なにごともなく、晴天。 (中公文庫 よ 39-10)

著者 :
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122074613

作品紹介・あらすじ

鉄道の高架下商店街〈晴天通り〉で働く美子の前に、ある日、コーヒーと銭湯を愛する探偵が現れる。その話を聞いた町の人たちは、それぞれの秘密を語りだす。忘れたはずの出来事や未来への迷いをふりはらう、小さな勇気と決断。遠くからそっと誰かを想う優しさにふれ、新しい一歩を踏み出す物語。巻末に「荒野のベーコン醤油ライスの作り方」を新規収録。

感想・レビュー・書評

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  •  吉田篤弘さんの小説は、読み手の心に"凪"をつくってくれます。凪なので、強い風も大きな波もありません。静かにゆる〜く淡々と‥、でも内容は薄っぺらではなく、深みがあり妙に惹かれるのです。

     あとがきには、2011年の東日本大震災を受けてこの物語が生まれ、タイトルに込めた想いが記されていました。『なにごともなく、晴天。』(そんなはずはないけれど)希望と悲しみの間を行き来する想いを「なにごともなく」に託したようです。
     
     寂れ、廃れが進む高架下の商店街で、一日一日を穏やかに暮らす人々の物語です。
     むつ子さんに店番を任されている主人公の美子、同じくお店を営むベーコン姉さん、サキ、太郎食堂の人々、元探偵の八重樫さん‥。
     これらの人々と関わり過ごす日々の中に、美子の一目ぼれ、長年会っていない父の話も挿入され、単調さに変化もあります。
     また、コーヒーやベーコンの匂い・味、高架下が故に聞こえてくる音なども、程よい刺激です。

     人生は平穏無事に見えて、様々な出来事を経験し、誰もが悲喜交々の思いを抱えて生きています。
     作中で、いろんな人の「じつはね」が浮き彫りになりますが、平穏の影の哀しみが織り込まれることで、吉田さんの平穏な日々への祈りを感じます。

     今年は元日から悲しい出来事がありました。被災者の方々に寄り添った支援が行き届き、平穏な日々が訪れることを願わずにはいられません。

  • 「仮に世の中がなにごともなく平穏で、皆が晴れ晴れとした日々を送っていたとしても、それは表面的なことであって、誰もが胸のうちに悲しみや痛みや不安を抱えている・・・・・それでも空が晴れていたら、どんなに悲しくても、やはりお腹が空いてくる。それもまた、なんだか悲しくて、そんな希望と悲しみのあいだを行ったり来たりするような、そういう思いを”なにごともなく”に託してみようと思いました。」(あとがきより)

    あぁ、吉田さんの小説はこういう何でもない日常を描いているからこそ、心に沁みてくるんだなぁ。

  • 古道具屋の雇われ店主、美子の日常と彼女の思いをのせた話。一篇が10ページ毎に刻まれているのだがこのスタイルが読みやすい。最近読書に充てる時間が少なかったのでちょっとずつ楽しんで読めた。
    掴みどころのない美子の恋?が始まり、元探偵が絡むのだけどそんなにドラマチックな展開にはならない。
    美子が鉄道係員に抱く、深夜のニアミスの感覚が何となく幼く感じ、自分が中学生くらいの時に想い人にこんな風に妄想していたような気持ちが思い出された。
    あと書きにもあったが、今後の高架下商店街の行く末を続編として期待したい。

  • 鉄道の高架下にある商店街に住む美子の静かな恋。食堂の跡継ぎ問題。
    のんびりと、それでもいろんなことが動いていく。

    「お天道様は見ている」についての考え方が面白いと思った。
    「太陽が空にあるうちは、他人はもちろん、自分もごまかしてはならない。うしろめたいことに身を染めてはいけない。太陽はいつも見ているのだから。
    でも、人間は弱いものだから、つい、うしろめたいことに魅かれてしまう。そうしたことを許すために太陽は西に沈み、夜のあいだだけ、お天道様は罪深き者たちを見逃してくれる。」
    ところが、高架下にいると日没の時間がわからない。いつでも「お天道様」が見ているような気持ちになる。おもしろいなあ。
    この、【高架下に住んでいる】という設定がまた好き。惚れた人が、決まった曜日の決まった時間にゆっくりと自分の上を電車で走っていくとか。

    銭湯とコーヒーを愛する探偵があらわれたことで、「人は誰でも、人に言えないこと、言わないこと、言わずにいることがある」と知る。
    「秘密と呼ぶにはちょっと大げさかもしれない小さなことから、自分の人生はもちろん、他人の人生まで左右するような大がかりな極秘事項まで。」
    当たり前なんだけれどね。「なにごともない」のではなくて、「なにごともないように見せている」だけなんだと。

    巻末には姉さんのベーコンライスのレシピが載っています。美味しそう。
    荒野でのんびりベーコンを作る。いいなあ。


    「ここは本当にいいところだよね。ここに帰ってくると、息の吸い方と吐き方を取り戻せる。ここで川を眺めて育ったからね。多分、そのせいで、人生の方も川みたいに流れるままになって、なあんにも考えてないの。先のこととかね。まったく水が流れるのと同じでさ」

  • ちょっと変わった場所に住んでいる30代女性のお話し。
    主人公の美子の何気ない毎日、出会う人達…でも本当は何事もないわけではなくて誰にでも何かしらあるんだよ…というのを『確かにそうだよね』って思いながらあっという間に読めてしまいました。ところどころ笑わせてもらいながら…。
    やっぱり吉田篤弘さんの世界観好きです。

  • 鉄道が高架になっていてその下に人々がささやかに暮らしたり働いたりしている。都会の何処かの、ひそやかな場所ですね。ある程度年齢を重ねて、様々な思いを抱えた女性たち、何とも魅力的です。ベーコン醤油ライスが何度も登場しますが、美味しそうなこと! 

  • 手に取る楽しさ

    読み終えてから
    カバーを外して 
    その装いに
    ニンマリしてしまう。

    触れる幸せ
    空気、振動、
    見えないものを
    感じる仕掛け

    出会えてよかった

    #青 #クラフト #123456

  • 文庫のショートケーキに惹かれて皆さんのレビューを読んで気になった本作。
    読んで見て、もう一度皆さんのレビューを読んで納得。
    こーゆー本だったのかと。
    面白くないわけでもないし美子の恋の行方も君子さんも気になるけど、うーん。
    表紙が好みじゃなかったら買わなかったかな。
    残念。なにがどーのじゃないのだけど私にはイマイチだったかな

  • タイトル通りに、なにごともなく、を詰め込んだお話でした。読みやすいと思います。

  • 男性の作家(しかも60代)で、ここまで精緻に女性たちの心情を表現できる方は見たことがない。
    主要キャラはみんな女性で、「〜だわ」「〜のよ」みたいな典型的な女言葉は使わず、あくまで現実的な喋り口調。誰もが等身大。
    決して語りすぎないのに、感情の機微が緻密に伝わってくる。
    主人公の美子は、周りの人物たちの話や「秘密」の聞き手として多く振る舞うが、後半にかけて彼女自身の心の動きが切なく伝わってきて、最後には高架下の住人たちの一人として、彼女の「秘密」を共有した気分になる。
    どこまでもあたたかく、やさしく、それでいて現実が喜びだけではないと知っていて、それでも受け入れる。
    非常に読後感のきれいな作品でした。

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著者プロフィール

1962年、東京生まれ。小説を執筆しつつ、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作、装丁の仕事を続けている。2001年講談社出版文化賞・ブックデザイン賞受賞。『つむじ風食堂とぼく』『雲と鉛筆』 (いずれもちくまプリマー新書)、『つむじ風食堂の夜』(ちくま文庫)、『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『モナリザの背中』(中公文庫)など著書多数。

「2022年 『物語のあるところ 月舟町ダイアローグ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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