては『黒い時計の旅』に近かった印象(『黒い時計の旅』に出てきた白い髪の渡し守もチラリと登場していたっけ)。部分的に実在の人物(アメリカ大統領も務めたトマス・ジェファーソンと、その奴隷のサリー・ヘミングス)なのだけど、ある一点の岐路で時空が横滑りしていき、架空の未来がパラレルワールドのように並行したり交差したりする。実在のトマスとサリーが生きた1700年代後半の奴隷解放前のアメリカと革命前のフランス、さらにパラレル1990年代のベルリンとアメリカ、そしてやはりパラレルなアメリカと思しき永劫都市。トマスへの屈折した愛と、奴隷という立場からの解放=自由の狭間でサリーの魂は引き裂かれ彷徨してゆく。

    サリーと関わる男性は基本的に不幸になってしまうけれど、ある意味本当の主役ともいうべきエッチャーの不憫さったらなかった。自滅的な警官のウェイドやマロリー、何も考えてないヒモタイプの夫ギャンなんかはそれほどでもなかったけど、エッチャーのことだけはずっと密かに応援していたのであの末路は悲しい。結局ああいう献身的なタイプは身勝手な女性にスポイルされてポイ捨てされる宿命なのか。重要人物ながら後半まで登場しないゲオルギーも憎めない。コワモテのパンク少年が電車でお年寄りに席を譲ってるの見てほっこり、みたいなタイプ。女性陣は闇の女モナが不憫だった。サリーはともかくポリーは好きになれなかった。後半、なぜかアメリカ人作家のエリクソンという人物が登場。パラレルワールドとはいえ自分自身を登場させて殺させる作者の心理は興味深い。

    序盤で突如サリーが現れた永劫都市での殺人事件と二つの死体。その死体が誰だったのか、謎めいた落書きや石、タロットカードの由来などが、終盤でメビウスリングのように繋がっていくのはちょっとしたカタルシス。時系列とか全部ねじ曲がって、永遠にループしてゆく感じ。それでも無数のパラレルワールドのどこかには、すべての登場人物が幸せに生きている世界もあるのかもしれない。良いエリクソンでした。

  • とてもおもしろかった。
    私は『黒い時計の旅』を読んでエリクソンファンになったのだが、これを読んで『黒い時計の旅』を再読したくなった。『黒い時計の旅』の次に書かれた作品だから、どこかふたつは似ていて、これぞまさにエリクソンという作品だと思う。
    全ての作品を読んだわけではないが、パラレルワールドの複雑さで言えばおそらく断トツなのではないかと思う。幾つもの歴史が、幾つもの時代が、幾つもの世界が、同時に存在し絡み合っている。
    ひとつの決断がその後を左右する、という当たり前な事に源はある。
    ふたつの選択肢があれば、そこにはふたつの歴史がある。
    ややバイオレンスでエロティックな感が強いから、苦手な人も多いかも知れない。

  • エリクソンを読むのは「黒い時計の旅」に続いて二冊目.裏表紙のあらすじによると,トマスジェファソンとその奴隷のサリーが主人公とあるが,サリーがトマスジェファソンの愛人であったという史実(確実ではないが)をモチーフにしてはいるものの,実在の二人の実際とはほぼ関係なく話は進む.序盤ですでに18世紀のアメリカを離れ,20世紀後半のアメリカ,ドイツ,それから架空の都市を舞台として時間を行き来しするのだが,それぞれが交錯し,最後にはもう一人の主人公であるエッチャーの生の終焉を描いて終わる.ストーリーも奇天烈なのだが言葉の奔出(恥ずかしながらボキャ貧の自分には,こうしかいいようがない)が凄い!これを書いたエリクソンも凄いが,これを訳した柴田元幸大先生も凄いと思う.
    文庫の帯ではピンチョンが本書を絶賛している.

  • アメリカ独立宣言起草者の一人トマス・ジェファーソンとその奴隷で愛人説もあった黒人女性サリーと、二人を取り巻く関係者が織りなす不思議な物語。フランス革命直前のパリからアメリカに帰国するトマス。主人でありあ人である彼について奴隷として帰国するのか、自由だが孤独で人種差別がないわけではないパリに留まるのかの選択を迫られる。そこからパラレルワールド的に複数の世界でストーリーが展開する。設定は面白いのだがストーリーが複雑で突拍子もない展開になり、ついていくのが精一杯。

  • アメリカ独立宣言の起草者ジェファソンの奴隷であり、また愛人であったという説のある黒人女性サリー。フランス革命時にパリに滞在していたジェファソンとサリー。フランスにいる限りはサリーはジェファソンの愛人、しかしアメリカに帰ればその立場は奴隷。

    本作ではサリーが、自由の身を選び取りパリに残る、という物語を紡ぐ。ジェファソンの物語が語られる冒頭1/5はオーソドックスな歴史物語風だが、そこを超えるとエリクソンお家芸の、夢幻的世界が展開される。

    舞台を現代や、架空世界に次々変えながら、サリーを愛してしまう男たちと、愛されることを受け容れられないサリーとの儚い物語が描かれる。
    その破天荒な物語展開と、煽情的な文章と、ビジュアル的な喚起力。竜巻のような破壊(吹き飛ばされながら吸引されるような不思議な)力で、最終ページまで一気に吹き飛ばされる。

    黒い時計の旅を20年ほど前に読んで以来、一切手を出さなかったエリクソン。惜しいことをした。しかしながら未読のエリクソン作品が溜まっていることを思えば、今後の楽しみが増えた。

  • 単行本で既読。

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著者プロフィール

1950年、米国カリフォルニア州生まれ。作家。『彷徨う日々』『ルビコン・ビーチ』『黒い時計の旅』『リープ・イヤー』『Xのアーチ』『アムニジアスコープ』『真夜中に海がやってきた』『エクスタシーの湖』『きみを夢みて』などの邦訳があり、数多の愛読者から熱狂的な支持を受けている。大学で映画論を修め、『LAウィークリー』や『ロサンゼルス・マガジン』で映画評を担当し、映画との関わりは長くて深い。本作は俳優のジェームズ・フランコの監督・主演で映画化が進行している。

「2016年 『ゼロヴィル』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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