コロナ禍の頃の話で、夫、子どもと暮らしてパートで働く女性、調理師で妻と幼い子がいる男性、フリーカメラマンで独身の女性、三人の視点でごく普通の日々の暮らしが語られ、特に事件やなにかが起きるわけでもないし、解決とか結論めいたものもまったくないんだけど、よかった。三人それぞれの、コロナ禍での不安、思い出す過去の地震災害やテロ、自分自身の過去、嫌な記憶など、はっきりした言葉にはならず、自分でもよくわからないままあれこれ思いを巡らせている感じがいい。読みながら自分でもあれこれ思い出したり、とりとめなく考えたりするし、人ってこういうふうにもやもやうだうだ考えてるよね、っていう感じがリアルというか。いろいろ思っていてもうまく言葉にできないし、人にも伝わらないし、考えても結論は出ないし、どうしていいかわからない、っていうのに共感したというか。

三人とも、いわゆる「意識高い」とかではなくて、考えないといけないと思いつつも考えてなかったり、まして声を上げるとか行動するとかではなく日々に流されているような感じもリアルで。これはコロナ禍のオリンピックやほかのイベント開催の是非についてだけど、「どこかで誰かがやっていて、自分たちはそれに関わることができないし関わりもない、という諦念みたいなものが漂っている」っていうの、すごくうまく表現してるとか思った。

三人それぞれの思いや、人にしゃべったことに共感するところがたくさんあった。例えば、個人的には、独身フリーカメラマン女性の、子供がいる人に対してみんななんでこんなに偉いのかなと思うとか、子供産んでなくて申し訳ないって気持ちは消えない、とか。

あと、みんな人それぞれ言葉にできないうまく語れない思いはあって、それをわかったようなひとことで片づけたり、ひとくくりにするようなことはききたくないし、自分も簡単に言わないようにしたいとか思った。ネガティブな言葉に対してただポジティブなアドバイスをするのとか、あと「なんでもない日常がすばらしい」みたいなこともいいがちだけど、それも「わかったようなひとこと」だよなあ……。

2024年3月16日

読書状況 読み終わった [2024年3月16日]

どういう話かは知っていた(アフリカ系アメリカ人作家が、売れるにはもっと黒人ぽい作品を書けって言われて、いかにもな貧困とか差別とか犯罪とかの小説を書いたらものすごく評価されてしまって、っていう話)ものの、それほど見たいとも思っていなくて、期待せずふと見てみたら、すごくよかった。
勝手にもっと皮肉たっぷりの辛辣なブラックコメディかと思って構えていたらそうではなく、むしろ家族もの、ラブコメディとさえ思える感じで、ユーモアがあっておもしろかった。出版界事情とかがうかがえるのも興味深い。
もちろん深く考えたら、人種差別とか、偽善とか、逆差別とか、出版界とか映画界の問題とか、いろいろ考えられるけど、そう深く考えなくても楽しめたのがわたしとしてはよかった。
でも、他人に求められることと、自分が求めていること、嘘をつくこと、とかについてちょっと考えさせられる。

2024年3月10日

読書状況 読み終わった [2024年3月10日]
カテゴリ 映画

訳書はハーラン・コーベン「森から来た少年」。
幼いころ置き去りにされて森にひとりで棲んでいて発見されたという過去を持つ男性が主人公。彼が、いなくなった高校生をさがすことになって、っていうミステリ。主人公が森に置き去りにされたいきさつとかが事件にかかわってきて判明するのかと思ったら、それはどうやら続編とかになるみたいで、いなくなった高校生の話は別の大きな事件につながっていくんだけど、正直途中で、なんかけっこう長い……とちょっと飽き気味だった。が、しかし、ラストの事件の真相のさらに真相が衝撃的ではっと目が覚めた。そこからこれはすごいと一気に夢中になった。でも、もうちょっと早く夢中にさせてほしかったかも。あと、やっぱりラストで、主人公と一緒に事件を追う女性弁護士の息子(主人公の親友でもあった)の事故死の知られていなかった事実もけっこう衝撃的だった。

ひとりで森で棲んでいた主人公が、(里親家庭に引き取られて大人になるまで普通に暮らしてたんだけど)、40代になった今、森の奥深くで「エコカプセル」なるハイテク化されたテントみたいなやつに住んでいるとか、そういう話もおもしろかった。
続編で、主人公が森に置き去りにされたいきさつとかがわかりそうなので、これは読むしかない。

2024年3月10日

読書状況 読み終わった [2024年3月10日]
カテゴリ 洋書

 ゼイディー・スミス、現代アメリカ小説の代表的作家、みたいな感じに憧れて読んでみたいと思っていて、この本が文庫化されて買ったはいいけど長らく積んであったのをやっと読んだ。意外と古くて2001年刊行だった。
 饒舌で猥雑で、けむに巻かれる感じ、いったいなんの話?って思う感じ、ジョン・アーヴィングぽさを感じたけれど、ちょっと読みにくい、長い、おなかいっぱい、とか感じてしまったし、正直、あんまりよくわからなかったかも。きっともっと歴史とか宗教の知識が必要で、わたしには難しかった。雰囲気としてはユーモアもあって、難解、とか、暗い、とかいう感じではないんだけれど。
 思いっきり簡単にいうと、バングラディシュからイギリスに移民した家族の話、なんだけど、ほかにさまざまなルーツや宗教や信条をもつ家族がかかわりあっていって。いかにも現代的でリベラルで知的で洗練されているっぽさを出す家族が、あーいかにも映画に出てきそうー、アメリカにもいそうー、と思ってそれはおもしろかった。
 自分の人種的なルーツや伝統を誇りに思って守っていくこととか、自分の信条を貫くこととかは、確かに大切だろうけど、あまりこだわりすぎるのもいかがなものか、っていうのを感じた。ものを考えないとかなりゆきまかせとか優柔不断みたいなこと(登場人物でいえばアーチ―みたいな?)も、悪いばかりじゃなくて、そうやって穏やかさとか平和とかが保たれていくってこともあるのでは、と。

2024年2月25日

読書状況 読み終わった [2024年2月25日]

刑務所の受刑者たちの演技ワークショップだったのが外部の劇場で上演することになり、っていう話で、演目は「ゴドーを待ちながら」。「ゴドー待ち」、有名な不条理劇で、「ゴドー」って人が来る、ってことなんだけど、ゴドーとはだれなのかなんなのか、いつ来るのか来ないのか、なんで待っているのか、まったくわからず、結末もない、っていう劇で。いろんな解釈でいろんな演出ができるからおもしろいのかもしれないけど、わたしは昔からすごく苦手で、それがちょっと心配だったけど、映画は、長々舞台を見せられることもなくて、テンポよくてすごくおもしろかった。まったく演技経験もない受刑者への、発声練習とか、早口言葉とか、そういう基本の演技指導も興味深かったし、だんだん受刑者同士が結束していくようなところとか、舞台での成功とか、途中けっこう感動的だった。このまま感動的に終わるのかなと思っていたところで、予想外のラストには驚いたけど、逆に、予想できるようなありがちな感動モノに終わらないところがよかった。

2024年2月25日

読書状況 読み終わった [2024年2月25日]
カテゴリ 映画

U-NEXTなんて変わったとこから出てるなと思ったけど、100min.NOVELLA、ってことで100分で読める中編小説、みたいな。確かに1時間強で一気読みした。
とある会社の、代表者を決める投票をめぐる駆け引きだのあれこれが書かれた、津村さんぽい会社小説、なのだけど、最初はなんだかファンタジーかSFか奇妙な話か、と思ってちょっと身構えた。でも、津村さんならではのユーモアある文体と、うんざりな会社あるあるで、するする読めた。おもしろかった。
読みながら、これは会社だけの話ではなく、もっと広く現代社会の「選挙」を描いたものなのかもな、と思った。票がほしくて個人個人に利益をちらつかせてとり入ろうとしたり、ネガティブキャンペーンがあったり。デモができなくなる危機とか。
給料が上がるとか人員削減されないとか自分に直接関係あることには興味あるけども、だれが代表者になるかはどうでもいい、むしろ投票とかそういうごたごたに巻き込まれたくない、できれば棄権しときたい、みたいな人たちはどうするのか、みたいな。
主人公は、とくにどちらを支持するとかでもなく、ただひたすら巻き込まれず順調に仕事したいと思うだけなんだけど、PCをすぐ買い換えますよという甘言も断固として断り、とりこまれそうになっている人を助け、棄権はない、とする。こういう主人公の態度がわたし(たち)のとるべき態度なんだろうと思いつつ読んだ。あんまり希望をもつような心はずむような感じではないけれども。

2024年2月18日

読書状況 読み終わった [2024年2月18日]

もういつまでも読んでいたい。いつまででも読める。
癒される―。大好きだ。
日記第二弾。小学生の娘さんと中学生の息子さんと三人暮らしの毎日、ごはんやおやつに何食べたとか学校のこととか本当に普通のことしか書いてないけど最高に楽しい。
文章がめちゃめちゃうまくて文体もユニークでユーモアがあって、切り口も目のつけどころもすばらしいのはもちろんあるんだけど、お子さんたちの賢さ、優しさ、かわいさ、おもしろさがすごい。不機嫌になったり、けんかしたりとかないのかなあ。そういうところは書かないようにしてるのかもしれないけど、でも実際まったくないのかもしれないと思えるくらい、お子さんたち素敵だ。わざとらしくポジティブとかでもなく、なんだろう、著者が子どものいい面しか見てない、見えない、とかあるのかも。
エモーショナルすぎるところもないのもいい。センチメンタルになりそうな場面でもちょっと引いた感じで見ているというか。
日記だからかな。
同著者のエッセイが出ているけれど、どうだろう。
なんか近年、わたしはエッセイが苦手になった気がして。日記は淡々とできるけど、エッセイとなるとテーマがありオチがあるような気がして、それが重く感じそうというか。

あと、ものすっごく共感したところがあって、家から出て外でだれかに会うと、ひとりのときは不安で大丈夫じゃない状態にあったとしても、人の前ではある程度「大丈夫な自分」を出すので、それによって本当に大丈夫になっていく、っていうところ。まったくそのとおり、と思った。それで実際に自分が大丈夫になったことってこれまでに数限りなくあった気がする。

2024年2月17日

読書状況 読み終わった [2024年2月17日]

リンカーン弁護士シリーズ最新刊。ボッシュが調査員としてミッキーと一緒に仕事するので、けっこうボッシュが活躍するシーンも多くて、なんだか両方のシリーズのいいとこどりのような、得したような気分になった。法廷シーンも充実してるし、すごくおもしろかった! 事件も変わってるとかではないし、調査も普通に地道なんだけど、ミッキーの法廷テクニックはやっぱり型破りなところがあるし、ボッシュの経験を生かした勘も冴えていて、スリリングで。ミステリ読んだの久しぶりな気がするけど、やっぱりおもしろいミステリは奇をてらわなくてもおもしろいとか思った。

ボッシュが刑事を引退して弁護側の調査員になったことで、刑事のころだったらバッジを見せるだけで調べられることでもただの調査員だとそれができない、っていうのとかも、そもそも検察側って大きい権力があるんだよな、っていうのをあらためて思ったりした。

あと、AI生成の資料とかが法廷で証拠として認められるのか、とかも、今っぽいなと思って興味深かった。

ボッシュシリーズの前作で、これでボッシュ最後になるのかも?とかひとりで心配したんだけど、そんな感じはなくてすごくほっとした。むしろ、ボッシュが治験に参加しているっていうのが現代的というか、よくありがちな、余命を賭けて、みたいな話になっていないところがすごくよかった。ボッシュにはずっと元気でいてほしい。

2024年2月11日

読書状況 読み終わった [2024年2月11日]

宮内悠介初めて読んだんだけど、なぜか勝手にもっと激しいというか濃いというかそういう感じを予想していたので、まったく逆で、静かで淡々としたあっさりした感じで、そのギャップに勝手に驚いたんだけど、派手さはないけどよかった。ほかの小説は違うのかもしれないけど。すごい参考文献の量だったので、もっとみっちりたっぷり書いてもよかったのに、と思わなくもなかったけども。個人的に長い小説が好きだし。

ストーリーは、エストニアの、ラウリ・クースクというコンピュータプログラムの天才的素質をもった人(架空の人)の半生を取材するという形で描いたっていう。子どものころに天才的才能を発揮していた人たちが、社会情勢のせいや、またほかの事情のせいで、その才能で偉業をなしとげるとかはなく、ごく普通の人として生きている、みたいな話で、なんだか地味だけど新鮮だった。リアルというか。でも、悲しみとか後悔とかうらみとかいったネガティブな感情がなくて、なんだか明るくすがすがしい感じがあってよかった。
ラウリをさがしている、っていうところが、ミステリアスでもあって、ミステリが解けたとき、いい意味で予想を裏切られたし、わたしはけっこう驚いたし感動もした。

旧ソビエトやエストニアのことがわかるのも興味深かった。エストニアがITの発達している国だとか知らなくて無知さを恥じる。。。
コンピュータの話も、苦手だし興味もないけどおもしろく読めた。データがあれば国が滅びないっていう話はちょっと意外というか、そうかも!と感心した。マイナンバーカードも、わたし個人はなんか信じられなくて否定派だったんだけど、推進すべきなのではっていう気もしてきたし(もちろん信頼できる国というか政府がちゃんと管理できるなら、だけども)。
バルト三国やロシアについてもっと知りたいと思う。

あとどうでもいいけど、参考文献に「ビーチャと学校友だち」が出ていて、思い出してすごく懐かしかった。子どものころ読んですごくおもしろくて大好きだった記憶があって。ソビエトの子どもの学校生活が描かれていて、チェスとか算数の解き方とかものすごく印象的だった。

2024年1月20日

読書状況 読み終わった [2024年1月20日]

昔、十代後半から二十代のころは自分が好きな作家一位は村上春樹で、新刊が出ればジャンル構わず内容構わず長編も短編もエッセイも紀行文も翻訳もとにかく本になったものは全部買って全部読んでいたのだけど、十年前くらいからは、長編小説が出たら読む、程度になってる。だから今作も、読んだ方がいい気がする、と思いつつ、なかなか読めなかったのをやっと読んだ。

この長編の元となっている短編「街と、その不確かな壁」は(本になっていないから)読んでいないけど、それを組み込んだ「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」は発刊当時にすぐ読んでいて、大好きだと当時思っていて、二、三度くらいは読んだかもしれない。

で、今作、正直、読みながら「長い……」と思ってしまった。つまらないとかはなくて、どんどん読めるし興味も続くんだけど、やっぱり読んだことある知ってるって感じるし、おんなじような話がどこまで続くのかな……って何度か思っちゃったし。
あと、村上春樹の本質的というかキモとなる部分って奇想幻想ファンタジー的なマジックリアリズム的な部分なんだろうけど、私はそういうのがもともと苦手で、私が好きなのは、彼がよく描く、コツコツ静かに仕事をしつつ、週に一度買い出しに行って、スパゲティつくったりアイロンかけたり、音楽をきいて本を読んで、たまにカフェでコーヒーのんで、っていう、孤独で単調ながらも個人的で都会的でスタイリッシュな生活の描写で。そういう感じの生活に憧れてた。でも今回はなんだかそれもあんまり楽しそうに感じられなくて、なんか暗い、って……。
あと、たとえば、思い出すと、「ダンス・ダンス・ダンス」で女の子と一緒にハワイに行くとことか、ユーモアがあってちょっと笑える感じで楽しくて、同時に、物質的?資本主義的?な現代社会を皮肉るようなところがすごく好きだったんだけど、そういうところはなくて、つまり現実的な生活部分もファンタジー部分に近くて、だからずうっと暗い感じが続いてつらかったというか。
でも、こういう奇想幻想的な部分、ほかの作家だったら読み通せていなかった気もして、やっぱり村上春樹だからこその説得力があるというか、なぜか納得して興味を失わずに読み続けられたとも思う。筆力のすごさ。

どんなにファンタジー的な世界が心地よさそうであっても、やっぱりつらくても現実世界に生きなくては、っていうテーマは感じられて、そこは好き。(壁に囲まれた世界から出てくれることを願いながら読んだんだけど、それはだれでもそう? そうじゃない人もいるんだろうか……)

書評とかもさらっと検索して読んでみたんだけど、鴻巣友季子さんが「鴻巣友季子の文学潮流」(好書好日)で書かれていることにすごく共感した。つまり、「この先を読みたい」っていう。現実世界に戻ることに決めて、戻ったあとどうなるのか、どうするのか、どうしたらいいのか、っていうのを読みたい。(この先は自分で考えろ、っていうことなんだろうか……)。

2024年1月14日

読書状況 読み終わった [2024年1月14日]

びっくりするくらいものすごくおもしろかった。おもしろいって言っていいのかわからないけど、こわいもの見たさというか、こわいのに目を離せないというか、心わしづかみにされたようにぐいぐい引き込まれて、後半なんて本当に読むのがやめられなかった。
水商売しかできないシングルマザーの母親に育てられて貧しい生活を送っていた主人公が、15歳で家を出て母の友人や知り合った女の子とスナックをやって一緒に暮らしはじめ、やがて犯罪に手を出していく、っていう話。

最初のほうは、例えば、子どもが、家のなかで服がたたまれているだけで明るい気持ちになるとか、繁華街に出かけたりしたことがないとか、映画で見るようなことは自分には関係ないことだと思うとか、わたしなんかがあたりまえと思ってきた普通の生活を与えられない子どもがいて、だれからも守られず、気にかけられず、救いの手も差し伸べられないっていうのがすごく苦しくて悲しかった。そういう親の元、家に生まれたっていうだけなのに、普通の生活ができない、普通に働くことすらできないっていう。そうしたら水商売とか犯罪に手を染めるしかない。正しいことではないけど間違ってはいないというか、それしかない……。

でも、ユーモアがあって笑えるというか滑稽に思える部分も多くておもしろいし、主人公にはじめて友達ができてみんなで働いたり一緒に住んだり、途中、青春モノのような感じもして読んでて楽しいところも多かった。

あと、カードを使った犯罪とか(これがいわゆる「出し子」ってやつなのか!と。言葉としては知ってるつもりになっていたけど、実際こういうことをこういう感じでやっているんだな、とリアルにわかる感じがして興味深かった。そして、やっぱり、正しいことではないけれど、生きていくためにはこうするしかないって人もいるんだろうなとも思った。)、死んでしまった人の話とか、ミステリとしても読めそうな感じ。

設定が当時のことを20年後くらいに思い出すって形になっているわけだけど、結局、20年後もあまり変わらず幸せにはなっていないっていうのが、なんだかけっこうつらかった。ラストは、本当のことや正直な気持ちを伝えられたっていうことで少し救いを感じる部分もあったし、そして、ひどいことばかりじゃなくて心から楽しかったこともよかったこともあったと主人公が思えたことも救いだったけど、登場人物のひとりが言ったように、すべてはもう終わったことだ、っていうのも感じてせつなかった。終わるまで待つしかない、っていうような会話も途中であったけど、そんなふうに、人生過ぎていってしまうな、というか。
……というふうに読み終わった感情はけっこうぐちゃぐちゃに乱れていて、そのへんもなんだかすごいものを読んだという気がしたり。

2024年1月6日

読書状況 読み終わった [2024年1月6日]

木内昇さんの著書は何冊か読んでいて(本棚内検索したら5冊読んでた)すごく好きなものもあったけど、最近はあまり読んでいなくて、でもこの本は23年のベストにやたら出てくるので読んでみようと。確かに、文章うまいのでするする読めるし、ユーモアもあっておもしろく、悪い人が出てこなくてすがすがしい。けど、まあ予想してたとおり、っていう感じもあったかな、戦中から戦後のホームドラマっていう感じで、「朝ドラ」にできそうな。
でも、ひとくちに戦中戦後とか言って、知識としてはどんな世の中だったかって知っているような気になっているけど、表面的なことじゃなくて、ごく普通の人たちの本当の暮らしが感覚的にわかるようだったのがよかった。例えば、戦中食料不足がひどかったのは知ってるけど、戦後もすぐに改善されたわけじゃなくて、だから数年たっても子どもが食べものに執着するとか、また食べものがなくなるんじゃないかと怯えているとか、なんか、ああ確かにそうだろうなあとか思った。何度も私は感想に書いてる気がするけど、戦争終わってすぐ戦後、高度成長期がきたわけじゃない、とか。ほかにも自分では知ってるつもりになっていても全然わかっていないことばっかりなんだろうな、と。
あと、主人公の夫になる権蔵のキャラクターがよかった。とにかくひ弱で、戦争に行っていない引け目とかいろいろあって、最初は人生を投げているダメ男みたいなところからだんだん変わっていくんだけど、人生投げていたからこその人格というか、かえって余裕やゆとりがあるような感じがよかった。

2024年1月3日

読書状況 読み終わった [2024年1月3日]

おもしろかったし、すごくよかった。すごく好き。訳書が出たらもう一度読みたいかも。
ここの感想にも先日書いたけど、読みはじめて「Our Town」という舞台の話が出てきて、知らなかったので映画化された「我等が町」を配信で見てみたのだけど、見て大正解だった。っていうか見ないとこの本の内容がよくわからなかったかも。

ストーリーは、アメリカで果樹園を経営する一家の、妻ラーラが主人公で、娘が三人いて、コロナのせいで大学から実家に戻っている娘もいて、久しぶりに家族全員でさくらんぼの収穫に忙しくするなか、娘たちにせがまれて、ラーラが若いころの一時期だけ女優をしていたこと、今や人気スターになっている男性俳優とつきあっていたことなどを話していく、っていう。ミステリではないから事件とかではないし、それほど驚くような話とかではないのだけど、ラーラの過去が少しずつ明かされていくのがなんだかスリリングに感じて引き込まれたし、最後に、ラーラ―が娘たちにも夫にも話さなかった事実がわかったときはけっこう衝撃的だった。

過去パートで、高校生のラーラが町で行われる舞台のオーディションを受けて、プロデューサの目に留まって女優の卵としてLAに行き、映画やCMに出て、やがてトム・レイクという町で「Our Town」の舞台に出ることになり、って具合に、エンターテイメント界の舞台裏とか、演劇ができるまで、みたいなことがわかるようなところもすごく楽しかった。
あと、湖があって美しいトム・レイクでの日々は青春恋愛モノみたいにきらきらしているし、あと、果樹園の様子だとか風景描写も美しくて、さくらんぼ農園行ってみたい、とか思った。

若いころの輝くような夢や希望や期待や冒険があって、でも、つらい経験や挫折やひどく傷つくこともあって、夢や期待は結局かなわなかったりするけれど、そこからまた立ち直って、年をとっていく。今の、穏やかで落ち着いた生活に満足していて、挫折や心の傷があっても、そのことで苦悩したり後悔したりしない、そういう人生は愛おしい、みたいなことをすごく感じた。
後悔したりしない、っていうのは人それぞれなのかなあとかも思ったけれど。ラーラはそういう人だったわけで……。

あと、最初、いかにも農家の主みたいな感じがした夫ジョーが、若いころなにをしていたかがわかったとき意外性に驚いて、なんだかそれがすごく印象に残っている。ジョー素敵、 ラーラ―、ジョーを選んで大正解とか思った。

2023年12月29日

読書状況 読み終わった [2023年12月29日]
カテゴリ 洋書

Ann Patchett「Tom Lake」を読みはじめたら舞台劇「Our Town」(我等の町)が出てきて、わたしはその舞台劇を知らず、検索したら映画化されていたので、急遽見てみた。
1940年のモノクロ映画。描かれているのはさらに昔の1910年とかで、アメリカの小さな町の普通の人々の暮らしが紹介され、隣家どうしの娘と息子が恋して結婚式を挙げ……っていう話。
普通にホームドラマだなーと思いながらほほえましい感じで見ていたんだけど、ラスト15分くらいで一変、別にホラーとかじゃないけど、なんか恐怖にかられて食い入るように見てしまった。超びっくり……。
その結婚した娘が、出産時に死にかけて死後の世界の手前?まで行くのだ。
で、亡霊のような形で、記憶にある昔の日に戻るんだけど、そこは自分の16歳の誕生日で、両親ともに若くて元気で、自分も若く、ごく普通の日の朝の光景で。亡霊の娘は、こういう普通の日がすばらしかった、もっとこういう日を大切にすればよかった、とか思って、12年後にわたしは死んじゃうの!弟も死んじゃうの!、とか母親に向かって言うんだけど、そこにいる母に自分の姿は見えないしきこえないし、っていう。なんかこのあたりが怖くてたまらなかった。両親も自分も若かったころの生活を見る、とか考えただけで泣けてしまう。だから今の日々を大切にしなくては、っていう話なんだろうけど、なんかものすごく人生のはかなさを突きつけられた感じというか。人はどうせ死ぬ、とか、死んでしまえば終わり、とか、時間はどんどん過ぎていく、とか、いいときは続かない、とか暗く考えてしまった。
モノクロっていうのもなんか怖い。

結末としては、娘は生き返るんだけど、あまりに一瞬過ぎて、見たあと、え、死ななかったってことで合ってる?、と思って検索してしまった。死ななかったってことでほっとしたところもあるけど、でもいつかは死ぬ、と思うと気が沈んだ。

2023年12月9日

読書状況 読み終わった [2023年12月9日]

賞も取ったし話題になっていたのは知っていたけど、わたしが読むジャンルではないな、っていう思い込みがあってまったくスルーしていたんだけど、最近、「国内小説でも海外まで広がりのあるもの」みたいなのを読みたいと思っているので読んでみたら、まさに圧倒されて茫然とした。スケールが大きいし、すごく引き込まれるし、今の社会についていろいろ考えさせられたし。麻薬組織の話なんかはドン・ウィンズロウかと。いや残酷さやグロさはドン・ウィンズロウより上かも?っていうくらい。まあその残酷さやグロさは強烈すぎて薄目でしか読めない感じもあって、むしろわたしは臓器売買の話が興味深かった。興味深いとかいうと語弊があるけど、いやこんなことまさか…と思うけど意外とリアルで現実にありそうで恐ろしすぎた。臓器売買、臓器移植ビジネスって究極の資本主義ビジネス……。資本主義のなれの果てというか、金儲け主義の行きつく果てを見た気がする……。結局、お金のある人が弱者を犠牲にしてなんでも思いどおりにするような恐ろしさ……。しかもお金があれば罪悪感を抱かないまでいけるような恐ろしさ……。
最初わたしは愚かにも、麻薬組織の話と臓器売買の話にどういうつながりが?って思ったんだけど、臓器移植ビジネスと麻薬組織、裏社会が結びつくっていうのも考えてみればそうだよねと思った。著者のインタビューで、日本で大麻関連の事件があっても、大麻くらい、っていう人もいるけれど、麻薬のせいでメキシコなどでどれだけ多くの人たちが犠牲になって死んだりしているか、って言っているのを読んだけど、確かにそのとおりだし、そして麻薬組織の金がほかのどんな恐ろしいビジネスにまわっているのかって考えると、たかが大麻、とか思えないっていう。こんなふうに、本を読むことで、世界を広く知ることができる、広い視野をもつみたいなことができるってすごいとかまで思ったり。
麻薬組織の話とかってちょっと「悪の美」とか「家族の絆」みたいなちょっと美しげな話にもなったりするんだけど、そういう要素はこの小説ではわたしは感じなくて、ひたすら「悪」としか思えなかった。アステカ文明の話で、神に捧げるいけにえとかもその文明の貴ぶべく伝統みたいに美化されるのもどうなのか、とか思ったけど、でも、人間が群れをなして生きていくには、人間の集団に必ず生じる連鎖する憎悪や殺意を消すためにいけにえが必要、っていうのは、なんだかすごく納得した。残虐に人を殺す人たちの憎悪や怒りが黒い煙となって吸い取られていく、みたいな描写が印象的だった。
で、わたしはどうしてもこの麻薬組織ファミリーは応援する気にはならなくて、だからこの結末には救われた気がして涙が出た。コシモのナイフづくりの師匠だったパブロの良心に救われた。なんというか浅い善意みたいなものではなくて、魂の良心、みたいなものを感じた。私はキリスト教も聖書もまったく詳しくないけど、「『わたしが求めるのは憐みであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい」、っていうのに心打たれた。

2023年12月2日

読書状況 読み終わった [2023年12月2日]

「夕暮れに夜明けの歌を」の奈倉有理さんと「同志少女~」の逢坂冬馬さんが実の姉弟、って知ったときは確かにびっくりしたけど、もはや有名な話なのかな、そのおふたりの対談。
もっと文学文学した内容かと予想してたら、わりと意外(でもないかもしれないけど)なことに、現代日本社会の話がすごく興味深くてよかった。

おふたりの子供のころとか育った家庭の話とかは、まあそうだろうなというか、こういう姉弟が出るべくして出たというか、ご両親ともやっぱりすごく知的で文化的で現代的、っていう印象。私とは年代が20年くらい違うとはいえ、親が、好きなことをさがしさない、とか言うとか、あんまり考えられないし。

それより、おふたりとも、ファシズム化傾向にある今の日本の社会について、戦争と平和について、などについて深く真剣に考えているのが伝わってきてすごくよかった。どういうふうにファシズムというものが進んでいくのかとか、なんで日本人はデモをしないのかとか、日本のメディアの状況とか、いろいろ海外と比べて説明したり、読みやすくわかりやすいうえ、すごく考えさせられる。そういうものごとに対する、小説やエッセイや翻訳の書き手として、あるいは読み手としての立場というか、ありかたというか、私は単なる読み手だけど、なにができるだろうかとか自然に考えさせられるというか。とりあえず、もっと本を読もう、と思った。
ほんと、逢坂さんには、ご自身おっしゃっているように、これからも、小説以外でも、現代日本についてガンガン言っていただきたい!
先日、歌われなかった海賊へ」を読んだときは、小説にしてはあからさまに登場人物に著者の意見を言わせすぎ?のような気もちょっとしたんだけど、この対談読んで、言いたいんだなってことがよくわかった。いいと思う! 一方で奈倉さんは、同じ思いでも、直接的にあからさまには言わずに思いを伝えたい、という考えで、それもよくわかった。

2023年11月23日

読書状況 読み終わった [2023年11月23日]

エッセイとかってあんまり読まなくなってるんだけど、これだけは年2回なんだかんだ言いながら読み続けてる。おもしろい!てわけではまったくないんだけど、最近は庭仕事の話が多くて興味もないんだけど。なんでかなーと思うけど、ほんとうにどうでもいい話、食べ物でこんなものを買ってみたけどおいしかったとか、こんな失敗をしたとか、毎日行くお風呂の常連さんとこんな会話をしたとか、がけっこういいのかも。
すぐネガティブになって鬱々と考えてしまうという銀色さんが、タイトルのように、暗い気持ちで深刻にならずに、きれいな気分で軽い感情でいよう、と思うところに共感した。まあそう思ってもなかなかそうはできないんだけど。
楽しいことがなにもない、退屈、ってしょっちゅう書いてるのも共感。でも、そう言いつつ、銀色さんは、(わたしから見たら)友人知人が多くてだれかとしゃべったりどこか行ったりしてていいじゃん、と思うけど。

2023年11月12日

読書状況 読み終わった [2023年11月12日]

コリン・ファースと、あとドラマ「サクセッション」で好きになったマシュー・マクファディンが出てるので見た。
簡単にいうと、第二次世界大戦中、ドイツを欺いて軍事作戦を成功させるために、イギリス兵士に見せかけた溺死体に偽の情報を持たせて海に流し、打ち上げられた溺死体から、偽情報がドイツに伝わるようにする、っていう作戦。ありえない、って感じだけど、実話っていうからすごい。
もっとすごくシリアスで恐ろしい話なのかな、と思っていたら、奇想天外だし、けっこうユーモアも感じられたし、ロマンス要素もあっておもしろかった。もっともらしくするために、死体に名前をつけ、経歴を考え、実は恋人がいて写真を胸ポケットに入れてるだとか、みんながなんかいつのまにか夢中になって考えていくみたいなところがおもしろかった。
コリン・ファースとマシュー・マクファディンが同じ人を好きになっていて、進展はないんだけど、なんかよかった。

2023年11月12日

読書状況 読み終わった [2023年11月12日]
カテゴリ 映画

前作「同志少女よ、敵を撃て」がおもしろかった記憶があるのでかなり期待して読んで、おもしろかったし、よかったんだけど、やっぱりちょっとYA(ヤングアダルト向け)っぽいというか。まあ主人公たちが若者だからいいんだけど、ほんの少し子どもっぽい気がしなくもないって言ったら失礼か…。どうしても佐藤亜紀とかと比べてしまって……。
でも、ナチスドイツ体制下の話だけど、そうきいて想像するようなものとはちょっと方向性が違うというか、ナチス支配下の、あくまで普通の人々について、普通の人々はなにを考えてどうしていたのか、みたいな話になっているところがすごくよいと思った。
「エーデルヴァイス海賊団」という、ナチスの青少年組織ヒトラーユーゲントに対抗する若者の集団が実際にあったことも初めて知ったんだけど、この集団は政治的な主義主張があって反抗する、というよりはただ、人に強制されずに自由に好きなように行動したい、という若者の集団だったらしい。で、主人公はそういった集団に出会って仲間となり、一緒に、自分の村の先にある強制収容所に続く線路を爆破しようとする。その強制収容所は「ないもの」とされ、ただの操車場であるとされていて、村の人々もそう言っていた。主人公たちは、純粋に、罪のない人々が強制的に収容され労働させられ殺されているのを知りながら知らん顔をしているのはまちがっている、という正義感で行動する。真実を知れば人々は味方になってくれるだろうと思って。でも、だれも味方になってはくれなかった。みな、強制収容所であると気づいていたのに、見て見ぬふり、黙認。
でも、もし自分が村人の立場でも同じかもしれない、と思った。ほんとに子どものころから思想を統制されていたらそうなるというのもわかった。個人個人はどんなに善人であっても、良識ある人でも関係ない。それが本当に怖いと思った。
で、大切なのはやっぱり、お金を稼ぐとか経済とかには関係ないのかもしれないけど、「文化」である、っていうこと。

2023年11月9日

読書状況 読み終わった [2023年11月9日]

「地図と拳」とはまーーーったく違うけどおもしろかった。こういうのも書く人なのか、っていうか、「君のクイズ」の感じはあるし、こういうのが本来のテイストなのかな? いやいろんなジャンル書く人なんだろうけど。
連作短編で、主人公は小説家の小川、で、どこまでが事実でどこからフィクションなのかわからないけど、著者本人で、小説家がどんなふうに物事を考えるのかがわかるような感じもあっておもしろかった。

読みながら、ものすごく村上春樹っぽさを感じたんだけど、わたしだけかな。(って「君のクイズ」を読んだときもそう書いた)。文章かな、なんか理屈っぽい感じとかかな。

主人公の友人知人の話として、金融トレーダーとか漫画家とか、詐欺師っぽい人たちがでてきて、事実と嘘や虚構とか、才能のあるなしとか成功とか、承認欲求とかについて書かれている。詐欺とか詐称とか嘘までいかなくても、だれでも、他人に認められたいし、できれば成功したいし、才能がありたい、と思う気持ちは理解できる。主人公はそういう気持ちがあまりなさそうなんだけど。小川哲氏のインタビューを読んだら、実際、彼もあまり承認欲求がなく、自己肯定感が高いほう、と言っていた。そのへんが村上春樹っぽく感じるのかも?という気もしたり。

でも正直、個人的には、もっと「地図と拳」みたいな壮大な感じ?の作品書いてほしいなとも思ったり。

2023年11月3日

読書状況 読み終わった [2023年11月3日]

ディズニー+で、「バツイチ男の大ピンチ」っていうヘンなタイトルだけど、ジェシー・アイゼンバーグとクレア・デーンズが夫婦役っていうけっこう豪華共演なドラマが期待以上におもしろくて、原作小説あったら読みたいなとさがしたらあって、それがこれ。
翻訳はなくて、予想どおりわたしには英語がちょっと難しめだったけど、読んだ印象がドラマと変わらず、すごくうまくドラマ化したんだなとか思った。
内容は、要は、中年の危機と結婚、みたいな話。わたしはなぜだか「中年の危機」の話がかなり好き。
医者のトビー・フライシュマンと芸能エージェンシーを経営するレイチェルの夫婦は離婚して、小学生の娘と息子を交代で世話しているんだけど、ある日突然妻レイチェルが姿を消して連絡がとれなくなって、トビーは仕事と子どもの世話やなんかにひとり奔走しながら、これまでの結婚生活やレイチェルのことを考える。
ぴったりの相手だと思って相思相愛って感じで結婚したのに、だんだん少しずつ夫婦の価値観とか思いがズレてくる。トビーは金もうけより患者を救うことが生きがいで、すごく良識あるいい人って感じなんだけど、レイチェルは、不幸な生い立ちのせいか、自分はなんとしても成功して子どもには何不自由ない生活を送らせたいと切望していて、家族を放ってでもどんどん仕事を広げていって、いわゆる仕事人間で。あまり野心家ではないトビーを歯がゆく思ったりする。無理しても子どもを有名私立校へ通わせて、生活レベルもまわりに合わせて、お金持ちママたちの仲間に入って子どもが仲間はずれにならないようにするとか。そういうのをトビーが苦々しく思うのもわかるけど、レイチェルの気持ちもなんだかよくわかる……。
後半でレイチェルの言い分みたいなのもわかってくるんだけど、子どものためにまわりに合わせて、仕事の責任も重くて、全部をひとりで抱え込んで、相談できるような人もだれもいなくて、精神的に崩壊していくところが怖かった。そもそもあまり母親になりたいタイプでもなかったうえに、出産時にトラウマになるできごともあって。いちばん近しいはずの夫にも理解されず、だれにも理解されず受け入れられず、だれにも助けてもらえない恐怖……。
あと、女は結局、自分というものをなくして母親になるしかないのか、っていうのもテーマで。男女平等、女だってなんでもできるとかいわれても、やっぱりそれは理想論で、結局、女が仕事で成功することはいろいろ社会的に許されない、とか。
トビーの大学時代の親友リビー(女性)が、このトビーとレイチェル夫婦の話を小説にしている、っていう体なんだけど、リビーもまた、自分は結婚して母親になって若さを失い、かつての自分も失ってしまったみたいに考えていて。
でも、リビーはそういう考えを改めるというか、年をとって変わった自分や夫を受け入れるというか、ネガティブな感じではなくて、「今」に踏みとどまろうとする感じになるラストがすごくよかった。レイチェルとトビーにも希望が見えるラストで、その描き方にけっこう感動した。

2023年10月30日

読書状況 読み終わった [2023年10月30日]
カテゴリ 洋書

おもしろくてあっというまに読んだけど、確かに、ラストのほうでに出てくる表現の、ウォータースライダーで滑ってくみたいな(まあわたしは実際にやったことないけど)感覚で、読みながらわーっと一緒に盛り上がっているうちに読み終わった、みたいな。
主人公(二十八歳女)が会社をリストラされてはじめたレストランのホールのバイトで、バイト仲間たちと閉店後に店で飲んだり食べたり踊ったり、激辛フェスティバルに出店したり、っていう話。つらいところがなくてずっと楽しい話だったのがすごくよかった。
主人公は、自分のことをまったく特別なところのない「ウルトラノーマル」で「陰キャ」と思っていて、バイト仲間はやたら「陽キャ」だったり、異常にコミュ力が高かったりする人もいて。
読む人のほとんどは、もちろんわたしも、自分は「陰キャ」の主人公に近くて、人のことが気になり、自分と人を比べてしまうタイプ、と思って共感するんだろうなと思う。
で、違うタイプの人だな、比べると自分は……とか考えてしまったりしつつ、一緒に突飛なことやバカげたことをしたりして、居心地がいいと思っているという。読んでいて、あー、確かに、若いころ、友人と一緒にどうでもいい話で笑ってるときは心底幸せだと思ったな、とか思い出したりした。

居心地のいい自分の居場所があるのはよかったね、で終わる小説もあって、それはそれでとてもいいと思うけど、この小説は、さらにその先へ進むところもすばらしい。こんなふうに、自分でも知らないうちに自然に前に進ませてくれるような人たちと出会えたら本当にいいな、と思った。そんなにあることじゃないような気もするけど、けっこうあることのような気もする、と考えると希望がわいてくるというか。

2023年10月8日

読書状況 読み終わった [2023年10月8日]

スピルバーグの自伝的映画ということで。なんかもっと、映画万歳!的な映画なのかと思っていたら、そうではなく、家族の話、っていうか、芸術的才能がありながら主婦になってしまったお母さんの話、みたいな感じもあって、2時間半て実際長いけど、ちょっと長く感じたかも。
スピルバーグが高校生くらいで友人たちと戦争映画を撮るところが、映画ってこうやって撮ってるんだっていうのがわかる感じでおもしろかった。
あとは、60年代の車かっこいいな、とか。

あと、ユダヤ差別ってよくきくけど今まで実際あんまりぴんときてなかったんだけど、地域によっては本当に差別があったんだなというのを知った感じ。

2023年10月7日

読書状況 読み終わった [2023年10月7日]
カテゴリ 映画

ジョン・ル・カレの遺作。わたしはル・カレのファンというわけではなく、有名どころを何作か読んでるくらいなんだけど、やっぱり好きだなと思った。普通のスパイものってだいたい派手なアクションシーンがあって逃げたり追ったり撃ったり撃たれたり爆発したり拷問したりされたり、っていう印象だけど、そういうのとル・カレはぜんぜん違う。アクションシーンみたいなのはまったくなくて、殺したり殺されたりもなく、いたって静かで落ち着いているんだけどそこがいい。ちょっと難しい、っていわれるのもわかる。あまり説明がなくて、なかなか全体像が見えない感じで。諜報機関とかスパイとかについて少し知っていないとよくわからない部分もあると思う。そこもまたクールに感じたり。
ストーリーを短く説明するのがめんどくさい(笑)んだけど、要は、普通の人のふりでイギリス諜報機関で働いてきた人たち、働いている人たちがいて、そういう諜報員が国を裏切っている的な問題が起きているのがわかって……っていう。諜報機関が、なんだかひとつの会社とかお役所みたい(まあ政府機関なのでお役所かもしれないけど)で、諜報員も普通の会社員とか役人みたいな感じがするところがすごく好きだった。諜報機関の偉い人でも、年をとって退職したり、子どものことを心配したり、自分のしてきた仕事を後悔したり、機関に不満があったり。
あと、普通の人のふりをしながらどんなふうに諜報活動しているかがわかるようなところもいい。そういうのがわたしにとってはスパイ小説の楽しさだなと思いつつ、わくわくしながら読んだ。
やっぱりまだ読んでいないル・カレ作品はおいおい読んでいきたい。

2023年10月3日

読書状況 読み終わった [2023年10月3日]
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