ヒト夜の永い夢 (ハヤカワ文庫 JA シ 10-3)

著者 :
  • 早川書房
4.07
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本棚登録 : 466
感想 : 30
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  • Amazon.co.jp ・本 (573ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150313739

作品紹介・あらすじ

紀伊の生みし知の巨人、南方熊楠。彼と昭和考幽霊学会の出会いが、粘菌の宿った美しき自動人形を誕生させる。一大昭和伝奇ロマン

感想・レビュー・書評

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  • 1920年代~30年代を舞台にしたお話で、実在の人物である南方熊楠を主人公としています。人間の動作(右手を上げる、左足を上げるのような)を膨大な数粘菌に覚え込ませ、それを組み込んで自動人形を作ろうというお話。SFぽくもあり、和風ファンタジーぽくもあり。
    結構ハチャメチャなお話です。幻想小説ぽくもあり、読む人は選ぶかもしれません。実在の人物が多数登場するので、歴史に詳しいと楽しいかも。

  • 昭和2年、南方熊楠は、黒頭巾で顔を隠して会合する亜流の学者の集まり「昭和考幽学会」に勧誘される。所属するのは序盤匿名ながら、日本初の人間型ロボット「學天則」を作った西村真琴や、人形浄瑠璃の人形制作者でのちに道頓堀のくいだおれ太郎人形も作った二代目由良亀=藤本雲並、熊楠と同じく紀州出身でのちに熊楠の伝記も書いた佐藤春夫、熊楠とは男色研究仲間の岩田準一、そして『リング』の貞子のモデルといわれる千里眼・御船千鶴子の超能力者実験を行うも失敗、千鶴子は自殺し詐欺師よばわりされた福来友吉博士ら実在の人物たち。

    彼らの目的は、天皇機関と名付けた少女人形型ロボットを天皇陛下の前で披露すること。熊楠が英国留学時代に親友になった孫文の残した設計図を元に造られたこのロボットを動かすことになるのは、熊楠が偶然にも宮沢賢治からヒントを得て生成した粘菌からなる人工宝石。しかし白蓮満子という不遇の千里眼少女の遺体を利用し、少女Mと名付けられたこの粘菌アンドロイドは、自らの意思で暴走を開始、さらに昭和考幽学会を乗っ取り天皇機関を悪用しようと企む裏切り者(片目の男、正体は二部で明かされる)により一同はピンチにさらされ・・・。

    熊楠について書かれた本やエッセイはいくつか読んだので、史実や実際の交流関係をうまくストーリーに盛り込んであることに感心(※宮沢賢治との邂逅はさすがに創作かしら?)実在の人物オンパレードなので(白蓮満子以外)一種の歴史改変SFと呼べるかも。

    二部になって江戸川乱歩が登場。片目の男の正体が明かされ、革命のために天皇機関を悪用しようとする彼ら昭和維新の一派と熊楠らの暗闘が始まる。通天閣での取引場面は、乱歩の『黒蜥蜴』へのオマージュと思われますが、正直、平岡夏子を登場させたのは蛇足だったように思いました。某作家の本名を知っていればこの女性の孫というのが誰であるかは自明なわけですが(ネタバレだけど彼には二・二六事件を扱った『英霊の聲』や『憂国』といった作品もあるし)とはいえ政治思想的にも学問的にも背景のない彼女がただ烈婦というだけで昭和考幽学会に所属できたのは不自然。気付く人だけ楽しんでねということかもしれないけど本筋と関係なさすぎた。

    さてロボット学者の三井安太郎も仲間に加わって、熊楠らは新たに學天則2号として因縁機関を製作、そしてついに暴発した将校たちが引き起こした二・二六事件の裏で、二つの機関の一騎打ちに。東京音頭を流しながら突っ走るおじさんたち、流出した悪夢が混沌とする場面は筒井康隆の『パプリカ』(とくにアニメ映画版)を彷彿とさせられた。思考する粘菌機械という発想も面白いし、夢の世界やパラレルワールドが無数に広がり行ったり来たりするような、既存の「現実」観を覆す世界観はとても刺激的だった。唯一気になったのは、なぜ完全な機械ではなく死体を使うのかというところ。シンプルに、腐らない???

    実在の人物が昭和の帝都で戦うという部分では帝都物語的な雰囲気もあり、歴史好きにもSF好きにも楽しめると思う。それにしても熊楠の人脈の幅広さよ。二・二六事件で殺された高橋是清は、熊楠が大学予備門にいた頃の英語の先生だし、その繋がりでいけば本書にこそ登場しなかったけれど、夏目漱石や正岡子規も熊楠の同級生なわけで。終盤、革命を男色に例えるあたりなどいかにも熊楠ぽくて好き(笑)乱歩の座右のあのひとことも、この物語をふまえてさらに成程と思わされる。

  • 2019年4月ハヤカワJA文庫刊。書下ろし。天皇機関と名づけられた、粘菌脳で動く少女のオートマタ。伝奇ロマンだそうですが、死体をつなぎ合わせて用いるグロ表現もあり、何でもありのまさに、夢または悪夢の世界です。

  • 予想外にこれも波動関数SFで、仏教の”因縁”で波動関数が収束するというストーリー。 宮沢賢治等、実在の人物が作中に出てくるのが面白い。しかしながら、登場人物のほとんどが男性で、その男性たちが少女の死体からオートマタを作るという流れにはアリガチ感が否めないのと、その罪に無自覚なのがまたアリガチ。なんでオートマタって大体少女の形態なんですかね…

  • 南方熊楠が福来友吉に誘われて秘密団体「昭和考幽学会」に参加し、粘菌コンピューターで人造人間をつくりこれを天皇を輔弼する天皇機関とするというプロジェクトに関わっていく物語。
    すぐにとんでもない危険なものだとわかって中止しようとするのだけれど、北一輝たちが天皇機関を狙ってくる。
    宮沢賢治やら江戸川乱歩やら西村真琴やら石原莞爾やらが大暴れするスペクタクル大風呂敷SF。異常にテンション高い。
    いろんな意味でアゴが外れそうになった。

  • 胡蝶の夢、粘菌版。昭和初期の著名人が沢山出てきて浪漫があった。

  • 柴田先生の魅力はわちゃわちゃ感にあるのではないかと感じた。それは今作で言えば天皇機関の見せる夢のわちゃわちゃ感、二・二六事件のお祭り騒ぎにおけるわちゃわちゃ感、『ニルヤの島』終盤のわちゃわちゃ感。彼の仕掛けるSF的なギミックによりあらゆるキャラクターや世界が翻弄されていく、その様に「生」を感じる。SF的ギミックそれ自体よりも、それを人々がどう受け入れていくのかに真髄がある。

    本作に関しては惜しいかな、と感じた。非常に魅力的でドッタンバッタンなエンターテイメントとして楽しくは読めたが、1本のSFとしてはまとまりきっていない印象を受ける。天皇機関、という踏み込んだものを作成したはいいが、そこまで深くこの国の天皇制というものの在り方に切り込めたわけではなかった。あるべきは夢の世界と現実の対立ではなく、全能の機械人形を天皇に据えるべきなのか、そのときこの国の在り方はどう変わるのか、という議論だったのではなかろうか。もっとも、ただの粘菌でしかなかったはずの「少女」は果たして何を望んだのか、という命題も、それはそれで面白かったのは確かだが。

    昭和伝奇ものとしても、比べるものではないとはわかってはいるが、似た構成を取る『屍者の帝国』がアフガンでワトソンとカラマーゾフを絡めるような納得感のある面白さがあったのに対し、本作はなぜその人物がその時期にそこにいたのか、という点がおざなりに感じることがあった。

  • 今様「帝都物語」、あるいは、「學天則は粘菌エンジンで夢を見るか」、か…

    SFだと思って読み始めると、なんだ落語か、と思っていると、お約束の量子論SFにシフトし、と、まぁこれも今様か。
    (「死体人形」の時点でリアリティを失っているのだが、パンクな夢ならなんでもありなのかね…)

    「チョウたちの時間」や「宝石泥棒」に感激していた昔なら狂喜したかもしれないけど、今さらこれ読んでもなぁ…

    結論:
     荒俣宏+奥泉光 < 柴田勝家、とはならず、残念。

    (小さん師匠は登場しなかった、これまた残念)

  • 知の巨人で変人の南方熊楠が、主流からハミ出してしまった異端の学者たちと一緒に、思考する粘菌を搭載した美少女生体カラクリ人形を作って世間をあっと言わせようと奮闘するお話。
    後半からは敵キャラも登場してきて、戦前日本のオールスターが勢揃いする冒険活劇に。
    作者独特のフワフワ感を残しつつも『高丘親王航海記』『帝都物語』『一九三四年冬–乱歩』の絶妙なブレンドを読んでいるかのようなテイストが心地よくて一気に読了してしまった。
    自分的には福来博士のキャラ付けがすごく好きb(^^)

  • 先日の柴田勝家の短編が思った以上に良かったので、長編も手に取ってみる。柴田勝家「ヒト夜の永い夢」。
    明治から昭和にかけて活躍した、実在の博物学者南方熊楠(みなかたくまぐす)を主人公にした歴史改変SF。
    希望の動きをパンチカードとして表し、それを手動で読み込ませて機会を動かす人形が開発されたのに対し、パンチカードの代わりに彼が研究していた粘菌をパンチカードに模して構成し人形に搭載。
    すると粘菌がAIのようになりただのからくり人形が意思をもった自動人形になってしまったという私好みの実にベタなSF的な展開から、国家や天皇まで巻き込んだ大騒動へ。
    ひいては史実として実在する二・二六事件へと虚実がマージされていく。
    600ページくらいあり、途中だいぶハードな意識論のように難解な部分も展開されるのだけれども、それを難しくて面倒と思わせない語り口は実に見事。
    この作家は、人間の魅力を描き出すことがとても上手。
    なので小説を読む上でまず欠かせない、登場人物への感情移入が容易にできるので、物語が長くても苦にならない。
    別に自分は小説を書くわけではないが、ものを語る手段としてすごく勉強になったなあと、本筋はもちろん、それ以外の部分でも感心することが多い作品でした。

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著者プロフィール

SF作家。ペンネームは戦国武将の柴田勝家にちなんだもの。1987年、東京都生まれ。成城大学大学院(文学研究科日本常民文化専攻)在学中にハヤカワSFコンテスト・大賞を受賞し、『ニルヤの島』で2014年にデビュー。このほか著作に、『ワールド・インシュランス』(星海社FICTIONS)、星雲賞日本短編部門を受賞した表題作を収録する『アメリカン・ブッダ』(ハヤカワ文庫JA)などがある。

「2022年 『メイド喫茶探偵黒苺フガシの事件簿』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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