14歳の子を持つ親たちへ (新潮新書)

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  • 新潮社 (2005年4月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (204ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106101120

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14歳の子を持つ親たちへ (新潮新書)の感想・レビュー・書評

  • 確かにこの本を読むと子どもを持つのが怖いという気持ちを理解できてしまう。でも、子どもを持つのなら知っていなければいけないことが書いてあるので、世の中の大人に読んで欲しい。子どもは訳わからない、だから、怖い。といって避けていたら、子どもには親はいないものとされる。そんな訳わからない子どももやはり身近な大人を見て育っていくわけで、子どもの世界がわからないことを楽しめなくては子育てはできないだろう。
    二人の言葉に目を見開かされるような思いがして、感動しました。図書館で借りて読み始めましたが、これは身近に置いておきたい本だと感じ買いに行きました。考え方が偏っていると感じる部分もあったけど、それも含めてこの本の個性が出ていると思う。

  • 内田樹と名越康文による教育・コミュニケーションがテーマの対談集。
    平易な言葉で語られているので読みやすい。

    「要するに」「結局」という思考回路をまず止めるところから始めようと二人。
    要約からはみ出た部分、ノイズをすくい上げる必要性を説く。

    「コミュ力」こと「コミュニケーション能力」の意味が現代では履き違えられている。
    「コミュニケーション能力」とは『発信』ではなく、
    何を言っているのかはっきりわからないことを『受信』する能力のこと。
    語彙は聞いたことのない語を受信することによって、
    「あっ、こういう言葉が存在するのか」と驚くことを通じて獲得されるから。

    まだ未発達な子供が、自分の想いや意見をはっきりとした言葉で言えるはずがない。
    言葉に詰まってしまったり、複雑な感情だったら語彙力が追いつかないから
    黙ってしまうというのが小学生中学生にとっての「当たり前」なわけで。
    本当に感受性が優れていて言葉を大切に扱う子供は口ごもって「シャイ」になるはず。

    コミュニケーションにおいて、自分の意見をはっきり言うなんて後でもできること。
    発せられた言葉からどれだけの意味を感得できるか、
    どれだけのことを自分のなかに取り込むことができるか。
    それこそが大事なのに。

    親は期間限定の役割で、一時的な関係。終わりは必ず来る。
    子供に対して親が影響を与えたりとか、
    ある程度言葉が届く時間は限られている。
    だから、その時間に届く範囲のことを考えて、
    その中でできるだけ具体的な提言をするということに尽きる。

    「しつけ」って「ルーティン(同じことの繰り返し)」のこと。
    何を言うかじゃなくて、何を周囲にいる人間の行動から感じてもらうか。
    同じ時間に起きる。
    同じ時間にお風呂に入る。
    同じ時間にご飯を食べる。
    寝る時には必ず「おやすみなさい」という。
    そういう当たり前のことの繰り返しの大切さを説く。

    まだ子供もいない、妻もいない自分が読み込んでしまった。
    いつか役に立つ日は来るのかしら。

  • 子育てについてのhow to本ではありません。
    多くの子供たちに関わってきた著者たちの言葉に教えられることが、今まで正しいと思い込んでいた事が、実はそうとも言えなかったようだということにも気づかされた。
    「14歳の」とありますが、子どもの年齢に関わらず、とても参考になる一冊。

  • 文化資本のことが知りたくて読んだ本。

    だけど、文化資本だけでなく全編を通してすごく面白かった!
    日本社会が今現在抱えている問題を、経済がヤバイ!とか政治がヤバイ!とかいう各論でなく総論的に教えてもらえた気がする。
    で、その日本社会の病巣って言うのは、やはり親と子の関係性(関係性の欠如)から始まっているらしい。
    子供をそのままそっくり承認することの重要性、シャイな子を評価できない社会の危うさなどなど、 それだけでものすごく興味深いトピックが散りばめられてて、納得すると同時に知的好奇心が刺激された!
    あー本読んでる!って感覚になれた。
    名越さんの専門的具体的な視点と内田さんの感覚的な視野がぴったりあってるような感じがした。

    何年か後に再読したら自分の引っ掛かるポイントが違う気がする。
    また読み返したい本だ。

    あとタイトルについて。
    14歳の子を持つ親たちへということで、まだ学生の自分が読むべきかどうか悩んだ。
    けど読み終わってみると、このタイトルは本当にそこらへんの親を対象にしたわけではない、つまり一元的な意味合いではないんだということがよくわかった。
    14歳の子っていうのは人間の人生の中で身体と頭のバランスがとれなくなり始める時期。そこに我々も立ち返って人間だとか社会だとかを考えてみようじゃないか、っていう感覚をうけた。

  • 言葉に詰まる子に対して、いくら言葉に詰まっても構わない、先生はまっててあげるから大丈夫だよ、と告げることの方がずっと優先順位の高い教育課題じゃないですか。人前で語ると、どうしても恥ずかしくて言葉がつまっちゃうという子供に、「シャイネスというのは美徳なんだよ」って言ってあげること、あるいは、中途半端な言い方をしてしまって、「こんな言葉づかいじゃ、僕の気持ちが伝えられない」と、すぐに前言撤回しちゃうので、話がグルグル回るばかりで、さっぱり結論に至らないというような、そういう子どもに対しては、そういうときこそコミュニケーション能力が飛躍的に成長する決定的なプロセスを通過しつつあるんだということを、忍耐強く看て取ってあげないといけないと思うんです。

  • タイトル、なんでこうしたんだろう。子どもたちのことと言うより、社会のムード的な話が中心になってるから。日頃、思ってること・気になってることを言葉にしてくれたって感じの内容も多かった。

    「コミュニケーション力」
    言いたいことを一方的に発信するのがコミュニケーションじゃない。むしろ受信力が弱まってないか、と。察する力。非言語的なものも含めて、全体から感じ取る力はどこへ?

    「要するに」「結局」と一言でまとめちゃう限定的な理解の横行。これをされると、話しているほうは本当に無力感に襲われる。

    「外界を遮断」
    自分に関係ないものは、見えない、聞こえない、意味がない。こうしなきゃやってられないようながしゃがしゃした社会ではあるけれど、でも。

    人とのかかわり、社会とのつながり、そういうのが根本的に違ってきてるんだねぇ。

  • タイトルを見る限り育児書の類を想像しますが、内容はむしろ親に対する他者とのコミュニケーション、立ち居振る舞い、暮らし方の提言。子供を育てる前に、まず自分の姿勢を考えさせる1冊。

  • 出産は得なのだそうだ。
    子供を産むと、
    母親自身の身体的・知的ポテンシャルは向上するし、
    子育ての過程で人間的に成長できるし、
    社会的パフォーマンスも上がる。

    けれども実際の行政の出産育児を「支援する」という発想は、
    「出産は苦痛で育児は苦役」というネガティブな前提でもって語られているため、
    まったくインセンティブにはならない。

    ふむ、納得できる。

    たぶん結婚もそうなのだろう。
    結婚は社会的にも人間的にも大きな効用がある。

    うーん。

    結婚とか恋愛について、
    なんか色々考えがめぐるけれど言葉にならないなぁ。

    また後で考えるか。

    「知性は情緒の豊かさ」という言葉はなかなかクるフレーズですなぁ。

  • 決して「14歳の難しい子供たちをどう扱いましょう」というハウツー本ではない。が、うっ…と胸を押さえたくなる言葉がたくさん見つかる。手元に置いて、幾度も読み返したい。
    相変わらず付箋でいっぱいにしたいウチダ本なのであるが、特に印象的だったのは「子育てに正解はない。一番大事なのはルーティン」。だいたい同じ時間に起きて、家族でごはんを食べて、寝るときは「おやすみなさい」を言う。そこからだと。
    娘が通ったシュタイナー教育の幼稚園での勉強会を思い出した。

  • 内田樹先生と精神科医の名越康文先生の対談

    対談は苦手なのだけど、14歳の子を持つ親として
    途中でやめることができなかった
    怖い内容で。

    しかし、「病気なのは親の方」であり、
    「利口組とバカ組の二極化」が進み、
    「言葉が通じない人」が増える、と

    脅すだけ脅しておいて、
    対策がないってのは辛いですね。

    名越先生のカウンセリングが対策?
    親は酷い病気なのでカウンセリングもできないみたいに書かれてるし・・

    うむむむ

  • 超えてはいけない一線があるのではなく、「超えてはいけない一線が私たちの内部に実在するということにしませんか。」ともう一度道徳と言うフィクションを再構築しないといけない。
    私も親を殺したいと思った。でも殺したら自分の方が損だなと思って、何くそ!と戦ってきた。きっと、子供のころにそんな風に考える人は少なくないのではないか。だから、少年犯罪は、特異なことだと型通りに決めつけるのはおかしい。
    だから、子供達がそのような犯罪を犯さないように人を殺してはいけないという道徳を親が教えなおして子供達の心に再構築すればいい。
    「ルーティン(躾)は大事」植木鉢の土と同じで練れば練るほどよい花が咲く。「親は役割」母性の幻想に惑わされず、フィクション(親)を演じればいい。
    「おばさん」って女としてあがっちゃっているからではなく、前思春期の状態から思考が止まって女同士牽制し、嫉妬し、見栄張り合うから。前思春期とは、異性との恋愛の予行演習に同性同士で深い友情を築く大事な時期。
    我が家のレゴくんも大好きな親友の男の子と仲が良くてちょっとママとしては理解しがたいと思っていたが、自分の前思春期も同じだったことを思い出した。成長過程で必要な時期なのだろう。
    でも私は思春期を終えた、色気のある女性になりたいな。

  • 本やでふと手にとって、一気に読み終えた。23歳で、未だ学生で、子育て未経験の自分には、よけいに認識しきれないこともあると思う。

    自分では言語化できないことが言語化されていて、読んでいて気持ちがいいと思う。セラピーの役割を持つ本だと感じる。

    繰り返し語られていることとしては、言語能力の不足だと思う。(ここでは表現・認識の両方の言語能力だと認識してよかったはず)その能力の不足だけが問題なわけではなく、当事者(主に親)の言語能力の不足で割をくうのは子供であるのに、改善の方向に向かないことが問題視されていた。

    改善のヒントもちりばめられているが、決定的な対策案が打ち出されている訳ではない。

    著者らが指摘している言語能力とは、一つの対策案でどうにかなるものではなくて、もっと総括した能力を指している。

    また、最後の章で、ルーチンワークの大切さに落とし込んでいるのはまとめ方として(セラピー本として?)素晴らしいサービスのように感じる。
    なぜなら、大人がいざ子供の言語化できない気持ちを認識しようとしても、それは難しいし、自分の持つ言語や固定観念を確認し直すのはかなりハードルが高いと思うが、しつけの基盤となるルーチンを見直すことは可能であるからである。

  • 取り急ぎ、読みました。面白かった、とだけつづっておきます。

  • かなり前に購入したものの放置していたが、シルバーウィークを前に積ん読本がなくなったので手に取った。やっぱり内田樹先生はいいわー。思いは言葉で表しきれないとか、子供を完全には理解できないとか、するする身体に入ってきます。対談本のためか本を閉じたあとも心に残ることはなかったけれど、たまにはこんな本もいいんじゃないでしょうか。

  • 日本人の極限まで突っ走ってから急に方向転換するような性質を「総長賭博的メンタリティー」と。

    TPPや今の戦争法案、原発事故だって1回やそこらじゃまだ知らん顔。ネゴシエーション下手?それとも責任の所在が明らかでないから?

    「襖の文化」「公共性の感覚」
    襖一枚でもプライバシーを他が保ってくれた時代に比べ、今は公私の別を考えるという社会的能力が欠如しているから電車の中で化粧もできるし、同じ家にいても親の存在が見えなくなっていたりゴミのように感じたり。

    ただ、子育てに関しては一つ二つ首をかしげる箇所もあり。
    所詮は「お父さんの育児」みたいな。(センセイ、ごめんなさい)この辺のニュアンスはきっと子を持つお母さんならわかってくれると思う。

    タイトルを鵜呑みにせず(内容と合っていない)気楽に読むが吉。

  • うちの親が読むことはない、なあ。

  • もうすぐ子供も14歳になるので読んでみました。内田先生の話は深いので、じっくり読まないと味わえません。その分、自分の中に時折イノベーションが起きたりします。

    義務教育は13歳までが良い。
    中2の夏休みが節目。
    「やればできる」は死語。
    記憶は絶えず作り変えられる。
    均質性の高い集団は怖い。
    父子家庭では父親が母親化する。
    叱るのは親の敗北。
    等々...

    自分の少年時代を思い出してみると、私は教育制度に合わないタイプだったためか、頷く事ばかりです。親として怖いのは、知っていれば何て事ないのに、知らないが故に、何を知らないかにも気づかず、悩み苦しむ事ですね。そんな意味でも、一般的な教育論に加えて、内田先生のような特異な見解を得ることは、とても意味がある事だと思います。

  • 「対談の主題は「14歳の子を持つ親たちへ」である。この主題を選んだのは、名越先生が思春期の子供たちを対象とするクリニックを開いていて、豊富な臨床事例をご存じであること、私もまた「子どもが日本社会の最弱の環であり、社会はそこからほころんでくる」という暗鬱な予見を有していることにもある」

  • 14歳という節目の時期の親子関係を軸に社会問題を語り合った内容。坊主が14歳のうちに読んでおこうと思っていましたが、遅くなっても早いうちにも、親である人には読んでもらいたい本です。

  • 文化資本の二極化。
    これからの芸術文化はライブにこだわるだろう。
    トラウマとは、過去のその時間に居着いてしまうこと。
    ルーティーン、普遍性。

  • 14歳の子はいなくても、
    子育て、コミュニケーションについて、
    身につまされること多し。

  • 子が14歳になるのはまだまだ先だけど、って思ってるうちにすぐそのときはやってきそうだし、14歳ってタイトルにはなってるけど、さすがの本著者だけあって、子供を持つ親が普遍的に考えるべき内容が終始展開されている。思春期になって子供への対応に困惑する、ではなくて、そこに至る過程についても様々な示唆が散りばめられている。事あるごとに紐解きたい内容でした。

  • 教育システムや家族システムが自明の前提として採用している「子ども」の概念そのものの改鋳という仕事こそが喫緊の思想的課題ではないのか。

    違いや変化を感じられるのも、身体感覚からかも。自分にはないです。。

  • 結局親よ、しっかりしなさい、ということになるのだろうか。
    内田氏と名越氏による対談本ということもあり、話しはテンポよく進んでいく。タイトルがなぜ14歳としているのか?については内容をはっきり覚えていないので、なんともいえないが、これから子どもが中学生・高校生となる親はよんでおいて損はないと思う。

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14歳の子を持つ親たちへ (新潮新書)の作品紹介

いったいこの時代に子を持つというのはどういうことなのか。「子どもたちの暴走」にどう対処すればいいのか…。思春期の子どもたちと日々向き合う精神科医と、「成熟」や「学び」について考えつづける仏文学者が徹底的に語り合う。役割としての母性、「子どもよりも病気な」親たち、「ためらう」ことの大切さ、脳と身体の関係など、意外な角度から親子の問題を洗いなおす。少しだけ元気の出る子育て論。

14歳の子を持つ親たちへ (新潮新書)のKindle版

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