指の骨 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (138ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101209913

感想・レビュー・書評

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  •  以前読んだ大岡昇平『野火』は古い作品であることもあり読み辛さがあったが、こちらは2017年刊行ということで非常に読みやすかった。

     『野火』の終始タイヘンな生活とは大きく異なり、尾の小説の描写は長閑で平和な感じ。もちろん周囲は死で溢れているのだが、それも感傷的だったりドラマチックであったりブラックユーモアが交じっていたりと、大人しい文学という感じがした。戦争における日常。戦争が凄惨なものであるという前提に立てば、どこか壊れたけど平和に見える日常(2016年のヒット映画『この世界の片隅に』とか)が描かれていると言えるだろうか。

     ただし、その日常が仮初めのものであり、そこにいた人が既に壊されていたことが終盤で明らかになってゆく。壊されていた人の日常?とでもいえばいいのだろうか。そこに描かれるのは、銃弾や大砲の砲弾が飛び交う戦闘シーンでもなければ、じわじわと日常が蝕まれてゆく銃後の人たちでもない。「戦」「争」どちらの字とも結び付かない壮絶な飢餓・病・狂気の世界。「果たしてこれは戦争だろうか。」という主人公の問いは、注目を集めやすい感動的な物語や熱い戦記に慣れ親しんでしまった人間が同じく発するであろう問いであり、その答えはYESなのだろう。
     ただ、社会的にこの小説が戦争観を形づくる一助になるとは思わない。作者が当時を生きたわけでもないという事実は感情的な人の心を頑なにさせるし、世界で起こる戦禍の衝撃よりも、我々に迫ってくるのは大昔の手垢塗れの戦争体験。
     太平洋戦争を経験した世代がいなくなってから、日本・世界の戦争がどのように小説として物語られてゆくのか、興味が湧く一冊だった。

  • 自分とほぼ同年代にもかかわらず、まるで戦争に行き、飢えにくるしみ、死にかけたことがあるかのような乾いた文章に身ぶるいがした。
    といってももちろん、読者も誰一人、そんな経験をもってはいないので、お互いに想像でしかないのだけれども。
    リアリティというと陳腐だが、みずからが死んですべてが喪われたような、読後感。

    ひたすら戦争文学を古処誠二はなかなか直木賞をとれなくて残念なんだけど、この人は近いうち芥川賞とりそうな気がする。

  • 時間軸としては、
    ラバウルあたりで、藤木も古谷も生きていた頃。
    藤木は死んだが古谷は一緒、田辺分隊長の命令で、タコ壷での戦い。気を失って。
    夜戦病院で比較的のんびり。槇田と清水と軍医。
    病気、無為な行軍、自殺などで、次々死ぬ。
    黄色い道をただ歩いている、現在。
    現在回想するという小説の開始だが、わざと時間軸はバラバラにされている。

    死が近いからこそ、子供の遊びにも近いやりとりがほほえましく、リリカルに輝く。
    絵を描いたり、棒で地図を描いたり、誕生日の祝いに絵をあげたり。
    具体的で詳細な描写や小物がきらきら輝いて見える。

    語り手の生死はあえて曖昧にされている。
    あとがき、なんてあるので、結局は助かったのだろうか。
    この作為は読み手によっては鼻白むものかもしれないが。
    自分の手がすでに死人の手だと思われる極限を経ては、人は前のようには生きていない。
    この極限を見せてくれただけでも十分の価値がある。

    新潮新人賞発表時にすでに読んでおり、その後のいくつかも読んでいる。
    その上で思うのだが、大岡昇平やら水木しげるやら(堀辰雄やら)を連想することもあるが、無理につなげる必要はない。
    この作者は戦後70年を狙って戦争を描いたのではない。
    むしろ死に近いところで輝く描写こそが、この作者の持ち味だ。
    たまたま戦争という題材が侵入してきたのだと思いたい。

  • あの「野火」に匹敵する…の帯にそんなわけがないだろう!と高を括っていたのだが読み終えて思ったのはこれは戦争など知る由もない30代の青年に旧日本軍の兵士が憑依したのではないのかと。
    その想像の世界の戦争はありがちなエンタテインメントに走ることもなく飢餓と病により死を目前にした人間の内面を淡々と描くものであるがそれは遠く離れた南の島で戦病死した何十万人の兵士の生々しい声。
    忘れてはいけない、語り継ぐなどの大義はさておきスタバのコーヒー1杯分の値段で読めるわずか70年前に起こった歴史の事実を感じ取れるこの文庫本の価値は高い

  • 前線で死んだ兵士を、いちいち荼毘に付す余裕はないので
    小指を切り落とし、その骨を持ち帰るのが陸軍の慣例だったらしい

    ニューギニアの戦い
    戦闘で負傷し、後方の野戦病院に送られた主人公は
    常に死と隣り合わせ、ではあるものの
    怠惰で退屈な療養生活のなか
    日本の連戦連勝を信じ、永く安心しきっていた
    しかしある日
    とつぜん訪れた敗残兵の群れに、真実を知らされる
    そこから、「転戦」のための行軍に参加するのだけど
    飢えと疲労に冒され、だらしなく食物を求める日本兵たちを前に
    絶望がわきあがる
    現地人から略奪しないことだけは、誉められていいのかもしれない
    けれど結局は自堕落に死を待つことしかできない
    あるいは
    これはひょっとしたら、ある種の現代人の絶望だろうか

  • 戦争があり、戦いがあり、病があり、生と死が背中合わせにあった。
    情景が淡々と浮かんでは消え、また現れ、消え、の繰り返し。なにかが特別な訳でもない文章が、なぜに心に残るのか。
    無声映画をみているような感覚。

  • 南島の戦場を描いた本書は、戦争文学と分類して間違いない。しかし、戦線の最前であろうと、緊張状態が延々と続くわけではなく、弛緩した空白の時も存在する。食べなければ生きていけない。人と交わらなければ生きていけない。人が人らしく生きるための世界を、暴力的な方法で裏側から描き出している。

  • これを戦争を経験していない人が書いたなんて信じられない。まるで自分も一緒に熱帯の戦場を彷徨っている気分になる。人を喰らいそうになるシーンがエグい。この主人公はきっと日本には帰れなかったのだろうなあ。戦友の指の骨と共にこの熱帯で朽ちていくイメージがありありと浮かぶ。

  •  内容についてはケチのつけようがない、慄然とするほどに惹きつけられる。恐くなって読みたくないような気さえするが読むことをやめられない、臨場感が凄まじいからか。実体験なしにこれを書けたことは超人的だ。
     そして何よりそのシリアスな内容を支える文体、文章力、豊富な語彙、身体感覚や精神の動きを書く表現力、風景、情景を浮かび上がらせる描写力、これが何よりも素晴らしいし、凄い。この作者はこれからも読んでいこうと思えた。

  • 太平洋戦争中の南方戦線の島は激戦区だった。野戦病院に送られた主人公が得た束の間の休息。だがそこにも死が溢れていた。そして退却。
    とてもリアルな描写で情景が目に浮かぶようだった。特に死の描写が恐ろしい程に。顳顬を撃って自決した軍医の逆の耳から出てくる血など。
    退却戦でも自決用の手榴弾を魚採りに使ってしまったり、小銃の枝の部分を寒さ鎬の薪に使ってしまったりと人間らしさがあり、そこもリアル。

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著者プロフィール

「指の骨」で新潮新人賞を受賞しデビュー。若手作家の描いた現代の「野火」として注目を集める。同作にて芥川賞候補、三島賞候補。「日曜日の人々(サンデー・ピープル)」で野間文芸新人賞受賞、「送り火」で芥川賞受賞。

「2019年 『日曜日の人々』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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