手のひらの音符 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.98
  • (226)
  • (300)
  • (159)
  • (31)
  • (7)
本棚登録 : 2504
感想 : 267
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101205618

作品紹介・あらすじ

デザイナーの水樹は、自社が服飾業から撤退することを知らされる。45歳独身、何より愛してきた仕事なのに……。途方に暮れる水樹のもとに中高の同級生・憲吾から、恩師の入院を知らせる電話が。お見舞いへと帰省する最中、懐かしい記憶が甦る。幼馴染の三兄弟、とりわけ、思い合っていた信也のこと。〈あの頃〉が、水樹に新たな力を与えてくれる――。人生に迷うすべての人に贈る物語!

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • あなたは、『実はね。廃業が決まったのよ、うちの会社』と突然言われたらどうするでしょうか?

    帝国データバンクの調査によると、2022年度の倒産件数は6799件と、前年度より14.9%も増加したようです。2020年春に突如この国を襲ったコロナ禍以降、そんなコロナを原因とした倒産も増えているようです。また、そもそもの世の中の流れの中で『安い物を作ろうとしても、中国をはじめとする海外の工場に生産を委託している大手企業の値段にはとうてい及ばない』といった影響により事業が続けられなくなることもあるのだと思います。

    また、会社自体は永続するものの『業績が芳しくないこと』を理由として、『自前の工場や店舗を売却』することで『資金繰り』をし、なんとか事業を継続するという場合もあるでしょう。今の時代、事業を永続させること自体なかなかに難しい時代になっているのだと思います。

    しかし、会社は『資金繰り』により持ち直す未来があったとしても、切り捨てられた事業に携わっていた人たちはどうなるのでしょうか。切り捨てられた事業に人生をかけて生きてきた人たちはどうすればいいのでしょうか。

    さてここに、『自社が服飾業界から撤退する』という話を聞いた一人の『服飾デザイナー』を描いた物語があります。『貧しい人たちはいつだって小さな箱の中でひしめきながら暮らしている』という幼き時代の先の今を生きる主人公を描くこの作品。そんな主人公が『これまで私は、誰も好きになれなかったんじゃない』と、一つの思いに気づく様を見るこの作品。そしてそれは、さまざまな起点に満ちた過去の先の今を生きる主人公の熱い想いを感じる物語です。

    『こんな感じかな』と、『光沢のある白い布を、柔らかなトレンチコートのフォルムに変えていく』のは『服飾メーカー』で『デザイナーの仕事』をする主人公の瀬尾水樹(せお みずき)。そんなところに『同僚の藤川麻里子が顔を出』すと、『部長が呼んでますよ…社長と専務が来てるんですって。それで部長が呼ばれて、瀬尾さんも一緒にって』と伝言を伝えます。『社長に呼び出されるなんて何事だろう。大きな発注ミスでもしただろうか』と不安な面持ちで部長の元へと向かいます。そして、赴いた先で『うちの会社が…撤退、ですか?』と『社長の顔を見つめながら、言葉を繰り返』すことになった水樹は、『自社が服飾業界から撤退するという話』に衝撃を受けます。『入社何年目だったかな?』と社長に訊かれ、『今年で十六年目になります。二十九歳の時に中途で採用してもらいました』と返す水樹に、『この数年間の業績が芳しくない』と語る社長は、最後に何も残らなくなる前に『服飾業からいったん手を引こうと考えている』ことを伝えると、『カジュアロウ社から引き抜くような形で来てもらったのに、こんなことになってしまって申し訳ないと思っている』と謝罪の言葉を述べます。『ひと通りの話が終わり』『涙が溢れ』てきた水樹。そんな水樹は数日後、篠田昌美に連絡を取ります。『以前勤めていたカジュアロウ社の同期で』、『「会社をやめる」と打ち明けた時は泣いて止めてくれた』昌美。そして、十五年ぶりに昌美と再会した水樹は『実はね。廃業が決まったのよ、うちの会社』、『やめなきゃよかったのかな…』と胸の内を語ります。『服のマクドナルドを作る』と宣言した当時の『カジュアロウ社の社長』。『安価で、大量に売る』という『社の経営方針』は『時代に合』い、『会社の知名度は全国区』へと高まりましたが『水樹は二十九歳の時に、この会社をやめ』ました。『「極限までコストを抑え、かつ大量に売れるもの」を作り続けることに疲弊し』たというその理由。話題は変わり、『そういえばあの彼には会いに行ったの?…たしか同じ団地に住んでた…』と話を切り出された水樹は、『忘れちゃったよ、そんな昔のこと』と昌美の視線を逸らします。場面は変わり、ベットから起き出せない水樹は、夢の中で森嶋信也の夢を見ます。『屈託のない笑顔を見せている』信也の姿を見て、『あの事故が起こる前の信也だ』と思う水樹。そんな時携帯電話が鳴ります。『瀬尾水樹さんですか?ぼく堂林といいます』とかかってきた電話の主は『向日東高校、三年一組で一緒だった堂林憲吾です』と名乗ると、『一組の担任をしていた上田遠子先生が体を悪くして入院』、『回復する可能性は無いにひとし』いことを伝えます。それに『お見舞いに行く、絶対に』と答えた水樹に『あと一人で一組全員に連絡が回る』、『信也…森嶋信也が今どこにいるか、瀬尾なら知ってるかと思って』と続ける憲吾。『不意打ちのようにその名前を聞かされて』『頭から一瞬血の気が引』いた水樹は、声を出すことができなくなります。そんな水樹が、森嶋信也と共に生きたあの時代を振り返りつつ、失業宣告の先の今を生きていく物語が描かれていきます。

    “45歳、独身、もうすぐ無職。人生の岐路に立ったとき、〈もう一度会いたい人〉を思い出した ー。〈あの頃〉が、水樹に新たな力を与えてくれる ー。人生に迷うすべての人に贈る物語!”と内容紹介にうたわれるこの作品。章題のつかない21の章から構成される長編であり、藤岡陽子さんの作品としてはブクログで最もレビュー数の多い人気作でもあります。

    そんな物語の舞台は大きく二つに分けられます。一つは『服飾メーカー』で『デザイナーの仕事』をする45歳の今を生きる水樹です。物語では一見順風満帆な人生を送る水樹が『自社が服飾業界から撤退するという話』によって、職を失うという現実に晒されるところから始まります。”45歳、独身、もうすぐ無職”と内容紹介に端的に整理される状況に置かれた主人公の水樹。物語はそこにキーとなる二つの事柄を提示します。一つは上記で触れた物語の冒頭に登場する森嶋信也という幼馴染の存在であり、もう一つは水樹の今を支える『デザイナーの仕事』です。では、まずは後者について見てみたいと思います。この作品は”お仕事小説”という位置づけの作品ではありませんが、服飾業界が置かれた現状を転職を決意した水樹の思いの中に垣間見せてもくれます。

    ・『服のマクドナルドをつくる』という『社の方針のもとで働いてきた』水樹は、『自分たちが提供したものが大ヒット』する中に『ものすごい快感』を覚えます。しかし、『同等の品質で、さらに安価なものが出回ったなら…』という思いの先に『この会社にいる限り自分は、一生コストを第一優先に服を作らなければいけない』という思いに苛まれます。

    『服のマクドナルド』とは、とても分かりやすい表現だと思います。それは、『マクドナルド』の成功を服飾業界でなぞっていくことを意味するのだと思いますが、主人公の水樹は、その考えが『自分には合わなかった』という中に転職を決意します。そして、転職した先は、そんな会社とは全く異なる価値観の中にあるメーカーでした。

    ・『戦後から受け継がれてきた技術を使って、工場の職人たちと顔を合わせながら丁寧な服作りができる場所』で『お客さんの記憶に残る一枚を作ってきたという自負はある』という今を生きる水樹。『服を着てくれた人の幸せな時間を何倍にも膨らます服作りを目指してきた』という自分の考えに合う今を生きています。

    しかし、そんな水樹の前にもたらされたのは、『服飾業界から撤退する』という社の方針でした。そんな中にこんな思いを抱く水樹。

    『誰かのために、誰かのとっておきの時間のために服を作ることを諦めるしかないのだろうか』。

    私は服飾業界のことは全く存じ上げませんが、『服のマクドナルド』に相当するであろうメーカー、そしてその対局にあるであろうメーカーのイメージはどことなくわかります。そのいずれもがこの世には必要だとも思いますし、そのいずれに働く人たちにもそれぞれの目指すところがあり、そこには正解、間違いといったものはないと思います。しかし、主人公・水樹と同じような悩みの中に生きる人たちは間違いなくいるのだと思います。物語では、そこに登場人物のこんな言葉の提示によって、一つの動きが見えてきます。

    『京都の織物産業を生かす手立てはないだろうか』

    そんな起点の先に、

    『安い物を作ろうとしても、中国をはじめとする海外の工場に生産を委託している大手企業の値段にはとうてい及ばない。それならば、もの作りという視点で評価される商品を』

    そんな問いへの答えを模索し始める水樹の物語。今のこの国の一つの側面を見るこの視点は、間違いなくこの作品の読みどころの一つだと思います。

    次に、前者として挙げた森嶋信也という幼馴染について見ていきたいと思います。『同じ団地に
    』育った水樹と信也。その関係性は小学生だった時代を振り返る水樹の物語の中に少しづつ明らかになっていきます。物語は一見、初恋の人のその後を描く甘美な物語に感じられなくもありません。しかし、そこに描かれる幼き日の信也の姿、『あの事故が起こる前』という信也に起こる出来事の全容を見せていく物語は読者を陰惨な思いの中に連れていくものでもあります。

    そんな物語は水樹および水樹が暮らしていた1980年代の団地で暮らす人々の様子を赤裸々に描き出していきます。

    『自分は知らなかった…これまで登校拒否になっていったクラスメイトの何人かの顔と名前を思い出した。あの時、気づこうとはしなかった。学校に来なくなったことを、彼らの弱さのせいにした』。

    といったいじめのある学校の日常は今も大きな社会問題であることに変わりはありません。この作品では水樹の高校時代が描かれる中にそんな日常も描かれていきます。しかし、この作品で描かれる陰惨な現実はそれだけではありません。それこそが、1980年代にはまだ名前がつけられていなかった、もしくはいじめのようには一般社会には表立って語られることのなかった事ごとです。

    『本来ならば母親は何よりも一番に子供のことを考えるべきだと思う』。

    そんな言葉の先に垣間見える育児放棄の現実。

    『父親がいない』

    そんな言葉の先に垣間見えるシングルマザーの子育ての厳しさ。そして、

    『発達障害という言葉が聞かれるようになり、それはひょっとしたら自分自身のことではないかと思った』。

    今の時代だからこそ、定義された言葉によって説明できもする事ごとがこの作品では数多描かれていきます。1980年代という時代には、社会の中に埋没し、福祉の力さえも及ばなかったそれらの事ごと。そこに、自分たちの力でなんとかする他ない日々の暮らしの中で直向きに生きていく人たちの姿が描かれていきます。平坦ではない人生を決して諦めないで、それでも前へ前へと進んでいくその思いの先に続いていく物語。この作品には上記したような陰惨な現実に向き合う登場人物たちの姿が描かれています。そして、そんな中でも希望を捨てず真摯に生きていく水樹たちの姿がそんな物語に灯を灯し続けます。これこそがこの作品の何よりもの読み味です。そんな物語の先に森嶋信也の姿を追い続ける水樹が物語の最後に見る景色。真摯に直向きに生きてきた水樹が掴むその結末にとてもあたたかい思いに包まれるのを感じました。

    『指先で丁寧に音符をつまみ上げると、信也は自分の手のひらの上に音符を乗せた』。

    「手のひらの音符」という書名が読者の誰も予想できないであろう場面にふっと浮かび上がる驚きを見るこの作品。そこには、1980年代の高校生活の中に、今に繋がるさまざまな起点を見る主人公・水樹の物語が描かれていました。『服飾デザイナー』として服を作り上げていく真摯な水樹の姿に心打たれるこの作品。そんな水樹がいつまでも思い続ける存在の大きさを感じるこの作品。

    藤岡陽子さんという作家さんの優しさを感じる素晴らしい作品でした。

  • 幼なじみの3兄弟と主人公の兄妹が幼少期から40代になるまでの話。
    すっかり感情移入してしまって、どっぷり浸かってしまった。面白い。
    最近、こういうストーリーの本をよく読んでる気がする。そしていつも思うのが、「もっとコミュニケーションを取れば良いのに」
    でもそれがもどかしく、いいスパイスになって物語が面白くなってるんだからしょうがない。
    いつも「自分の時はしっかりコミュニケーションを取ろう」と思って読み終わるけど、しばらくすると忘れます。

    • yururi4525さん
      読み始めたら、止まりませんでした。同じ世代の主人公達が皆、困難を乗り越えて、頑張っている姿が素敵でした。もっと積極的にコミュニケーションをと...
      読み始めたら、止まりませんでした。同じ世代の主人公達が皆、困難を乗り越えて、頑張っている姿が素敵でした。もっと積極的にコミュニケーションをとった方がいいなぁ・・・と思いつつ、人との距離感ってムズカシイですよね。なんか、考えさせられました。素敵な本を教えて下さって、どうもありがとうございます(⋈◍>◡<◍)。✧
      2023/07/13
    • raindropsさん
      yururi さんにとって楽しい本で良かったです。
      こうやって他の人の感想を聞けるのは嬉しいですね。

      この本は、続きがすごい読みたくなりま...
      yururi さんにとって楽しい本で良かったです。
      こうやって他の人の感想を聞けるのは嬉しいですね。

      この本は、続きがすごい読みたくなりました。やっと幸せになれそうなんだから、それを読みたいなと。でも蛇足なんでしょうね。また悲しい事が待ってたりしても嫌だしなあ。
      2023/07/13
    • yururi4525さん
      どうもありがとうございます(^^♪

      続きは読みたいような、読みたくないような感じですよね(^^; 幸せになった姿を読みたいというのと、...
      どうもありがとうございます(^^♪

      続きは読みたいような、読みたくないような感じですよね(^^; 幸せになった姿を読みたいというのと、余韻が残っていた方がいいかなぁ?とか(^^;

      ムズカシイですよね(^^;
      2023/07/21
  • 藤岡さんの初読み。
    最近、色んな作家さんを幅広く読んでみようキャンペーンをしており(1人でですが‥笑)、1冊目が肝心。一冊目の個人的好み次第で今後の読み方変わります。

    というわけで、藤岡さんのこちらは、
    いつもと違う本屋さんに並んでおり、帯が良い小説を読むと幸せな気分になれまさす!と宣伝。
    本当その通りの気持ちになれた!

    兄弟、幼馴染、家族、近所付き合い、学校などの人間模様を回想して語られてる場面、
    現在の45歳独身主人公の場面、
    と、何度も行き来する構成です。

    自分が生きてきた色んな場面の『あの頃』を思い出させてもらえ、その時の気持ちとか想いが蘇ってくるようでした。
    夏休みに弟とばーちゃんちに連泊したこと、
    自由研究で、ばーちゃんとカバンを作ったこと、
    弟とお祭りにいったこと、高校受験したときのこと、すすきので飲みまくっていたときのこと笑
    など。

    登場人物の子供の頃の優しさに何度も触れて、ほんとに新鮮な気持ちになれた。一方で家庭環境や貧困の差などの内容も少し入ってるので辛い気持ちになる場面もあり、感情のいろんな種類が一冊で感じられる本でした!

    信也が弟を庇って立ち向かい近所の親どもにも動じずに主張するシーンは、いけいけー!と応援と共に泣けたー。泣けるシーン多々ありました。

    この本は再読本確定(╹◡╹)

    1番印象残ったフレーズ
    人は誰かと別れるさいに、これが会える最後かもしれないとわかってる人なんているのだろうか。
    みたいなシーン。

    今を大事に出来るだけ楽しみながら生きよう、周りの人を大切にしよう、家族もみんな。

  • 主人公・水樹は、29歳の時ファストファッションを目指し始めた会社を辞して、デザイナーとして今の服飾メーカーに転職した。十六年を経て、会社が服飾から撤退すると告げられる。
    未婚の彼女は、これからを考える。そんな時、高校の同級生から、恩師の病気の連絡が入る。久しぶりに帰郷した彼女は、高校から幼少期まで思い出を遡っていく。
    ここに至るまで、彼女を支えてくれた友人達。貧しく生活するだけで精一杯だった団地生活。そこで助け合っていた同級生家族。何故か連絡先さえわからない彼ら。
    過去の思い出の中に、今が描かれていきます。
    辛い記憶が多くても、今の拠り所となる過去。
    子供は時間をかけて大人になる、そう言った少年達が、時間をかけて築いたものに感銘します。45歳は、まだこれからね。

  • 藤岡陽子 著

    ブクログの方の本棚から知り、読んでみたいと手に取った 藤岡陽子さんの作品は初めてです。
    あらすじなどは知らずに読みだしたけれど、この家族に起因する物語に自然と入っていけた。 
    小説の冒頭は現在のデザイナーとして服飾関係の仕事の生業を描きつつ、天職のように感じ、服飾の仕事に没頭していた主人公の瀬尾水樹の描写から始まるのだが、服飾関係の仕事に暗い影がさし、服飾事業を撤退する方向へと話は進んでゆくが、物語は過去へと遡って引き継がれてゆく。

    自分も、同じように、もう忘れていた過去のあの頃に久しぶりに引き戻されるような感覚に陥った。

    はじめの第一歩みたいに…大人になったら、
    一人で苦労して生きてきたように思えて、実は、過去になってしまった家族やまわりの家族、人達にしっかり支えられて生きてこれたことを思い出すきっかけになった良書だ。

    “あの頃は良かったなぁ…”って振り返り懐かしむ気持ちではなく、あの頃、子どもだった自分達には抱えきれなかったこと。理不尽なことかどうかも判断出来ずに、ただ怯え、何か違和感だけ感じて上手く表現出来なかったこと。

    家庭の事情も、子どもなりに子どもだから、懸命に耐えていた…耐えられたこと 近所の子どもと一心同体のような気持ちで乗り越えられたことなんか…大人になってはじめて、あの頃の自分達の気持ちを推し量り、理解出来るような…。
    作品の中の主人公の水樹だけじゃなく、信也や悠人、正浩ちゃん、徹、堂林くんも、そんな子ども達が居たなぁ…なんて思い出す。
    自分の中でも、母親が心の中心にいた時代があったなぁなんて事もつくづく思い出した。
    子どもの頃はいつも近くにいた母なしでは生きていけないような気がしてたのに…母がいないと心細く感じていた頃もあったのに…。
    大人になるにつれ、それは時々、煩わしくさえ感じる時もあった。親だから仕方なくやってるだけで、あれだけ愛情を持って育ててくれた恩なんて忘れて、自分のことに、精一杯で親の存在すら深く考えなくなっていたなぁ…って改めて思う。

    二十歳くらいのある日、バスに乗ってたら、何処かのおばさんが、バスの中で独り言とは思えないわりと、大きな声で
    「昔は、孝行したい時に親はなし。ってよく言ってたけど、今じゃ孝行したくもないのに、親が居るって時代になってしまったなぁ…」ってボヤいて苦笑していた。
    私は思わず吹き出して「上手い事言うねぇ」なんて妙に感心していた。
    でも、本当はその頃の自分は親がいなくなるなんて想像も出来なかったんだろうなぁって思う。
    作品の中では、孝行息子の優しく、賢い正浩が…事故に遭う 不幸って突然やってくる
    「正浩ちゃん?うん。お兄ちゃんが、こんなこと言うてたん憶えてへんか。
     人にはそれぞれ闘い方がある、って。
     俺はその言葉をよう思い出すんや。
     今、あかんかっても、それはこれからも
    ずっとあかんということではない。
     その言葉を思い出すと、
    頑張ろう、
    おれにもできるかもしれんって思えるんや」
     
    子どもの時にしか言えないような、あからさまで純粋な言葉に胸が震えた。

    私の中にも忘れられない 子ども時代の近所の治くんの思い出が蘇る。
    色々、思い出を書いていたが、止めた。
    きっと、皆んな、それぞれの思い出の中に心残る人がいる。
    哀しみを隠して生きてる者もいる
    一生懸命に平然を装って生きる事もある
    作品の中の救いは、辛い事態の中でも、信じられる人がいた事。ちゃんと、自分の気持ちを推し量り応えてくれる人たちの存在。
    絆を持ち続けられたこと。

    「人なんてわずかな時間を生きているのだから、
    いまこの瞬間にある本当の心を大切にしなければ、
    なんのために生きているのか
       わからなくなってしまう」

    手のひらの音符をしっかり、心に奏でよう。
    そして、生きていこうって思えた。

  • 多くのブグ友さんが絶賛していたので、お取り寄せ。自分では探しきれなかった本でした。ありがとうございます!
    医療に関して詳しいなと思っていたら看護師の資格もお持ちとのこと。
    うっかり夜中に手をつけて一気に最後まで読んでしまい、頭が冴えて眠れなくなってしまった。貧困、事故、いじめ、暴力、闘病生活など逆境のてんこ盛りなのはどうかも思ったが、登場人物が魅力的なのと、文体に惹きつけられた。登場人物たちの言葉足らずで損な役回りが多すぎて、背中を押したくなったりつっこみを入れながら、どこで救いの手が現れるのかとお預けが長い状態。高校生の時にハギレを縫い合わせて水樹が作った服はきっと素敵。文中に示された『手捺染』という伝統技法を調べてみた。素敵!
    https://journal.thebecos.com/nassen-syokunin/

    特質を活かした仕事をしている悠人への、「胸の前で手を合わせ、音を出さずに拍手』、私も一緒にしてみた。水樹の企画と健吾の立ち上げた工場の将来、信也のレース展開、願いがかないますように。

  • 大切なもの大切な時間を思い出した時にまだ手が届くのであれば幸せです。
    いいかげんにしていたわけではないけれども気がついた時はもう遠い過去の事になり終わってしまったでは悲しい。
    この小説のようにもう一度自分が大切にしていた場所や人達に再会出来たら大変な日々もまた頑張ろうと思えるのではないかと。
    物語に出てくる皆が今何をしているのか続編、読んでみたいです。

  • 藤岡さんの作品はやっぱりいいです。
    人間像の厚みがすごくて、あっという間に引き込まれ、あっという間に読了してしまいました。

    服飾デザイナーとして頑張ってきた水樹が
    勤める会社の服飾系撤退と大きな岐路に立たされ
    これからの人生に思い悩んでいる時
    学生の頃のクラスメイト堂林からの連絡が、
    故郷を思わせ、
    子供の頃の回想に入っていくのですが、
    子供の頃、いろいろな苦労を背負いながら
    必死に、助け合って過ごしている
    水樹とその兄 徹 それから信也の兄の正浩、弟の悠人が貧しいながらもその環境の中で
    濃く強く生きていく様子に何度も何度も
    心震わせ、暗い気持ちにもなりました。
    後半は、
    それぞれの強い思いや彼らに関わり後押した大人たちに励まされ夢に向かう姿や、辛かった過去があったからこその人生に救われる思いがしました。

    夢は、育った環境によって諦めることなく、
    遠回りしても向かって行くことで近くなっていくものだなぁと
    あらためて思いました。
    素敵なお話でした。

  • 著者初読。ブクログで出会った本。まずはタイトルとデザイナーが主人公という点に惹かれたけれど、とっても良かった。
    全体としては服飾デザイナーになった水樹の現在と過去を、彼女の家族・幼馴染や担任だった先生など周囲も含めて追っていく流れ。
    現在と過去がパッパッと切り替わりながら鮮やかに描写されており、アッというような様々な展開もあり、それが物語に惹きつけ飽きさせない。涙が滲むような場面も、心に残るような言葉も存分にあり、出会えて良かったと思える本。時間が経ったらまた読みたい。

    ●印象的な言葉
    ・人によって闘い方はそれぞれ違うんや。だから、自分の闘い方を探して実行したらええねん
    ・人は生まれ持った「性質」、環境や経験による「性格」、学びながら獲得していく「人格」の三層で成り立っている
    ・リレーは受け取る側にとっては、バトンをもらう時の順位よりも、どんな気持ちでそのバトンが渡されたか、そのほうが重要なんだ

  • 全ての登場人物が非常に丁寧に描かれている。

    テーマは家族。
    純愛小説でした。

    読み終わるのが残念なぐらい、よい本でした。

全267件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

藤岡 陽子(ふじおか ようこ)
1971年、京都市生まれの小説家。同志社大学文学部卒業後、報知新聞社にスポーツ記者としての勤務を経て、タンザニア・ダルエスサラーム大学に留学。帰国後に塾講師や法律事務所勤務をしつつ、大阪文学学校に通い、小説を書き始める。この時期、慈恵看護専門学校を卒業し、看護師資格も取得している。
2006年「結い言」で第40回北日本文学賞選奨を受賞。2009年『いつまでも白い羽根』でデビュー。看護学校を舞台にした代表作、『いつまでも白い羽根』は2018年にテレビドラマ化された。

藤岡陽子の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
辻村 深月
朝井 リョウ
恩田 陸
西 加奈子
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×