ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書 2410)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121024107

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  • 筆者の主張:
    21世紀の欧州のポピュリズムは、リベラルな価値の守り手として、男女平等や政教分離に基づきイスラム移民を批判する。またデモクラシーの立場から、EU離脱の国民投票を提起する。彼らは沈滞化した既成政治に改革を促し、活性化させてもいる。これは言わば、デモクラシーの内なる敵だ。
    となれば、ポピュリズムとはデモクラシーに内在する矛盾を端的に示すものではないか?デモクラシーの論理を突き詰めれば突き詰めるほど、「真のデモクラシー」を訴えて、住民投票でEU離脱を決しようとするポピュリズムの主張を、正当化するからだ。

    ポピュリズムは、かつて多様な層の「解放の論理」として現れ、今では排外主義と結びつき、「抑圧の論理」として席巻している(と言われている)。

    【ポピュリズムの定義】
    ①固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に直接訴える政治スタイル
    ②「人民」という「下」の立場から、既得政治やエリートなど「上」を批判する政治運動←本書はこっちの立場

    【ポピュリズムの特徴】
    ①主張の中心に「人民」を置いている
    ②「人民」重視の裏返しとしての「腐敗したエリート」批判がある
    ③「カリスマ的リーダー」の存在
    ④支配エリートの持つイデオロギーが変わると、ポピュリズムの主張もそれに合わせて変わる

    ポピュリズム政党が標的とするのは、民主主義それ自体よりも、「代表制」に反発する。
    ポピュリズムはデモクラシーを否定するものというよりは、むしろその一つの重要な側面、すなわち民衆の直接参加を通じた「より良き政治」を積極的に目指す試みと繋がる。

    政治は民衆vs貴族、資本主義vs共産主義、左翼vs右翼を経て、今は「上の階層」vs「下の階層」に戻ってきた。

    過去の民衆vs貴族と、今の上vs下が異なる点は、
    民衆は貴族に対し、自分に携わる生来の権利を主張してきたのに対し、今は個人の権利からはやや距離を置き、「善」に基づく「よりよい政治」を主張していること。

    ポピュリズムは、デモクラシーを促進させることも阻害させることもある。
    促進については、多数の人々をまとめ、政治への参加と包摂を促す。
    阻害要因としては、権力分立やといった民主的制度を軽視し、多数派原則によってマイノリティの権利を無視する。

    【ポピュリズムの歴史】
    自由で包括的な政治・経済制度の国(北アメリカ)と、
    社会・経済・政治が圧倒的に不平等な国(ラテンアメリカ)においては、ポピュリズムの受け入れられ方が違った。
    前者は、既存の党がマニュフェストの中にリベラル的要素を取り込んでいき、ポピュリズム政党の存在意義を消していったのに対し、後者は、そもそも既存政党による民衆のための公正な選挙が行われなかったので、ポピュリズム政党が躍進した。
    ラテンアメリカにおいては、既存政党を中間層が支持する一方、政治的アウトサイダーを貧困層が支持している。この貧困層の「承認の欲求」に応えれるリーダーが票を獲得できるのだ。


    【何故現代ヨーロッパでポピュリズムが広がった?】
    ①グローバル化とEU統合のもとで、各国における主要政党間の政策距離が狭くなり、有権者にとって政党の違いが見えづらくなり、既成政治に対する不満を表明する機会が減ってきたため。そのため、保革まとめて「既存政治」とみなし、これを攻撃する主張が支持を集められるようになった。
    ②人々が政党や団体への帰属意識が弱くなったことで、政党エリートや団体指導者が人々の「代表者」として意識されず、むしろ利益をむさぼる者として認識されるようになった。
    ③グローバル化によって格差が拡大し、「負け組」がグローバル化やEU統合を一方的に受け入れる政治エリートに不信がるようになった。

    これらの理由から、エリートと大衆が断絶し、ポピュリズム政党の出現と躍進を可能とした。
    また、ポピュリズム政党が、その排外主義的思考(移民反対など)、反対派に対する高圧的な対応が批判されながらも、政治空間を「活性化」させ、既成政党に大きな改革を促した。

    ポピュリズム政党におけるイスラム批判は、反民主的・人種差別的イデオロギーではなく、デモクラシーや自由・人権・男女平等といった近代的価値の観点から、イスラムを「後進的」と非難する。

    【国民投票のパラドクス】
    国民投票が広く受け入れられ、世界で最も民主主義的な国と言われているスイスでは、従来、国民投票に訴えて政策を妨害する恐れのある野党や反対派を取り込むため、「協調民主主義」が成立してきた。
    しかし、この協調民主主義の存在そのものが、人民の主権を不当に侵害するものとみなされ、ポピュリズム政党の批判のターゲットになった。

    また、国民発案による憲法改正の国民投票は、可決されれば行政府の裁量を許さず実施することができ、とうてい考えられないような法であっても、「民主主義」の名のもとに実現することが可能である。
    さらに、国民総福祉や女性参政権のように、現状になんらかの変更を加えようとする国民投票は、人間の現状維持的心理から、変更を「否定」する要因が強く、立法の歩みが遅くなる危険性がある。

    【イギリスのEU離脱】
    ポピュリズム政党であるイギリス独立党が躍進したのは、本党が、「イギリス社会における深い断絶の政治的な表現」であるからだ。
    50年前のイギリスでは、低学歴の白人労働者階級が社会の中核だったのに対し、現在では若い世代のホワイトカラーが中核を担う。若い世代はEU志向の価値観なのに対し、昔の世代はイギリス志向の内向きの価値観であった。
    こうした置き去りにされた低所得者層・中高年ブルーワーカーに対し、既存政党が彼らの関心を代表していない事態に陥り、新生党が票を伸ばしていった。
    そして既存政党が「置き去りにされた人」を無視し、都会のエリート層が彼らの価値観を尊重できなかったことが、EU離脱に繋がった。

    【グローバル化するポピュリズム】
    現在の世の中では、ラテンアメリカにおけるポピュリズムは、労働者を基盤とし、社会改革や分配を求める「解放」志向を持っているのに対し、ヨーロッパでは、「リベラル」や「デモクラシー」に依拠しつつも、移民・難民排除を柱とする「抑圧」的な傾向がある。

    これらの違いは、どの層を「特権層」と定義づけているかの違いだ。
    ラテンアメリカでは貧富の差が激しく、エリートや裕福層を「特権層」とみなしており、彼らの権利を分配するために政府の権限の拡大を欲すのに対し、
    ヨーロッパでは貧富の差が小さく、福祉国家化によって「便益」を受けている生活保護者、公務員、移民難民を「特権層」と規定し、その「再分配」の結果によって保護された層を引きずり下ろすことを訴える。

    この「分配されてないことへの批判」→「再分配への批判」という図式においては、両者は民主主義が時代を経るに従って批判の対象を変えていったという、いわば地続きの結果であると言える。

    また、ラテンアメリカは経済的な格差是正を中核とするのに対し、ヨーロッパは多文化主義などの、「支配的価値観・文化観」への対抗を中核とする。


    【感想】
    ポピュリズムとはなにか を読んで

    本書における筆者の主張は、ポピュリズムとは民主主義を脅かすものではなく、むしろ民主主義を煮詰めた結果できた「純度の高い民主主義」であり、それゆえ、民主主義を推し進めることでポピュリズムを排除するのは困難である、ということだ。

    これには3つの理由がある。
    1つ目は、ポピュリズムの担い手が近代的価値をバックボーンにしているからだ。
    イスラム排除、移民反対といった急進的なマニュフェストを掲げる際の理由として、「イスラムという女性軽視文化への拒絶」や、「社会秩序の安定」といった、合理的な理由を挙げることが多い。頭ごなしの拒絶よりも、デメリットを比較検討した結果の民主的判断を寄る辺にしているのだ。

    2つ目は、ポピュリズムは既存エリート層への下層からの突き上げという形をとっており、これは低所得者~中産者層といった、「社会の大多数を占める成員」の利益表出の結果であるからだ。

    3つ目は、国民投票によって、憲法改正やEU離脱などの重要事項が決定されてきたことである。
    国民投票にかけられる法案の種類にもよるが、可決された法案のうちのいくつかはリベラルな価値観に異議を唱えるポピュリズム的なものだ。
    これは、既存政党における協調民主主義が、「取り残された人々」--国内産業の衰退を放置した結果生まれた低所得者層--を無視することに繋がり、その結果、国民の間に溜まったうっぷんが、民主主義の究極系である国民投票という形で表出したのだ。

    ポピュリズムを端的に言えば、民主主義における舵取りの違いである。
    ポピュリズムは民主主義を脅かすものではなく、従来の民主主義が見ていた方向と違う方向を見ながら前を進んでいる。
    そして、見ている方向が違うということは、目をそらしている対象も違う。
    従来のリベラリズム政党が自国民の低所得労働者から目をそらしているとすれば、ポピュリズムは人種間平等や労働力人口の減少から目をそらしている。
    彼らは時に国民の政治的関心を高め、既存政党への変化を促す呼び水にはなるものの、使い方を間違えると「ノイズ」になり、国民の分断を招くもろ刃の剣だ。

    現代における利益者集団の種類は大幅に増えてきている。若年層、高齢者層、ブルーワーカー、ホワイトワーカー、シングルマザー、移民、LGBTといったように、全ての国民をカバーすることは不可能に近い。
    しかしながら、ポピュリズムは、そうした国民を「特権階級・非特権階級」と強引にカテゴライズしなおす。また、カテゴライズしなおした後は、特権階級を共通の「敵」として攻撃を煽ることで支持を集めるという、恐ろしく社会主義的なアプローチをとる。

    ポピュリズムをどう扱うかは、今後の社会を決める重要な課題となるだろう。

  • ポピュリズムに対し、歴史的・政治学的な観点から切り込む。成立の経緯(左右の既成政党から蔑ろにされてきた低所得者のニーズを掴んだことなど)や肯定的な側面(改革促進、安全弁機能、脱反ユ・脱民族主義、リベラルな価値・民主主義的手法の尊重)がよく分かる。欧州のポピュリズムでは、基本的に反イスラム(自由民主主義にそぐわないとされる)、反移民、反EUという形を取る。その意味では従来の極右(ネオナチ、反ユ、民族主義)とは異なる。
    なお、ポピュリズムの否定的な側面や、自由・民主主義と排外主義の結合により生じる内在的矛盾に対する叙述は少な目。メディアでしばしば紹介されるから、その部分は重視しなかったということか(?)
    具体例は、南米の古典的なポピュリズム(アルゼンチンのペロンなど)から始まり、現代の
    墺(ハイダー、自由党)
    仏(ルペン、国民戦線)
    独(ペトリ、ドイツのための選択肢)
    英(ファラージ、イギリス独立党)
    ベルギー(デウィンテル、フラームス・ブロック)
    オランダ(フォルタイン、フォルタイン党→ウィルダース、自由党)
    デンマーク(ケアスゴー、国民党)
    スイス(ブロッハー、フライジンガー、スイス国民党)
    に加え、トランプや維新にも触れられており充実している。ベルルスコーニやドゥテルテには殆ど頁が割かれていない。ボルソナロは、出版時期の方が古いため当然言及なし。東欧についても言及がない。

  • 著者の水島治郎氏は、オランダ政治史、ヨーロッパ政治史を専門とする政治学者。
    今年2016年は、英国でEU離脱を問う国民投票で離脱賛成票が過半数を占めたこと、米国大統領選挙で公職経験のないトランプが当選したことなど、世界の潮流のターニングポイントとなった年と言えようが、それらの背景には近年の先進各国におけるポピュリズムと呼ばれる政治運動の躍進がある。
    私はそうした世界の潮流の変化に懸念を抱くひとりであるが、一方で、BREXITもトランプの当選も、民主主義の根幹である多数決(米国大統領選挙の仕組みは少し違うが)の結果であることに違いはなく、所謂ポピュリズムと民主主義の違いは何なのか、疑問に感じてきた。
    著者は本書の目的を「この現代世界で最も顕著な政治現象であるポピュリズムを正面から取り上げ、解明を試みることである」と述べ、ポピュリズムを理論的に位置付けた上で、ヨーロッパやラテンアメリカの具体的な事例を分析しつつ、それを明確にしてくれている。
    本書の主張は概ね以下である。
    ◆ポピュリズムの定義には、大きく、①固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に直接訴える政治スタイル、②人民の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動、の2つがあるが、現代のポピュリズムの多くは②の性格が強い。
    ◆近代デモクラシーには、「立憲主義的解釈」と「ポピュリズム的解釈」の2つの解釈がある。前者は、法の支配、個人的自由の尊重、議会制などを通じた権力抑制を重視する立場で、「自由主義」的な解釈。後者は、人民の意思の実現を重視し、統治者と被治者の一致、直接民主主義の導入など、「民主主義」的要素を前面に出す立場。どちらをとるかでポピュリズムへの評価が変わるものの、ポピュリズムはデモクラシーを否定するものというより、むしろその一つの重要な側面、即ち、民衆の直接参加を通じたより良き政治を積極的に目指す試みと密接につながるものである。
    ◆現在のポピュリズムは、かつてのフランス等に見られた極右的、反民主的な姿勢を事実上払拭した上で、他の政党と同様、民主政治の通常の参加者として、既にその地位を確保している。そして、現代デモクラシーの依拠するリベラルな価値、デモクラシーの原理を積極的に受け入れつつ、リベラルの守り手として、男女平等や政教分離に基づきイスラムを批判し、また、デモクラシーの立場から、国民投票を通じ、移民排除やEU離脱を決するべきとのロジックを展開する。つまり、現代のポピュリズムは、デモクラシーの「内なる敵」として現れているのであり、その論理を批判するのは容易ではない。
    ◆更に、現代のポピュリズムには、既成政党に緊張感を与え、沈滞した既成政治に改革を促し、活性化させる効果も指摘されており、ポピュリズム政党と既成政党が対峙しつつ、争点を明確にして有権者の支持を競うのであれば、デモクラシーにとって一定の意味を持ち得る。
    21世紀のデモクラシーは、好むと好まざるとにかかわらず、この手ごわい「内なる敵」と正面から向き合い、いずれは乗り越えねばならないが、まずはその「内なる敵」を理解するために、大変有意義な一冊と言える。
    (2016年12月了)

  • 水島治郎『ポピュリズムとは何か』中公新書 読了。民主主義の敵か、改革の希望か。多様性や平等など立憲主義的な価値に対する脅威か、それとも、既成政党や政治エリートによる支配を打倒し、人民に取り戻す救世主か。リベラルやデモクラシーの本質を突き詰めるほど、ポピュリズムとの親和性を帯びる。

  • 4章オランダと6章イギリスの例は日本にとって有意義な示唆

  • ラテンアメリカを始め、オランダやフランス、スイスなどの欧米諸国におけるポピュリズム政党の歴史やそれぞれの主張やその相違、共通点がまとめられていた。また、ポピュリズムがデモクラシーにもたらす影響に関しても他の文献を交えて考察されている。

    一概にポピュリズムと言っても、既成政党やエリート主義、既存の枠組みを批判したり、外国からの移民・難民やイスラム教徒などを排除しようとしたりと場所によってその内容は様々であるが、民主主義から疎外され、これに幻滅しているような労働者階級から支持されているのは全てに共通しているように思えた。これについては、本来の役割を果たすことができなかった民主主義制の失敗と言わざるを得ない。言わば、ポピュリズムは民主主義が生み出した産物なのである。ポピュリズムが負の側面をもってるいることは言うまでもないが、この隆盛が人々の政治に対する関心を高め、民主主義の停滞に刺激をもたらしていることは知っておくべきである。

    既成政党が長い間避けてきたタブーを口にしてきたポピュリズム政党はやはり政界では異端児的な存在ではあるが、実際の事例を見ると彼らは民主主義のシステムに則って政治活動をしているのは確かであり、人々が彼らに頼らざるを得ない状況にあることも確かである。

    民主主義に対する信頼をこれ以上減らさないためには、ポピュリズムが表面化させた問題を一つ一つ政治に汲み取り、その対策を講じることが重要である。

    当方、政治学の分野には疎いため、1回通読しただけでは、ポピュリズムについてなんとなくこんなものかというくらいしか分かっていないのが正直なところ。また読み直すこととする。

  • とても面白かった。
    本書では、ポピュリズムを『既存のエリート層を批判することで人々の支持を集める手法』と定義付けしており、当たり前だけどポピュリズムだからといって必ずしも抑圧的であったり問題があるとは限らない。

    ポピュリズムというのは民主主義の部分集合であって、問題が発生する時というのは、全体の一部あるいは多数派が結集することで、彼ら自身も含めた共同体全体の利益を結果的に損ねてしまう場合である。
    近ごろだとEU離脱やトランプ政権、もっと言えば先月31日の衆院選での維新の会の大阪での大躍進がそれにあたる。

    本来の民主主義の崇高な()理念というのは、多数派によって、少数派も含めた多様性を尊重することだけど、ポピュリズムの台頭はマジョリティに紐付けされていないマイノリティは問答無用で排除しても、切り捨てた側は痛くも痒くもないという現状を顕にしている。

    本書では、党組織や労組などに依存した既存政党が、無党派層の増大や組合加入率の低下によって機能不全に陥り、直接民主主義を主張するポピュリズムに振り回される様子が活写されている。
    ヨーロッパでは特に比例代表制がポピュリズムの躍進に一役買っているという指摘も正しい。

    エリートの方々はとりあえずポピュリズムを批判するのがお決まりになっているけれど、彼らの頭が本当に良ければポピュリズムにも対応できるのでは?と思う。
    それが出来ていない時点でお察し…ってことだよね。

    #読書感想 #ポピュリズム #民主主義 #EU離脱 #トランプ #橋下徹 #維新の会

  • 各国で猛威を振るっているポピュリズムに関する概説書。ベネズエラのチャベス政権といった南米のポピュリズム政権も取り上げられているが、筆者の専門はヨーロッパ政治史、比較政治なので、ヨーロッパのポピュリズム政党に関する記述がほとんどを占める。本書では、ポピュリズムの定義として、①固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に直接訴える政治スタイル、②「人民」の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動といった二つの定義があるが、後者の定義が採用されている。

    ヨーロッパのポピュリズム政党において、大きく分けて、極右に起源を持つ政党と「リベラル」に起源を持つ政党の2種類がある。前者はフランスの国民戦線、オーストリアの自由党、ベルギーのVBといった政党であり、後者は、デンマークの国民党、オランダのフォルタイン党、自由党、スイスの国民党といった政党が含まれる。後者のタイプの政党は、前者のポピュリスト政党と同じく「極右」勢力と日本のマスコミで報道されるが、露骨な人種差別・民族差別を唱えていない。これらの政党は、自由・人権・男女平等といった近代的価値を全面的に擁護して、その近代的価値観をイスラムが決して受け入れず、「後進的」であると批判して、移民・難民の排斥を主張する。西洋的な「リベラル」価値観を守るためがゆえに、反イスラムであるというのは、『西洋の自死』のダグラス・マレーと同じであろう。現代のポピュリズムは「リベラル」と「デモクラシー」との間に親和性があるというのは興味深かった。また、ベルギーのVBの進出に対して、さまざまな対抗運動も活性化した。VBの躍進とそれに対する反対運動の活性化を通して、ベルギーの人々の政治不信が高まるのではなく、むしろ低下したという。

    以前にミュラーの『ポピュリズムとは何か』を読んだ際に、その定義の狭さゆえに、ポピュリズムは悪いものだという前提で不満を持ったが、本書では、ポピュリズムの定義を少し広く取り、ポピュリズムが既成政党に危機感を与えて改革を促すこと、ポピュリズム政党の進出とそれへの対抗運動によって、社会が「再活性化」するなど、ポピュリズムの「効用」まで触れられており、射程はミュラーの本よりは広く、納得のゆく議論がなされている。本書は、かなり情報量が多く、この情報量でたった820円とは価格破壊である。ハードカバーなら最低でも3500円以上のだろう。ポピュリズムのみならずほぼ現代ヨーロッパ政治史の優れた概説本なので、一家に1冊は確保しておきたい。

  • ポピュリズムという概念が近年急速に広まり、現在ではかなり人口に膾炙している感がある。しかしながら、トランプの強烈なイメージが先行し、その厳密な意味や変遷が必ずしも正確に解されているとは言い難い。本書を通じてポピュリズムの出自や変遷、そして現在地の一端を垣間見ることができた。ポピュリズムといわれると、どうしても極右やネオナチといったイメージが付きまとうが、現代の主要なポピュリズム政党は、リベラルな価値を全面的に受け入れたうえで、移民排斥や反イスラムといった主張を展開している。

  • ポピュリズムは本当に悪なのか。悪だとするならば、なぜ民主主義からポピュリズムが生まれてしまうのか。もし悪でなければ何なのか。誰かが統治者になればポピュリズムだと騒ぎ立てる人々が多くいる中で、民主主義とは何かを考えさせられる。定義からまず丁寧に書かれているので初学者にもオススメ。この本は高校2年生の時に私が参加していた、社会科特別講座(通称、社特)で参考文献として取り扱った本のひとつ。あの時手に取ったこの本を、今再び読み返す。ポピュリズムを研究してみたいと、強く思う。

著者プロフィール

千葉大学大学院社会科学研究院教授(千葉大学災害治療学研究所兼務)

「2022年 『アフターコロナの公正社会』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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