蓼喰う虫 (新潮文庫)

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著者 : 谷崎潤一郎
  • 新潮社 (1951年11月2日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101005072

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蓼喰う虫 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 書名の「蓼喰う虫」とは諺である「蓼食う虫も好き好き」の、あんな不味い蓼を食べる虫もいるように好みは人いろいろである、というところから来ているのだろう。
    この物語は大きくは2つの流れになっているようで、主人公の要(かなめ)を中心に、通である義父の人形浄瑠璃好きに付き合っている内にだんだん自分も傾倒していく様子と、もうひとつはこれが本流ですが、妻の美佐子を抱けなくなったのを発展(?)させ、妻には愛人を持たせ、自分は娼婦通いで、将来的に離別するのを前提に仮面夫婦を演じている異常な関係を、両者巧みに場面を移しながら描いていきます。書名からすると、人形浄瑠璃の世界をこんこんと描き、義父自体、人形のような妾・お久を自分色に染め上げている物語の方がその意に直接的ですが、その関係の異常さを解消せずに夫婦のぐだぐだな惰性生活に実のところ浸っている要・美佐子の関係性のことも指しているのでしょうね。
    大阪文楽や淡路の人形浄瑠璃の世界をそれこそ通の道楽さながらに描く様は、谷崎の文芸評論であるとともに谷崎自身の傾倒ぶりも感ぜられ微笑ましい。
    夫婦の機微やそれを察する息子の言動などみっちり細やかな表現は、逆にますますぐだぐだ感を高めていきますが(笑)、実のところのどうしようもない心情が奥ゆかしく(?)読者に伝わってきて、物語の行く末がとても気になりだしますが、これも谷崎らしい非常な余韻をもったラストになって、おいおい!と。(笑)考えるに、これは最早「夫婦」ではなく仮面夫婦だが、しかし相性は「夫婦」としてぴったりというこの異常な関係を、この瞬間においてぴったり切り取り、夫婦である男女間のある心情として永遠に封じ込めたかったのでしょう。放置、あるいは投げっ放しジャーマンを食らうのも好き好きなんですけどね。(笑)

  • 文学好きの知人が「谷崎潤一郎の中では『蓼喰う虫』が好きだ」と言っていたので、読んでみた。読後「どうだった?」と聞かれたので、「人形浄瑠璃が見たくなりました」と言ったら、知人も「私も全く同じ感想だった」と。人形浄瑠璃は徳島で『傾城阿波鳴門』を見たことがあるだけなので、要たちが淡路島で見る『朝顔日記』を見てみたいと思った。こんな風に、お重にお弁当を詰めて行って一日中屋外で浄瑠璃見れたら楽しいだろうなぁ。トイレが無いのは困るけど。
    夫婦関係は、まぁそういうこともあろうかなぁという感じであまり心動かされなかった。谷崎の書く男女関係や恋愛のあれこれよりも、作品に表れる谷崎の日本文化に対する目の方が好きだ。

  • 谷崎潤一郎の作品にしてはさらっとした作品だなぁと思ったのが第一印象であった。
    様々な提案をしておきながらも、結局何も変わろうとしない登場人物たちが妙にリアルで、意味もなくだらだら会話している場面が何故か好き。

  • 主人公と、そのオルターエゴとも言える老人の美的感覚があるところでだんだんと交差してくるところが面白い。

    人に何かの美的感覚を教え込むところから教育ははじまるのだけれども、小説のタイトル通り蓼喰ふ虫も好きずき、良いか悪いかは受けとる側の時期と機嫌次第のところも大きいのでありまして、はいそうですかという具合にはみんな自分の美的感覚を人に合わせることはできない。

    老人の文楽趣味にしたところで玄人ぶって高尚ではあるように見せてはいるけれども、上方びいきではない人にとってはなんてことない退屈な人形芝居である。でもだんだんとその良さが分かってくるのもまた面白いところ。人の好きにはそれぞれ生理や系譜があるのでそう簡単にはいくまいよと谷崎が笑う姿が浮かぶような気がする。

    しかし、何でも選べる時代であるからこそ、「好き」と「べき」の折り合いをどう付けて行くのか、という観点から見れば、教訓になる小説であると思った。

    もっと派手で倒錯した谷崎っぽい世界観が好きな人は多いと思うので、ぱっとしない作品かもしれないが、個人的には関西に生まれ育った者として耳にしたことのあるフレーズの数々がちりばめられているこの作品、そしてこの作品をとおして伝えようとする「女性観」「美的感覚」が僕は好きです。

    女性の権利を云々言う方々からすれば、女性の内面や外面をモノのように扱うことに強く嫌悪感を感じるのだろうけども、それは理想の男性像云々の話にしてもどっこいどっこいでありまして、結局は好きか嫌いかという無理強いできない好みの話になってしまうわけです。

    合わなくても、好みが違っても、どこかで繋がらなければならないときもある、それを切ることに未練を感じることもある。こういう捉え方の方が、なんでも割り切る考え方よりも僕は好きですね。

  • あからさまな変態はでてこない谷崎。人形のような操られ(舅の)愛人と、浮気妻を対比した女性観と読むのがストレートだろ?が、語り役はゆとりかっ!?てほどめんどいこと避けまくりの中年だし、色ボケ爺はうざいし、正しくはダメ男のハナシだと思うのね。

  • "妖しく交錯する"という表現がぴったり当てはまるような内容。
    既婚者だからこそ、この小説を興味深いと思えるのかもしれません。

  • 理想の別れ方

    と言ってしまえば簡単だけど、
    この別れ方を出来る夫婦はそう居ないと思う。

    12年連れ添ったということ自体に
    大きな愛が育まれており
    男女の情愛は欠落していても
    切れない絆がある。


    心に残った一節

    『要にとって女というものは神であるか玩具であるかのいづれか』
    そして要にとって妻とはそのどちらにも属さない。。。

    男にしか分からんことだな。と言いつつ、
    女である私はその『妻』に分類されがちな
    女であるということが何となく分かるこの頃。。。

  • 主人公の要と美佐子は仮面夫婦。妻に恋人があることを夫が容認している。それどころか、元はといえば要が美佐子を女として愛せなくなったことが原因であるため、むしろ妻にそういう存在があると知って要は安堵したほどだ。それでももう二人の間には小学生の息子もいるし、美佐子は要があれといえばあれとわかる世界に唯一の女でもあり、これが夫婦でなくて何であろうという一組の男女なのだ。この二人が、お互い理性では離婚しようと思ってそういう話し合いをしているのだが、二人そろって決断が苦手な人間で、できることなら自分は棄てられるほうでありたいと思っているので、まったく煮え切らずにずるずると仮面夫婦(正確には、何事かを察知している息子も含めた、仮面家族)を続けている。

    執筆当時は、これだけでけっこうアバンギャルドだったのでしょうか(とはいっても谷崎作品全体からみれば変態度低いのだと思いますが)。
    今だとなんとなく、22時からのドラマにありそうな、ゴロウちゃんと尾野真千子とかがやってそうな、そんな感じ。

    さて、この家族がどうなることか…
    という話かと思いきや。

    美佐子の父、つまり要から見ると義父である老人は、生まれ育ちは(要・美佐子同様)東京でありながら、老いてから関西に住みすっかり関西好きになってしまったという、谷崎自身の投影のような人。京女であるお久という若い妾を囲っていて、芸事や料理や立ち居振舞いなどあれこれ自分好みに仕込んでいる。この老人が作中、文楽とか、家の作りとか、暮らしぶりとか、なんやかんやと哲学を語るのだが、内容は陰翳礼賛と重なる。

    要は、どこかこの老人の生き方に惹かれている自分に気づいていて、口では面倒だ、仕方ないなどといいながら、老人とお久の淡路巡礼の旅に付いていく始末。

    だんだん、要と老人の話になっていきます。

    老人が持論を唱えたり要が色々考えたりしているのが続いてだれてきたころに、少しはっとさせる秘密が出てきたりして、いい感じに起・承・転ときたところで、こう来るとは……
    やられたぜ。

  • まるで骨董のように淫靡な艶を愛でる、そんな趣味を若い妾との生活全般に求める義父。それを古臭いと思いながらも次第に惹かれていく主人公。その間に妻(義父の娘)との離婚話が進んでいく。いつものことながら、何重にも倒錯した人間関係を設定しながら、それを読者にすらすらと理解させ納得させてしまう筆力はすごい。この物語の主なテーマは、義父の趣味だと思います。

  • 上方の旦那衆は芸事の素養がありました。浄瑠璃や地歌、高尚だと能、謡曲を習っています。文楽を中心に上方文化がふんだんに語られますが、文化的な継承をしていないと、ハードルが高く、読者を選びます。主人公は富裕層で、神戸のドイツ人の店で買ったレバーソーセージを毎朝、食するなど“ハイカラ”な生活ぶりです。心が通わなくなった夫婦の別れるまでの姿を描いていますが、移住先の関西がすっかり肌に合った様子がわかる作品でもあります。

  • 谷崎文学に顕著な、倒錯的な愛情や変態的な偏愛が排除された珍しい作品。
    谷崎文学の魅力はそれらの他に、90年前の日本も、現代とそんなに変わらないな!と思わせてくれる身近な日常描写があると思う。
    例えば浄瑠璃の劇場の客席で化粧を始める娘と初老の父親のやり取りが面白い。
    「第一女が身だしなみの法を知らない。お前のその手の中あるのは、そりゃあ何というもんだね」
    「これ?これはコンパクトというもんよ」
    「近頃それが流行るのはいいが、人中でも何でも構わずそれを開けて見ては顔を直すんだから、ちっとも奥ゆかしさというものがない」
    電車内での化粧直しは、90年間進歩が見られない女性像の一つなのかもしれない。

  •  肉体関係を持たなくなってしまった夫婦が離婚に踏み切れずにいる話。女は娼婦型と母婦型に分かれる、女は神であるか玩具であるかのいずれかである、などなどの主人公・要の女性観に共感はできないけれど、なるほどこういう考えもあるのかと興味深く読んだ。そんな要が日本の伝統文化に触れながら、最終的に魅力を見出だす女とはこういう人なのか―――というのが暗に示されているラストがとても好みだったけど、その解釈にはちょっと自信がない…。

  • 変態要素がない。夫の要が寛大すぎるが、それは優しくない、むしろ残酷。静的で、動かないゆえに苦しい。

  • 最初から離婚の話。最後まで決着がつかない。こんな終わり方?という終わり方。離婚の理由はいたって現代的。というか、昔も今も大してそれは変わらないのかもしれない。変わったことと言えば、離婚が増えて、そのハードルが下がったということくらいだろうか。夫から女として見てもらえない妻、美佐子さんが別の男に向かっていく。近所の夫妻を想像しながら読んでしまった。(名前が同じというだけ。その夫妻が冷え切った関係というのでも、妻が不倫をしているというのでもない。)重要な役割が与えられた妻の父親、その妾、お久一人だけの京都弁がなぜか懐かしい。はたして、美佐子は父親のことばを受けて、離婚を思いとどまるのか。煮え切らない夫も夫、不倫相手の男も男。何ともすっきりしないお話ではあった。

  • 最後のお風呂のシーンがいいね。

  • 老人とお久がとてもいい。憧れる。

    うまく言葉では言えないが、情景や、風情がとてもいい。

    五つ星の満点よりも、星が四つのほうが実はいいといったような味わいがある。

    読書会で出た配役案では美佐子は高岡早紀。要は筒井道隆君がいいと思う。お久は意外と難しい。老人はもっと難しい。

  • 途中から飛ばし読みしてしまった…つまらぬ…私には難しすぎました。
    息子と犬が出てくるシーンはほっこりしたけどなぁ!
    私は谷崎作品の猫やら犬やらがすきなだけなのかも。

  • 夫婦のあれこれよりも谷崎の上方万歳小説と表現する方が正しいように思える一冊だった。
    お久を代表する京女、そして浄瑠璃が記憶に残るばかりなのである。
    谷崎お得意の被虐をはじめとしたような禁忌的な、もしくは王朝的な雅さに溢れた物語を期待して読んでいたのでかなりがっかりした。
    それもなんと言うか物語としての親展があまりなく、そのくせこまめな描写が続くのにどうしたものかと思案もしたが、半分ぐらい達したあたりからこれはこれでと言った心持ちがこちらにも生まれた。あら不思議。やっぱり谷崎は文章がキレイなのだ。


    この時代にしてはモダンな、円満離婚を使った内容なのだろう。
    要の心理は現代の小説家が書いていてもおかしくはないものなのだが、それ故に今読んでも特段の驚きは生まれない。こういうのには、ミシマでいう”よろめき族”を思い出すが、この小説は社会現象と言うよりも谷崎の私生活が垣間見える作品なのだろうな。
    お風呂の描写では『陰影礼賛』の特にトイレのくだりを思い出した。
    しかしあのときとは違いここでは、古風さがもつ雅を客観的な批判込みで描写している。
    まぁコラムと小説の違いが故なのだろうが、年齢とともに概して古典回帰に走るという傾向は理解していたのだろう。

    今度は調べて王朝物を読むかな。

  • セックスレスの夫婦のお話。時代を先取りした感。浄瑠璃のくだりが印象的。

  •  谷崎文学はずいぶん以前に「痴人の愛」を読んだ。先日三島由紀夫を読んでいたら解説にこの「蓼喰う虫」が引き合いに出されていたので読んでみることにした。
     谷崎文学は男女間の込み入った関係を書いたものが多いのだろうか。これもきっと自らの嗜好が影響しているのだろう。

     普通の夫婦が「性格の不一致」で離婚をしようかという話である。現代で言えば全くありふれた原因であるが、発表された当時の昭和初期にはセンセーショナルなストーリーだったようだ。

     途中に淡路浄瑠璃を見に行く場面が出てくるが、この描写がなかなか面白い。その当時の見物の仕方が活写されていて、谷崎自身も浄瑠璃に造詣が深かったと思わせる。

  • 新しさと古さのすれ違い。
    結婚の価値観、人付き合いの価値観、美しさの価値観まで、自分が当然と思っていることをこうやって誇張すると違和感とか苦悩を生むのね。
    「理想」の雛型をひたすら追い求めているような。

  • 谷崎大阪移住後初の作品。谷崎文学の過渡期にあるような作品。日本文化の美しさをこの辺から愛ではじめている気がする。『細雪』へ続いていくような雰囲気を感じる。夫婦生活が破綻している夫婦、しかも妻には夫公認の愛人がいる。そんな夫婦の別れるのやら別れないのやらなんだか煮え切らないお話。蓼食う虫も好き好きってね。2013/296

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