晴子情歌(上) (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101347233

作品紹介・あらすじ

遠く離れた洋上にいる息子彰之へ届けられた母からの長大な手紙。そこには彼が見知らぬ、みずみずしい少女が息づいていた。本郷の下宿屋に生まれ、数奇な縁により青森で二百年続く政と商の家に嫁いだ晴子の人生は、近代日本の歩みそのものであり、彰之の祖父の文弱な純粋さと旧家の淫蕩な血を相克させながらの生もまた、余人にはない色彩を帯びている――。本邦に並ぶものなき、圧倒的な物語世界。

感想・レビュー・書評

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  • 彰之に宛てて、母・晴子がしたためる手紙は長く、その中には少女から女へと成長してゆく晴子自身が綴られる。晴子の手紙は一貫して旧仮名遣いで表記され、彼女が幼少期あるいは思春期を過ごした大正から昭和初期のレトリックにもなっている。晴子が書く手紙には、彼女自身の経験や考えとともに、当時の社会情勢や事件なども織り込まれる。だが、決してそれゆえに内容が発散するようなことはなく、生身の晴子自身が息づいているのは、ひとえに高村薫という作家の筆力に依るものだろう。

    物語そのものは、恬淡とした流れで、ややもすれば単調とさえ感じられる。退屈さを感じてしまうかもしれない。しかし、その粛々と紡がれる物語の中からは、絶対君主のいた明治から戦争への渇望がたぎる昭和への過渡期を生きた晴子の、社会に翻弄される人生がゆらゆらと立ち昇り、読む者の心をざわつかせるように思う。文体が静謐さを備えているだけに、相対的に心のざわつきの振幅がより強調されるのかもしれない。

    主に、晴子の手紙と息子・彰之の心理描写が中心であるがゆえにドラマツルギーはあまりない。物語が本来持つべき振幅もわずかだ。入り込むまでに時間がかかる作品であるが、それは決して本作品の欠点ではない。一見平坦とも思える物語世界に身を置くことで、いつしか晴子の「情歌」を感じることができるからである。晴子の手紙として書かれる文章は、仮名遣いこそ旧字体ではあるが、まるで歌の如きリズム感を備えている。それは、つまるところ著者の文章力に由来し、表現力に依拠するものであろう。

    本作品は上下巻に分かれており、まだ半分を読み終えたに過ぎない。上巻の前半は、主にこの作品の粛々とした物語の平坦さへの馴れに費やされたが、東京は本郷に生まれた晴子が東北へ、北海道へ、そして両親を亡くして再び青森の名家へと移ろう運命が描かれる後半は、一気に作品世界に入り込んでしまった。かつて、こんなにも心を揺り動かす静謐さに出会ったことがあっただろうか。晴子のように、運命に翻弄されながらも、超然としておのが運命を、自分自身を、あるいはその周囲を取り巻く人々を、あまつさえ社会をも見つめることのできる人は多くはない。

    彰之はそんな母の手紙にとまどいながら、己もまた外洋漁船の荒波に揺られているのである。そこには、自分も知らなかった母の姿を見たことへの当惑がある。それを彰之の心理描写として描く文章力もまたすさまじい。

    下巻ではどのような物語が展開されるのか? 恐るべき高村薫の世界に、読み手もまた翻弄されるに違いない。

  • 晴子三部作の序編に、最後に手をかけて上巻を読了。
    大学を出て北洋の漁船員となった彰之のもとに、母・晴子から自らの生い立ちを綴った手紙が届く形で、生家・野口家のファミリーヒストリー、父母ともに失った晴子が福澤家に奉公をはじめるまでが語られます。
    これから下巻ですが、何ともスターウォーズエピソードⅢを待っている感じです。

  • 上海の引き合いに横光利一の名前が出たり、相沢事件の話が出たりするのが面白い。

  • 一番好きな鰊漁シーン。漁場準備〜曳網〜出荷までかなりページを割いて描かれている。当時の一大事業だったため、漁獲高も関わる人々も大規模で、まるで祭りみたいだった。

  • 朝日新聞の北海道のおすすめ本であった。青森の筒木坂と北海道の初山別というほとんど観光地ではなく、知られることのない土地が舞台である。
     ただし、最後の場面は、カムチャッカのスケトウダラ漁であった。文庫ではなくオリジナルの単行本で読む。

  • お母さんの情が、延々と語られる。一つの歴史だと思った。

  • 下巻へ。

  • 感想は下に

  • 感想は下巻で

  • 下に書く。

  • 2016/11/11購入
    2017/5/13読了

  • 福澤彰之シリーズ1作目。合田シリーズよりミステリ度弱め文学度強め。旧仮名遣いが読みにくかったが良かった。以下に詳しい感想が有ります。http://takeshi3017.chu.jp/file6/naiyou6706.html

  •  遠洋行業の漁師の彰之の元に届いた母の晴子からの手紙。手紙から語られる晴子の人生と彰之の生活が交互に語られる。

     高村さんが紡ぎあげる小説世界はやはり別格だなあ、と思います。

     旧字体で書かれた晴子からの膨大な手紙。そして、そこから語られる晴子の人生。弟や妹と見に行った海辺、春の田植え、親戚の結婚式、父親との関係性、鰊漁の様子、初恋、そして家族との別れ……

     旧字体という独特の書き方ながら、情景や当時の少女だった晴子の感性がそこに息づいているように感じられます。高村さんの筆に本当に晴子という女性が乗り移ったのではないか、と思わされるほどの圧倒的な筆力です。

     理解しやすい話というわけでもなく、読みやすい話というわけでもなく、正直自分も理解が追い付いているのかどうかよく分からないのですが、それでもこの小説には、どこか地平のかなたへ読者を連れて行ってしまうような可能性があるようにも思います。

     果たして下巻に自分がついていけるかどうか、不安でもありますが、根気強く読んでいこうと思います。

  • 圧倒的な物語世界だ。母から息子への手紙という形式で、母・晴子の生涯を映し出す。それは家族・血・地域の物語につながっていて、昭和史そのものにもなっている。
    タイトルか装丁が気に入らなかったのか、敬遠していた作品だったけど、文庫化されて読んでみて後悔爆発。合田シリーズってこともあって『太陽を曳く馬』を先に読んでしまったことだ。『晴子情歌』→『新・リヤ王』→『太陽を曳く馬』で読まなくちゃね。
    それにしても高村作品の登場人物って、みんな学歴に関係なく教養にあふれた人が多い。今作の晴子にしても、10代では、アンナ・カレーニナに自分の生き様を重ね合わせ、中年になってからはパートの昼休みに武田泰淳を読んだりする。小説とはいえ凄過ぎます。

  • 再読。

  • 130628

  • (感想は下巻に書いてます)

  • 上下巻合わせてこちらに。

    キタ━(゚∀゚)━!
    めったに出ない五つ星評価ーーーーー!!!

    いやぁ、これはホントに凄かった。

    最初は勝手にサスペンス系かと思って読み始めたら、全然違って完全なる純文学。
    特に、何か事件が起こるわけでもなく、地味でホントに地味な作品なんだけども、飽きることなく最後までひっぱられて行った感じ。

    迫り来るリアリティが凄くて。
    読み始めた瞬間から情景が目の前に浮かびあがるかのよう。
    波の音や風の音、風景やその時の感触までが伝わってくる。
    純文学がこんなに面白いものだったなんて。
    そこらへんの小説のうわべだけのストーリーが面白い、と言うのとは全然違う体に直に感じるような、グッと迫ってくるような面白さ。重さ。辛さ。激しさ。痛さ。

    そして、なんて美しい日本語。それを教えてもらった作品でした。

    ただ、最後のまとめ方がよくわからなかった、と言うのはあるかな、、、ま、まとめるような作品じゃないのかもだけど、はっきりとおしまい!ってなるわけじゃないから、そこがちょっと引っかかる、と言うか、自分はちゃんと理解できているのだろうか、と言う気分にはなるw

    とにかく、これ、最後まで読めなかった人多いような気がする(汗)。
    読みきった自分への褒美(?)も込めて、★五つでwww

  • 文庫版再読。下巻参照。

  • 本書を通じて、谷川雁を知った。

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著者プロフィール

●高村薫……1953年、大阪に生まれ。国際基督教大学を卒業。商社勤務をへて、1990年『黄金を抱いて翔べ』で第3回日本推理サスペンス大賞を受賞。93年『リヴィエラを撃て』(新潮文庫)で日本推理作家協会賞、『マークスの山』(講談社文庫)で直木賞を受賞。著書に『レディ・ジョーカー』『神の火』『照柿』(以上、新潮文庫)などがある。

「2014年 『日本人の度量 3・11で「生まれ直す」ための覚悟』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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