痴愚神礼讃 (中公クラシックス)

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著者 : エラスムス
制作 : Desiderius Erasmus  渡辺 一夫  二宮 敬 
  • 中央公論新社 (2006年9月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121600929

痴愚神礼讃 (中公クラシックス)の感想・レビュー・書評

  • この作品がつくられた背景を知った上で読んだ方がよいが、そうでなくても十分楽しめる。後半、神学の教説がらみの風刺が続いて若干読むのがつらい部分もあるが、それ以外は普通に笑える。

  • 皮肉・諧謔ばかりで笑った。万事が下記の調子である。

    「マルクス・アントニヌス帝は哲理をわきまえていたために不人気だったという点から見て、良い皇帝ではなかったと言えるわけですが、まあ、今のところは、良い皇帝だったということにしておきましょうか。でも、この人が善良だったとしても、統治者としての長所を発揮して国家にもたらすことのできた福祉よりもはるかに多くの災害を、あとに残した息子の手で、国家に与えてしまいましたよ。」

  • 500年前の本でこんなに笑えるとは思いませんでした。

    皆さんの生命は結婚のおかげでできたのでしょうが、結婚する気になれるのも、私の侍女の「軽躁無思慮」アノイアのおかげなのです。

    「賢さが少なければ少ないほど、それにつれていよいよ幸いとなる」ソポクレス

    プリアポス>ぶどう園の神、生殖を司り、陰茎の形で表される

    「たとえ緋の衣を着ても、猿は常に猿」ギリシアの諺

    場違いな知恵ほど愚かなものはないのと同じように、逆立ちした賢者ぶりほど無思慮なものはありません。目の前にある物事に調子を合わせず、慣習に従わず・・・>演劇をみてまじめなことを言う人に対して

    「阿呆は阿呆らしいことを語る」エウリピデス

    「真実は葡萄酒のなかや幼児の唇にある」アルキビアデス

    だまされるというのは不幸なことだ、と人は言うでしょう。とんでもない!だまされないほうがずっと酷い不幸なのですよ。事物そのもののなかに人間の幸福があるとするのは、大変な誤りなのです。幸福とは、事物そのものについて人間が抱く意見次第なのです。

    人間の精神は、真実よりも嘘によって、はるかにわけなくとらえられてしまうようにできあがっているのです。

    学者>法律学者>事実、苦労したものはなんでもかんでも値打ちがあると考えているのです。

    「人は正気を失うとしばしばもっともなことを語る」ギリシアの諺

  • 痴愚の女神様が饒舌に喋り捲ります。さながら弁明するソクラテス、ならぬ弁明する痴愚女神モリア様!ユーモア全開、皮肉炸裂、風刺の効いた作品です。

    人間が如何に自分のお世話になっているかを豊かな事例と共に紹介してくれます。さすがはルネサンス最大のユマニスト!ほんっと扱う題材が豊かで、思わず笑ってしまうような描写がいくつもあります。読了した今となっては、僕がこうして楽しく生きられるのは痴愚の女神様のおかげなんだなと実感します。というのも、怠惰であれ忘れっぽさであれ何かとネガティブに捉えがちの痴愚ですが、逆説的に、そういう痴愚があるからこそ我々はポジティブに楽しく生きられるわけです。例えば痴愚女神様の妹分フィラウティア様(うぬぼれ)の恩寵なくしては、僕はきっともっと自分の何もかもに不満で、なるほど自分に満足なんてできやしない。自分に満足するところに幸福があるとするのなら、彼女こそ幸福の女神!僕の求める女神様だと言えるだろう!

    エラスムスに言わせれば病気の間にシャレで書いた本であり(内容はシャレだけど、本の扱いは後に禁書となる点からして全くシャレになっていない)、友人が面白がって出版の運びになったある意味事故のような本であり、主張にしても「痴愚女神様のおかげ!」などと言いたいわけではありません。腐敗する世間の有様を深刻に捉える代わりに喜劇的に面白おかしく描いたというだけのことでしょう。風刺ですね。しかしなんというか・・、あまりに痛快・・、また読み返したくなる(笑)。

  • 人間は愚かで、儚く、だから強い

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