運命の日(下)〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ル 3-4)
- 早川書房 (2012年3月5日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (542ページ)
- / ISBN・EAN: 9784151744044
作品紹介・あらすじ
逃亡者のルーサーはダニーの実家で職を得、二人は友情の絆を結んでゆく。だが、二人の行く手には数多くの困難が待ち受けていた。任務と仲間の板挟みになり、また許されぬ恋に悩むダニー。追手に怯え、悪徳警官に脅されるルーサー。そしてボストンの町では、生活苦に追い込まれた警官たちの不満が、ついに爆発しようとしていた…歴史の渦に翻弄される人々のドラマを『ミスティック・リバー』の著者が力強く描く超大作。
感想・レビュー・書評
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圧巻の上下巻、合わせて1000ページを超える大作でした。友情、家族、犯罪、政治、正義、責任、敗北、そして愛。様々なものが、この1000ページにこれでもかと詰められている。
激動の時代、確かなもの、正しいものが混沌として見えなくなっていく中で、過酷な運命に抗い、それぞれの道を選ぼうとする人々のドラマが、時にあまりにも苦く、時にわずかな光を残して、読んでいる自分の中を流れていく。そんな印象です。
物価の高騰、インフルエンザ、テロなど、高まる社会不安のため、ボストン市警の警官は72時間連続労働や、貧困ラインを割り込む賃金といった劣悪な労働環境の中、勤務にあたりその不満が頂点に達しようとしていた。
警察の上層部の人間を父に持つダニーは、徐々に一般警官たちの主張に惹かれ始める。そしてダニーが愛しく思う、使用人のノラをめぐり、ダニーと家族の対立はより鮮明となり……
一方、罪を犯し、お腹に子供のいる妻を残したまま故郷から離れたルーサーは、口利きでダニーの家で職を得ることに。ダニーと馬が合い絆を強くしていく二人だが、ルーサーの過去を利用しようとする男が現れ……
下巻は登場人物たちにとって過酷な展開が続く。ダニーが密かに想いを寄せるノラの隠された過去。ルーサーをつけ狙う男。そして、警官たちの代表的存在となり、家族や警察上層部と対立していくダニー。
それぞれの個人の運命が激流のように流れていく。その激流の流れを作っているものが、本人たちだけではどうしようもない、大きな力の存在。
使用人のノラは、自身の過去が足枷となり、そしてダニー一家、とりわけ家長のダニーの父の言葉はとりわけ強く、自身の生活をすべて一変させられる。
ルーサーの周りにあるのは、大きな権力を持った犯罪組織や、公的に力の持つ悪徳警官。そして、ルーサーが“黒人”であるという事実。
ダニーは父を始めとした家族のつながりにも縛られ、想いを寄せているノラに寄り添いきれず、彼女を遠ざけてしまう。
そして社会が揺れ、仲間の警官が追い込まれていく中、ダニーは警官たちのストライキという切り札を持ちつつも、それを行使せずに済ませるため、警察の上層部とギリギリの駆け引きを続けていく。しかし、警察の上層部はのらりくらりとかわし、マスコミも、そして市民も警官のストライキを警戒し、世論を味方につけるのも厳しくなっていく。
そして、ついに迎える運命の日。ダニーとルーサーが運命の向こう側に見たものは……
読んでいる側からすると、ダニーの選択は致し方ないようにも、他の道がすべて塞がれていたようにも思える。それでも、その選択の結果というものはあまりにも無慈悲に突き付けられます。
歴史には様々な動きがあり、後にまで称えられる勝者と、そして罵倒され、やがて忘れ去られ歴史から消え去る敗北者がいます。
その敗北者はただ無能だったり、無力だったのか。歴史の渦、運命に導かれるまま、自身のため、そして人々のため戦い、そして大きな力の前に、敗れ去ることしかできなかったのではないか。
そんな、敗れた者の悲哀を実際の歴史上の事件にのせて描いたのが、この『運命の日』という作品ではないか、と感じます。とにかく圧巻の読み応えでした。
ただ、悲哀だけでは終わらないのも作品としてとても良かった。ルーサーがこの一年で得たもの。最後にダニーの元に残ったもの。
それは物語の結果から見ると、あまりにささやかなものなのかもしれないけれど、それでもこの辛く苦い物語に希望と温かさを残します。
縦軸に1910年代、致死性の高いインフルエンザ、ロシア革命による共産主義化への社会不安、物価高騰による市民の生活苦など揺れる当時のアメリカの社会背景があり、横軸にはダニーやルーサーのそれぞれの家族と生き方、正義と愛をめぐるドラマがある。
個人と社会、それぞれの運命の転換点を重厚な語り口と物語展開で描く。読み手は少し選ぶかもしれないけれど、この物語の迫力と、人間ドラマは凄まじいの一言に尽きます。
そして、実在の事件や出来事だけでなく、多くの実在の人物や組織も登場させ、物語をより重厚的に作り上げていきます。中でも、この物語でも何度か幕間で登場するベーブ・ルースの存在は印象的。
今でいう大谷翔平選手のように、ピッチャーとしてもバッターとしても活躍し、特にバッターとしては、破格の才能を見せたルース。そんなスーパースターである彼が直面した、白人と黒人の超えられない壁。労働者たちのうねり。そして、資産家や権力者と一労働者のパワーバランス。
それぞれが当時のアメリカ社会を、そしてこの『運命の日』を描く上で外せないテーマを端的に切り取ります。ベーブ・ルースですら逃れられなかった、世相や大きな力関係、社会のうねりを映す一方で、最後に彼が出会った人たちというものは、少しだけ希望を残す。
どんな歴史や過去があろうと、残るものは確かに残り、そして時代は前に進み続けるのだと。
物語背景は1910年代末のアメリカなのだけど、作中のインフルエンザの流行や、市民の不安や不満、社会の揺れ、暴動や人々の分断などは、どこか今の世界にもつながる気がします。
だから、この『運命の日』のように現実世界でも、人々の愛は残るし、きっとこの2020年を過去のものとして、新しく前へ進んでいく時代がやってくるのだろうと、少し信じられるような気がしました。
2009年版このミステリーがすごい! 海外部門3位詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
黒人逃亡者のルーサーと白人警察官ダニー。
二人の交わりを軸にボストン市警のストライキが起こる様を描いた歴史もの。
アメリカ版蟹工船w
ハッピーエンドで驚いた。
この辺、ルヘインならではなのかなぁ。
汗と熱気と血の臭いがまとわりついて離れない読書でした。 -
途中途中で引き込まれる場面はあったが、全体として今ひとつだった。長かった。
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実際にあった事がベースにあると考えると胸が詰まるような迫力があった。
三部作らしい。次作も読まなくちゃ。 -
1919年のボストン市警ストライキを描いた作品。
この事件は知らなかったが、その後の状況を考えるとかなり重要な事件だったことがよく分かる。
歴史小説だが、やはりアメリカらしく、家族のあり方がメインテーマだ。白人のダニー、黒人のルーサ、各々が家族とは何か?について考え、過酷な状況を克服していく。
また、同時代にボストン・レッドソックスで活躍したベーブ・ルースがニューヨーク・ヤンキースに移籍するまでの姿が、主人公の状況と重ね合わせる様に描かれる。
初め、どう絡むのかと思ったら、最後まで話の筋には関係なく、ボストンに強い思い入れもない自分には、余計な感じがした。 -
1900年代のアメリカボストンストライキの背景がよく分かり、勉強になる。どの国も資本主義と共産主義の狭間を揺れていた。
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「夜に生きる」でも思ったが、リーダビリティが半端ない。登場人物たち全てが生々しく、矛盾に満ちていて人間らしい。今よりずっと厳しい時代に、自分らしく生き抜いていこうとする彼らに夢中になった。ただ、ベーブルースの場面はいらない気がする。
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ちょっと長いなーと思ったりもしたけれど、読みごたえは十分でおもしろかった。
1920、30年代くらいのアメリカが舞台で、人種問題、労働組合、ストライキ、暴動などが描かれていて、わたしはそのあたりの知識にまったくうといんだけれど、そういう歴史を背景に、家族や恋愛が描かれていたのでおもしろく読めた。家族や恋愛の部分にとくにぐっと引き込まれて。デニス・ルヘインってすごくロマンティックだなーと思う。