- Amazon.co.jp ・本 (294ページ)
- / ISBN・EAN: 9784104346059
感想・レビュー・書評
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最近の角田さんの長編はずっしりとした作品が多いため、大げさかもしれないけど「読むぞ」という覚悟を持ってからじゃないと手が出せなくなった。それほどまでに、濃く深い作品世界に取り込まれてしまうから。
独特の暗さを孕んだような印象があった本書は何だか手に取るまで怖かったのだが、読み始めたらいつもの角田作品同様、あっという間に夢中になってページを繰った。
バブル時代、大学で出会った仙太郎と和歌。無知だった和歌は、賢くて何事もスマートにこなし、イラストレーターとして華々しく活躍する彼に盲目的に恋していた。自分の「核」がなかった彼女が、実家の蔵で見つけた祖母の小説をきっかけに、祖母のルーツを探りながら自らも書くことに目覚めていく。
バブル崩壊。サリン事件。少年A。そのときそのときの世相を絡めながら描かれる、仙太郎と和歌の関係。時代の流れと共に2人の環境も少しずつ変化していく。イラストレーターの仕事に翳りが見え始めてきた仙太郎に対し、作家として注目され始める和歌。嫉妬、怯え、愛憎表裏一体の感情は入り乱れ、それでも互いに離れられないのは未練なのか惰性なのか。祖母の過去を否定し、「普通の女の人生」を強要する母。少しずつ明らかになる祖母の人生、そこに関係したある男性作家。現在と過去が複雑に交錯し、自分を見失いかける和歌。息苦しい描写は多々あったけど、傷付け合い、醜い感情も容赦なくさらけ出した生き方に、心を激しく揺さぶられた。
それぞれの登場人物の生き方に100%共感はできないながらも、何となくは理解できる。仙太郎のような男ははっきり言って好きではないけど、和歌にマウンティングし、自分が常に優位に立っていたいという気持ちはわからなくはない。尊敬の念がすっかり薄れ、彼の不在にほっとしながらも、去られることに不安を感じ、みっともなく縋ろうとする和歌の行動も。
後半、ある人の「人は他人の才能を潰すことなんてできないと思っているんですよ。才能を潰せるのは、その才能を持っているその本人だけだと」というセリフがものすごく印象的だった。煮詰まって、追い詰められて、うまくいかないことを誰かのせいにしたくなることがある。それが全くの独り相撲だったと気付くとき、くだらないことに捉われすぎた自分が恥ずかしくなる。そこから何かを新しく始めることもできるのだと、当たり前のことかもしれないけど、そんなことに改めて気付かされた。何歳になったって、どん底に落ちた後だって、「今から」は可能なのだ。和歌の生き方から、そんなことを感じた。
幾通りもの生き方があり、幾つもの時代を経て、幾通りもの選択ができるということ…何度も読み返してその意味を反芻すると、それぞれの登場人物達の軌跡が浮かび上がってくる。思った以上に深い作品、ただただ、脱帽です。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
和歌という女性の、大学時代からはじまり作家になり、30代になるまでの物語。
自分の考えを人に話すこともままならなかった和歌ですが、20代のバブル期や社会人生活を経て作家になっていく。
主人公が小説家であるので、自ずと角田光代さん自身を思わずにはいられない。
フィクションなのでしょうが、湧き上がる物書きの思いはリアルです。
感情の負の部分がすごく密に書かれていて、奥底から言葉を絞り出していると感じました。
勇気を持って小説にされたと思います。
和歌を通してではありますが、小説を書くというのはなんと身を削るような仕事であるかと圧倒されました。
書くことに集中して、それ以外は後回しになる。昼夜逆転し部屋は散らかり穴ぐらのようになりガソリンの補給のように食べ物を食べたり。そして身ごもったことさえ二の次にして…。やるせなく哀しい。痛ましいと感じた。
書きたい書きたいという欲に絡めとられていくような和歌に危うさを感じ、気持ちがざわつきました。それほどまでにのめり込むものなのか。
様々な思いはあるけれど、いちばんは自分にとっての怖さを再認識したことです。個人的にはバランスを失うことはとても怖い。現実を見つめられないのも怖い。判断できなくなるのも怖い。
作中、恋人の仙太郎との関係が気になって、どんな風に別れてしまうんだろうとずっと心配していました。それはもう別れ以外ありえないというように納得の展開。辛いものですね。
長くつきあった仙太郎に対して、つき合いの終わり頃には、仙太郎が自分をどう思っているか、仙太郎が自分に何を言ってくるかばかりで、相手そのものを思いやることも欠いているように感じた。
小説を書くということは相当に大変なことで、特殊なモードに入り込むのかもしれない。
決して楽しい小説ではないのですが、読み終えてもなお余韻が残っています。 -
ある日実家の蔵で、亡くなった祖母の書いた小説を発見する和歌。
そこから自らも「書く」といく世界へ転がり込んでゆき、文学賞を取るまでになるが、生活は荒み、15年間いつも一緒だった恋人も去っていく。
恋人仙太郎との関係の変化や彼が離れていく描写は胸を打つ。仕事をするということ、自分の時間を自分のために使うことしかできなくなり、他人を思いやる想像力を持てなくなること。
和歌が永遠に失ってしまったものは、私の心をも泣きたい気持ちにさせた。
でも、最後は清々しい気持ちで書きたい気持ちの赴くままに進む和歌に、ホッとさせられた。 -
ばあちゃんからのつながりがもう少し。。オトコやなやつだった。
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自分の人生なのに一人称に感じられないどこか冷めた感覚が和歌の中にはあるからかな、波乱に富んだ運命なのに淡々とした印象がある。
細かな彼女の心理描写に共感しながら同じくバブル期に大学生だった私は和歌と仙太郎を重ね合わせた。
学生のうちにイラストで成功した仙太郎を敬愛しながらも、立場の差に戸惑い悩む和歌。
やりたくない就職活動の果てに流されつつ就職した和歌。顔も知らない母方の祖母の人生の片鱗を発見してからというものとり憑かれたように祖母の人生にこだわり自身も目覚めてゆく和歌の様子がイタイけど読後感は穏やか。 -
恋人の呪縛に悩む主人公の気持ちに凄く共感できた。大学時代に知り合った人って、初めての男性って、こんなにも心を束縛するものなのかな…。今でも、彼と同じ香りを感じると背筋が粟立つみたいにぞっとする。彼と交わした言葉も、その時に感じたひりつくような痛みも、20年近く経った今も時々びっくりするほど鮮やかによみがえってきて。ほとんどPTSDだよね。
そんないろいろを思って、一気に読んでしまった。私もいつか、この本の主人公みたいに抜け出せるかな…。たぶん、この本の彼と同じように、私のことなんてすっかり忘れてるだろう彼のことから抜け出せるといいな。 -
前半は、自分の学生時代を思い出し、懐かしく読んだ。新しく行く店、人を紹介されて惨めな気持もちになったこと。和歌が仕事を辞め、作家として独り立ちしていくにつれ、仙太郎は苛立ちはじめる。仙太郎にとって彼女は少しバカで、自分の後を追いかけてくれるような人であって欲しかったんだろうな。そして子どものことが決定的となる。祖母タエの時代はもっと女性が生きづらいものだったんだろうな。今でさえこうなんだから。でも時代は変わると信じたい。この先和歌が自分の人生をのびのびと生きると信じたい。
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女性の社会進出という、ちょっと的外れなことを思いながら読む。一般論としてそれを許容するのは容易くても、身近な存在がそれを望んだ時に女性の役割という価値観を完全に排除することは簡単ではない。この主人公のようにやりたいことに没頭することを許されてこその社会進出だというトンチンカンな感想。