- Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101034027
感想・レビュー・書評
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目が滑って読めたもんじゃない。
初井伏鱒二だったのだけれど、特色も魅力も掴むことができず。小説の中に突然2コマ漫画が乱入してくるような。意味のあることを言ってるんだけど意味がまるでないような。もう少し私の経験値が必要なのは明らかなので、それまで積読。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
奇妙な短編集。
表題の山椒魚をひさかたぶりに読みたく、手に取る。
山椒魚とはまさにひきこもりである。
やがて無為自閉へ至るが。
主人公は誰もが、「常識人」風である。(『山椒魚』は除く)
自然描写の精緻さは言わずもがな、だけれども、自然描写の影に、心性の描写は限定的だ。
従って、「察する」という作業を読書に強いる文体なのかもしれない。
これが、精緻なバランスというものだろうか。 -
初めての伊伏鱒二でした。表題作の「山椒魚」が一番好きかな。これ彼のデビュー作なんですね。天才だ...。
全体通しては、大きな山が何もないのに文章が上手いから話が先に進んでいく...という印象。いや、勿論山はあるんですけど、いつの間にか文章が終わっている。結構突然ラストが来るので余計そう感じるのかも。後書きでも評されてましたが「ストイック」「大袈裟を嫌う」というのがこの人の文章を言い表しているかな、と思いました。
割と初期の作品が多そう?なので、中期、後期の作品も読んでみたいです。
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辻原登の本の中で、井伏とコルタサル二つの「山椒魚」の読み比べを進めていたので再読。まだ、コルタサルな読んでないが。
今では、井伏氏の描く日常がピンとこないので作品を理解するのに苦労するものもあったが、この短編集はバラエティもあり、サスペンス風のもの、掛け合い漫才風のもの、動物もの色々あり楽しめました。あまり名作だからと構えて読まないほうがいい。 -
18年ぶりくらいに読んだ。
最後の蛙の台詞の「てにをは」が気になって仕方がない。
「今でもべつにおまえのことを怒ってはいないんだ。」
「今で『は』」じゃなくて?
現在の蛙の心境として『は』よりも『も』の方が適当なのだろうか、としばらく考えていた。
完全なるフィクションなのに、心に期する感情は誰もが共感できるほどの圧倒的なリアリティー。
この作品が名作として伝わっていくなら、僕はこの国が好きだ。
2016.5.11 -
これを読んでから
たまーに、自分がはまって
抜け出せない姿を想像する… -
週刊モーニングに掲載されていた漫画「草子ブックガイド」に山椒魚の話が取り上げられていた。山椒魚には3つのバージョン違いがあるのだそうである。山椒魚。昔、教科書に載ってたな。しかし、井伏鱒二については山椒魚しか知らない。
そういえば、昔、東京都下は中央線近くに住み始めたとき、父が荻窪には井伏鱒二が居たんだよと云っていた。まあ、その程度の知識しかない。
久しぶりの山椒魚。少年の頃は和解の物語と読んだが、今読むと蛙が死を前にしていることを昔より意識せざるを得ない。
その他の短編。遅れてきた高等遊民のよう。女性から不良だと云われるし、好色さを見抜かれている。
変な処の旅先の話が多い。つまり放浪の人なのか。幼さを残している少女が土地柄か、ぶっきらぼうな口をきく。彼女にいやがらせをする少年と主人公の会話が最後のシーン。つげ義春の「もっきりやの少女」とか「紅い花」を想い出す。つげ義春も中央線の人だったかな。
「屋根の上のサワン」愛情と束縛。山椒魚に通じるような物語。
「女人来訪」など、嘘だとは言わないが、どこか本当らしくない話。
人生なんて無用なものかと思えてくる。そんな短編集。 -
おそらく読んだのは国語の教科書以来のはず。山椒魚がこんなに短いとは思わなかった。
タイトルから遠くにすっと持っていかれる感のある作品も多く、これがこの作者の特徴なのかもしれない。 -
「山椒魚は悲しんだ。」 表題作しか読んでない。他の読むかわからない。
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時代物の文学作品を読むのは厳しいな
表題作を含めて12の短編集だが、山椒魚を読んだあとは1番少ないページ数の「へんろう宿」を読んで終わりにした