妻の超然 (新潮文庫 い 83-4)

著者 :
  • 新潮社
3.72
  • (26)
  • (38)
  • (47)
  • (4)
  • (1)
本棚登録 : 333
感想 : 61
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (267ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101304540

作品紹介・あらすじ

結婚して十年。夫婦関係はとうに冷めていた。夫の浮気に気づいても理津子は超然としていられるはずだった(「妻の超然」)。九州男児なのに下戸の僕は、NPO活動を強要する酒好きの彼女に罵倒される(「下戸の超然」)。腫瘍手術を控えた女性作家の胸をよぎる自らの来歴。「文学の終焉」を予兆する凶悪な問題作(「作家の超然」)。三つの都市を舞台に「超然」とは何かを問う傑作中編集。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 絲山さんの本は前にまとめ買いしたのでちょこちょこ読んでいるのだが、この手の「らしさ」というか毒が前面に出ている作品があんまり合わなくてつらい。なにかにつけ現れる不満、攻撃性が常に読書のテンションを下げてくる。
    巨人戦は負けた時の悔しさが尋常じゃないから見に行きたくないとかものすごくわかるし、「他人へのむきだしの善意と、社会へのむきだしの悪意」への不安、「その全てを見ていたいと思う」とか面白いと思うところはどの短編にもあった。妻の超然が敗北するところなどはやっぱり見事だなと思うけど、物語に回っている毒に疲れてしまうのが印象として強い。

  • 妻、下戸、作家の三者の「超然」のうち、二人称で書かれた「作家の超然」が壮絶だった。難解な言葉も文脈もないのに、視点はどんどん遠ざかって、やがて文学の滅亡に至る。言葉の意味や情報が失われた後に幻視する光景にただ圧倒される。ひたすらすごい本だった……。
    久しぶりの絲山作品。疎遠になっていた原因でもある「生々しさを突き抜けたグロテスクさ」にやっぱり当てられたけど、どうしてかめちゃくちゃ清潔だとも感じる。不思議。

    (初読やと思ってたけど単行本の登録がある……感想もつけてる……)(自分が信じられない)

  • 楽しみ読み進めました。
    読みやすいのですが、「超然」というテーマに沿って書かれた短編という挑戦をしているのに、楽しみながら読み進めることができるもので、作家としてのチャレンジ精神にも感服します。
    文体がとてもリズミカルで読みやすいように感じるんですよね。毒もあるので読んでていてスッキリするんです!
    しばらく絲山秋子さんの本を読み漁ろうと思っています。

  •  『妻の超然』『下戸の超然』『作家の超然』の三作品が収録されている。
     表題作の『妻の超然』は多少ユーモラスながら、最も近い他人である夫との距離のあるコミュニケーションと、つかず離れずの友人、そして敬愛する料理の先生との部分的な共有を持った関わりを三人称で描く。『下戸の超然』は酒の呑めない男性の一人称である。これらは作家自身とは全く別の世界に生きる人物のフィクションで、それは「小説」というものの形態としてはごく普通のものなのだが、最後の『作家の超然』では主人公である作家を「二人称・おまえ」で描いてある。
     前二作を読んだ後に、この『作家の超然』を読むという順番にも意味がある。状況を距離を置いて見るように三人称で描かれた『妻』は、夫との関係をあれやこれや考える。それをまるで観察するかのように突き放す。一人称で描かれた『下戸』は独身男性の恋人や職場の友人、実家の家族との関係を客観的な目でもって主観的に描いてある。これらは作家自身とは違った生き方をする人の「孤独」について坦々と描いてある。
     そこで三作目の『作家の超然』に読み進むと、「おまえ」と呼ぶまるでもう一人の「自分」が冷徹に畳み掛けるように語る。「孤独」を飼いならし、「超然」と居ようとし、仕事をこなしていく日々と、良性の腫瘍の摘出手術を通して、これでもか、というほどの自身への「客観視」がある。そこには、前の二作で描かれた虚構でありながら、作家“ではない”別の世界を描くことによって、より輪郭が明確化された「作家」の内的世界と外の世界の隔絶と孤独が現実感を持って現される。
     もちろんこれもフィクションであり、現実の作家自身ではないのだが、その仕事「文学」の状況と自身の立場を客観的に彫り出す。「良性腫瘍」という異物を摘出するという身体の痛みを伴う出来事と、作品を描くということの共通性を感じた。そして、その産みだされる「良性腫瘍」は、前二作では子を持たない妻と独身男性という“産みださない”状況との違いを明確化し、文字通りに「身」を削る。
     絲山作品において毎回感じるのだが、ロマンチシズムやメランコリックなセンチメンタリズムの「湿気」を排除した「孤独」のありようが、追い込んでくる凄みと、誤魔化しようのない人の持つ当然の「孤独」を描きだしている。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「誤魔化しようのない人の持つ当然の「孤独」を」
      エッセイは読んだコトがあるのですが、小説は未だなので、短編三つだと手頃そうな、此れを読んで...
      「誤魔化しようのない人の持つ当然の「孤独」を」
      エッセイは読んだコトがあるのですが、小説は未だなので、短編三つだと手頃そうな、此れを読んでみようかな。。。
      2014/04/18
  • 見た目超然としているようであっても心の中はそりゃあ、バタバタしてるもんなんだな…
    人は愚かでそして強がり。
    だからいとしい。

    最後の「作家の超然」は作者の思いが強くあらわれているね。

  • 「そうやっていつまでも超然としてればいいよ。私は、もう合わせられないけど」とは帯文。
    帯読んだ時は言う側で思っていたのに、読み通した後は完全に言われる側の心地だった。
    そういう視点の転換が、純粋に、本読みの楽しさ。
    絲山さんの小説が本当に好き。
    3編入った中編集なんだけど、ひとつ読むごとにこの本の良さが上がって行く気がした。「作家の超然」が1番。

    物語の後ろに作家の物凄く大きな引き出しが透けて見える。
    がさがさと取り出される色々を、小皿みたいな自分のキャパシティで受け止める感じ。
    これまでに読んだ物語が、芋づる式に(ほんとにじゃがいもを掘り起こすみたいに)想起されて、楽しくなった。

  • 「妻の超然」「下戸の超然」「作家の超然」から成る。前ふたつは、共感できたりと面白かったが、作家の超然は難しかった。何度か読めば理解できるのかなぁ。

  • 「超然」たる姿勢が、3つの立場の物語で語られる。
    『作家の超然』は哲学のよう。
    絲山さんは五感が鋭く、それを字に起こせるのだろう。分かりやすくなくてよい、分かってくれなくてもよい、その間を翻弄させられる。でも書く作家も、読む私も移動の過程にあるのだから、それでいい。

  • 実験作?そこが目立ったのだけが少しだけ残念。
    「妻」と「下戸」が良かった。

  •  芥川賞作家の作品だと思いました。超然というのは手をこまねいて、すべてを見過ごすこと。栄えるものも、滅びるものも。「妻の超然」「下戸の超然」「作家の超然」の3話が収録されています。私は「作家の超然」が気に入りました。絲山秋子「妻の超然」、2013.3発行(文庫)、2010.9刊行。

全61件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1966年東京都生まれ。「イッツ・オンリー・トーク」で文學界新人賞を受賞しデビュー。「袋小路の男」で川端賞、『海の仙人』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、「沖で待つ」で芥川賞、『薄情』で谷崎賞を受賞。

「2023年 『ばかもの』 で使われていた紹介文から引用しています。」

絲山秋子の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×