魔王の愛

著者 :
  • 新潮社
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感想 : 11
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  • Amazon.co.jp ・本 (375ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103449027

作品紹介・あらすじ

「戦え!」という神の声がいつも聴こえていた。聖者のなかには、ちいさな悪魔がいた。非暴力運動の指導者、インド建国の父、マハトマ・ガンジー。多面的な実像に迫る長編小説。

感想・レビュー・書評

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  •  近所の中規模書店で買い求めたのだが、発売直後にもかかわらず、棚差しの一冊があるだけだった。某や某々のクダラナイ小説は大量に平積みになっているというのに……。
     前作にあたる『焼身』(これも素晴らしい作品だった)も、読売文学賞と芸術選奨文部科学大臣賞をダブル受賞したにもかかわらず、いまだ文庫化されていない。やっぱり売れないんだなあ。

     この作品は『東京新聞』などに連載されたもので、なんとマハトマ・ガンジーの物語である。私は、子ども向けの本ではあるがガンジーについての本を書いたこともあるので、内容がいちいち興味深い。

     『焼身』は、1963年のベトナム戦争当時、南ベトナム政府と米国に対する抗議の焼身自殺を遂げた僧侶の足跡を追ったものだった。
     ガンジーの足跡を追う本作は、『焼身』とちょうど対になっているのだろう。自由を踏みにじる大国の暴力に対して、人は暴力を用いずしていかに闘うことが可能か――その問いの答えを、2つのモデルの中に探したものなのだろう。

     『焼身』には、本作を“予告”するような一節もあった。「9・11」直後、一緒に反戦デモをした教え子の学生(当時、宮内さんは早稲田の客員教授をしていた)から、「なにか、信じるに足りるものがありますか」と問われ、主人公が答える場面だ。

    《私は絶句して、おろおろしながら、マハトマ・ガンジーのことを語った。きみたちと同じように、これまで信じるに足ると思っていたものを、わたしもいま、次々に消しつづけている。だが、どうしても消せない名前がひとつだけ残っている。それが、ガンジーなんだよ。》

     とはいえ、宮内さんのことだから、本作はたんなる偉人伝になどなっていない。この小説の中のガンジー(ただし、作中では「Xさん」となっている)は、一筋縄ではいかない複雑で多面的な人物として描かれている。

  • ガンジーの足跡を追ったもの。聖人としてではなく。
    いろんなものをひっくるめてインドが生んだ人なんだなと思った。

  • 人には他人から見えている自分と自分だけが知っている自分がだれにでもあるのだと思う。この小説はインドのマハトマ・ガンジーの足跡を著者がたどっていくのだが、ガンジーに問いかけ語り合うというかたちをとることによって自伝や史実に残っていないガンジーが抱えていた矛盾をあぶりだそうとする。ガンジーに突っ込みながら、ガンジーがなくなった後の時代の混迷ぶりを彼に問いかけ、彼の矛盾をあぶり出そうとする作業の中で、彼の死後 力、暴力でもって人々が道筋をつけるようになってしまった絶望的な今の世界が、いつの日かより無暴力で事を収める時代に戻っていけるのか、もう戻れないのか?戻れるとしたらそれにはどう人間は行動すべきかを読者に考える事を突きつけている。
    いい本です。

  • ガンジーの足跡を追い、ガンジーに今までしたことを問いかける。
    ガンジーに対する知識なんて非暴力とインド人程度にしかなかったのですが、宗教問題によって起こる暴力をなんとか解決しようとしたり、歩く道に花や草で道を作ってもらえたかとおもいきや、糞尿をぶちまけられたりという良い側面ばかりを持っている人物ではなかったのだと。
    元々イギリスの大学出の弁護士で生まれも裕福であった。風習に背くようなこともしたし、金持ちとの関係や、女関係もあった。しかし、彼は彼の軸だけはぶらつかせず、ずっと持って生きたのだと感じた。
    最終的には、凶弾によって倒れる。
    彼の思いや信念はインドにもそう深くは根付いてはいないのだろう。母国ではヒーローのようだが、彼のようなことを実行する人はいないのだろう。

  • 聖人としてではなく、一人の人間としてのカンジー像は興味深かった。この世に完璧な人間などいない、というのが私のスタンスなので、ぶれ続けるガンジーの方が、ずっとしっくりくる。
    さて、この作品の重要な要素として、非暴力は可能か、という命題があったけれど、端的に言えば、ガンジーは失敗した。もちろん、暴力よりも非暴力であったほうがいいけれど、実際にはどうだろうか。局所的、ごく小さな範囲として非暴力の実現がたとえあったとしても、大きく見れば、やはり未だ非暴力は実現されていない。
    宮内さんの言うように、惑星としてのアイデンティティを持つためには、私は二つの問題を解決しなければいけないと思っている。一つは、地球外生命体という他者の獲得。もう一つは、言語の統一。ここで言う「言語の統一」とは、国際的な共通語を持とうという話ではない。もっと根本的に、母国語を同じくする、という話だ。実際には、たくさんの言語が使われているこの地球で、それは途方もない話だし(母国語の獲得には、生まれた時から、あるいはその前から、その言語を母国語とする人間の間で成長することが必要だと思うので)、そうやって今あるたくさんの美しい言語を放棄してしまうのは愚かな行為だとも思っている。さらに、惑星としてのアイデンティティを獲得したとしても、それは地球外生命体という他者に対してのものなので、その間には対立があり、「国VS国」が「惑星VS惑星」になっただけで、実は何の解決にもなっていない。
    そう考えてくると、非暴力を可能にしたいという理想は理想として、人間の持つ暴力性はそれを可能にしない、という結論かもしれない。何万年か何十万年か後、人間がもっと進化したら、あるいは非暴力は可能かもしれないけれど、地球という星の寿命と人間の進化と、一体どちらが先にやって来るだろうか。

  • すごい渦巻きだった。読み終わったとき、銀河のようでもあり、DNAでもあるような、生命のうねりが、少しだけ垣間見えた気がした。

  • あなたが、わたしが、できることを考える。
    あのひとはこういうことをした、ということが書いてある本。それと同時にああいうことも抱えていたのだ、とも書いてある本。
    あのひと?こういうこと?ああいうこと?それは読んでからのお楽しみ、ってほどでもないか。
    新聞連載の小説だったからか、それとももともとそういう文章だったからなのか、文章自体にはところどころに緩さがみえる気がする。それでも読ませるのはきっと、歩いてきた、とか見てきた、とかいう経験とか体験のもつばねのような力が文章自体の力のほかに働いているからなのだろう、と思う。

  • これは何という小説なんだろう。インド建国の父として知られる「X氏」の人物像を根底から洗い直す小説的な試みと言ったらよいだろうか。あるいは、著者と「X氏」との架空の対話かもしれない。お察しのとおり、「X氏」とはマハトマ・ガンジーのことであるが、この本の中では決してその名が語られることはない。読み手が余計な先入観を持たさぬようにとの著者らしい配慮のようだ。 著者はこれまで多くの社会事象や宗教問題について、自らの体験をベースに独自のスタンスで鋭い発言を行い、また作品として発表を続け注目を浴びている。今回も世間一般の常識を疑い、多くの文献に当たった上で現地に足を運び、「X氏」の生い立ちや行動を調べあげて、良く知られている功績はもとより、その裏にある数々の矛盾や問題点を明らかにしていく。事前の予備調査で、聖人化されている「X氏」が実はそうではなかったはずとの確信を持って、数々の検証を加えていくのだ。一部のガンジー崇拝者やこれまでの聖人のような伝記を読んだことしかない者にはショックを受ける話が満載だ。労作にしてなかなかの問題作だ。

  • 神格化されたガンジーの足跡を追う。小説でありながらノンフィクションに限りなく近い。インドを旅しながら、ガンジーの多面性、つまり闇の部分をも浮き彫りにしていく。ガンジーもさることながら作者の経験も希有なもので、その経験をもとにガンジーと対等にやりあおうという姿勢が、今までにないガンジー伝を生んだ。とても誠実な伝記、紀行文だと思う。

  • 新聞連載中、時々図書館に行ってまとめ読みした。全部は読んでない。なんだかもったいなくて読み始められない。/ 読み終えた。著者の人間への、世界への強い思いを改めて感じる。非暴力は実現しないのか。人が人を差別することはこの世から消えてなくならないのか。2010/12/11 読了。

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著者プロフィール

1944年ハルピン生まれ。鹿児島県立甲南高校校卒業後、アメリカへ渡る。ニューヨークで通算13年暮らし、世界60数カ国を歩いた。
早稲田大学客員教授、大阪芸術大学教授などを歴任。
著書『南風』(文藝賞)、『金色の象』(野間文芸新人賞)、『焼身』(読売文学賞 芸術選奨文部科学大臣賞)、『魔王の愛』(伊藤整文学賞)。ほかに『グリニッジの光りを離れて』、『ぼくは始祖鳥になりたい』『金色の虎』、『永遠の道は曲りくねる』など多数。

「2019年 『南風』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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