壊れる日本人―ケータイ・ネット依存症への告別 (新潮文庫)

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著者 : 柳田邦男
  • 新潮社 (2007年10月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (278ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101249209

壊れる日本人―ケータイ・ネット依存症への告別 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 昔教科書などでよくみた記憶のある著者の本を久々に読んだ。ネット、ケータイを否定はしないという立場を取りつつも前世代的な偏った表現が端々にみられるが、総じて頷くことのできるとても学術的な内容だと思う。

    なんでも白黒はっきりさせる西洋型思考法で解決するのではなく、あいまいな部分も含めてありのままを受け入れ大事にするあいまい文化。少しくらい不便でも大事なものを手放さないちょっと非効率な生き方。

    図らずも先日母の実家を訪れた際に、車で駅まで送ると言ってくれた伯父を制して寄り道わき道逸れながら徒歩で村落を歩いたのだが、便利と裏腹に失ったものは大きいんだな、と痛切に感じるとともに数十年の時を経て大変貴重な経験ができたところだった。

    五感を使って両手両足を使って、ちょっとだけ非効率な生き方をしてみようと改めて思うことができた一冊です。

  • ケータイを手離せない最近の日本人を糾弾している本。
    ちょっと論理が飛躍している部分があり、老人くさいくだりはあるが、たしかにずっとケータイを電車の中でいじり続けている人が増えていったいどうなっちゃったんだろうと個人的に思うことはしばしばなので、この本には共感できる。

    なんで柳田邦男が?という疑問はあるけど。

    最近、日本人のスケール感がちっちゃくなったなあと思う。
    ゲーム、ネット、ケータイ
    どっぷり浸ってこれが世界や生活の大部分だと思っている人は多いと思う。
    でもそれらは全部、人間が作った枠組みの中のいわば狭い箱庭の世界に過ぎない。
    自然の造形や雨や雪のリアルさ、肺を刺すような空気の冷たさ、世界の不思議さに触れない時間をたくさん過ごしている人達は感受性が丸まっていくのだろう。
    元気もどんどんなくなる。

    だから柳田邦男の視点はとても大事だ。

  • 柳田氏の提唱するテレビと携帯とゲームの使い方を、正反対で実践してきた結果、残念な家族になりました。読書したり自己啓発など考える事をが選択肢に無い、社会貢献なんか眼中に無い自己中心的な人間と、結婚してしまった私自身に問題がある。

  • 「人の痛みを感じる国家」という最新刊を探していて、それが本書からはじまる連作の三作目であるということを知りました。それで、三冊まとめて購入し読み始めました。雑誌に連載されたものをまとめて単行本にし、それから文庫になっているので、話題は少し古くなっているものもありますが、どのテーマも考えさせられるものばかりです。その中でもちょっとおもしろいのがカーナビの話。タクシーに乗ると、行き先の住所を聞かれ、その後、運転手はカーナビの操作に夢中?で、話しかけることすらできない。レンタカーを借りてはじめて山陰地方をドライブして講演会のある目的地に向かうとき。わざわざ、ご丁寧にカーナビのセットまでしてくれていた。地図を見ながら、わき道にそれながら、のんびり目的地へ向かうつもりが、カーナビがうるさく曲がれ曲がれと言ってくる。無視してまっすぐ進んでいたら、あきらめたのか?黙ってしまった。さらに、カーナビのモニターは進行方向が上になっており、どちらが北か分からなくなる…などなど。その他、マニュアル主義が危機管理を危うくしている話、佐世保の小6女子殺害のこと、ケータイのこと。文庫版あとがきにも書かれているが、「ノーケータイデー」「ノーテレビデー」「ノーゲームデー」「ノーネットデー」などを提唱されている。私の場合は仕事が休みの日なら四つとも難なくこなせるのだけれど、皆さんはどうでしょう。→スマホになってからそれができない!

  • 計器信仰、計器依存にはとんでもない落とし穴がある。
    重要なことは、便利さや効率のよさの思慮に浴した時、「だが、しかし」と踏みとどまって考える視点を持つこと。
    「専門家の言説を疑え。専門家はある前提の下で安全だと言うが、前提が違ってくれば結果も変わる」

    人には「閾値」がある。閾値とは、ひとそれぞれのストレスの許容量あるいは限界値である。自分の「閾値」を知っておくことは大事だ。

  • 現代の情報化社会で、便利さとセットでもたらされた様々な問題。
    誰もこれで良いとは思っていなくても、後戻りできない。これが現実の姿か。
    何とかしなければ日本は本当におかしくなってしまう。
    もしかしたら、もう手遅れなのか。
    ちょっと後半部分付け足し気味という感じもするが、問題を投げかける良書の一つである。

  • (「BOOK」データベースより)
    残忍な少年犯罪の続発、効率優先が引き起こした重大事故、相次ぐ企業の不祥事―この国は本当におかしくなってしまったのか?急激なIT化が私たちから奪ったものを徹底検証し、曖昧な故に芳醇だった日本文化再生を訴える。便利さを追求すれば必ず失うものがある。少し不便でも、本当に大事なものを手放さない賢い選択をしよう。ちょっとだけ非効率な生き方を提唱する警世の書。

  • 「マッハの恐怖」こ頃からちゃんとしたノンフィクションを書いている人だと思っていたのだが。
    老人の戯言とも言えないことはない。根拠があいまいな論理展開もないことはない。

    全体としては間違ってはいないのだが,書かれたのが平成17年とちょっと古いので,今となっては「似非科学」の「ゲーム脳」とかが正しいとした記述があったりする。



    2012/01/28図書館から借用;01/28から読み始め

  • 柳田國男と同名のノンフィクション作家です。ゲームやメディアを否定する態度は正しいものです。ほんと、ケータイ・ネットに支配されている人が大量に増加しています。このままでは人類はコンピュータに殺されてしまいます。未来はないのだろう、としみじみ思ってしまいました。依存から離れなければならない。――国よ、規制をかけてくれ!

  • 柳田邦男と聞いて、国語の問題によく出たひとだったな。というのが最初の印象。
    最近、電車の中で電話をする人が少なくなった。マナーが向上したのか?
    画面をずっとタップして、スワイプして。。。
    メール?ネット?つぶやく?Facebook?ニュース?
    著者の”「あいまい文化」を蘇生させよう”は今まさに日本に必要です。
    話は展開して、最終的にテレビ、ネットばかりに触れコミュニケーションが取れず昨今の残忍な少年少女による犯行の原因に対する親の再考、社会への疑問を訴えます。
    必読です。

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残忍な少年犯罪の続発、効率優先が引き起こした重大事故、相次ぐ企業の不祥事-この国は本当におかしくなってしまったのか?急激なIT化が私たちから奪ったものを徹底検証し、曖昧な故に芳醇だった日本文化再生を訴える。便利さを追求すれば必ず失うものがある。少し不便でも、本当に大事なものを手放さない賢い選択をしよう。ちょっとだけ非効率な生き方を提唱する警世の書。

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