今野敏「隠蔽捜査」シリーズ第7作目(2014年10月単行本、2017年5月文庫本)。
主人公はやっぱり竜崎だが、今回は今まで登場した脇役7名の視線の短編エピソード7作のスピンオフ作品。短編集としてシリーズ2作目だ。脇役と言ってもこのシリーズには欠かせないメンバー達だが、竜崎の強烈な個性の前に今まで各々の個性が見えなかった。その個性を今回見ることになる。
その7名は、「漏洩」大森署副署長の貝沼悦郎警視、「訓練」警視庁警備部警備第1課のキャリア畠山美奈子警視、「人事」警視庁第二方面本部の管理官の野間崎政嗣警視、「自覚」大森署刑事課長の関本良治警部、「実地」大森署地域課長の久米政男警部、「検挙」大森署刑事課強行犯係長の小松茂警部補、そして再度「送検」警視庁刑事部長のキャリア伊丹俊太郎警視長の7名だ。
<漏洩>
(貝沼副署長の視線の短編)
婦女暴行事件が大森署管内で起こり、地域課の署員が逮捕し刑事課の戸高刑事に引き渡される。この事件が公表される前に新聞社1社だけが記事にし、誰が漏らしたか署内で問題になり、しかも誤認逮捕の疑いもあると言う。記事を見た貝沼副署長は竜崎署長には記事を隠して何とか対策を取ろうととするが、すぐに思い直し竜崎に全て報告する。竜崎は戸高から事情を聴き、誤認では無いことを確信する。記事になったのも情報の漏洩ではなく、新聞記者の努力の結果であることも確信するのである。貝沼は竜崎に大きな過ちを犯すところだったことを告白するが、竜崎は直ぐに軌道修正したのだからそれでいいと問題にもせず、犯人自白の記者会見も貝沼に任せるのである。竜崎の貝沼への信頼度を垣間見るエピソードだ。
<訓練>
(畠山警視の指導の短編)
警視庁警備第1課の畠山美奈子警視がスカイマーシャルの訓練の為に大阪府警に出張研修の命令を受ける。警視庁警備部機動隊を含む5名と総勢6名での参加だ。いづれも屈強な男達で5名のトップがSATの小隊長の警部補。キャリアで女性の警視というのはやはり違和感があり、明らかに反感を感じ取っていた。
訓練の場所は関西空港の中で、大阪府警の警備部からも6名が参加しており、いづれもスカイマーシャルの候補生だ。座学訓練は何とかなっても実地訓練はハイジャック犯を想定した訓練だが、キャリアの女性にはきつかった。自信をなくしていた。そんな時相談したいと思ったのは竜崎だった。アメリカ大統領来日の時の警備本部長だった竜崎の秘書官として一緒に仕事をした強烈な記憶があった(疑心 隠蔽捜査3)。竜崎からのアドバイスで畠山は吹っ切れ、教官までが驚くような変身した訓練行動をする。訓練が終わった後、5名の男達は畠山に敬礼する。感動の結末だ。
「疑心」では竜崎の畠山への恋心に違和感があったが、今回は竜崎はもう吹っ切れているみたいで安心した。
<人事>
(野間崎管理官の視線の短編)
警視庁第二方面本部に新任の本部長、弓削篤郎警視正(ノンキャリア56歳)が赴任してきた。管理官の野間崎政嗣警視(ノンキャリア51歳)に第二方面本部のヒヤリングをし、問題ある警察署があるか聞く。
野間崎はつい大森署を挙げてしまい、仕方なく竜崎署長の経歴や方面本部の指示に従わなかった事や刑事部長に逆らった事を話す。しかし告げ口しているようで実は内心は竜崎を認め弁護している自分に気付き始めていた。
竜崎に興味を持った弓削は大森署へ出向き、彼もまた竜崎を気に入ってしまう。今後の野間崎の竜崎への対応がが楽しみだ。
<自覚>
(関本課長の視線の短編)
住宅街で強殺事件が発生し、大森署の関本刑事課長他強行犯係が臨場、警視庁捜査1課の田端課長も臨場している中で、戸高刑事が職質をかけた犯人に発砲する事態が起きていた。
発砲は適切だったか。マスコミ対策はどうするか。田端も現場にいたのでなかったことには出来ない。戸高の処分はしたくないと関本は思い悩む。
そして竜崎に報告する。竜崎は戸高から事情を聞き、何の問題もないと言い切るのだ。
戸高は人質を取り危害を加えようとした犯人を確保していた。人質も無事だった。そして戸高は人質の命を守る為、自覚をもって発砲していた。竜崎はそう関本に話し、関本は竜崎からまだまだ学びたい、そしてずっと署長でいてほしいと願うのだった。
<実地>
(久米課長の視線の短編)
手配中の窃盗常習犯を大森署地域課に卒配された新人が職質したにもかかわらず取り逃がしたことで、大森署の関本刑事課長が久米地域課長を責め立てる。そして取り逃がした捜査員の名前を教えろと要求、 久米は断る。
取り逃がしたことを追求してくるのは関本だけではない。警視庁捜査3課の刑事に加えて、方面本部の野間崎管理官まで出てくる。
しかし手配写真を配布したのは職質をかけた後だった。卒配の新人と言えども部下を守る覚悟の久米は自分の進退までかける覚悟をした。
野間崎の一言で竜崎の判断を仰ぐことになるのだが、状況を確認した竜崎の判断は全く違っていた。手配写真を見る前に職質したことに注目し、そこから評価と状況の判断は180度変わる。
新人署員の逸脱した着眼点と記憶力を引き出し、竜崎は犯人逮捕へと捜査員を導く。久米は完全に竜崎署長信奉者になったようだ。
<検挙>
(小松係長の視線の短編)
検挙数、検挙率を上げろという警察庁の通達を関本刑事課長から受けた小松強行犯係長は抵抗しながらも係員に指示する。その指示を受けた戸高刑事は現場を知らない官僚を馬鹿にしながらも従う。「どんなことになっても知りませんよ」と言う言葉を残しながら。まあ次から次へと当てこすりのような理由の微罪で逮捕し、留置場は満員になった。しかも検挙率を上げる為に手間がかかる事案は受け付けないと徹底していた。強行犯係の係員全員を裏で糸を引いているのが戸高というのは明らかだ。
署内の異常に気がついた竜崎は関本と小松と戸高に事情説明を求める。事情を聞いた竜崎は即座に警察庁の通達は無視するように指示する。
小松もまた竜崎署長の信奉者になった。
<送検>
(伊丹部長の視線の短編)
伊丹視線の短編は「初陣(隠蔽捜査3,5)」の短編8作以来9作目になる。
大森署管内で強姦殺人事件が発生、大森署に捜査本部が開設されすぐに容疑者が特定された。監視カメラや指紋等の証拠が揃い、容疑者の容疑否認のまま、伊丹は田端捜査1課長に送検の指示を出す。ところがその後現場に残された犯人のDNAは容疑者のものと一致しなかった。検事は無視して自白を強要しており、送検後ではあるがこのままでは冤罪を生むことになる。
伊丹は迷った挙句、竜崎に相談する。すると竜崎はこうなることを見透かしていたかのように真犯人の特定に動いていた。そして真犯人の根拠を説明し、検察に伊丹本人が出向いて送検が間違いだったと送検を撤回しろと言う。
家宅捜索の後大森署は真犯人を逮捕して、犯人は自白。またもや伊丹は竜崎に救われる。