儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)

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著者 : 米澤穂信
  • 新潮社 (2011年6月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (329ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101287829

儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • いやぁ~、何ちゅうほろ苦い読後感!
    目を背けたいのに否応なしに惹きつけられる甘やかで背徳な毒の味。
    ミステリーというか、
    ホラーテイストのダークな短篇集です。

    時代も場所も主人公もそれぞれ違う短編すべてに共通するのは、
    物語の登場人物たちが謎の読書サークル『バベルの会』に所属していて、
    旧家や上流階級の少女たちであること。

    収録されているのは、
    屋敷で起こる連続殺人の顛末を
    二人の少女の手記の形で描いた
    『身内に不幸がありまして』、

    妾の子である少女が使用人として働く屋敷で
    別館に幽閉された長男から頼まれる奇妙な買い物依頼の謎。
    そして最後の一言にゾーッとした(滝汗)
    『北の館の罪人』、 

    職務を全うするためなら手段を選ばぬ雪に閉ざされた山荘の使用人の狂気に、映画「ミザリー」を思い出し背筋が震えた
    『山荘秘聞』、

    財閥の娘と使用人の少女との深い絆を描き、伏線回収の妙とラスト一行に戦慄すること必至の傑作
    『玉野五十鈴の誉れ』、

    バベルの会に相応しい人間であることを証明するために
    恐ろしい計画を実行に移す少女を
    日記形式で描いた
    『儚い羊たちの晩餐』
    の計五編の短編です。

    幻想的な筆致と唖然とするような幕切れ。
    見えていたものが見えなくなり、
    見えなかったものがラストにおいて浮かび上がるその鮮やかさ。
    (その反転の見事さこそがミステリーの醍醐味と言えるんだろう)

    文体は古風な言い回しで丁寧だし、綺麗な言葉使いで書かれているのに
    得体の知れない恐怖が読む者を魅了し縛り付ける。

    幻想と現実とを混乱してしまう儚い者たちの狂気が
    どこか滑稽でいて哀しいのは何故だろう。

    米澤さんをちゃんと読んだのはひさびさだけど、
    しかしこの人は意欲的というか、
    ひとところに止まらず、どんどん新たな地平を歩んでいってるし、
    こういうモノも書けるのかと個人的には心地よい驚きでした。
    (本当に読ませるし面白い作品だけど、謎解きに重視を置いたミステリーではないのは先に断っておきます笑)

    関係ないけどもし映画化するなら、
    大森靖子の名曲「呪いは水色」を主題歌に推したいなぁ~!(笑)

  • 「これを読むのならばね、ブラックコーヒーに限るよ」
    一冊の小さな文庫本をいとおしげに撫でながら、都子はそう独白した。
    言葉通りに、向かい合わせのソファの間にあるロウテーブルには、まるでコールタールのように真っ黒なブラックコーヒーが置かれている。彼女愛用の赤いマグカップに、健太専用の青いマグカップ。こんなに黒い液体からどしてこんなに清らかな白い湯気が上がるのか不思議な気がした。
    「ブラックコーヒーは嫌いかい?」
    「いいえ」
    どちらかといえば甘党の部類だが、ブラックも嫌いなわけではない。そう思って一口すすると、予想と違った味が広がって一瞬顔をしかめてしまった。その表情のままに彼女を見るといたずらの成功した猫みたいな顔でくっくっと笑っている。
    「この本『儚い羊たちの祝宴』は読むときの供はね、ブラックコーヒーがいい。それもたっぷりの砂糖が入ったやつがね。ミルクを入れたらダメだ。タールのように濃く、黒く、苦く、けれど深奥に狂気的なまでの甘さがあるブラックでなければ」
    「…どんな話なんです?」
    苦く、それでいて甘ったるいそれをちびちびと舐めながら――――…慣れれば中々旨い。眠気覚ましには最適そうだ――――…を問うと、妙に熱っぽい瞳をしながら都子は語り始めた。
    「この小説は五編の物語から成る短編集だ。それぞれの物語の主人公は裕福な家の少女、またはそれらに使える使用人だが、いずれも年若い女性だという事に変わりはない。時代背景は明かされていないがおそらく明治か昭和初期辺りだろうか。日本が西洋に染まり切る直前の黄昏のような時代背景が実に美しいよ」
    「連作短編なんですか?」
    「いいや、世界観と時間は同じようだが、それぞれの話に明確な繋がりはない。ただこの物語の核となる『バベルの会』という組織が存在するね。これはどうやらとある大学の読書会サークルのようだが…、中々含蓄のあるネーミングだとは思わないか?」
    確かに、と言葉に出さないままに健太は同意した。バベルとは神話に出てくる建造物、その傲慢から神に雷を落とされた塔の名前だ。かの塔が崩壊して後、言語が統一されていたはずの人民はそれぞれの言語が分かれてしまい、意思疎通ができなくなってしまったのだと言われている。
    「崩壊を控えた塔の名前を冠するサークル、そこにいる彼女達はいつだって年相応に残酷だ。思春期の少女なんてものはね、もしかしたら世界で最も残酷な存在かもしれない。自分のその残虐性を全く理解せず、己はかよわい存在であると信じていたりなんかしたら、なおのことね」
    その言葉を聞いて、健太は自分の手の中のカップに視線を落とした。黒く黒く、深淵の穴のように黒く、けれどその実、味はひどく甘い。
    「ここに出てくる少女たちは、皆ひどくかよわい。境界線を歩いている少女ばかりだ。だからふとしたきっかけで向こう側に堕ちてしまう少女たち。最終話であり、本と同じタイトルの『儚い羊たちの祝宴』にこんな一節がある。『がんばってね、文ちゃん。応援してる。ただ、手助けはしないけど。』ね、こんな誰もが持っている空恐ろしさを的確に表現した言葉があるかい?」
    にやにやと笑いながら、都子が自分のコーヒーをすする。その真っ黒で甘いブラックコーヒーを。
    「個人的に言うなら三番目に掲載されている『山荘秘聞』の情景描写がとても好きだね。こんなふうにシンと雪が積もった冬の日、黒く熱いブラックコーヒーを飲みながら読むのに最高の一冊だよ」

  • どこか倉橋 由美子さんの世界を彷彿とさせるような、耽美で残酷なお話の数々。
    上流社会の澱を皮肉めいて示唆しているようにも思える。
    ここに描かれる桁外れのお金持ちの排他的感覚はけして上品なものではない。

    表題作の羊はred rumからきているのかな。逆から読むと「murder」。
    生贄の羊として存在するかと思えば残酷な殺戮者にも成りえるお嬢様たちにぴったりの命名。

    と思ったらアミルスタン羊を食材にするからか。成り金の父が雇い入れた美貌の厨娘にお嬢様が指定した食材はめったに手に入らないアミルスタン羊でありました。「美食家倶楽部」は未読だったけど、うすうすそれが何かはわかる、、

    ジェリコーの「メデューズ号の筏」の絵、検索してしまいました。

    怖いな。。
    厨娘がただの料理人と違うのは、大量に材料を仕入れ、一番おいしい部分以外は全て捨ててしまうところ。そうやって大量の材料を無駄にすることができる経済力を誇るという一種気違いじみた贅沢が貴人たちを喜ばせるというのだから。
    狩られたアミルスタン羊はどれだけいたのか。。

    フォアグラを作り出す過程を以前動画で見たことがありますが、実際ただ美食を求めるために他の生物に対しあんな地獄に堕としてしまえるのだから、人間って怖い。私はフォアグラ嫌いだけども。

    それぞれが短編として独立していますが、お嬢様しか入れない読書サークル「バベルの会」によって彼女らは繋がっていて。。

    「玉野五十鈴の誉れ」始めちょろちょろ中ぱっぱ、、、あの誰でも知っているフレーズがこんなに怖いとは。

    でも、バベルの会の会長のセリフ「バベルの会とは、幻想と現実とを混乱してしまうはかない者たちの聖域」「ただの偶然を探偵小説のように味わい、何でもない事故にも猟奇を見出す」夢見がちな性質を踏まえて考えると単なる事故のようでもあり、、

    エドガー・アラン・ポーや横溝正史、江戸川乱歩や夢野久作、泉鏡花、海野十三あたりは知ってるけどそれ以外はマニアックすぎて分からないなぁ。よほどのミステリマニアなんでしょう、穂信さん。

    装丁とお話の空気感がマッチしている1冊でした。

  • (15.08.15-17読了)読み終わってため息が出ました。どのストーリーも無駄がなく、読者を驚かせる仕掛けが施されていて、それでいてとても綺麗で……。文句のつけようがありません。

    「身内に不幸がありまして」
    まさかまさかとは思っていましたが、やはり……。という感じ。動機がまさにサイコパスらしく、恐ろしいです。
    先に他の短編集で「玉野五十鈴の誉れ」を読んでいたので、読みながらそこに登場する主従の特別な関係と比べてしまって、余計に最後のオチが悲しい;

    「北の館の罪人」
    登場する六綱家の人々や建物の美しさ、キーワードとなっている絵など、すごく叙情的な短編。
    読んでいてとてもきれいだなと、感じました。
    最後にかつての兄弟の絵を描いて病死する長男、悲しむ兄弟たち、残された絵のトリック……。
    そんな感動的なきれいさのまま終わらないのがこの作品。
    最後に語られたあまりによる犯行。動機がやけにさっぱりしていてある意味清々しい笑
    この一転で物語が終わっていたら「全然綺麗な話じゃない!」と終わっていたのですが、物語はまだ終わらない。
    早太郎の描いたあまりの絵は、日に当たって退色が進むとあまりの手が赤く――犯罪者の手であることが明かされるしくみとなっていました。
    早太郎はあまりに毒を盛られていたことを知っていて、それでもそれを受け入れていたのです。
    その理由を考えることは無粋でしょうから、やめておきます。
    それにしてもこのオチがあることで、やっぱり物語が綺麗なものとまとまっていて、その綺麗さは転じる前の純粋な綺麗さではなく、また別質の歪んだ綺麗さに昇華されていて……。
    この連作で1,2を争う勢いで好きな短編です。
    ふと気になったのは、なぜ詠子に譲られたはずのあまりを描いた絵が北の館にあるのか。
    詠子は「バベルの会」の一員であるようだが、彼女にはどのような「弱さ」があったのか。
    想像が膨らみます。

    「山荘秘聞」
    これまた叙情的な物語。館を管理するわたし(屋島)の静かで美しくも大事な何かに欠けて退屈な日々、客人が来てからの慌ただしくも楽しい日々……こういった情景を描写するのが凄く上手いなと思います。
    館の雰囲気、出される紅茶やココアの高級感と暖かみ、本から伝わってきます。
    そしてこの作品もオチが面白い!
    どんな凶器で殺害していろいろな人を黙らせているのか……と思ったら、比喩でもなんでもなく、本当に黙らせているだけなんですね。
    この短編集の中では一番「バベルの会」との繋がりも弱く、また人が死ぬという意味での残酷さはないのでちょっと異質かな?
    それにしても館というコレクションを見せびらかすために嘘と金を重ねるというのは、最初の「身内に不幸~」の吹子並にサイコパスちっく!

    「玉野五十鈴の誉れ」
    新潮社の「ストーリー・セラー」で一度読んでいたので再読。
    他の短編と異なり、人間的普遍的な理由があっての犯行。
    「赤子泣いても蓋とるな」がこんな意味で使われようとは笑

    「儚い羊たちの晩餐」
    「アミルスタン羊」とは何か……全く知らなかったのですが、蓼沼に集まるという単語で漸くピンときました。恐ろしい!
    米澤先生の博識さというか、他の古典を上手く使いこなすところがまた物語に深みを与えているような気がします。
    読んでいて改めて自分の無教養を知るな、と……。「身内に不幸が~」「玉野五十鈴の~」を読んでいても思ったことですが、色々知っていたらますます面白く感じられるのかな。

    全編読み通してから裏表紙の「米澤流暗黒ミステリの真骨頂」という紹介を見ましたが、暗黒とはまた違うかな。
    暗黒というよりは漆黒だとか、もっと上品な色が似合う連作でした。
    どのストーリーもただ真っ黒なのではなく、美しさを伴った黒さなのがすばらしい。

  •  上流階級のお嬢様が集う読書サークル「バベルの会」。その会に所属していたお嬢様たちの家で起こった邪悪な事件の顛末を描いた作品5編を収録した短編集。

     本のオビで『ラストの一行で世界が反転』とあるのですが、そのオビに偽りなし!

     一行の衝撃というと綾辻行人さんの『十角館の殺人』のようなものすごい作品もありますが、この短編集の作品はそうした衝撃とは少し違います。

     そのラスト一行とは物語のすべてをそこに凝縮したかのような、その一行以外はすべて前フリだったのか、というような、
    ギリギリまで研ぎ澄まして、そして話の全てをあますことなく詰め込んだかのような一行なのです。

     特にそれを感じたのが「身内に不幸がありまして」と「玉野五十鈴の誉れ」
    どちらの作品も他のアンソロジーで既に読んでいたのですが、今回改めて読みなおしてその完成度の高さとラスト一行の切れ味の鋭さに惚れ惚れしました。

     そして全編に共通するのは上流階級の人間やその使用人が語り手のため、語り口が丁寧で甘美であり、舞台もお屋敷や別荘など豪華であるということ。

     そうした上品さ、甘美さがありながらも、そこからは想像できない邪悪で狂気的な事件がそれぞれの短編で語られます。このコントラストも読んでいて非常に美しいと感じました。

     邪悪さも狂気も描き方や語り方によっていくらでも美しく見せることができる、ということを教えてくれた短編集です。
    もちろんそうした美しさはフィクションの世界だけで十分ですが(苦笑)

  • 『玉野五十鈴の誉れ』
    再読後、五十鈴は本当にお嬢様を助けたのかどうかを考えた。前回は、そうあればいいなと思った。五十鈴は本当はお嬢様の事を忘れていなかった。とても美しい話。
    だけど、儚い羊たちの晩餐を読んで、どうなんだろうって思うようになった。
    会長さんはこう言っていた。
    「バベルの会とは、幻想と現実とを混乱してしまう儚い者たちの聖域なのです。」
    あの時の純香は、本当に夢の中のようだった。
    五十鈴に助けてもらいたいと心の奥で願っていた純香は、幻想を見たのではないかと思う。
    そうなるととても寂し寂しい話になるか…。

  • 短編推理小説。全5編。
    ●身内に不幸がありまして ●北の館の罪人 ●山荘秘聞 ●玉野五十鈴の誉れ ●儚い羊たちの晩餐

    「どんでん返しのミステリー」と謳われているようですが、私が読んだ印象とはちょっと違うかな・・・と。
    ブラックユーモアに富んだサスペンス要素もあり、ホラー要素もありのミステリーでした。

    時代設定はかなり古そうです。使用人を抱える富と名誉あるお屋敷のお嬢様や、女中、当主の愛人の娘など、若い娘たちがメインのオムニバス。

    登場する「バベルの会」という読書サークルについては、最後の章で結ばれるけど、関わりの薄い話もあるので、話の軸にはなっていないように思いました。
    話の共通点は、皆、目的のためなら無慈悲な行為も辞さない、守りたいものを全力で守るところでしょうか。そこに正しさは存在していません。いや、彼女たちにとっては正しいのだけど。

    全体的にゴシックな雰囲気でじりじりと悪い方へ話が進んでいき、読者にも展開を仄めかしつつ、どうなる?どうする?と先が気になる作品ばかりでした。こういうの大好きです。
    まず、館とかお嬢様とか使用人とかいる設定がたまりません。綾辻行人先生の影響でしょうか(笑)いろいろ想像すると心躍ります。

    登場してくる文献が読んだことのない作品ばかりだったので、知っていたらもっと楽しめたかも。

    アルテミス羊…ただの珍しい羊だと思って読み終えたら「ぽかーん」状態。あとから調べて合点がいきました。読み返したらちゃんとヒントは出されていたのに。なぜ気がつかなかったのだろう。
    あの見栄っ張りのお父様もさぞ驚くだろうに…。
    食卓を想像するとぞっとすると同時に見てみたい気持ちもあります(ぇ

  • 徐々に伏線ボディーブローを打ち込まれて、最後の最後で強烈どんでん返し右ストレートをくらいノックアウト、KOにされる感じ。それが5つの短編全てで味わえるわけだか、5回ノックアウトされるわけだ。
    全短編はそれぞれ完全に独立してるわけではなく、読書サークル「バベルの会」(全短編の登場人物のいずれかがこの会に属している)を通じてゆるーく繋がってる感じ。また共通点としては、いずれの話もお金持ちつまり貴族の話だということ。

    「身内に不幸がありまして」
    孤児院育ちの夕日が、ミステリー好きお嬢様吹子の屋敷に引き取られる話。お嬢様の秘密の本棚を知りだんだんと心酔していくが...。
    すげータイトルだなと思ったわ。まずタイトルで惹かれた。有名ミステリー作家や有名ミステリー小説がたくさん出てくるので、ミステリー好きは思わずニヤリとするだろう。
    どんな話か全く想像つかんかったが、最後の最後ですごく共感してしまった。こういうことか! 誰もが一度は使ったことのある台詞をここまでつまく使えるとは笑
    p.16
    小説を通じ、お嬢様の秘密を覗き見る。それはわたしの幼い胸を、危ういまでにときめかせました。



    「北の館の罪人」
    が、北の館に住む絵好きの男の世話をする話。何故男はここに幽閉されているのか、そして男が描いた絵の秘密とは...。
    視覚を刺激してくれる作品。男の色に対するこだわりがとにかくすごい。色の使い方に注目して読んでほしい。
    p.99
    上半分は、青い空でした。いえ、それは変わった色遣いでした。そこは空で間違いないと思われるのに、塗られているのは青ではなく、むしろ紫に近い色だったのです。



    「山荘秘聞」
    飛鶏館を愛する守子。この館に一度でいいから誰か客を招いてみたい主人公は、ある日1人の瀕死の男と出会う...。
    館に対する凄まじい愛を感じる。ホラー色が強い。夜に読んだらドキドキして寝付き悪くなっちゃった。「ミザリー」と雰囲気似てるかも。

    p.132
    ただわたしは、この飛鶏館がお客さまを迎えることなく朽ちていくのが、残念でならないのです。あの、人が集まる空間に自然と生まれるあたたかさを、飛鶏館に満たしたいのです。



    「玉野五十鈴の誉れ」
    お嬢様純香はある日、五十鈴という同い年の娘を仕える。純香は五十鈴と仲良くなりたいと接するが...。
    これもまずタイトルに惹かれた。お嬢様と召使いの身分違いの友情ものでほっこり系の話かと思いきや、中盤以降思わぬ展開を見せる。全体の独特な雰囲気といい、ラストといいかなり印象に残った作品。

    p.200
    しかしなによりも五十鈴だ。五十鈴といるとき、わたしはこれまでの取るに足らない人生では知ることのなかった、安らいだ気持ちになることができたのだ。



    「儚い羊たちの晩餐」
    これまでの短編で登場した「バベルの会」中心の話。「バベルの会」を追放された元バベルの会員鞠絵は、なぜ自分が追放されたのかを追求する。また「バベルの会」消滅に至るまでの経緯を描く。
    これまでの話の中で、唯一ラストがはっきりしなかっとううか、すっきりしなかった。読書に考えさせ、想像を楽しませるようにしたのだろうか。

    p.288
    「ふだんはごくあたり前の顔をして勉学に勤しみ、家に戻れば期待された役割を万全に果たす。ですが心の底に、ほとんど致命的なまでに夢想家の自分を抱えている。バベルの会には、そうした者が集まってくる」



    どの短編でも話に出てくるある人物は何かに心酔している。それは狂わしい愛のようなものだ。その対象は物であったり、また人であったり...どれもがそんな行きすぎた思いが爆発してしまう話だ。
    短編集を読んでいると、大抵印象に残る話はその中のいくつかだったりすることがあるが、この話はどれもがインパクトがすごい。決して後味の良い話ではないが、読了後じわじわと読み返してみたくなり、全編から放たれている独特の世界観がクセになる。ミステリー好きには間違いなくオススメできる。

  • こんな世界が存在してたら怖いなぁ…でも、ありそう。っていうのが面白い。
    背筋が寒くなる感じ、わりと好きです。

  • 米澤穂信の『儚い羊たちの祝宴』を読了。

    本作は、一般的な推理小説とは少し違う。別物とさえ言えるだろう。兎に角、残酷。一口に残酷といっても、例えば惨たらしい描写というような残酷さではなく、人間の心に潜む残酷さや冷徹さが表されている。

    これまでに読んできた米澤作品は、主に「日常の謎」や「青春ミステリ」のイメージが強かったのだが、本作によって米澤穂信の魅力をまた一つ見つけてしまった。

    連作短篇とされているのだが、その内容から鑑みてひとつひとつの短篇が殆ど独立していると考えても差し支えない。どの短篇にも出てくる、上流階級のお嬢様方が在籍する読書サークル「バベルの会」の存在だけが微かな繋がりを感じさせる。

    会話や伏線に様々な文学作品の引用が使われていることも特徴的。それらを知った上で読むと、一層楽しめるのだろう。それらを知らなくても、読んでみようかというきっかけにもなる。

    収録されている中で特に印象的だったのは『玉野五十鈴の誉れ』という一篇。この一篇は最後の一行がとても秀逸。残酷という言葉が相応しい。

    読む前のイメージしていた推理小説とは違うタイプの作品だったが、こういう作品も面白いと思えた一冊だった。

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夢想家のお嬢様たちが集う読書サークル「バベルの会」。夏合宿の二日前、会員の丹山吹子の屋敷で惨劇が起こる。翌年も翌々年も同日に吹子の近親者が殺害され、四年目にはさらに凄惨な事件が。優雅な「バベルの会」をめぐる邪悪な五つの事件。甘美なまでの語り口が、ともすれば暗い微笑を誘い、最後に明かされる残酷なまでの真実が、脳髄を冷たく痺れさせる。米澤流暗黒ミステリの真骨頂。

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