- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784152090393
作品紹介・あらすじ
ベネチアのサンマルコ広場を舞台に、流しのギタリストとアメリカのベテラン大物シンガーの奇妙な邂逅を描いた「老歌手」。芽の出ない天才中年サックス奏者が、図らずも一流ホテルの秘密階でセレブリティと共に過ごした数夜の顛末をユーモラスに回想する「夜想曲」を含む、書き下ろしの連作五篇を収録。人生の黄昏を、愛の終わりを、若き日の野心を、才能の神秘を、叶えられなかった夢を描く、著者初の短篇集。
感想・レビュー・書評
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イシグロ初の短編集。音楽をテーマとした5編を収録。音楽そのものを楽しむというより、音楽にまつわる人間模様を描いている。どの作品も、ユーモラスな場面設定の中に、哀愁を帯びたイシグロ独特の表現力が混じっており、長編では味わえない喉ごし感があった。けっして気持ちよく派手に着地する作品はないのだが、音楽を聴いたあとのようなメロウな感覚が、読後にじんわり体に伝わってくる。イシグロって、こういう作品も書けるんだと意外に感じた一冊であった。
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才能と野心を巡る物語というと、少し身構える。しかし“音楽について”となるとちょっと受ける印象が変わってくる。手を伸ばしても届かない夢と挫折の哀しみが浮かぶから。
『降っても晴れても』にはミュージシャンは出てこない。大学時代からの友人である男女3人(二人は夫婦になり、主人公は独身を通している)の話だ。これが笑えるし、身につまされる。
「まだ四十七…その“まだ”ってのが問題。それと“ただ”ね。ただベストを尽くしているだけ。」古くからの友人に向けた言葉としては辛辣だ。でもこの後半は間接的に夫への当てつけだ。前半には、知らずに自分自身への苛立ちが滲み出ている。
遣り手のビジネスマンだが、妻からのプレッシャーに参っているチャーリー。成功している男性と夫を比べずにはいられないエミリ。レイモンドは大学時代と変わらない気楽さを装っているが、語り口以上に切羽詰まった精神状態なのは明白だ。
三人のコミカルながらも痛々しいやり取りが露わにするのは、前にも進めず後にも引けず、沈まぬよう必死に立ち泳ぎでもがいている姿だ。47歳という設定が絶妙。
ラストで、エミリとレイモンドがダンスをする「パリの四月」は、甘い恋の予感を感じる歌詞とはうらはらにサラ・ボーンのヴォーカルは哀愁に満ちている。ーもう戻れない美しい季節を想い、慈しむかのようにー。
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思っていたように人生を送れる人なんて、そうそういないのだと思う。何かしら上手くいっていない人たちが登場する5篇の短編は、どの物語もイシグロのユーモアに溢れた文章の中で、しみじみとした切なさだけではなく人生に対する肯定感を感じさせられた。
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カズオ・イシグロでは珍しい短編集。
副題通り、それぞれに音楽をテーマとし、夕暮れがモチーフになっています。
ヨーロッパの片隅で、男と女の出来事が…
奇妙な出会いや、どこかもの憂げなムードも共通しています。
ほろ苦くも切ない、芳醇な味わい。
ヴェネチアのサンマルコ広場でギターを弾いている男が、母が大ファンだった往年の歌手を見つけ、興奮して話しかけます。
その歌手は奇妙な依頼をしてきて、ギター弾きはいぶかしく思いつつも、彼の妻のために演奏をするのですが。
この夫婦はやり直そうとしているのか、別れようとしているのか、それとも…?と引き込まれます。
独特な風合いが濃厚な手応え。
音楽家を目指してチャンスを待つ若者が、民宿の仕事をしつつ悩む話や、才能がありすぎる?音楽家が誇り高さから先生につけず、進む道を迷う話など。
全体として、意表をついた視点の面白さと、なかなかない苦みとユーモアで、うわ~まいったな!という。
作者が若い頃はミュージシャンを目指して何年も過ごし、挫折した経験があることを考えると、この濃厚さも納得。
いや、違う道もあるんですよ!…でもね…
登場人物の命運にもまた、感慨がありますね。
この本を読んだのはだいぶ前で…
なんか言葉が出てこなくて。
「わたしを離さないで」もあの長さにしては恐ろしく読むのに時間かかったし。私にとってはそういう(どういう?)作家さんです。
私がカズオ・イシグロを読み始めたのは、映画化された「日の名残り」を見てから。
イギリスの大邸宅を取り仕切る執事が主人公で、アンソニー・ホプキンスが堂に入った演技をしていました。仕事に忠実なあまり、信頼する女中頭との恋を逃してしまうほろ苦さも。
初期の「女たちの遠い夏」(「遠い山なみの光」と改題したそうですが)は、戦後の混乱期に母に愛されなかった娘が、大人になって自分の娘と上手くいかないという話でちょっと暗いので~誰にでもオススメというわけにはいきませんけど。
もちろん筆力は十分、感じられました。
「わたしを離さないで」がなんといっても印象的で、精緻でもの哀しく、あたたかさと清らかさがあって、大好きです。 -
切なくもどこかロマンチックな香り漂う5つの小話。「音楽と夕暮れをめぐる5つの物語」という副題にあるように、どの小話も音楽が物語を彩り、黄昏時のような切なさが漂っている。ある人生のある一部分を切り取ったような物語ゆえ、解りやすいようなオチや教訓などは用意されていない。作中で表された苦味、焦り、高揚感、戸惑いは、人生の中でだれもがどこかで感じたことのあるような感情。だから懐かしいノスタルジックな気持ちになるのかもしれない。【以下ネタバレ含むため未読の方はご注意】「老歌手」ベネチアの広場でバンド演奏をしている流しのギターリストが、憧れの大物歌手と出会い、あるサプライズへの協力を依頼される。だが妻に歌を送るというロマンチックな計画に反して、夫の表情は暗い。夫婦の愛の終わらせ方に苦味を感じる。「降っても晴れても」ロンドンに住む20年来の友人夫婦の危機に接することになった、フリーターの中年男性の戸惑い。いまひとつ面白みが解らなかった。「モールバンヒルズ」イギリスの片田舎のカフェを手伝う学生ミュージシャンの青年と、カフェを訪れた音楽家夫婦とのふれあい。傍目には仲良く見える夫婦だが楽天家の夫と神経質な妻の観点の違いは妙に現実味を帯びている。「夜想曲」天才的な中年サックス奏者が心機一転、整形手術を受ける。偶然隣部屋になった女性芸能人と関わることになるドタバタ。どこかで目にした名前だと思ったら1話目の登場人物が再登場している。初めとキャラが若干違う気もするが…。「チェリスト」若きチェリストが音楽の大家の個人レッスンを受ける奇妙な話。素直な青年が女性の手ほどきを受け影響されていく変化が綴られている。なんとも微妙な味わいだ。
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まいった。
少しずつ積み重なってきたのであろう苦さ。そこはかとなく感じられる人生の渋み。
ユーモアや皮肉の中に、後に、夢や漠然とした希望のようなものがあった歳月を経てきた大人たち一人ひとりの言葉や姿が静かに胸にしみる。
お気に入りは「老歌手」「モールバンヒルズ」
イシグロさん、短編もいいぞ。 -
「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」が副題の作者初の短編集。
ベネチア、ロンドン、イングランド、ハリウッド、アドリア海岸の小都市を舞台に、音楽をテーマにした5つの物語は、特段のドラマやオチがあるわけではない。それでも、過去のある時期、ある場所を接点として交差した人たちのやり取りを描いている物語に、何か物悲しさを覚えるのは、失ったもの、取り戻せないものを強く意識してしまうからだろうか。
「老歌手」の主人公である歌手の元妻が「夜想曲」の主人公で登場するなど連作的要素もあり、終始もの憂い印象が漂うなかクスリと笑わせるユーモアやドタバタ劇的なところもあって、読み終わってみれば実に統一感のとれた短編集だった。 -
読みながら途中で笑っていました。あんまり楽しくて。楽しいだけじゃない、もの哀しさも、こういうしがらみ分かる〜、っていうのもあったけど、短編のせいか気軽に読めました。二編目、楽しかったです。
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著者初の短編集だけれど、さすがの上手さ。
品のいいユーモアと皮肉、人生のシビアさと美しさ。
それらを縦軸に、音楽と世界の様々な風景を横軸に綺麗に織られている。
これまでに読んだ彼の長編のように、読み終えた後で胸骨の中で反響し続けるような衝撃は薄いけれど、読んでしばらく経っても情景を鮮やかに思い起こせる。
最初の短編の女性が再登場していることに、解説を読んで初めて気づいたのが悔しい…読んでいる時に自分で気づきたかった! -
「夜想曲」という話がおもしろかった。コメディっぽいドタバタや、登場人物の出合う場所とその風貌や、二人のやりとりがたのしい。映画になりそうだ、そうなったら観てみたいけれど・・・無理かな。