弥太郎さんの話 (新潮文庫)

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著者 : 山田太一
  • 新潮社 (2004年12月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (353ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101018263

弥太郎さんの話 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • これは、タイトルも初めて見る小説。「途方もない話だし、証拠もない。つくり話として読んでいただく方が書きやすい。」(p.7)と物語は始まる。

    ある日の郵便物の中に、画廊の個展案内があった。個展の画家とは違う名で、「十一月×日の六時に小生も参ります 彌太郎」と添え書きがある。彌太郎、といって思い当たるのは一人。もう30年あまり会ってない知人のことだろうか。

    両親が営んでいた浅草の大衆食堂に彌太郎さんがよく来ていたのは、昭和11、2年から17年までのこと。私は子どもで、彌太郎さんは10代後半から21くらいまでの間。彌太郎さんは、食べに来るとよく立ち話をしていた。

    赤紙がきて、出征した彌太郎さんに再会したのは敗戦後、私は中2になっていた。アメリカ軍の仕事をしているという彌太郎さんに誘われて一緒に東京へ出た。彌太郎さんの仕事場にも立ち寄った。彌太郎さんはマッカーサー司令部でマッサージの仕事をしていた。そして、駅までの地図を書いてもらい、小遣いをもらって別れた。

    彌太郎さんとはそれきりだった。彌太郎さんがある日突然いなくなったと、探しに来た人があった。住所録にあったところを端から訪ね歩いて、最後にうちに来たのだという。

    それからほぼ30年、彌太郎さんから音沙汰はなかった。それが、急に「彌太郎」と添え書きのあるハガキだ。私は、六時にその画廊へ向かっていた。

    実年齢より10歳も老けて見える彌太郎さんは、「話を聞いて貰いたい」と言うのだ。そして、「これから話すことを、誰にもいわないで貰いたい」と。

    「誰かにしゃべらずにいられなくなるかもしれない」と言えば、「俺が死んだら、しゃべっていい」と言った彌太郎さんが亡くなったのは、その話から21年もあとのことだった。「聞くだけでいいなら」と、私は話を聞くことにした。

    彌太郎さんの話は、マッカーサー司令部のマッサージ室で起きたという日本人殺しを目撃したというところから始まった。朝鮮戦争のころだという。戦地から帰ってきた若い将校が、日本人4人を拳銃で殺したというのだ。

    目撃者になってしまった彌太郎さんは、殺されると思った。実際、オコナー中尉は、お前を殺せと言われていると言った。しかし、そんなことはできない、なんとかするから、しばらく言うとおりにしてくれないかとオコナー中尉は言って、彌太郎さんの身柄はそれから数日のあいだにどこかへ運ばれた。フィリピンらしい。そこで彌太郎さんは30年近く監禁されていた、という。頼りのオコナー中尉は朝鮮で戦死していた。

    彌太郎さんの話は、そこで終わった。だが、終わらなかった。1年ほどして、電話がかかってきて、彌太郎さんから呼び出された私は、また浅草へ出向く。そこの飲み屋でまた、彌太郎さんは、フィリピンの監獄での話を始めた。フィリピンの独房の話は、あったような話にも聞こえるし、荒唐無稽にも聞こえる。

    彌太郎さんは、フィリピンの独房の話ばかりでなく、生い立ちも語った。戦地での話もあった。話は行きつ戻りつし、本当かどうかよくわからないこともある。仕事場にしている自宅から片道2時間、往復4時間もかけて、彌太郎さんに会いに出るのは気が進まないこともあった。それでも私はやはり出かけていって彌太郎さんの話を聞いたのだ。カツ丼で、日本酒やビールを飲みながら、そして時には彌太郎さんにツッコミながら。

    彌太郎さんの話のように、来し方を語れば、多くの人はこうしてあっちいったり、こっちいったり、記憶もごっちゃになって、それでも話していることが人生だというような気がしてくるのかもなと思った。

    (8/22了)

  • 30年近く監禁されていたという弥太郎さんの途方もない話を語り手が聞くという構成で、妙な言い方になってしまうが、そのメインの話もさることながら、その周辺のこまごまとした話が実に巧妙で、つい引き込まれていく。居酒屋の女将美保の足をお前は舐めただろと弥太郎さんが語り手のところに怒鳴り込んでくる挿話は特に秀逸。

  • 5/6 「肝心なことってなんです?」「牢屋の年月だ.ひとりっきりの年月だ」

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弥太郎さんの話 (新潮文庫)はこんな本です

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