チャター~全世界盗聴網が監視するテロと日常

  • NHK出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (421ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140810767

作品紹介・あらすじ

ニューヨーク市警が地下鉄への緊急防衛作戦を発動した。繰り返されるテロ警報に翻弄される市民。全ての始まりは、盗聴されたテロ容疑者の会話に含まれていた、たったひとつのチャターだった-「地下」。そもそもチャターを聴いたのは誰なのか?それは本当にテロを暗示しているのか?全世界通信傍受システムとして知られるエシュロンと、アメリカを中心とした諜報機関網UKUSA同盟の実態に迫り、我々の日常を取り巻く諜報活動の実態を明らかにする。911以降、なし崩しとなった「安全とプライバシー」のボーダー。果たして諜報機関は我々を守ってくれているのか、それとも監視しているのか、あるいはその両方なのか-。「安全か、プライバシーか」-ポスト911時代の切迫する問題に挑み、もはや日常となった"エシュロン"の全貌とその限界に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • よく調べたね
    でもスノーデンの後では物足りなさが残る。
    翻訳としては,9/11をセプテンバーイレブンスと表記しているのが鬱陶しい

  • シギントやコミントやNSAが話題の今、図書館で予約して読んでみた。おもしろかったよー。

  • パトリック・ラーデン・キーフ著『チャター』(Chatter: Dispatches from the Secret World of Global Eavesdropping by Patrick Radden Keefe)のイントロダクションと第一章「砂漠のレドーム、ヒース原野のレドーム」に目を通した。

    ”チャター、短いが実に興味深い単語だ。もともとは罪のないおしゃべりという意味で、ゴシップ、噂話、子供の他愛ないおしゃべりといったところだ。だが、一夜にしてこの単語には不吉な意味が加えられた。今や、その日その日のチャターが、国家的なパニックが起きるかどうかのバロメーターになっているのだ。天気予報の番組で画面の下に自然災害の注意情報や警報が表示されるのと同じように、「注意(イエロー)」とか「警戒(オレンジ)」というテロの警報が、その日の脅威を色で示している。
    (中略)
    私たちが聞かされているのは、大事件の直前にはチャターのパターンが変わるということだ。セプテンバー・イレブンスの直前や、2002年10月のバリ島での爆弾テロや、2003年11月のリヤドでの自爆テロの直前には、交信量が急激にピークに達した。音楽がクレッシェンドするような、各国語による交信だった。そして、直後には沈黙がきた。そして事件が起きた。
    ──p.10”

    ヒューミント(HUMINT, human intelligence)からシギント(SIGINT, signal intelligence)へ、つまり、米CIAや英MI5/MI6にみられる従来型の諜報活動ではなく、通信傍受や盗聴、テクロノジーを駆使した監視、それらを通じた国家による情報解析の是非がこの本では扱われている。「聴く」という行為が問題とされるのである。

    ”ジョン・ル・カレの小説に出てくるトレンチコートに身を包んだ冷戦型の兵士は時代から消えうせたし、東西対立の最前線で活躍したCIA、敵地へ侵入したり大使館で工作を行うスパイ、あるいは情報提供者や二重スパイをリクルートしてみる、そんな生命の危険を冒すような活動はなくなったのだった。人間による諜報、いわゆるヒューミントは冷戦終結とともに着実に減少していったし、その流れは90年代を通じてもアメリカの方針だった。

    1998年、元CIAの事案調査官であったポーター・ゴスはフロリダ州選出の連邦議員であり、下院情報監視委員会の委員長だった。このゴスは2004年9月にCIA長官に任命されたときに、「客観的な言い方をすれば、人に頼った諜報活動というのはもはやゼロに近づいているのです」と発言している。
    (中略)
    前CIA秘密工作員のロバート・ベアはこう語っている。「人工衛星、インターネット、電子報告書、学術論文といったものをつうじてだけで、我々が必要な外国の情報は十分に入手可能なのだ。理屈としてはそういうことだ」
    ──p.25”

    したがってここでの主役は、アメリカのシギント機関 NSA(国家安全保障局、National Security Agency)を筆頭に、イギリスのGCHQ(政府通信本部、Government Communications Headquarters)、カナダのCSE(通信安全機構、Communication Security Establishment)、オーストラリアのDSD(国防信号局、Defence Signals Directorate)、ニュージーランドのGCSB(政府情報保安局、Government Communications Security Bureau)だ。この英語圏五カ国は「UKUSA同盟」という最高の秘密協定を結んでいる。UKUSA加盟国のネットワークは、毎日何億件という通話、電子メール、ファックス、テレックスを集めて、五カ国の関係機関に秘密のチャンネルを通じて配信する。

    ただしUKUSA同盟は、公式には、単なる友好関係の域を出ない。

    ”高官は今でも公式には同盟関係の名前を特定することは認めない。だが、ときどき偶発的に同盟に関係した細かい話が漏れてくることもある。

    2002年10月、ニュージーランドのヘレン・クラーク首相はニュージーランド・ヘラルド紙に対して、自分の国は今でも「最高の諜報クラブ」のメンバーだと語っている。後に、このクラブのことをニュージーランドTVに問われた首相は、ニュージーランドは米英、オーストラリア、カナダと並んで、クラブの「設立メンバー」だとも言っている。
    ──p.46”

    具体的に名指しされるのは「エシュロン」(Echelon)である。しかし名指しされるだけであって、実態/実体の究明には及んでいない。なぜならば「エシュロンが存在することは証明できないが、エシュロンが存在しないことも証明できない」からである。「国家による盗聴」はない……ものとされている。UKUSA協定加盟国の政府は、その存在すら認めていない。

    であるから著者キーフは、諜報機関の元職員の証言、新聞や雑誌といったメディア、裁判記録などを手繰って「状況証拠」を積み上げていくに止まる。彼は自分が扱っている「対象」がいかに認識困難なものであるかを「認識」する。

    ”諜報の世界をチャート化しようと試みるたびに、私はシギントの法則というべき困難に遭遇した。シギントについて知っている人間であればあるほど多くを語ろうとしない、その一方で知らない人間に限って話したがるという困った法則にである。シギントに関わる世界の外郭には、陰謀説が大好きな人びとや、プライバシーの保護を叫ぶ連中、つまりパラノイアや変人たち、様々なキャラクターや怪しい有名人がぞろぞろいる。だが、シギントの世界の中心にはただ盗聴の実行者があるだけだ。彼等は、アメリカのスパイ業界という徹底した階層社会の中で最底辺に位置づけられており、秘密のベールに包まれている。

    現在、アメリカが世界に放っているスパイの人数は五千人に満たない。その一方で、盗聴に関わっている人間は三万人に上る。三時間おきに、NSAの衛星は米国議会図書館が満杯になるほどの情報量を収集してくる。そして、ほとんどのアメリカ人は、この地球規模の盗聴組織についてほとんど知識がない。その結果として、アメリカの諜報機関は我々を守ってくれるのか、それとも監視しているのか、あるいはその両方なのか、語ろうとしても語る言葉を持たないのだ。
    ──p.16”

    語るべき言葉を持つことのできない「もの」を記述すること。これはほとんどミシェル・フーコーの言う「探求するうちに生まれてくる統一性を探求するための地平として言説的なできごとを純粋に記述する企図」に相当するのではないか。エシュロンについて記述する、というのは、そのようなことなのではないか。

    ”本書の出版に当たって、キーフの在籍するイエール大学法科大学院は、そのホームページにキーフと本書の紹介記事を掲載した。その中でキーフは「諜報機関に対する取材アプローチは、彼らの諜報活動とよく似た形になってしまうんです」と語っている。つまり、諜報機関が盗聴や潜入によって得た情報の断片をつなぎ合わせて「敵国」なり「テロリスト」の動向に関する諜報(インテリジェンス)を組み立てていくように、キーフも様々な情報の断片を重ねることで諜報機関の実態を描こうとしたのだ。
    ──「訳者のあとがき」より p.388”

    パトリック・ラーデン・キーフの指摘で、なるほどなーと思ったことを一つ。各国は自国民に対するスパイ活動を禁じている。しかし同盟国による自国民の監視を禁じる法律はない。どうするか。アメリカはイギリスにアメリカ市民を監視させる。イギリスはその反対のことを行う。興味深い情報が出現したら、両国は連携してそのことを俎上に挙げる。

    イギリスには「RAFメンウィズ・ヒル」という基地がある。RAFはRoyal Air Force(女王陛下の空軍)という意味であるが、この基地のすべての施設は1966年にアメリカのNSAに譲渡されている。RAFメンウィズ・ヒルでは千二百人のアメリカ人が働いているが──イギリスの国内諜報機関MI5に匹敵する人数だ──この「スパイ基地」に住み働いている人たちは、大半が民間人なのである。NSAは常に大人数の民間人を契約ベースで雇っている。
    技術者を中心とした民間人職員は、自分たちの仕事の内容は、知らないし知りようがない。同じオフィスの向かい側で仕事をしている同僚が携わっているコードネームの任務の「意味」さえ分からない。彼等は一日中ヘッドフォンを耳に当てて黙々と「聴いて」いるだけなのである。

    キーフ氏によると、日本には約10か所に及ぶアメリカの傍受施設があり、また公表されていないが、NSAの極東本部も日本にあるという。ただし「同盟」にはヒエラルキーがある。米NSAと英GCHQの関係が第一グループ。その米英にオーストラリアとニュージーランドが加わって第二グループを、これに続いて韓国、日本、他のNATO加盟の数カ国が加わって第三のグループが形成される。しかし冷戦を通じて、イギリスもアメリカとの対等関係から滑り落ちていった。

    ”ある元NSA工作員は、「あらゆる情報はアメリカに伝えられる。だが、アメリカは同盟諸国には必ずしも同等に情報を与えてはいない」と証言している。実際問題、あらゆる在外のアメリカ基地から、例えばイギリスのRAFメンウィズ・ヒルの場合もそうだが、メリーランド州のフォート・ミードへと情報は直接送られる。その情報が同盟国へもたらされるのは、その後であるし、あくまでも必要に応じてだけなのだ。メンウィズ・ヒルの”大きな耳”は地理的にはイギリスにあっても、あくまでアメリカの欲する内容を”聴いて”いるだけなのである。
    ──p.45”

    通信を盗むという行為は、おそらくは通信そのものと同じだけの歴史がある。そして「治安とプライバシー」という問題は、セプテンバー・イレブンス/対テロ戦争によって「治安か、プレイバシーか」という問題へとすりかわり、人々の「理解」の下、権力による監視は「日常の光景」となる。


    [関連]
    ●元スパイ、ラスブリッジャーの死 http://d.hatena.ne.jp/HODGE/20061125/p1

     

  • 読みたい。

  • 数年前に話題となった「全世界盗聴システム・エシュロン」。
    ただ単にその存在の有無や是非を問うのでもなく、通信システムの盗聴という外交・防衛の現時点での問題点、そして行く末を、膨大な資料およびインタビューから明らかにしていく、大変興味深い本である。
    諜報機関の実態とは?それはどのようにして我々一般市民を「守って」くれるのか。日進月歩の通信テクノロジーを盗聴すべく、年間CIAの数倍ともいわれる予算を消化するNSA(アメリカ国家安全保障局)。その実態に迫りながら、諜報に本当に必要なものとは何なのか、国家安全保障とプライバシーの問題も改めてあぶり出す。

  • 初めて自分で版権をとった思い入れのある一冊。

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