マツダとカープ (新潮新書)

著者 :
  • 新潮社
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感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106109423

作品紹介・あらすじ

これがなければ広島じゃない! 世界初のロータリーエンジン搭載車を販売し、国内屈指の人気球団も作った「尖った経営」の原点とは。「不屈のDNA」を受け継ぎし者たちのファミリーヒストリー。

感想・レビュー・書評

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  • ●松田の実質的創業者、松田重次郎は、傑出した技術屋であり、尖った経営を貫いた実業家であった。二代目、恒二は、世界初のロータリーエンジン搭載車の販売にこぎつけるも、3代目、耕平は不本意な形で会社追われる。カープのオーナーに転じた松田家は、4代目・元の下で「育成のカープ」の礎を築き、国内屈指の人気球団を育てあげた。
    ●松田の歴代社長には不文律がある。退任後は短期間会長を務めた後、ほぼ例外なく、役職を退き、会社に寄り付かなくなる。社長、退任後は私人となり、会社との関係は1線を画すと言うことだ。
    ● 1956年、新会社である「株式会社広島カープ」が発足する。出資したのは県内13社。中心となったのは「二葉会」と言われた。広島財界有力者の親睦組織であり、リーダーの1人が、当初の東洋工業社長、松田恒次だった。
    ● 1967年11月に社名を「株式会社広島東洋カープ」に改めた。球団経営全責任を自ら負うことを明示したのだ。
    ●勤勉であれ、正直であれ、健康であれ、この3つさえ守り通せば、必ず出世できる。
    ●昭和35年、恒次はドイツの工学博士が考案したロータリーエンジンの共同開発を目指し、バンケルを支援するNSU社との技術提携交渉を進めるため、西ドイツへ向かった。
    ●広島出身の池田勇人とのつながり。
    ●東洋コルク
    ●1967年。世界初のロータリーエンジン搭載量産車「コスモスポーツ」
    ● 1996年4月、フォードは松田への出資比率を33.4%に引き上げ、系列会社として傘下に収めると発表した。
    ●親会社を持たない唯一の球団。カープの筆頭株主の30%強を保有するマツダである。大株主だが、親会社ではない。信用保証もしない。

  • 東2法経図・6F開架:537A/A49m//K

  • 「マツダ」はおよそ半世紀前に私自身が小学生だった頃、通学路途上にディーラーがあり、そこを通るたびにその展示車を横目に通学していたことを思い出します。私の住んでいた広島から遠く離れた東海地方の田舎町にもディーラーがあり、当時スーパーカーブームだったこともあり、興味深く眺めた思い出があります。そんな「マツダ」の100年位の歴史を著述され、昭和のダイナミックな経済成長の中活動された初代の想いが伝わってきます。また以降の「マツダ」の歴史がよくわかり、製造メーカーとして生き残りの歴史にも感慨深いものがありました。子供の頃みた「マツダ」コスモはかっこよく、今でもヨーロッパテイストのスタイリッシュな車が多く、初代重次郎さんのマインドが今でも繋がっていると思いました。懐かしさを感じるとともに昭和の時代を感じる良書でした。

  • タイトルに偽りあり?マツダのことばかりなんだが。カープ人気にあやかろうとした編集さん?松田家の話ですよと謳えば松田家の話として面白そうなんだけど、タイトルからくる期待と中身が乖離

  • 広島東洋カープの「東洋」って何?カープとMAZDAの関係などが良く分かる、カープの筆頭株主松田家のファミリーヒストリー。

    野球の内容はほとんどない。松田家の創業から現在までの歴史。戦争に翻弄され原爆から高度経済成長、オイルショックと坂の上の雲、大河ドラマのようなストーリー。

  • 松田家とマツダの関係がよくわかる。事業での失敗を重ねているからこその、日本有数企業の創業に繋がったのだろう。カープの描写が少ない点が不満。

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著者プロフィール

日本経済新聞社大阪本社編集委員。
1959年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。1983年、日本経済新聞入社。主に企業取材の第一線で活躍。

「2020年 『歴史に学ぶ プロ野球 16球団拡大構想』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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