本格小説(上) (新潮文庫)

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  • 新潮社
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感想 : 87
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  • Amazon.co.jp ・本 (605ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101338132

感想・レビュー・書評

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  • 日本を舞台にして、エミリー・ブロンテの「嵐が丘」を換骨奪取した本格小説を書く。その試みが結実した一冊の上巻。この取り組みは発表された時間軸は逆だが、村上春樹を換骨奪取しようとした古川日出男の「中国行きのスロウ・ボートRMX 」を想起させる。もっとも水村美苗はモダニストとして、かつての日本近代文学が辿った道を現代において再度示そうとする点、古川日出男はポストモダニストとして、リミックスという手法で自らが敬愛する作品の新たな命を吹き込もうとする点において、その目的は異なっているが。

    上巻は、その1/3が「本格小説の始まる前の長い長い話」として、私小説風にこの小説を書こうとした契機が描かれる。その序文と、実際に描かれる本編との関係性の中で、主人公たる一人の男を巡る物語に否応なしに引きずり込まれる。

    下巻読了が待ち遠しい。

  • 先生始め、藤野ゼミのみなさんが大好きな本作、やっと自分も読み始めました。

    作者水村氏の200ページ超にわたる自分語り「本格小説の始まる前の長い長い話」。
    本当に長いが、その語りが本編でここまで膨らむことになるとは。



    「これから先に自分の人生のすべてがあると信じていられた年齢であった。日本の人にかこまれ、日本語で話していられるというだけでハイスクールの建物の中に閉じこめられているときとは別人になったような生き生きとした心地がしたが、皆の中に溶けこみたいとは思わなかった。私からすれば彼らはもう人生の道筋のついた大人であり、しかも「本社」「チョンガー」「出張」などという言葉の世界に充足している大人であった。それに引き替えまだ人生の道筋がついていない分、私には無限の可能性が開かれているように思えた。彼らの存在の恵みを初夏の太陽の恵みのように浴びながらも、一人きりになりたかった。」(88)

  • E・ブロンテ『嵐が丘』を換骨奪胎し、繊細な描写と流れるような文章で紡ぎあげた、
     優雅で豊穣で情感に溢れ、でも陰影豊かな切ない物語です。三角関係は恋愛小説の王道ですね。
     作中では複数の語り手が出てきますが、それがある種のメタ的構造を取り、
     また語り手が、いわゆる「信頼できない語り手」だったりするので、
     思わぬどんでん返しが最後にあったりもします。

     さらに、上巻233頁までは、この小説の書き手である"私"が延々と自分語りを繰り広げて本題に入らず、
     最後には小説論まで披瀝するといった脱線ぶりで、どこか『トリストラム・シャンディ』を思わせます。
     フィクションとしての小説を意識して方法論の面でも実験をしつつ、
     語られる物語自体もメロドラマ風ながら魅力的。
     挿絵代わりに時折挟まれる写真も雰囲気作りに一役買っています。
     作品の形式と内容がそれぞれ高い水準を保って調和している点が素晴らしいです。

  • 小説家として何を書くべきか迷っていた「私」の前に突然現れた一人の青年。彼は、共通の知人である東太郎について語りたくてわざわざ「私」を訪ねてきたのだった。
    幼少時から何度か会った東のその後を聞いた「私」は、東をモデルとして昭和日本を舞台とした「本格小説」を書こうと思い立つ…。

    作者自らが認める通り、昭和日本でブロンテの「嵐が丘」を再現しようとしたこの小説。
    小説本編に入る前に、何故この小説を書くことになったかを語る「本格小説の始まる前の長い長い話」という章があるのだが、これが誇張ではなく本当に長い。文庫本200ページ分もある。
    しかも厄介なことに、作者が身の上を語っているこのパートがまた面白い。なので、私は「長い長い話」を読み終わっただけで満足してしまって、しばらく本編に読み進められなかった(笑)。

    本編だが、昭和日本から脈々と続く階級差に隔てられた三人の男女の恋愛模様が描かれる。
    この三人もだが、軽井沢にいる女富豪姉妹も、ちょっと私の知っている「日本」からはかけ離れすぎていて(いやそういう階級も存在するのだろうと知らなくはないのだけれど)、読んでいてまるで現実感や親近感を覚えない。
    こんな人たちを現代日本の大衆向け小説の題材として使ってしまうのが、いかにもアメリカ育ちの作者ならではだと感じてしまった。

  • なんだか微笑ましいと同時に嵐が丘読みたくなった

  • 長い長い序章――ある日、カリフォルニアに住む小説家の“私”のもとを一人の青年、祐介が訪ね「小説のような話」を語る。それは“私”が少女時代の一時期関わった東太郎についての話であった。“私”はそれを小説にしようと試みる――のあとに本編=本格小説が始まるという、周到な物語構造。それだけでも圧巻であるが、やはり読み応えがあるのは本編だ。一言で言ってしまえば、上流社会のお嬢様である女性に生涯想いを寄せる出自の貧しい東太郎の物語、なのであるが、そう言ってしまってはあまりにもこの作品の価値を取りこぼしてしまう。かと言って事細かに解説して感想を述べるのも愚なので、ぜひ読んで欲しいとおすすめするにとどめる。語り部であり傍観者であるはずの冨美子が、最終的には主役に仕立てられていく、そんなところも特筆しておきたい。
    ☆読売文学賞

  • 文量も多くて始めの部分は読みが進まないが、いつの間にか引き込まれてしまう。「本格」なのに読みやすい。
    本の世界感に浸りたい人にはおすすめ。純文学というか、人の人生を描いた作品が好きになったきっかけの本。

  • 久しぶりに日本の小説を読んで、なんて読みやすいんだろうと驚いた。ちょっと古めかしい言葉使いなのが凄く綺麗で、秋風が立ち、とかバタ臭い、とか忘れかけていた響きに酔いしれて、すいすい読めた。
    冒頭の160ページもある「本格小説の始まる前の長い長い話」というのがどこまで本当なのか、実話仕立てで思わせぶりな本当に長い長いフリだが、なんて面白い設定なのか、すっかりその罠にハマってしまった。
    そのあとからようやく始まる本格小説は、思わせぶりにフッた東太郎の出番がなかなかなく、早く先が読みたい一心で余計に長く感じて遅々として読み進まず。
    それと、読めない字があった。「嫂」。話の流れから考えると当然なのにどうしても出てこなかった。調べると「アニヨメ」だった。
    所々、見たことのない字面が出てくるが、それも美しく感じて心地よい。
    それと、トミコが心に思うことで「…そのとたんに昔の自分へとすうっと道が通るような気がします。同時に今の自分がこうまでちがうものになってしまったことを痛いほど感じるのです」というところを思わず二度読みしてしまった。歳のせいか。
    三婆さんが集まったシーンは会話がとても面白く、ほかの登場人物達の雰囲気もよく出ている上に舞台が日本だけにリアルに情景が思い浮かぶ。
    とにかく、東太郎のことがとっても気になって仕方がない。ミステリアスな男の話。ある意味、本格ミステリー。
    読む前から下巻は絶対に面白いってわかる。

  • エミリー・ブロンテの「嵐が丘」を題材にしたという小説。まあ、それは知っていても知らなくてもいいのだけど、上巻は本編が始まる前の「本格小説の始まる前の長い長い話」が200ページ以上も続く。作者自身が語った形で、本小説の主人公である東太郎と作者との出会いや本編では語られない米国に渡った後の東太郎の暮らしぶりについて書かれている。本編を読むために必要な部分がないとは言わないが、いかんせん長すぎる。さらに、「本格小説とは…」といった本作品についての説明あるいは言い訳と思しき部分まである。

    このパートが30ページくらいで済んでいれば、本編に素直に入れるし、その方がかえって面白く読めただろう。画竜点睛を欠いた感がある。

    なお、上巻における本編は子供時代を中心としたややまったりとした展開。辻邦生を思い起こさせるような典雅な文体は嫌いではない。

  • なんかすごいものを読んでしまった。という感想。
    割と量があるのだけど、そんなこと微塵も感じさせない。
    あっという間にぐいぐい引き込まれている。
    読み終えたあとしばらく精神が追分の別荘に飛んでっちゃって、帰って来れなくなってた。


    ストーリーというか、物語の顛末としてはよくあるパターンのうちの一つだと思う。
    「嵐が丘」の翻案らしいけど、嵐が丘読んでないや…。

    特筆すべきなのは「語り」という手法。
    一人称の語りの物語はたくさんあるけど、私たちはそれらを読むとき無意識に、
    語り手によって語られないことはない、と思ってしまっているんだなあとぼんやりしたことを思った。
    私はフミさんの語りを通してしか物語の世界を知ることができないというだけで、フミさんの語りが全てだという確証なんてないのに。
    しかもフミさんの語りは読み手に向けられたものじゃなくて祐介に向けられたものだから、形式的には又聞きしてるような形になるのね。
    凄く大胆なことをする作者だなあと思った。感服。

    ラストの冬絵さんの告白の後、
    太郎の苦しみ、フミさんの悲しみ、その他さまざまな登場人物たちの苦悩がぶわぁと色味を帯びて目の前にあらわれた。
    まさか、という気持ちと、どこか合点がいくような気持ちとが渦巻いて、そして深い悲しみが襲ってくる。
    素直に鳥肌が立った。

    「物語」に関しては彼のレビューがすき。
    http://booklog.jp/users/smallpond51/archives/4101338140


    蛇足だけど、途中に何枚も挿入されている実地の写真は
    いらないんじゃないかなあと思う。
    読みながら頭の中で小説の舞台を作りあげてしまっているから、
    下手に実際の写真を見せられると逆に混乱してしまう。

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著者プロフィール

水村美苗(みずむら・みなえ)
東京生まれ。12歳で渡米。イェール大学卒、仏文専攻。同大学院修了後、帰国。のち、プリンストン大学などで日本近代文学を教える。1990年『續明暗』を刊行し芸術選奨新人賞、95年に『私小説from left to right』で野間文芸新人賞、2002年『本格小説』で読売文学賞、08年『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』で小林秀雄賞、12年『母の遺産―新聞小説』で大佛次郎賞を受賞。

「2022年 『日本語で書くということ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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