空から降ってきた男:アフリカ「奴隷社会」の悲劇

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103500612

感想・レビュー・書評

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  • 考えさせられる本

  • 「貧困は相対的なものである」この意味を正しく認識し直した。比較対象を認識しなければ、貧富の差に気付くこともなく、貧しさに悩むこともない。生きてていくのがやっとであったとしても、生まれ育ったコミュニティで生活していく、それが幸せだったのかもしれない。1日あたり何ドル以下の極貧生活という表現に意味はない。
    物質的豊かさを求めて、故郷を捨てて国外まで出稼ぎに行く。グローバリゼーションの影の部分がこの事件なのであろう。
    しかし、もう過去には戻れない。

  •  これは貧困と搾取が生み出した、一人の男の悲劇的な恋の末路だ。

     ロンドン、ヒースロー空港近郊の道に頭から血を流した男が横たわっていた。
     近所の住人は朝、外で大きな音がするのを聞いた。
     現場検証に来た警察官は、ヒースロー空港へ着陸していく飛行機を見上げていた。

     男の名はジョゼ・マタダ。
     アンゴラ発ヒースロー行の飛行機の車輪格納庫に忍び込んで密航しようとしたが、高度一万メートル、マイナス60℃の酸素の薄い空気で体力を消耗し、着陸時に扉が開いたときに落下して時速200kmで地面に叩きつけられて墜落死した。
     
     奴隷社会の絶望と、一人の女性に希望を賭けた。
     アフリカ社会の現代を追うノンフィクション。

  • 豊かさを求めて無謀な密航を試み、非業の死を遂げた男。彼の死を通して植民地支配の歴史や人種間格差、「病めるアフリカ」について説き明かす…。
    というような内容かと思って手に取ったが、まるで違った。主題は道ならぬ恋と、「ファム・ファタール」に運命を狂わされた男の悲劇である。

    他レビューにもあるように、「空から降ってきた男」ジョゼが生命を懸けて愛した「ファム・ファタール」ジェシカにはまるで共感できない。トリリンガルの語学力とそこから来る稼得能力、そして何よりヨーロッパの国籍と白い肌を持っているならば、もっとずっとうまい立ち回りようがあったはずなのだ。彼女がもう少し賢明であれば、ジョゼも彼女自身の父親も、きちんと救いえただろう――いや。
    彼女がもう少し賢明であったなら、ジョゼや彼女の父親は、愚かな彼女の愚かな行動に巻き込まれて、あたら不幸になることもなかった。

    と、対ジョゼの点ではまるで同情できないジェシカだが、対前夫の点で彼女を貶す意見には、これまたとうてい賛同できない。「一方の言い分しか聞かないで…」と、前夫のDVをあたかもジェシカのでっちあげ、虚言のように言い立てる向きは何なのだろうか。噴飯ものの痴漢「冤罪」もそうだが、そんなことをして女性に何の得があるというのだ――DVをしでかそうが性犯罪を犯そうが、そんなもので男はけして破滅などせず、依然としてこの超男尊女卑社会で我が世の春を謳歌し続けるという「不都合な真実」は、とっくに明らかになっているというのに。ことさらに「前夫推定無罪論」を言い立てる一部の人々からは、抑圧されつつも懸命に口を開いた女性の証言を矮小化し、無効化しようとする男性社会の圧力を強く感じた。

    人種において白人は、男女において男は、夫婦において夫は、貧富において金持ちは、たとえ判断を誤り、道を外れて愚行をなそうとも、いくらでもリカバリーが可能である。その一方で貧しいマイノリティは、いかに真面目に正直に生きようとも、踏みつけられ続けるよりない。
    本書はそんな冷厳な現実と、重苦しい絶望をつきつけられる本である。紙面の埋め草のような小さな記事からそこまでの話を引き出した点において、秀逸なルポルタージュだと言えるだろう。

    2017/11/15読了

  • ある日、ロンドン郊外で一人の男が降ってきた。彼は何者で、どうして空から降ってくることになったのかーー。

    実在の事件のルポルタージュであるが、ミステリーのように読ませる。

    一人の男の人生を通して、アフリカの現在を垣間見ることができる、著者の狙い通りの良書と思った。ただ、Amazonの内容紹介やコメントでの「グローバル社会の闇を独自の視点で暴く」、「傑作」等の文句は言いすぎな感がある。

  • 2012/9/9-0750AM
    ロンドン警視庁に緊急通報が入る。
    ロンドン西部、リッチモンド・アポン・テムズ区、モートレイクのポートマン通りに人が倒れて死んでいるように見える、とのこと。

    普段は静かな住宅街に、多くの警察官が集まり、現場での捜査が始まった。
    しばらくすると、警察官は上空を気にし始めた。
    現場はヒースロー空港から13キロ程度。
    被害者は、どうやら現場上空で着陸のために車輪を出したとき、格納部から墜落したようだと考えられた。

    身元確認などで捜査は難航するが、次第に状況が明らかになってゆく。
    亡くなったのはモザンビーク出身の男性、ジョゼ・マタダ。
    死亡した日はマタダの26歳の誕生日だった。

    おりしも事件の日はロンドンパラリンピックの閉会式。
    世界が一つにまとまり、スポーツの祭典が大団円を迎えるその日に、アフリカから逃げ出してきた一人の若者が息を引き取った。

    「未だに、世界には命の危険を冒してでも、海を渡る事を熱望する人がいる。彼らが、命と引き替えにしてまでも手に入れたいものとは何なのだろう」(p.27)
    集団として“移民問題”を論じるのではなく、今回の事件について、一人の男性の生涯を取材することで、社会の不平等な実態を暴くドキュメント。

    「慎重な性格だった」と家族が語る男性が、飛行機の車輪の格納庫でヨーロッパを目指すなどという無謀な行動に出たその理由について、ともに考えられる作品。

  •  ヒースロー空港の直前で着陸態勢に入ったアンゴラからのBA便の主脚格納部から墜落して死亡した26歳の男の人生を追うノンフィクション。主題はアフリカ人がアフリカ人を奴隷のように扱う現状と、行政の不正、絶対的な貧困なんだけど、僕が興味を持ったのは、その男性が欧州を目指すことになった要因の一つとなった女性の人生。実はこちらも凄まじい。
     女性は82年生まれ。父親は英国人で母親はスイス人。母方は祖母がブラジル人で祖父がドイツ人。国籍はスイスとドイツで、望めばイギリス国籍もすぐに取れる。日常的に母親のフランス語、父親の英語、祖父母のポルトガル語とドイツ語に囲まれて育った。2歳の頃から家族でサハラ砂漠に渡り、ランドクルーザーで移動しながら、モロッコ、アルジェリア、モーリタニア、マリ、ニジュール、ナイジェリア、カメルーン、チャド、中央アフリカと行く先々で車を止めてテントを張った。そのように7歳まで暮らした。その後高校まではジュネープにある、国連の機関に働く人たちの子女が通う国際学校で教育を受ける。高校在学中にカメルーン出身で富豪、2歳年長の同じ高校の男性と結婚。18歳でイスラム教に改宗。そのあと同居することもなく、高校を卒業してイギリスの大学で学ぶ。2008年に南ア、ケープタウンの豪邸で一緒に住むようになるが、まるで幽閉されているような生活。ただ、お金の心配だけは無用であった。そこで、住み込みの庭師だった件の男性、墜落した男性と出会う。そして、二人でケープタンウの豪邸を脱出。男の故郷、モザンビークに逃げるが、資金もつき、路上での生活に。死の間際まで追い詰められて、母を頼って一人ベルリンへ。そこで生活を立て直して、ジューネーブへ再び。カメルーン人の夫と正式に離婚して、今はガンビア人の夫と暮らしている。
     
     いやはや、こんな人生もあるんだ。何々人とか、国籍は何々・・とか、そんなことを完全に超越している。こんなふうに、いずれ地球人になっていくのかなー、と感じたのであった。

著者プロフィール

1964年滋賀県生まれ。88年毎日新聞社入社。カイロ、ニューヨーク両支局長、欧州総局(ロンドン)長、外信部長、編集編成局次長を経て論説委員。2014年、日本人として初めて英国外国特派員協会賞受賞。『柔の恩人 「女子柔道の母」ラスティ・カノコギが夢見た世界』(小学館)で第18回小学館ノンフィクション大賞、第23回ミズノスポーツライター賞最優秀賞をダブル受賞。著書に『十六歳のモーツァルト 天才作曲家・加藤旭が遺したもの』(KADOKAWA)『踊る菩薩 ストリッパー・一条さゆりとその時代』(講談社)など。

「2023年 『中世ラテン語の辞書を編む 100年かけてやる仕事』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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