象牙色の嘲笑〔新訳版〕(ハヤカワ・ミステリ文庫) (ハヤカワ・ミステリ文庫 マ 2-15)

  • 早川書房
4.07
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本棚登録 : 81
感想 : 10
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150705152

作品紹介・あらすじ

ハードボイルド研究の第一人者、小鷹信光が最後に新訳を手掛けた私立探偵小説の金字塔

感想・レビュー・書評

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  •  ロスマクは読んでいなんだ、と言うと驚かれる。チャンドラーのマーロウものとハメットのスペードものは網羅しているのに、ロスマクまで歴史を追えないうちに、早くもジェイムズ・クラムリィ、ジョー・ゴアズ、ロバート・B・パーカー、アンドリュー・ヴァクス、ウォルター・モズリィなど、自分にとってのリアルタイム・ハードボイルドを追うことで忙しくなってしまったのだと思う。

     なのでここに来て恥ずかしながら初のロスマク。これもきっと小鷹信光さんの最後の仕事と知らなかったら、そしてハヤカワがハードボイルド翻訳家の旗手である小鷹さんをしっかり追悼するかのようにこの本を新訳再版で世に出してくれなかったら、ぼくはこの作品を読まずにあの世に行ってしまったに違いない。

     チャンドラーをなぞるかのようなレトリックと減らず口の探偵リュー・アーチャー。その中でも凝ったメタファーの多い作品として知られるロスマク初期の名作であるらしい。英国詩人コールリッジの学術論文と同時進行で書き上げた小説ということらしいが、初期矢作俊彦や村上春樹が参考にしたかもしれないほどに丁寧な文章で綴られた宿命の女(ファム・ファタール)ものである。

     そして凝りに凝ったプロットは、男女の交情のすれ違いやちょっとした運命のすれ違いによる悲劇を秘めながら、失踪したメイドを追う事件が殺人事件に発展し、一方で行方不明のままの独りの青年の存在を浮き彫りにする。事件の背後を調査するアーチャーの前に次々と紐解かれてゆく人々の情念の複雑な構図。伏線が各所に巻き散らかされながら、思いもよらぬ結末の鮮やかさに、ロスマクの巧さが光る。

     なるほど、チャンドラー、ハメットと並び称されたハードボイルド三人衆の一角であるわけだ。時代の品格、文章の流麗、文学的開拓者としての風格を備えた、まるで見本のようなハードボイルドである。小鷹信光氏の最後の切れ味も存分に見せて頂いた思いである。

  • 3

  • 探偵はスーパーヒーローではなく、透明な存在。解説にある通りで、シリーズものにありがちな探偵の重い過去や複雑な因縁は一切出てこない。
    だからこそ、事件に関わる人々が生々しく映る。初めはかなりこんがらがったけど、整理されてくると並大抵の悪意じゃない事が見えてきて恐ろしい。完全な被害者はいない。

  • ロス・マクドナルドの作品の中では、『さむけ』に続いての出来栄えかもしれません。そのタイトルの指し示す意味、迫力、残酷さはすさまじいです。

    美しいわがままな女に翻弄され、追い詰められた男がかわいそうでした。

  • やっぱしロスマクドナルド、駄作が無い。失踪事件の捜査から最後は元依頼人を射殺することになる。
    複雑なプロットと硬質な文体はハードボイルドの本道だな。

  • <私立探偵リュウ・アーチャー>シリーズの四作目。チャンドラーを更に煮詰めた様な比喩表現に一抹の不安が過るものの、中盤から終盤にかけてのドライブ感やラストの一捻りは「さむけ」に繋がる独自性を感じさせる。サイコサスペンスの要素も顔を覗かせるミステリー然としたプロットも一読の価値あり。あとがきにもある通り、ことハードボイルドでは記号的になりがちな女性キャラクターが立体的なことも魅力だが、チャンドラーの「さよなら、愛しい人」や「リトル・シスター」が若干脳裏にチラつく。ロスマクの真骨頂はもう暫しお預けということか。

  • 1952年発表、シリーズ第4作。新訳を機に再読したが、リュウ・アーチャーの精悍さに驚く。無駄無く引き締まったプロット、簡潔且つドライな行動描写、シニカルでありながら本質を突くインテリジェンス、人間の業を生々しく捉える醒めた視点、抑制の効いた活劇、深い余韻を残して幕を閉じる芳醇なカタルシス。己の信条のみに律する孤高の男アーチャーは、時に過剰なほどにスタイリッシュだ。ハードボイルドの王道を歩んだロス・マクドナルドの技倆は、既に他を圧倒していたと言っていい。

    オーソドックスな失踪人捜しから始まる物語は、幾重にも重なる謎を絡めつつ、鬱屈した愛憎に起因する連続殺人の深遠へと迫っていく。筋立ては終盤まで整理されることなく複雑な展開をとるが、一気に氷解する幕引きに至り、極めて緻密で大胆な伏線を忍ばせていたことが分かる。特に、殺人者を指し示す〝象牙色の嘲笑〟が忽然と立ち現れる悪寒は凄まじい。アーチャーは修羅場と化したエンディング寸前で、関係者の一人を躊躇うことなく射殺するのだが、冷徹な傍観者となる後年のスタンスを思えば、極めてアクティブな行動主義には感慨深いものがある。

    比喩には戦争の後遺症的な頽廃感が色濃い。後になるほどに感傷の度合いを深めていくロス・マクだが、本作の時点では罪と罰のあり方を冷厳と示そうとする揺るぎない信念を感じさせる。

  • 2016/04/29読了

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