- Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
- / ISBN・EAN: 9784105901080
感想・レビュー・書評
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テントの中の姉妹がよかった
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アメリカの作家の短編集で柴田元幸訳。全19話の短編が掲載されている。SFとまではいかないものの、表紙とは裏腹にファンタジー色が強くてオモシロかった。話自体は大きな設定ではない。しかし小説の持つ跳躍力をふんだんに生かして登場人物をどんどん不確かな存在へと変貌させていく。この不確かさがどの短編にも共通して描かれていて彼の魅力と言えると思う。前半に顕著だけれど登場人物の名前もないままに物語が進んでいくので読み進めるのに体力いる部分もある。あと存在が不確かであることが推進力になって物語が展開するわけでもなく、ただ「不確かだよねー」とだけ終わっていく話もあるので好き嫌いは別れるかもしれない。つまりは場面が想像しにくい。
しかし19個あるので明確に場面が想像できて話がぐいぐい転がるような短編も存在していて、それらはどれも映画化したら良さそうと思えた。個人的にfavoriteだったのは「温室で」「九十に九十」「供述書」「裁定者」。結構バイオレントな表現が多くて血が出る場面が特に頻出していた。タイトルの「遁走状態」が本著におけるブライアン・エヴンソンの要素をすべて含んでいるのでタイトル作になるのも納得した。設定のぶっ飛び具合とバイオレンスの交わり方を考えると中原昌也とかなり近いムード。柴田元幸のあとがきにある、「私」の連続性が保証されないアメリカ的自由と不安という話がとてもしっくりきて自分の中で本著に対してモヤモヤしていた部分が解消されたような気がする。 -
この手のものはすごくおもしろいか、そうでないかは、紙一重のところがあるけれど、わたしには残念ながら合わなかった。小山田浩子さんが推薦していたので、似た感じのものかと期待していたがそうではなかった。70
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あえて分類すればホラーということになるだろうが、この本の裏表紙にあるようにホラーを超えたというのも、確かに言い過ぎではないかもしれない。正直にいえばどうもテイストが自分には合わないので途中でやめることにしたが、ホラー好きにはお勧めかも。
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文学
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読んでる間、とっても息苦しい。読み終えるまで油断ならな。緊張感のある読書体験でした。
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昨年4月に読んだ柴田元幸責任編集『MONKEY vol.2』で、初めてその名を知ったブライアン・エヴンソン。彼の短編集を読了。(訳はもちろん柴田さん)
難しい本だ。それは難解だという意味ではなくて、これらの奇妙な話をどう解釈していいのか考えを巡らせてしまった、という意味で難しい。現実と幻想がない交ぜになって、自分が自分でなくなってゆく。SFとファンタジーとホラーが同居するようなストーリーは、少し乱暴な例えで言えばフジテレビ系『世にも奇妙な物語』を小説にした、という感じ。
でも、今回もまた柴田さんが助けてくれた。彼の訳本はいつも「訳者あとがき」がすばらしく、その本の面白さを引き出してくれるのだが、本書もまさにそう。どう解釈していいのか迷っているところへ救いの手を差し伸べてくれた。
『常識が「異常」というレッテルで片付けるものと、「正常」の範疇にいるつもりの我々とがいかに近いか―(中略)それをきわめて生々しく、恐怖とユーモアとともに伝えてくるところに、この人の小説の迫力がある。』
あぁ、そうか、正常と異常って実は紙一重なのか…と思って、ひとつひとつの短編を思い返すと、腑に落ちて、そして背筋がさらに寒くなった。 -
100殺!ビブリオバトル No.94 夜の部 第13ゲーム
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自分がおかしいのか世界がおかしいのか、それともその両方なのか。生きているのか死んでいるのか、それとも生きていて死んでいるのか。そんな人たちの話。最後に血の気が引く話も全く意味のわからない話もあり、好奇心から読み始めるものの、どれも一度読んだら忘れられないほどの恐怖を感じる。「同じ空間にいても、その空間で違った生き方をして、違った世界を占めている」。そう、自分が見ている世界と他人が見ている世界は違う。もしかしたらおかしいのはストーリーじゃなくて、どこかおかしいと感じる自分なのかもしれない。
p40
もともと彼の言語感覚には若干緩いところがあった。気が散っていると、音、リズム、連想、類比などに基づいて、ある言葉を別の言葉と入れ替えてしまったりする。そのせいで人からは、ぼんやりした人間だと思われた。でも今度のは違う。前はら気が散っていると自分では言い違いがわからず、周りの人たちの表情を見て初めて元に戻って修正できたのである。今度は間違った言葉を言うのが自分でも聞こえたのであり、言っているさなかにも間違っているとわかっているのに、直すことができないのだ。
p42
俺は前と同じ人間だろうか?と彼は自問した。要するにそういうことかもしれない、と思った。もう前とは違う人間なのかもしれない。あるいはもしかすると、彼は彼という人間のごく一部にすぎず、ほかの部分を占めるのが誰であれ、そいつは言葉をきちんと学ばなかったのかもしれない。
p48
いいや、と彼は考えた。いま人から向けられる目つき、それだって十分耐えがたいのだ。そこに同情が加わりでもしたら、もう自分は人間だという気持ちが持てないだろう。一人で抱え込んでいた方が、ギリギリまで自分の内にしまっておいた方がいい。そうしていれば、少なくとも部分的にはまだ人間でいられる。
言語に呑まれるっていうのはこういうことなんだなと彼は思った。考える力を失うというのは。他人の言葉を喋るというのは。でもほかには、全然喋らないしか手はない。
p132
想像のプロセスはまっとうな頭を駄目にしかねない、とシントは思った。だから出遅れにならないうちに停止させないと。「ありうる」ものがくるくる舞うのを止められるのは「ある」ものだけだ。
p223
どうしてあたしを遠ざけるの?妻は言った。
遠ざけてない、彼は言った。
あなたはあたしたちの関係を破壊しているのよ、妻は言った。あなたは自分を殻のなかに閉じ込めてるのよ。
そんなことしてない。
あたしに自分を開いてちょうだい、妻は言った。世界に帰ってきてよ。
それから、妻の動きと感じられる音が聞こえた。こっちへ滑るように、両腕を上げて寄ってくる。彼も両腕を上げかけ、突然、妻に抱きすくめられていた。妻がしがみつくのを彼は拒まず、妻の背中を軽く叩いた。わざとらしい、そう思った。同じ空間にいても、その空間で違った生き方をして、違った世界を占めているのだ。どうして妻から距離を感じずにいられよう?少なくとも彼にはそのことがわかる。妻にはそれさえわからない。とはいえ、こっちも努力はすべきだろう。助けになろうとするなら、させてやろう。彼は何度も妻の背中を軽く叩いた。
でもなぜ、と、彼のなかのある部分が問うていた。なぜお前の世界で関係を持たなくちゃいけない?なぜ俺の世界じゃいけない?
p232
正しいと思えること、自分では納得できることを言っても、誰も本当にわかってはくれない。他人は自分とは別の世界に住んでいるみたいな、あるいは、こっちが水の中から話しているみたいな感じなのだ。
p247
だがそのとき私は、ただ単にその言葉を、頭の外に追い払ったーいや、むしろ、表面下に押しやった。言葉は闇のなかにとどまって、やがてゆっくり、死体のように、ふたたび起き上がることだろう。