ボーヴォワール『老い』 2021年7月 (NHK100分de名著)
- NHK出版 (2021年6月21日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (105ページ)
- / ISBN・EAN: 9784142231270
作品紹介・あらすじ
老いは不意にあなたを捉える
見たくない、聞きたくない、考えたくない――。そんな「老い」の実態をあらゆる観点から論じ、従来のステレオタイプを次々と打ち砕いたボーヴォワールの主著。なぜ老いを自覚することは難しいのか。老人が社会から疎外される根本理由とは。キレイゴト抜きに「老い」の実態を暴き、「文明のスキャンダル」と捉え直した著作の真価を、現代日本の状況にも引きつけながらやさしく解説する。
感想・レビュー・書評
-
詳細をみるコメント0件をすべて表示
-
10年前、まさか自分が年を取るなんてアリエナイと思っていた。3年前、過重労働に耐えられず倒れ、体力の衰えを感じた。同時期にボーヴォワールの『老い』を知ったが、とても手に取る気になれなかった。もとい、その時初めて老いを意識し、ショックだった。いつか読まなければと気にかけていたところ、今回、100分DE名著で取り上げられたことを知り、ようやく手に取った。
この本を読んで、予想通り、辛い現実を突きつけられ、自分の将来に不安を持った。ただし、周囲の高齢者や中年層に対する見方は変わった気がする。あっという間に自分も彼ら彼女らと同じ立場になると思うと、自分自身の老い、周囲の高齢者への向き合い方、受け入れ方が変わった。
ボーヴォワールによると、老いは個人の(本人だけの)問題ではなく、文明全体の問題だと言う。平均寿命が延びて老人が増えだした頃は「老いは人生のスキャンダル」でしかなかったが、これだけ急激に高齢化が進んでおり、高齢者が社会の最大勢力になる日も近い。2100年には高齢化率が40%を超えるらしい。
若者も含めたさまざまな世代が同居する中で、自分の居場所を心身ともに感じながら生きていける文明社会を体現できるか、正念場なのだろう。
近い将来、間違いなく両親の介護をすることになるが、成熟した社会を形成する一員として、広い心を持って向き合いたい。 -
Eテレで第1回を見ておもしろかったので買う。この時点で第3回まで見たが、テレビよりテキストの方がいくぶん言葉は多い。TVも本も上野氏がボーボワールの「老い」を咀嚼してわかりやすく解説している。TVも司会の伊集院氏と阿部アナウンサーが理解の助けになる質問をはさみボードでリード。原文を読む女優の筒井真理子さんもいい。よく見たらボーボワールの髪型とかまねている。
自分でも年取ったから老人について書いた本や番組がおもしろく感じるのだろうなあ、上野氏も「老い」を取り上げるのは「はい、自分で年取ったからです」と番組で言っていた。「老い」についての哲学的論理的思考が身にしみる。
○第1回:老いは不意打ちである・・ 現代は文明社会でありながら、老いた人間を厄介者にして廃物扱いしている。これは「文明のスキャンダル」だ。老いは個人の問題ではなく社会の問題だ、厄介者になった高齢者をどう扱うかで、その社会の質が測られる、と言っている。
○第2回:老いに直面した人々・・著名人の老人に対する文言を紹介。多くは老人に対し否定的。多くの科学的発見は若い時で、人文科学では60才を過ぎた著作は若い時の焼きなおしだ、など。
○第3回:老いと性・・これも文学や著名人の言葉を紹介。男女で違うが、それ以上に個人差があるのでは?という気がした。
○第4回:役に立たなきゃ生きてちゃいかんか!・・こういう言葉はボーヴォワールは言ってないが、これは「老い」を通しての上野氏の率直な考えだと思う。どうすれば豊かな老いを生きられるのかの答えは「老い」にはその答えは書いてない。
この各回見出しが内容を表わしているが、「老い」はボーヴォワール62才時の出版。50才の時女子学生から「ボーヴォワールってババアなのね」、自分では高齢だと思ってない女性をサルトルの友人が「あの年取った婦人」と言った、それに愕然とした。
「第二の性」で当時おかれた女性の状況を当事者として書いたが、今度は「老い」でその老いてゆく当事者として書いたもの。
ボーヴォワール(1908-1986 78歳没)
「第二の性」1949年出版 41才
「老い」1970年出版 62才
「100分de名著」HP
https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/111_beauvoir/index.html#box01
「第二の性」は20代の時、長いなあと思ったがけっこう読めた。この「老い」読みとおせるかなあ。
2021.7.1発行 購入 -
潔い。カッコいい。
自らを人体実験の検体としていたようにも見える。
ここまで分かりたくないと思うようなことはなかったのだろうか。
でも、どれが自分の本当の気持ちで、どれが社会から強いられた価値観か、分かって初めて向き合えるものもあるのだろう。どのみち辛いなら、分かった上で辛さを抱き込む方が良いという考え方もあるんだろう。
どちらかと言えば私もそうかな。
そうだろうな。
辛いと泣いちゃうだろうけど。
その時は泣いてもやっぱり真実は知りたい、かな?
もっと歳を重ねた時に So what?と言えるニンゲンになれるだろうか。
思わず自分に問いかけてしまう。
高校の時に親友がこんなことを言っていたことがある。
「髪の毛って弱点なんだよね」
曰く、ボーイフレンドが、髪を撫でてくれたりしたら、それまでどんなに虚勢を張ってシャキッとしていても、途端にフニャフニャになって甘えたくなってしまうというような文脈だったように記憶している。
マセたことを言ったものだと思うけれど、結構鋭く、真実を突いているよなぁと今でも思う。
彼女はいつも真っ直ぐな黒髪を綺麗に手入れしていた。
髪を撫でられるか手を握られるか、はたまた肩を抱かれるかは人によって違うとしても、そういう「弱点」を自覚して、伝えられるというのは「強み」だよねぇ、と。
若さのなせる技と言われてしまいそうだけれど、そういう自覚やそれを相手に伝えられるコミュニケーション能力って、むしろ沢山の押し付けられた価値観で着膨れているオトナにこそ必要なのでは、と。
フリなんかしないで正直にホントのことを伝えたい。
まさにそんなことを、こんなテーマで書いた短編の恋愛小説があったはず。
著者とタイトルを思い出せないのだけれど、、、
コミュニケーションのツールは言葉だけじゃない。
「老い」にしても「性」にしても、そしてたぶん「生」にしても。怖いほど率直な彼女の筆致にそんなことを思う。 -
近くの図書館にも『老い』人文書院の本が無いので100分de名著のテキストを買う。
ボーヴォワールが面白いのか、上野千鶴子が面白いのか。どっちもかな。 -
100分de名著をたまたまテレビで見てテキストを読もうと購入。
100分de名著『老い』は、私にとって神回でした。
老いに対しての
言葉に出来なかった感覚や感情を言葉に表してもらうことで
自分の中にすり込まれている老いに対する偏見・抑圧に気づき、
老いを老いとして引き受け
堂々と生きていけばいい、
堂々と老いさらばえればいいという思いを強くしました。 -
老人社会に向き合う現代にとって、まさに共感性のある内容でした。ボーボワール女史の先進性の感動しました!
-
自分も両親もこれから老いていく。
でもそこにはあるがままであることが大切。
できないことを責めるのではなく、できなくて当たり前。
-
老いはすべてのひとに訪れますが、これと付き合うのはなかなか難しいようです。身体的/生理的に衰えてくるほか、定年で仕事がなくなる。出来ていた頃の記憶がありますから、自分にはもう役割がない、こんなこともできない、不甲斐ない。。。このように自分で自分を否定してしまう。多くの場合、老いは素直に受け入れることができません。
ボーヴォワールは、たくさんの事例をもとに職業による老いの違いを分析します。それがなかなか辛辣で、「人が60歳を過ぎて書くものは、まず二番煎じのお茶ほどの価値しかない」とか「化学によってもっとも重要な発見は25歳から30歳までに人間によってなされている」とか言っちゃう。フィジカルな職業だけでなく知的な職業においても、老いとともにいい仕事は出来なくなると。例外は、画家と音楽家で、技術の習得に時間がかかるため、傑作はしばしば最晩年期に生まれています。
近代になると、国家は人口を管理するようになりますが、そのために個々人の性を管理するようになる。これは、生殖能力とその先にある労働力が国家にとって大事なので、同性愛者、障害者とともに老人に性は要らないということになり、老人の性は否定されます。高齢者も、無意識のうちにこの規範を受け入れ、性的欲望を持つことやそれを表明することを恥ずかしいと思うようになってしまいました。老いは性的な抑圧を受けます。
自己否定、ろくな仕事もできない、性的抑圧、踏んだり蹴ったりですね。ボーヴォワールの語る老いは、現実を突きつけるもので、楽しい老後の生活なんていう生ぬるいものではありません。ただ、現実を受け止めて、できる範囲で豊かに暮らすということはできそうです。おそらく、対人的な豊かさまたは個人で没頭できる対象があることが大事だと思います。核家族になる前は、高齢者には子や孫の世話をするという役割を与えられていたわけですが、その役割が薄れています。長生きすると友達も先に亡くなってしまったりして、だんだんコミュニケーションも取れなくなる。そうすると、老いても続けられる趣味を持つことは大事ですね。
また、近代以前は、人は病気とかですぐ死んだので、高齢者は少なかった。少なかったから家族とか周りの人が世話をしていればよかったのですが、現代ではそうはいきません。自民党保守層的には、家族のなかで養われることが豊かな老いなのかもしれませんが、家族だけで面倒を見るというのは厳しい。それに、家族の世話になっていても、内心は厄介者扱いされているというケースもあります。年金制度に加え介護保険が開始されたことは、高齢者をそういった問題から解放する効果もあったでしょう。 -
「ボーヴォワール『老い』」上野千鶴子著、NHK出版、2021.07.01
105p ¥600 C9410 (2021.08.07読了)(2021.06.25購入)
【目次】
【はじめに】老いてなにが悪い!
第1回 老いは不意打ちである
第2回 老いに直面した人びと
第3回 老いと性
第4回 役に立たなきゃ生きてちゃいかんか!
☆今後読みたい本
「恍惚の人」有吉佐和子著、新潮文庫、1982.05.25
「「老いる」とはどういうことか」河合隼雄著、講談社+α文庫、1997.02.20
「老いはこうしてつくられる」正高信男著、中公新書、2000.02.25
☆関連図書(既読)
「定年の身じたく」石川恭三著、集英社文庫、2002.01.25
「定年漂流」西田小夜子著、小学館文庫、2005.10.01
「定年後のただならぬオジサン」足立紀尚著、中公新書ラクレ、2006.11.10
「おお、定年」加藤仁著、文春文庫、1988.03.10
「定年後」加藤仁著、岩波新書、2007.02.20
「老人と犬」秋元良平著、あすなろ書房、1995.07.20
「老いの生きかた」鶴見俊輔編、ちくま文庫、1997.09.24
「老いの才覚」曽野綾子著、ベスト新書、2010.09.20
「老人介護 じいさん・ばあさんの愛しかた」三好春樹著、新潮文庫、2007.12.01
「介護入門」モブ・ノリオ著、文芸春秋、2004.08.30
「痴呆を生きるということ」小澤勲著、岩波新書、2003.07.18
「認知症とは何か」小澤勲著、岩波新書、2005.03.18
・ボーヴォワール(既読)
「人間について」ボーヴォワール著・青柳瑞穂訳、新潮文庫、1955.06.25
「第二の性(Ⅰ)」ボーヴォワール著・生島遼一訳、新潮文庫、1959.10.30
「第二の性 Ⅱ」ボーヴォワール著・生島遼一訳、新潮文庫、1959.11.05
「第二の性 Ⅲ」ボーヴォワール著、新潮文庫、1959.11.10
「ボーヴオワール自身を語る」ボーヴォワール著、人文書院、1980.04.30
「第二の性 その後」ボーヴォワール著・福井美津子訳、青山館、1985.06.28
・上野千鶴子(既読)
「資本制と家事労働」上野千鶴子著、海鳴社、1985.02.28
「スカートの下の劇場」上野千鶴子著、河出文庫、1992.11.04(1989.08.)
「ドイツの見えない壁」上野千鶴子・他著、岩波新書、1993.12.20
「うわの空 ドイツその日暮らし」上野千鶴子著、朝日文芸文庫、1996.03.01
「おひとりさまの老後」上野千鶴子著、法研、2007.07.12
(アマゾンより)
老いは不意にあなたを捉える
見たくない、聞きたくない、考えたくない――。そんな「老い」の実態をあらゆる観点から論じ、従来のステレオタイプを次々と打ち砕いたボーヴォワールの主著。なぜ老いを自覚することは難しいのか。老人が社会から疎外される根本理由とは。キレイゴト抜きに「老い」の実態を暴き、「文明のスキャンダル」と捉え直した著作の真価を、現代日本の状況にも引きつけながらやさしく解説する。