聖痕 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101171531

作品紹介・あらすじ

五歳の葉月貴夫はその美貌ゆえ暴漢に襲われ、性器を切断された。性欲に支配される芸術に興味を持てなくなった彼は、若いころから美食を追い求めることになる。やがて自分が理想とするレストランを作るが、美女のスタッフが集まった店は「背徳の館」と化していく……。巨匠・筒井康隆が古今の日本語の贅を尽して現代を描き未来を予言する、文明批評小説にして数奇極まる「聖人伝」。

感想・レビュー・書評

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  •  中学生の頃、家族八景で初めて筒井作品に触れて以降、私は著者のことを「つくづく人間が嫌いな人だな」と思っています。
     浅はかな女・そんな女に欲情する男・それらを馬鹿にする自分。作品を読んでいると、精緻な文章からとにかく人間という生き物全てを嘲り、嫌っているのが伝わってくるようでした。

     なので、今回の聖痕についても、あらすじを見たときには一体どれほどひどい話になるのかと身構えました。
     実際、美しい主人公は冒頭から倒錯的な性欲の餌食となり、それ以降も彼の周りには欲に駆られた人間が次々と現れ、ついには決定的な悲劇が起きます。
     これをきっかけに、登場人物たちエゴが噴出し、物語は地獄絵図になるに違いない。
     今までの経験から立てた私の予測は、読み進めていく中で綺麗に裏切られました。主人公があまりに高潔であるがゆえに。

     幼少期に望まずして去勢された主人公は、欲望に振り回される人々を透徹した目線で見つめ、人間の善性も悪性も平等に受け止めます。どちらか一方に引きずられ、心動かされるようなことはありません。
     そういうわけで、人の心の醜さを偏執的に描写してきた著者らしからぬ、フラットな印象の物語となっていました。

     意外な展開からクライマックスを経て、美しいラストシーンに着地したとき、著者の人間に対する複雑な思い入れをひしひしと感じました。もしかして、この人ってものすごいツンデレなのでは……。

  • 前半の痛々しさは読むのを止めてしまおうかと思ったくらいだったが,後半は筒井の世界として楽しめた (か?).実際の出来事も含まれていて,不思議な読後感.
    枕詞や古語を使用した言葉遊びに目が行くが,一方で,例えば「怖者なう」の「なう」は「同意を求める気持」と注釈があるのだが,やっぱり「なう」は twitter 用語だろうと思うと,現代の言葉を織り交ぜた言葉遊びも結構隠れているんじゃないかと感じた.「松千代」はわざわざカタカナで「マツチヨ」 (=マッチョ) と振られていたが,それ以外にも探せば見つかりそうな気がする.

  • 筒井康隆さんの作品は短編集しか読んだことがなく、初めて長編作品を読みました。
    ページにびっしりと書き込まれた難解な日本語たち。でも読んでいて全く苦ではない。(注釈の量すごいのにね)
    京極夏彦作品で何度も挫折している私でも、最後まで夢中で読み切りました。
    2月に村山由佳の二人キリを読んで、3月にこの本を読んで…意図したつもりはなかったけど、今年はチン切りに縁があるのかな?
    チン切りからはじまる物語とチン切りに終わる物語、どちらも人の性欲を描いた作品だけど、見方が全然違ってとてもおもしろかった。

  • 素晴らしい読書体験だった。

    幼少期に生殖機能を暴漢に奪われ、煩悩を知らずに育つ貴夫と周囲を描いた、一族の栄枯盛衰ストーリー。

    古風な語彙が非常に多く、最初は戸惑うが、段々とその文章に引き込まれてこうあるべきだと錯覚させられる。日本語の奥ゆかしさと、貴夫の聖人伝が融合して、難解だが居心地の良さを与えてくれる。

    終盤の仇敵を赦す場面などは、キリストそのものではないか。神々しい貴夫の姿が私に想起させられた。貴夫が作中で教祖と揶揄される、そして現実となるのは無理のないこと。

    貴夫一族がどのような未来を辿るのか、私の妄想は膨らむばかりである。

  • 聞き慣れない難読な単語が多く、注釈でそれぞれの意味が記されているがそれでは足りない程難しく書かれている。一つ一つ意味を確かめながら読む時もあれば、なんだかスルスルとその漢字が持つ空気感だけで意味を感じ取り読み進める時もあった。ラストに印象的に示されたスケープゴートがこの作品の主題であって、それを表す事に、ここまで詳細に1人の人生、貴夫の人生を書き連ねて行く事を果たして筒井さんの他誰ができるのでしょうか。性の根源を切り取られた男性、貴夫がどのような生涯を送るのか、読者として簡単に想像を細かに組み立てられる人は殆ど居ないと思います。ああ、そりゃこうなるよね、当たり前だよね、と読み進められるはずはなく、一つ一つの言動を噛み締め咀嚼しながら丁寧に読み進めたくなるまさしく絶品料理のようでもあります。つぶグミのような一辺倒なドラマティックではなく、落合陽一が言うような複雑性を伴う天然の事柄を、その材料の保管から調理法まで寸分の狂いまた手抜きなく作り上げた料理をひと口ひと口味わい進めて行くような感覚。後味は苦く爽快でした。素晴らしい!

  • 幼少期に性器を切断され、男性としての性欲を失った貴夫。その美貌ゆえに同級生からも慕われる。性的欲求の代わりに貴夫は美食に目覚め、その道を歩んでいくが…ショッキングな設定から始まるが、ある人間の成長期であり家族のストーリーでもある。失われつつある日本語表現を交え、実際の社会情勢や事件を踏襲し進む展開は斬新かつ美しくもある。小説家の巨星としての存在感は揺るぎない。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/687362

  • いろんな日本語知れた(^^)
    読み終わった時、これが筒井康隆の比較的最近の執筆なのがビックリ!これからの筒井康隆の書き物がどう変遷辿るのか気になる

  • 3.11の描写が出て来て初めて、
    これはいつ書かれた本なのかと驚き出版年を見た。
    平成27年発行。

    筒井康隆ということ、
    またその文体の古さから(注釈が多く、それなしでは読めない漢字も多々登場する)
    わりと前の作品かと思って読んでいた。

    あまりの美しさから、
    5歳にして性器を切り取られる少年。
    その後、彼の周りの人生は狂い出す…こともなく
    意外な形で結末を迎える。

    スケープゴートという
    最後の一言が
    彼の人生を振り返る晴れやかな姿勢を
    物語っているのだろう。

    わたしはそんな風に、世の中を理解できるだろうか。
    生殖機能がなく、
    ある意味、生き物として抱えるべき葛藤を失って育つ個体。
    煩悩はなく、夢に向かいただ楽しく努力できる環境。

    人格者とは何か。
    考えさせられる。

    面白かった。

    また、東浩紀の解説も良かった。

    "ぼくたちは虚構が好きだ。そしてぼくたちは必ず老いる。けれども両者は何も矛盾しない。なぜならば、死ぬときにぼくたちのまわりにあるのは、きっと現実ではなく虚構だけなのだから。
    筒井氏の文学は、そんなメッセージを届けてくれるのだとぼくは信じている。"

  • どうゆう結末になるのか、どんどん読み進めたいのに枕詞やら見た事ない漢字(読み仮名ふって、ページの左に用語の説明までご丁寧にありましたが)がぎっちりで、少しイライラしました。
    巨匠が古今の日本語の贅を尽くして・・・との事ですが読み難い。
    主人公の性器を切り取った変質者も、祖父を殺した弟も、会社の上司と職場の上の部屋で不倫するレストランのスタッフも、物語の終わりではなんだかみんな赦されていて、ファンタジーなのかな、コメディなのかな、私のココロが狭いのかな?と少し不穏になりました。

  • 筒井氏の作品はできる限り読むようにしているが、近年の作品でも好きなのが本書。

    主人公はじめ家族に起こった出来事や、その当時実際に起こった出来事を述べる部分が多く、個別の場面の描写が密にされることはあまりない。
    筒井氏は、「省略」や「時間経過」についての技法にかねてから取り組んでいたが、本書はその一つの到達点ではないか。

    くどくどと心理描写を重ねるのとは正反対の文体だが、読んでいてわずか数語の文字列に心を揺さぶられるところがあった。
    これは表面的に真似をしようとしてもできない、巨匠の名人芸である。
    ただただ、感服。

  • 美しすぎるぼくは5歳の頃、性の根源を根こそぎ奪われたんだ。

    悲痛な幕開けから淀みなく語られる葉月貴夫と彼の美貌に振り回される人々の半生。
    食と共に生き、性欲から切り離された位置で世を眺め人を眺め、そしてやってくるあの日を超えて。
    我々は欲に塗れ生きている。
    ああ、この世はかくも素晴らしい。

  • 今日、3月12日、この本を読み終わったのは何か見えない強い力が働いたのではないかと、ちょっと思った。僕の再燃筒井康隆ブームは続く。

  • 2016/02/07 読了

  • 160203

  • 文体が神。筒井ワールド。

  • グルメ旅団が遠征グルメ旅行に行く件、まず和歌山は有田川ではじまり、新潟ではいごねり、のっぺ、おけさ柿など名物がずらずらーっとでてきて妙にウケました。センセーショナルな出だしで結構旅情もあり、読みやすい。

  • 連載時毎日が楽しみで、初めて新聞連載で全話読んだ筒井康隆大明神作品。あまりの美貌ゆえに5歳で性器を切断された貴夫が様々な苦難に出会い、性欲や芸術への関心を失った代わりに食欲を自らの存在意義とするという展開が面白い。そして彼の元に集い、美食に魅了されて性に溺れていく人々は滑稽に見える。終盤で彼らの人生を襲うあの震災の果て、登場人物が一席打つある演説は、連載当初はどこか唐突でそこまでは思えない感があったけど、この数年の短期間で急激に変わった現代社会が、ますます勢いを強めて終末に向かっていることを思えば、どこかで首肯してしまう自分がいる。でも大明神お得意のどす黒いユーモアや過去作品のオマージュも盛り込まれているので、久々に面白かったわ〜。

  • 筒井水準からすると、筋は取り立ててというほどでもない。
    息子の伸輔氏の年齢に合わせているという設定くらい。
    また和語をぐりぐりほじくるという点も、筒井水準では当然。

    本書で唸らされるのは、人称や視点の定まらなさ。
    乱歩の最終到達点は文体だよという意見と同じ意味において、
    筒井康隆を読む快楽は自由な視点移行と言えるようになったように思う。

    「人生を送る」というよりは「人生を見送る」。
    これだけ言葉を尽くしておいて。
    人生は見送っておいて、人類の未来は見通してしまう。

    http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/314530.html

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著者プロフィール

小説家

「2017年 『現代作家アーカイヴ2』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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