人種とスポーツ - 黒人は本当に「速く」「強い」のか (中公新書)

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著者 : 川島浩平
  • 中央公論新社 (2012年5月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121021632

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人種とスポーツ - 黒人は本当に「速く」「強い」のか (中公新書)の感想・レビュー・書評

  • 「黒人は柔らかな体を持ち、身体能力が高い」という固定観念について、検証した本。
    個人的には、“なぜ黒人の身体能力は高いと考えられるようになったのか”という点が興味深かった。


    奴隷制度、人種差別政策といった「アメリカ黒人の特有の歴史」、それに起因する「特有の職業にしか就けない」「他の職業からの排除」といったことが、根底にあると思った。

    ある黒人アスリートの言葉から考えると、この固定観念は、奴隷制度、人種差別政策といった「アメリカ黒人の特有の歴史」、それに起因する「特有の職業にしか就けない」「他の職業からの排除」といったことが、根底にあると思った。 黒人が特殊な能力を持っているのではなく、“なぜ黒人の身体能力は高いと考えられるようになったのか”が大きな問題でもあると思った。 冬のスポーツで黒人の選手が活躍するようになったら、この固定観念がどうなるのかという疑問も新たに持った。

  • 資料ID:C0033593
    請求記号: 中公新書 ; 2163
    配架場所:2F新書書架

  • 読み終わってモヤモヤが残る本。一般に言われる「黒人の身体能力は高い」と言われる「黒人」の定義が曖昧すぎるという話には納得。そして我々は歴史的、文化的背景や環境を考慮していないという点も納得。ただ読み終わった後にこういうことじゃないんじゃないか?という思いは抜けない

  • S780.18-チユ-2163 300221629

  • 近代オリンピック黎明期、まだ黒人は貧しく肉体労働していたので、スポーツに興じる余力がなく、体も弱いというのが一般的な見方だったらしいが、今は黒人は身体能力が高いというのが一般的な見方だろう。陸上100mに限って見れば決勝に残るのはほとんどが黒人はなのでそういう錯覚に陥るが、強いのは陸上競技やバスケットボールなどに限られている。黒人だからと言うよりも、走りが早い文化を持つ民族がいてそれがたまたま黒人だったとか、黒人の多いアメリカの都市部の狭い場所で金をかけずにできるスポーツがバスケだったという話である。

  • 「黒人」は生まれつき運動能力が高いとされることが、彼らの努力を隠蔽したという点が興味深かった。

  • 「黒人の身体能力は生まれつき優れている」というステレオタイプを真っ向否定から入っている所が良い。歴史的観点からそのステレオタイプを崩した。どのようにして今のステレオタイプが作られたのか?その生みの親まで遡っている。筋肉だけでは無かった!

    それにしてもスポーツの面からも語られているポール・ロブソンの凄さに改めて気づかされた。

  • 黒人スポーツ選手が受けてきた差別と、やがて黒人の身体能力神話が人口に膾炙するまで
    正直言って、遺伝や環境要因などの研究の知見が足りなくて著者の論旨の組み立てはいまいち弱いのだけれど、それでも勘違いしてる人たちの多さを考えれば読んで欲しい本です

  • 黒人は柔らかな体を持ち、身体能力が高いという印象を持ってしまうが、それはアメリカという国で黒人が活躍できる場が限られていたことに起因する。実際にはそんなことは決してないということがよくわかる1冊である。

  • 主にアメリカのスポーツ界における黒人の扱いについて、詳しくよくまとめられている。黒人を見る目や、或いは当の黒人たちの意識が、歴史的な潮流のなかでどう移ろってきたか、リアルな感覚と共に知ることができる。

    結論がややぼやけてしまっているのが残念と言えば残念だけど、要するにそういうぼんやりした結論になってしまうのは必至であるというのは分かるので、それはそれでいいのかな笑

  • 「本当に黒人の身体能力は高いのか」よりも、「なぜ黒人の身体能力は高いと考えられるようになったのか」が興味深い。「黒人は生得的に運動能力が高い」というステレオタイプをもっとも早く発信したのが白人至上主義の記者であり、それが同化運動に対抗するためのものだったという経緯は、「無意識の差別」や「不当な評価」を避けるためにも知っておくべきだと思う。

  •  検証されたことではないにも関わらず、まるで事実のことのように喧伝されていることは多い。血液型信仰なども良い例である。

     安易に「黒人は速い」ということは、努力による可能性、個人の多様性、ならびに人種による適材という考え方につながるため、その危うさを 理解したいと思う。

     元来、黒人はフィジカルおよびメンタルで劣るものとされてきた。むしろ、「黒人は速い」は近代のトレンドに過ぎない。

     本来、スポーツは余暇を有意義に過ごすためのものであり、白人のものであった。その白人のものであったスポーツがプロスポーツ化した結果、職業として捉えられ、多種多様な人種に開かれた。それにより、スポーツで活躍する黒人が増え、白人の持つ優位性が失われた。「黒人は速い」は白人にとって、個人の努力ではなく、備え付けられたものであり、白人の持つ努力を無効化するほどであるという論理的な帰結に至ったと推測できる。

     「黒人は速い」は文化的なものを考慮する必要がある。同じ黒人であっても、キューバの短距離は速くないし、ジャマイカの野球はそれほど強く無い。なぜ速いのかは文化的なものを検証する必要がある。マラソンに限っていえば常態として走る民族を発見したことの意義は大きいと思われる。

  • この30年、夏季オリンピック陸上男子100m決勝でスタートラインに
    立ったの56人は、すべて黒人選手だという。

    「黒人は身体能力に優れている」という通説は本当なのかを探った
    のが本書である。

    主にアメリカでのスポーツの発展を軸に語られているのだが、奴隷
    制下のアメリカでは今とは違い「黒人は身体的にも劣っている」と
    見られていた。

    それがさまざまな分野へ黒人が進出するにつれて、スポーツでの黒人の
    活躍が注目を浴びるようになる。

    だが、すべてのスポーツで黒人が優れている訳でもない。本書の話から
    ははずれるが、私の大好きなウィンター・スポーツでは圧倒的に黒人
    選手が少ないのだ。

    すぐに思い出せる黒人選手と言えば、スルヤ・ボナリーという女子フィ
    ギュア・スケートの選手だ。フランス代表として日本で開催された
    長野オリンピックにも参加した。

    フリーの演技で見せたバックフリップ(後方宙返り)には驚かされた。
    競技でやっちゃいけないんだけどね。

    もし、巷間言われているように、黒人の運動能力がほかの人種より
    優れているのであれば、種目を問わずに黒人選手が占める割合が
    多くてもおかしくないんじゃないかな。

    でも、現実には限られた種目で目立っているだけなんだよね。

    マラソンなどの長距離はアフリカ勢が強いと言われるが、それも一部の
    地域に限る。なので、人種云々というより環境要因が大部分を占める
    のだろう。

    「黒人は身体能力に優れている」。これもまた、一種の偏見なのかも
    しれないね。

  •  黒人と呼ばれる人々についてよく言われる「身体能力が高いからスポーツが得意」という言説について、歴史や社会の面から分析している一冊。
     

  • 黒人は「身体能力において他人種より優れている」というステレオタイプについて検証した本。
    当初は黒人は白人にかなわないという「白人優越主義」だった時代から始まり、徐々に黒人が白人選手を打ち負かすようになると、白人たちは「黒人は生まれつき運動能力が高い」と喧伝することで、自分たちがスポーツで負けることの言い訳にして来た。そして限られたチャンスで社会で成功する為に、黒人たちは勉学に打ち込まず運動選手になるのが近道と短絡的に考え、勉学をおろそかにするようになった。すると白人たちは「身体能力なら黒人だが、監督やアメフトのクォーターバックのような指導力、統率力など知的能力が要求されるポジションは黒人には向かない」と言い始めた…という歴史的変遷がある。
    要するに黒人が活躍する機会を与えられたスポーツはごく限られたものだけだったということが前提にある。
    現状黒人が活躍しているスポーツは陸上競技・バスケットボール・アメリカンフットボール等で黒人が多数であるが、ゴルフ・テニス・水泳・ウィンタースポーツ等、上流階級の金のかかるスポーツは黒人は少数派である。野球は一時からは随分減っており最近ではMLBでは20%程しかいないそうだ。
    また同じ黒人でも短距離に秀でている・長距離に秀でていると違いがあるが、それを国より下位の地域・部族単位で検証していくとある一部の特にその能力に秀でた部族・集団がいるだけで同じ国内でもそれ以外の地域では特に秀でていない、等というデータがあるそうだ。
    よって身体能力は各個人の素質・努力によって決まるものであり、人種によって決まるものではないということだ。
    まあ当たり前なのだが。

  • 「黒人の身体能力は生まれつき優れている」のか。
    競技が誕生してからの歴史的な過程や環境的な要因がそれぞれの得意種目を作ってきた。
    カネがかかる、あるいは上流階級のスポーツ(ゴルフやテニスなど)はハードルが高く、陸上、バスケットボールなどのカネのかからないスポーツは圧倒的に黒人優位。
    また水泳については、元々黒人はより深く、より長く水中に留まることができると容認されていながら、白人と黒人が裸で、同じ水につかることがタブーになりプールから締め出された為、一線級のアスリートがいない。
    などなど社会的、歴史的背景から能力だけではなく、得意、不得意分野を形成してきた。
    スポーツが苦手な黒人もいる。
    そもそも人種を分けることから、おかしな話しです。

  • 「黒人は身体能力において、生得的に他人種に優越する」というステロタイプについて歴史的検証を行ない、その是正を図った本。
    …なのだが、読後印象に残ったのはむしろ、「人種の坩堝」アメリカにおける人種差別の凄まじさだった。

    「黒人は身体能力に優れる」という白人たちの思い込みも、要は身体能力なるものの価値の低下にすぎない。開拓者の国・アメリカで「男らしさ」が最上のものであった当時、黒人はといえば「心身ともに」白人に劣るとされていた。当然、スポーツ選手はそのほとんどが白人だった。
    やがて、スポーツが——いや、スポーツなどごく一部の分野「だけが」——黒人にも開かれるようになると、白人選手を打ち負かす黒人も現れる。すると白人たちは「やつらは生まれつきさ」と吐き捨て、黒人の子供たちは「出世するには運動選手になるしかないと、いとも簡単に思い込み」、勉強に打ち込む者を「白人ぶってる」といじめるようになった。白人たちは「確かに。認めようじゃないか、スポーツなら黒人だ」、しかし監督職やアメフトのクォーターバックのような指導力、統率力——つまりは知的能力が要求されるポジションは、「黒人には向かない」と言い始めた…。

    人間の持つさまざまな特質のうち、己のものを優として、他人のそれは劣とする。「女はこれだから…」などという言説でもお馴染みの、差別の常套手段である。
    これとゴルフ、テニス、ウィンタースポーツなど、いわゆる「カネのかかる」「上流階級の」スポーツが黒人にとってハードルが高いという現実を合わせると、現在の「陸上、バスケットボール、フットボール等における黒人の圧倒的優位」という状況ができあがる。
    なお、水泳は身ひとつでできるスポーツであるが、優れた黒人選手は今のところごく少ない。これを考える時、アフリカ西海岸で奴隷狩りを行なっていた白人が黒人たちの水泳と潜水の能力に驚嘆した記録が残っていること、水泳が「裸で」「同じ水につかる」競技であることは非常に示唆的である。

    最後に。
    アメリカ留学経験のある著者は、かの国に比べ日本の若者は人種的なステロタイプにイノセントな反応を示す、とくり返し述べる。まるでそれをもって、日本が「遅れている」とでもいうように。
    しかし、アメリカ人が上に挙げたような根深い差別の現場に生きているのに対し、日本人は単一人種国家(日本を「単一民族国家」と呼ぶと怒る方々も、これは否定できないだろう)でのほほんと平和に暮らしてきたのである。反応が違っているのも当然だろう。
    まして、もとはと言えば白人たちが他人の土地に攻め入って、物的・人的資源を収奪した。その結果が現在一部の地域に見られる人種混淆社会であれば、日本人のイノセンスを「悪いこと」「遅れていること」のように言うのは、はたして妥当なのだろうか。

    2012/6/21読了

  • 川島浩平『人種とスポーツ 黒人は本当に「速く」「強い」のか』中公新書、読了。黒人は他の人種に比べ本当に身体能力が強いのか。人種とスポーツの歴史を追跡し、科学的知見を交えながら、能力の先天性の問題、そして、そのイデオロギー性を暴露する一冊。私自身「そう思っていたから」目から鱗。

    「僕は身体がかたくって、スポーツが苦手だ。まわりから『それでも黒人(ブラック)か』って言われてきたが、僕だって黒人(ブラック)だ」。川島浩平『人種とスポーツ 黒人は本当に「速く」「強い」のか』中公新書、2012年、244頁。筆者とブラウン大・大学院で親しくなった友の愚癡。

    しかし、ホント、「種」なるものへの還元主義は「わかりやすい」けれどもインチキな域を出ないんだなーとは思う次第。ふり返れば、19世紀の人類学やナチの優生学は「黒人は劣等種」という太鼓判。「種」のなかにも多様性があるし、記録をはじきだす動員システムも並行して存在するってだけですよね。

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人種とスポーツ - 黒人は本当に「速く」「強い」のか (中公新書)の作品紹介

オリンピックの陸上男子100m決勝で、スタートラインに立った選手56人は、ここ30年すべて黒人である。陸上以外の競技でも、彼らの活躍は圧倒的に見える。だが、かつて彼らは劣った「人種」と規定され、スポーツの記録からは遠い所にあった。彼らは他の「人種」に比べ、本当に身体能力が優れているのか-。本書は、人種とスポーツの関係を歴史的に辿り、最新の科学的知見を交え、能力の先天性の問題について明らかにする。

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