虐殺器官 (ハヤカワ文庫 JA イ 7-1)

著者 :
  • 早川書房
4.12
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  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150309848

感想・レビュー・書評

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  • SFの皮をかぶった哲学小説。
    自由とは、選択とは。テロ対策のため情報統制された世界で、ひたすら人間としてどうあるべきかを突き詰めていく作品だった。
    虐殺を促す文法や、器官としての言語など、興味深い考察も多く、なるほどなと思わせる説得力もあった。終始難しい内容だったが、読む価値はあったと思う。

  • 初めましての作家さん。故人だったとは・・・
    SFって、苦手意識が強く働いてしまうので
    普段は避けているんだけれど、読んでみたら、
    頭の中に知らないうちに忍び込まれた様な
    やられた感に打ちのめされてしまいました。
    なんか、リアル過ぎて惚けてしまいました。
    アニメ映画化してるということなので、探してみましょ。

  • 骨太な作品だった。テクノロジー、人間心理、言語、文化人類学など様々な要素が盛り込まれており、常に神経を張り巡らせて読むような印象を受けた。しかし、少し冗長な気もする。自分の知識不足もあるが。

    アメリカの暗殺部隊に所属するクラヴィスは、往く先々で虐殺を引き起こすというジョン・ポールを幾度となく殺しあぐねていた。
    ターゲットの暗殺過程において、途上国の子供を殺しても感情が揺らぎ、逡巡したりしないように「調整」され、またテクノロジーによって痛みを感じない様に施され、ただ暗殺命令を忠実に遂行するクラヴィス。
    しかし、事故にあった母の生命維持装置の停止決定、同僚の自殺を経て「意思の所在」「罪の所在」に悩むようになる。己に、多数の命を奪った罪を負えるような器は無いのではないか。 誰か己を罰して欲しい。


    虐殺器官とは、言語の研究をしていたジョン・ポールが発見した、虐殺が起こる前の人々が話すものに共通する文法のことだが、クラヴィスはこのエディターの存在を他の人に知らせていないのだろうか?
    虐殺器官について詳しく記述されていないが、自分はその方がいいと思った。何故なら、かつてジョン・ポールが途上国にそうしたように、クラヴィス1人が淡々とアメリカを虐殺の渦に巻き込み、クラヴィスだけが具体的方法を取って操れる状況というものを表現していると思えてならないからだ。そこに読者への具体的な「虐殺器官」の扱い方に関する説明は必要ない。何故か分からないが混乱に陥る様、というのが不気味な印象を与えているのだと思う。

    ところで、クラヴィスの名前が裏表紙以外では本文の後になってから出てくるのだが、これには理由があるのだろうか?

  • SFというと「行き過ぎたテクノロジーが人類に牙を剥く」という未来に向けて書かれるイメージがあるけれど、この作品はそうではなかった。むしろ今現在の「ぼくらの世界」、今ある平和に対して課題を突きつける。
    壮絶な戦場の描写、近未来的生活風景、「平和」を享受する人々の罪の在り処とあり得べき罰、その先にある赦しの希求、どれも面白かった。

  • 圧倒されるスケールとその深淵。
    難解な文章の中に、考えさせられるものが存在してる様に思う。

    この今の時期に読めたことを素晴らしいと感じる。

  • 現代の先進国間の戦争はサイバー空間で行われるという。それはサイバー攻撃だけでなく、SNSにフェイクニュースを拡散して国民を分断することなども含まれる(詳しくはこの本棚の #0404.FakeNews/EchoChember/陰謀論/Propaganda )。

    それらは社会学、心理学のアプローチをテクノロジーでレバレッジさせる領域で各国のAIが仕掛ける新たな戦争のかたちとなっている。そしてその影響は民主主義国家で顕著に現れだしていると言って良い。つまりジョン・ポールは人でなく、アルゴリズムであり、すでに不気味にその触手を指数関数的に拡大させている。

    「核の抑止力」についても僕は懐疑的だ。北朝鮮のような小さな国が持つと、政権がヤブレカブレになった時、使用も拡散も止められなくなる可能性がある。9.11のような飛行機ハイジャックもその突入先を原子力発電所にすれば核兵器に変貌する。本書で「サラエボでの核爆弾が破裂した日に世界は変わった。核兵器が使える武器に変わった」というが、その引き金は常に指かけられている。

    ーーここからは伊藤計劃さんの文体についての感想。

    文体から感情の熱量を感じ取れなかった。戦場の、特に殺人描写がリアルだがまるで麻酔を施されているように痛みがない。ミリタリー系ゲームを眺めているようだ。僕は痛みの共感を伴わせないこの手の暴力コンテンツが嫌いだ。作者に対して嫌悪感すら抱く。

    しかし伊藤計劃さんが執筆当時、がん手術を何度も受けて片足の機能を失い、肺の一部を切除し、なおもがん転移に侵され余命に向き合っていたという事実を読後に知って、この「感情のなさ」を共感することができた。

    僕も大腸がんで一部切除して現在も抗癌剤治療を受けている。長い入院生活と連続体験する麻酔と手術は感情を激しく削る。感情的になるといろいろシンドイので、自分の身体に起きていることの詳細な理解にエネルギーを費やした方が心の平和を保ちやすいと知るからだ。伊藤計劃さんがわずか10日で本作品を書いたらしいが、その間、この文体のようにリアルな描写を客観的になぞることで心のバランスを保とうとしたのはとても理解できる。

  • 三部作の中では最も好み。
    言葉がもたらす洗脳をテーマに戦争・テロリズムに切り込んだSF小説。かなりストイックかつハードボイルドな趣。登場人物の掛け合いは映画みたいにオシャレだし、シェパード大尉と同僚の軽口など楽しめましたが、全編ほぼシリアス。
    作中ギクリとする言葉が何個もあり考えさせられた。
    人は基本見ないものしか見ないし自分の半径50メートルが平和ならそれでいい。
    よその国で今起きてる虐殺より、自分を取り巻く日常を守る習性が悲劇を拡散させている。
    フィクションの壁を挟んで安全圏にいた読者をも共犯者にひきずりおろすような底力がある(引きずり下ろすといったが、ただ当たり前の事実に気付かされるだけかもしれない)
    知らないでいることは悪なのか。知ろうとしないこそ悪なのか。善悪とはなにか、正邪とはなにか。
    妻子を亡くしたジョン・ポールの選択は非情で過激だが、カウチに寝そべってピザやポテチを摘まみ、テレビの戦争映画に一喜一憂する私達は聖人気取りで彼を断罪できまい。

    映画も視聴済みだが、エンターテイメントしてはあちらのラストのほうがまとまりがよかった。
    原作のラストは蛇足と見る向きもあるが、個人的には気に入ってる(なんとなく浦沢直樹「MONSTER」と同種の雰囲気を感じる……)
    シェパードと亡き母の確執も挿入されるが、記録された言葉や映像は現実を補強するだけで事実を担保するに足り得ない皮肉が、作品の主題に通底していてぞくりとする。

  • 虐殺器官、読了。残り100頁の時に覚えたラストへの危機的予想より100倍マシだったけど、ジョンポールの供述は一部感心したけど、まあ、エピローグの展開はよめてしまったので、嬉しいような、わたしの予想なんて当たらないでほしいようなフクザツな

    主人公の最後の最後の最後のトドメが母親だったのは、哀しいよね。きっとそんなことなかっただろうに。地獄は頭の中にあるからね、その時の自分の感情にすべてが左右される。それにしても最後のこの虚無さ、ピザはやっぱり虚無の象徴だなあ?シャーロット思い出すんだよないつも

    わたくしのトラウマを擽ぐる言語は、アメリカに混沌と戦争を起こしたそうなので、まあ、ていうか、親のことで悩む社畜はこれ読むのつらくないですか???

    虐殺器官の主人公がひたすら愛おしいよ。頭がいい人がマジでぶっ壊れて吹っ切れてしまったときのサイコパスとは異なる狂気さ。深淵を覗き込み過ぎたのと、愛する護りたい人がいなかった捨て身さよ

    でもわたしはやっぱり妻子を愛してたのに、愛人がいる男がちょっとよくわからないけどね。どっちも愛してるなら愛人といた自分を悔やむ必要がない、やっぱり家族を裏切ってる負い目はあったのか、じゃあ、裏切んじゃねえよ、それを超えて愛人を愛してるなら罪悪感をみせんじゃねえよクソ男が

    こどもは親に囚われるんだよ、えいえんに。

    たぶん、先に映画観てたら原作読まなかったから、わたしがニートとかで死んでるときに公開しててよかった、ような。なんで観なかったんだろ、謎。記憶ない。映画館調べなかったな。やっぱり紙の本で読んだほうが愛着あるよ

  • ミニタリー用語に疎いんで、ちょいちょい引っかかりつつ読了。
    それでも「屍者の帝国」より遥かに読みやすいです。伊藤さんが描き切ったのが読みたかったなぁ。
    タイトルの印象で何かロボット的なものが暴れ回るのかな?と思ってたけど違いましたね。
    アクションもあるけど哲学的な言葉こそが鍵。
    言葉、言葉、言葉への作者の拘りを感じる。
    解説で賞取りで「肝心の虐殺器官が具体的に描かれていないと批評された」と書かれてたけど、この作品ではそこは重要じゃないんだなと感じました。
    それが具体的に何であろうと、幸せな日常のために犠牲にしてしまうものがあるってこと。
    ルグウィンのオメラスの話を思い出しました。あれは良心のある者は去って行くけど、この主人公の決断は…
    やけっぱちなのか、更に強い正義感なのか、ミイラ取りがミイラになるような結末だけど、これを間違ってると言えるのか?と突きつけられた気がしました。

  • 序盤は「SFは苦手じゃぁぁぁ(´Д` ) 」と感じたものの、ルツィアと出会ったあたりから一変する。面白いじゃないか。

    死が身近であり、他者を暗殺する仕事をしつつも、身内の死について思い悩む主人公。この彼が虐殺器官なのかと思いきや、実は…?
    最後のオチも面白かった。序盤の舞台設定が語られるシーンさえクリアすればとても面白い作品だった。粘ってよかった_(┐「ε:)_

    しかし、この緻密な作品が10日ほどで書き上げられたとは(書籍化する際に2割ほど加筆されたとはいえ)驚きである。

著者プロフィール

1974年東京都生れ。武蔵野美術大学卒。2007年、『虐殺器官』でデビュー。『ハーモニー』発表直後の09年、34歳の若さで死去。没後、同作で日本SF大賞、フィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞。

「2014年 『屍者の帝国』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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