魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (294ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101465227

感想・レビュー・書評

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  • 「常識」というある種の「先入観」に凝り固まった「大人」に思いっきり冷や水を浴びせかける軽妙なエッセイ「13」章。

    私たちの「常識」では1ダースといえば12。ところが、魔女の世界では「13」が1ダースなんだそうな。そう、この広い世界には、あなたの常識を超えた別の常識がまだまだあるんです。異文化間の橋渡し役、ロシア語通訳をなりわいとする米原女史が、そんな超・常識の世界への水先案内をつとめるのがこの本。

    全編を貫くのは、世の中に絶対というものはないという警鐘。いわゆる常識、先入観、思いこみがどれほど当てにならず誤解のもとになるか。例えば体型に関する意識調査では、80%もの日本人女性が自分の体型に不満という結果が。悲しいかなマスメディアもファッション誌もブティックのマネキン人形も、こぞって八頭身欧米人型体型を「理想」として日本人の脳味噌にインプットし続けた結果だと著者は喝破しています。その考えに触れるだけで、ふっと心が軽くなる。
    どんなお偉方も権威も、下ネタも、米原女史の手にかかれば相対的に描かれて唸ります。米原氏が師匠と慕う徳永晴美氏に言わせればそこは「宝石箱と汲み取り式便槽の中身を一挙にブチマケタような、おぞましい知の万華鏡の世界。だが、恐れてはならない」。飛び込めば、実に爽快な世界です。

  • ああ醒めやらぬ通訳熱。田丸公美子さんに続き、最強ロシア語同時通訳、米原万里さんの著書に突入です。1ダースといえばもちろん「12」ですが、「魔女の1ダース」とは「13」なのだそうな。異文化間のコミュニケーションを担う通訳の現場には、個人の「常識」の枠を超えた「超常識」に遭遇するエピソードが満載。目まぐるしいテーマ展開で、読者が「正義」や「常識」と思い込んでいるものを、コーナーを取られたオセロのごとく次々とひっくりかえしてしまうエッセイ集です。

    古今東西の歴史書や文学作品を自在に引用し、圧倒的な語彙量を縦横無尽に使いこなす。それこそ魔女のような著者の知性を讃え、徳永晴美氏が本書を「宝石箱と汲み取り式便槽の中身を一挙にブチマケタような、おぞましい知の万華鏡の世界」と表現したのは言い得て妙だと感心してしまいました。

    読書家の文章にはいつも感じ入るものがありますが、特に通訳の方々はもう別格です。そのお話の面白いこと、その語彙の豊富なこと、黒子に徹するとおっしゃりながら、その表現力の鮮やかなこと!米原さんは語彙が多いだけではなく、その使い方も面白いのです。例えば、海に千年山に千年、山を鋳海を煮る、父の恩は山より高く母の愛は海より深し、海のものとも山のものとも、などなど、山と海をセットで使う諺は多いですね。でも「たくさん」は「山ほど」としかいいません。それを米原さんは「この習性のおかげで成功している人は山ほどいる。もちろん失敗している人も海ほどいる。」というように、さらりとアレンジしてくれるのです。

    「何が根幹で何が枝葉末節かが分からないのに、快刀乱麻を断つなんてことはいうまでもなく不可能だ。」と四字熟語の連続技を繰り出してきたと思えば、「畳と女房は古くても畳と女房であり続けるが、情報は古くなると情報ではなくなる。」と諺を発展型にしてしまったり。

    「まず通訳をやってギャラを貰い、その内容のおいしい部分を雑誌に書く。それを元に単行本を出し、それが文庫本になる。一粒で四度おいしい。グリコも顔負け。」と徳永晴美氏のおっしゃる通訳という生業。こんなに奥が深い表現者の仕事を、十年前「英語が話せる人なんていくらでもいる」と見限ってしまったことが悔やまれてなりません。同じヤクシャでも役者を見て「台本を読んでいるだけだ」とは思わないように、通訳者を見て「他人の言葉を訳しているだけだ」と思うべきではなかったと、最近になって反省しています。今は、どんな仕事にもその人らしい表現があって、その表現方法を磨いていくのが面白いのではないかと思っています。

    本書で一番心に残ったのは「良い文章を書くには、良い文章を沢山読め」「モノを見る目を養うには、イイモノを沢山見よ」とのアドバイス。これは外国語学習にもあてはまる戒めで、つまり音韻的にも、語彙的にも、形態的にも、文法的にも正確なパターンを初期の段階で徹底的にインプットすることが、新たな言語を身につける基本なのです。努力次第で改善が見込める分野にはどんどん理想パターンを取り入れ、容貌とか年齢とか努力の余地のない分野にはゆめゆめ理想など描かないこと。これが米原式「幸せになるコツ」なのだそうです。

  • モスクワで「魔法使いの集会」に参加した。
    全く魔力もないし占いも当たらない微笑ましきニセモノばかりだったが、筆者だけがロシア語ができたせいか『悪魔と魔女の辞典』という小さな本をくれた。
    人間界の常識とは色々逆さの意味になっている。
    一例としては(割と知られたフレーズではあるが)「1ダース」を表す数字は、人間界では「12」だが、魔界では「13」だという。
    米原万里は、ロシア語の通訳として、異文化の仲介役を仕事としていたから、文化と文化を見比べなくてはならない場面に多く立ち会ってきた。

    本書の中では、異端人が別の目で世界を見た時、常識がくつがえる、そんな瞬間が紹介されている。
    下ネタ多く公共交通機関の中で読むのは危険だが(笑いが止まらなくなる)、ソ連が崩壊する激動の時期に多くの仕事をして来た筆者の、政治的視点、歴史的視点も真剣に書かれている。
    なるほど、戦争がどうしても起こってしまうのは、人間のこういった性(さが)とか業(ごう)のなせる技なのだろうなとも実感した。
    「汝の隣人を愛せよ」は、なかなか実行が難しい。

    (ちなみに現在、『世界くらべてみれば』というテレビ番組が放送されていて、これがとても面白い)

    第1章 文化の差異は価値を生む
    トルコへ旅行した日本人女性が乗り合わせた、髭面の男性ばかりの「水着女を見に行くツアー」
    イスラム圏では、水着はおろか、女性の顔さえも拝めない。
    「希少価値」は商売になる。

    第2章 言葉が先か概念が先か
    言葉を「概念」に直し、それを別の国の「概念」を通してその国の言葉に訳するという手法の自動翻訳機が開発されている。
    「概念」は文化によって違うし、その微妙な違いを介して訳すのは無理ではないかと著者は思う。

    第3章 言葉の呪縛力
    「販売元:福島県」と記載されていたから、産地も福島県だと勝手に思っていたら・・・

    第4章 人類共通の価値
    ベトナム語は、鳥の名前には前に必ず「チム」と冠する。
    鳩は「チム・ボコ」
    あなたも気付かぬうちに、ある国での下ネタを口走っているかも。

    第5章 天動説の盲点
    大多数の人々にとって、世界は自己や自民族中心に回っている。
    相手の身になって考えることには限界がある。

    第6章 評価の方程式
    期待が大きいと、失望も大きい。
    上昇志向の強い人間は、なかなか幸せになりにくい。

    第7章 ○○のひとつ覚え
    ロシア経済改革のシンポジウムに参加した学者たちを見て、
    アメリカ側だけがロシア語も日本語もかじったことさえ無い人物ばかりだった。
    「国際語」を母国とするアメリカ人は、外国語を学ぼうとしない。
    それは、異なる発想法や常識に対する想像力を貧しくしている。

    第8章 美味という名の偏見
    「星は輝き、花は咲き、イタリア人は歌い、ロシア人は踊る」という名文句があったが、「中国人は料理する」と加えたい。砂漠のど真ん中にあっても、皮から餃子を作る。

    第9章 悲劇が喜劇に転じる瞬間
    モスクワの空港での、爆買いベトナム人と空港税関職員たちの熾烈な攻防戦。
    待たされてイライラしてしまうが、視線をズームアウトして、「木を見て、森を見る」と悲劇が喜劇に転じる。
    それは「第三の目」の効用で、昔からの政治の「三権分立」がこれに当たる。
    スターリンが失敗したのは、権力を一つに集めたから。

    第10章 遠いほど近くなる
    外国語を習う場合、近い言語系の人が最初の上達は早いが、いつまで経っても母国語訛りが抜けない。系統が近いゆえ、干渉が起こってしまう。
    逆に、全く関係のない言葉の国から来た人の方が、最初こそ苦労するが、最後はきれいに話せるようになる。

    第11章 悪女の深情け
    振り向いてくれない高嶺の花ほど追いたくなり、女が自分に夢中になってくると飽きてくる、追われるようになると逃げたくなる、そんな男性心理はよく小説にも描かれている。
    この心理は男性に限らない。
    (「蛙化現象」も似てるかな?)

    第12章 人間が残酷になるとき
    戦争を防止する最良の手段は、なるべく多くの異なる国の人たちが直接知り合うことだとも思える。
    人間は人間を一番愛しているかと問われれば、そんなことはない。
    見知らぬ人の訃報より、自分のペットの死の方が悲しい。
    また、動物を愛する人は心が優しいなどと言うのも一般的ではなく、600万人ものユダヤ人を死に追いやったヒットラーは犬が大好きだった。
    権力者の行う「観念操作」で最も頻繁に用いられるのが、国とか民族への「愛国心」なるもの。
    点火しやすくすぐ燃え上がるから「異なるもの」への憎しみを焚き付けやすい。

    第13章 強みは弱みともなる
    塩野七生氏の歴史観。
    ヴェネツィアは、外からの人の受け入れを拒否することで大を為したが、その方針を貫き通したため衰退せざるをえなかった。
    古代ローマは、門戸を開いたことで大国となったが、衰退も同じ要因で起こった。

    エピローグ
    物は考えよう⇒別の視点から見る
    異端との出会いこそが、自身の立っている場所を明確にする。

    解説 徳永晴美
    米原万里の視点は、帰国子女ならではのもの。それも、社会主義国からの再突入による摩擦熱の大きさによる。
    それはほとんど、異星人としての体験だったのではなかったか。

  • 【本の内容】
    私たちの常識では1ダースといえば12。

    ところが、魔女の世界では「13」が1ダースなんだそうな。

    そう、この広い世界には、あなたの常識を超えた別の常識がまだまだあるんです。

    異文化間の橋渡し役、通訳をなりわいとする米原女史が、そんな超・常識の世界への水先案内をつとめるのがこの本です。

    大笑いしつつ読むうちに、言葉や文化というものの不思議さ、奥深さがよーくわかりますよ。

    [ 目次 ]


    [ POP ]
    人間界では12、でも魔女界では13が1ダース。

    常識だと思っていることも、時代や言語や文化が違えば、「経験則絶対化病」にしか過ぎないこともある。

    博覧強記の著者に、思い込みをひっくり返される快感がたまらない。

    自分を突き放して第三の目で見ることの大切さも身につく。

    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 私たちの常識では1ダースといえば12。ところが、魔女の世界では「13」が1ダースなんだそうです。こういう話を皮切りに私たちが日ごろ思っている事を超えた別な常識があることをこの本では教えてくれます。

    故米原万里女史のエッセイです。彼女の綴る異文化論は下ネタも交えつつ、物事の本質を鋭くついてくるので、読んでいてアハハハハと笑いながら、最後にはしみじみと『そういうことなのか』とうなづく自分がおりました。

    例えばキルギスの中華料理はどれもこれも羊の脂まみれで閉口した米原女史が厨房に講義に行くといきまいたところで、食席をともにしていた大統領最高顧問は腹を抱えて笑いながらキルギスの銀行家と日本の中華料理店に入ったときチャーハンというのはもっとひたひたの脂の中に入っていなければならない、俺が今から厨房に抗議に言ってくる。とまったく同じことを言っていたときのエピソードや、

    「ロシアのベトナム人」という箇所では、空港で、たくさんの荷物を持ち込もうとしてロシア兵に後ろから首根っこを捕まれて引きずりまわされるベトナム人がいる中で、その隙間を別のベトナム人がすり抜けようとし、またロシア兵がそれを捕まえるという光景が空港中で繰り広げられ、まるでドリフのコントのような世界になっている中で一人のロシア人がそれを見ながら
    「イヤー、ベトナム人ってのは、大したもんだぜ。あれじゃ、アメリカが負けるわけだよなぁ」
    とつぶやき、米原女史がまず大笑いをし、それを同行している日本人のスタッフに通訳してあげると、彼らもたちまち笑いの渦に巻き込まれたのだそうです。

    こういう状況になっても、それを笑い飛ばせるのは、やはり強さがないとできないことなので、その辺は僕も見入ってしまいました。ここで取り上げているほかにも、言語の習得に関する考察や、彼女が通訳の傍らやっていた添乗員でオペラ劇場でのお話も非常に面白かったので、ぜひ一読をしていただけたら、と思っております。

  • タイトル買いしたので中身分かってなかったけど、メルヘンじゃなくて辛口だった!でも全然良き裏切りで、ものの考え方がこうも違うし、でも同じところもあることもある、と言うことが面白おかしく時にシビアに読めました。

  • 「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」に次ぐ同著者の二冊目の本。
    副題が「正義と常識に水を浴びせる13章」。文化の差異が異なる価値観を産み、異なる文化が異なる言語を産み、美味の評価も変わったり、異文化の交差でそれぞれの文化が際立ったり、また、それが異文化の排斥に繋がったり、文化と言語の違い等で愛国心が芽生えたり、その愛国心を手玉に政治家に馬鹿みたいに騙されたりもする。
    文化の多様性の裏表を同時通訳者の著者が下ネタを随所に散りばめながらの実話の数々面白く読みました。
    正義と常識は、絶対でないも、それぞれの正義と常識を認め合うことや理解することが大事であり、またその為にも知識や経験を広げることでその一助になるのではないかと思いました。

  • 「そういう考え方もできるのか」とか「そんな事情があったのか」など、新たな発見に満ちた一冊だった。
    何より、これまでの経験や見聞きした情報から一冊の本にまとめ上げる著者の能力に脱帽。
    アメリカに批判的な部分も個人的には好感。

  • うーん、やっぱりサクサク読めて面白いなあ

  • 久々の米原本返り咲き。

    タイトルと表紙のかわいらしいイラストから彼女はおとぎ話系も書けるのかと思い込んでその表紙を開くとそこにはいつもの知的かつ猥雑な米原節があった。ひと安心である(笑)

    今後も定期的に彼女の文章に触れて脳みその洗濯をしたい…、またもやそんなふうに思わされた次第。続けてゆこう。

著者プロフィール

1950年東京生まれ。作家。在プラハ・ソビエト学校で学ぶ。東京外国語大学卒、東京大学大学院露語露文学専攻修士課程修了。ロシア語会議通訳、ロシア語通訳協会会長として活躍。『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(角川文庫)ほか著書多数。2006年5月、逝去。

「2016年 『米原万里ベストエッセイII』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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