鏖戦【おうせん】/凍月【いてづき】

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152102263
#SF

作品紹介・あらすじ

遠未来、変貌した人類が異星人と果てしのない戦いを繰り広げるさまを壮大なスケールと美しいヴィジョンで描く「鏖戦」。月コロニーでの、壮絶かつ衝撃的な実験を描いた「凍月」。2022年11月に逝去したベアを追悼する、ハードSFの代表中篇2篇を収録した一冊

感想・レビュー・書評

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  • 2023年4月早川書房刊。Hardfought(鏖戦)、Heads(凍月)の2編を収録。鏖(みなごろし)なんていう字があるなんて初めて知りました。表紙も見ていてあきない。長い戦いを描く鏖戦は観念的な描写が満載で、なかなかに難解だがハードな手応えが楽しめ、出てくる言葉が面白い。凍月は少しユーモラスな展開だが、決着を政治に持っていったのがあて外れでした。

  • 80〜90年代ハードSFの代表格、グレッグ・ベアの中編2篇がハードカバーで刊行されました。「鏖戦」は「SFマガジン」掲載後に短編集に収録されましたが絶版、「凍月」はピンで文庫化されましたがこちらも絶版、久しぶりの書籍化です。鴨は「鏖戦」についてはSFマガジン掲載時に一度チャレンジして玉砕ヽ( ´ー`)ノ、「凍月」は文庫版を読了していますが、どちらも良い感じでディテールを忘れていましてヽ( ´ー`)ノ新鮮な気持ちで再読いたしました。

    読了して、最も強く心に残った印象は、純粋にして過剰なるヴィヴィッドなイメージの奔流。
    正直なところ、鴨の浅薄な理解力ではよくわからないところも多々あります。読了しても「?」な状態です。が、その「理屈では良く理解できないけれど、とにかく美しい/カッコ良い」という世界観そのものを楽しむタイプの作風なんだろうな、と鴨は感じています。
    ただ、その作風が、「鏖戦」と「凍月」では真逆の作用に働いて真逆の印象を残すに至ったなー、というのが、鴨の正直な感想です。

    2作の何が違うのかというと、「鏖戦」の舞台は遙か遠未来の星間宇宙、人類社会も人類そのものも大きく変容している、いわば100%想像力を働かせることができる設定であることに対して、「凍月」の舞台は近未来の月社会、現代と地続きのリアルで生々しい、その分”今”のヴィジョンと価値観を相当程度共有している/共有せざるを得ない設定であることです。

    「鏖戦」は、冒頭の舞台となる原始星群<メデューサ>の描写がもぅ圧倒的な迫力で、酒井昭伸氏のクールかつトリッキーな訳文も相まって、我々読者の現在位置から最も遠く離れた時間/空間/価値観を描き出していることをまざまざと見せつけられます。登場するキャラクターたちの独創性もまたしかりで、理解できなくても仕方ないと思わせてくれるレベルの社会的距離感を感じさせます。そんな遥か遠くの世界の物語を、幻惑的な文体でスピーディーに展開しつつ、最後の最後で我々読者にも理解できる、すなわち普遍的な虚無感と哀感を静かに漂わせてスパッと幕を閉じる、この鮮やかさよ!かなり難解ではありますが、SF者たるもの、一度は読んでおくべき傑作です。

    他方、「凍月」は、鴨は文庫版のレビューで「よくわからないままあれよあれよという間に読了してしまった」と書き残しておりますが、今回再読してその理由がなんとなくわかりました。
    終盤のイメージの鮮烈さは、まさに「鏖戦」と同レベルの針の振り切れっぷりながら、そこに至るまでのストーリー展開が現代の人類社会と地続きの価値観に支配されているが故に、描き出されるイメージの方向性があまりにも突然レベルアップしすぎて、完全に置いていかれてしまうんですよね・・・。そのため、終盤までのストーリー展開はとてもわかりやすいにも関わらず、読了後の「?」は「鏖戦」より遥かに上ですヽ( ´ー`)ノ

    というわけで、鴨的には「鏖戦」は星5つ、「凍月」は星3つ、総合して星4つ、といったところです。
    読者のSFリテラシーがチャレンジされる作品でもあると思いますので、心してお読みください!

  • いやー面白かった。読みやすさでいえば鏖戦<凍月なのだが、両作品ともなんとも違う魅力があって、うなってしまった。(三体を読んだ時のエッセンスも感じた)
    特大級のネタバレ以下

    鏖戦/酒井昭伸訳
    何がすごいってまずは、訳!絶対原典の方が簡単に書いてあるんでは?!と思いました(誉め言葉)。好みは分かれるかもしれませんが、私は結構好きでした。人vs異種族の戦いにおいて、異種族がいかに「読者含めた人」から離れた存在であるか、を示すべくの漢字も多用の訳…狙った効果の一つはそれかと考えているのですが、私は最初からやはり仏教感を感じてしまいまして、それは異端ではないので、なんだか最初から親しみが(?)ありました笑。本当はぜんっぜん読めない文字にルビで意味が振ってある、とかが正しいんだと思いますが、それだと読者途中離脱するでしょうしね…。

    好きポイントその① 施彌倶支(セネクシ)・蔵識曩との会話
    「汝、人種の記憶装置を調査せしや」蔵識曩がたずねた。
    「はい」
    「可なるか、是れ人形との意思疎通」
    「すでに人種の機械を操作する界面(インターフェース)を開発しました。意思の疎通は可能と思われます」
    「既往の先賢、人種との永き闘争に於て、還た意思疎通を為すの底有りや。汝また作麼生」(p17)

    「この任務完遂ののちは、判明せる事実を余に伝え、須臾のうちに空滅せよ」(p19)

    好きポイントその② 原題Hardfoughtの訳
    戦いに赴く際に合言葉的に使う言葉としてHardfought!が出てきますが、それはそれでかっこいいし、ここで「鏖戦!」と日本語で語感を味わってもそれはそれでかっこいい…

    好きポイントその③ だんだんと結末に収束する構成とスピード感
    後半出てくる初代プルーフラックスとクリーヴォの会話、魅力的である。
    「しかし、みずからの心を荒廃させてまで勝利すべき戦いなどーそれほど重要な戦いなど、ありはしない」(クリーヴォ、p89)
    「連中はリスクのない成功を好んでくりかえす。新しい個性は危険なんだ。だから、過去の成功例を複製しようとする。いずれは同じような人間ばかりになって、個性はどんどんなくなっていくだろう。きみやぼくが増えて、ほかの者たちは減っていく。個人差がなくなれば、語るべき物語もなくなる。歴史もなくなる。われわれは死んだ歴史の一部になるのさ」(p96)

    「あなた…クリーヴォね…」(p106)
    「…そのとき…裸体の女が宙に浮かび、自分そっくりのミニチュアたちに囲まれて室内に入ってきた。妖精をしたがえた天使の図だった。体格はまるで蛇のようにほっそりしている。…天使の大群は飛翔をつづける。いったい何百万体いるのだろうか、濃い霧のごとくに群れをなし、星々を隔てた空間を飛翔する天使たち。その唯一の主人は現実の優越性だ。それ以外の主人は必要ない。彼らが異常をきたす恐れもない。」(p106-107)
    ここの疾走感、文字を読む目に、情報の理解が追いついたときの体の震え…これこれ至上のSFでしか体験できない震え…シーンとあたりは静まりかえり、私は冷や汗をかいていた。グロテスク度合でいうと、貴志祐介の『新世界より』を彷彿とさせた。

    そして追い打ちとばかりにプルーフラックス最後の詩。
    なんと明るい炎の輝き! 平和はうつろい
    記憶は消える、ただのひとつも残さずに
    なぜだかいつも、同じ扉を見失っては
    輪廻のうちに、われらは滅ぶ。

    灰から星へ、虚偽から魂へ、
    まわれ何度も、窪みと孔を。

    善きを殺して、若きを喰らう
    永遠に、とこしえに
    あなたとわたしは滅ぶことなく。(p108)

    そして最後の二文…

    凍月/小野田和子訳
    鏖戦の後だと、読みやすってなります。
    こちらも別の話だと思っていたいろいろなレベル感の話が、うまく一つになっていくので読んでいて気持ちがいい。

    途中ミッキーが欺かれ、失意に沈み、そこから一つ賢さを身に着けて顔を上げる…というエンタメ要素に気を捕らわれていたから、最後えっえっってなり、そういえば序文が不穏だったじゃん…ってなりました。
    「…わたしが死んだら、姉やウィリアムといっしょの<氷穴>にいれてほしい。…ほかの頭たちといっしょの<氷穴>に…。<静寂>のなかに。」(p264)

    この最後を読んで、HEADSという現代を凍月と訳したこと、それがこの最後のシーンとうまく重なって、すごくジーンときてしまった…。

  • グレッグ・ベア氏の作品を読むのは初めてでしたが
    あまりに重く濃密で凄まじい、恐ろしい中短編集でした
    2作とも、もう30年以上も前の作品だとは信じられない

    『鏖戦』は遠い未来の宇宙戦争の話
    時折現れる古文調の文体が超絶格好いいし、当て字の漢字による固有名詞が頻発するのにもわくわくする
    過酷な戦争の描写があるのに、どこか美しく儚い情景が浮かぶし、とても女性的な印象をうける物語でもあった
    難解だけど流麗な文章、語り手や視点が入れ替わる幻惑されるような物語、そして訪れた結末の無常さ…
    どこか日本の古典文学に通じる印象を感じました
    それにしてもほんとに、翻訳の文体がめちゃくちゃ格好いいし難解です
    これを翻訳された酒井昭伸氏の他の訳書もぜひ読んでみたい

    『凍月』は『鏖戦』での世界よりは、現代に近いかもしれない、月に移住して数世代が過ぎた、月生まれの住人の政治や陰謀、科学研究の話
    高度な科学実験や、人体の冷凍保存技術、新興宗教とそれに絡む政治、などの様々な要素が絡み合い、どんどん展開するストーリーがずっと先が読めず、斬新でめちゃくちゃ面白い
    語り手の主人公と、その姉、その夫の関係性が何とも魅力的でしたし、語り手の前に障害として立ちはだかる人物の描写も、あるいは教え諭し利用もするし、でも導いてもやる師匠役の人も、作中に名前と音声しか出てこないけど重要なキーパーソンとなる新興宗教の教祖の逸話も、どれもキャラ立ちが秀逸で面白い
    何よりも、周囲の人物と比べどこか印象が薄めであった語り手が、どんどん打ちのめされて変わってゆくさまの鮮やかさが楽しい作品でした
    こちらの中編の訳者さんは『火星の人』や『プロジェクト・ヘイル・メアリー』も手がけている小野田和子氏、さすがです

    それにしてもこの2作が、同じ著者さんの手による物だとは恐ろしい
    でっかい引き出しが無数にあるグレッグ・ベア氏なんですね

    • 傘籤さん
      読まれたんですね〜。文体が特徴的なこともあって、間違いなく人を選ぶクセつよつよの小説でしたが、何より"かっこいい"と感じながら読んでもらえた...
      読まれたんですね〜。文体が特徴的なこともあって、間違いなく人を選ぶクセつよつよの小説でしたが、何より"かっこいい"と感じながら読んでもらえたのが嬉しいです。あれはやばいですね。入り込むとほとんど読む薬物と言えるレベルでトリップできます。
      「女性的な印象」「結末の無常さ」についても納得です。
      『凍月』の訳者さんは『火星の人』や『プロジェクト・ヘイルは・メアリー』と同じ方だったんですね。通りで読みやすいわけだ。
      2024/01/10
    • たけうちさん
      傘籤さん、こんにちは
      なんとコメント頂けるとは嬉しいです
      読みました、ヤバイですね、かっこいいですね! すごすぎて、かっこよすぎて、どう感想...
      傘籤さん、こんにちは
      なんとコメント頂けるとは嬉しいです
      読みました、ヤバイですね、かっこいいですね! すごすぎて、かっこよすぎて、どう感想書いたらいいか迷う程です
      2022年にグレッグ・ベア氏は亡くなられたのが惜しまれますが、著作をじっくり追いかけたいです
      そして、そうですよね! この2作の翻訳者さんの仕事の妙技の違いを味わうのも、素晴らしい中短編集ですよね
      (っ´ω`)っ
      2024/01/10
  • SF。中編2作。
    「凍月」はハヤカワ文庫にて既読のためスルー。
    「鏖戦」だけ読む。
    かなりハード。以前読んだ著者の作品の中でも一番難しい。
    独自の造語が説明もなしに多用。世界観の説明も少ない。
    遠未来の宇宙を舞台に、人間と異星種族との戦争を描く。
    が、コンタクト的な要素も、恋愛小説的な要素もある。
    ビジョンは美しいが、細部は全然理解できてないと思う。
    好きな作家なので、古い作品を綺麗な本で読めるのがとても嬉しい。

  • 武蔵野大学図書館OPACへ⇒https://opac.musashino-u.ac.jp/detail?bbid=1000260088

  • 昨年秋(2022年11月)に亡くなったSF作家、グレッグ・ベアの代表中編、『鏖戦(原題:Hardfought)』(ネビュラ賞受賞)と『凍月(原題:Heads)』(星雲賞受賞)を収録した一冊。以前読んだ同著者の『ブラッド・ミュージック』がとても面白かったので、本新訳を手に取ってみることに。

    『鏖戦』は、「これぞハードSF」と言わんばかりの高難度なファンタジーSF。姿形や社会構造が大きく変容した人類が、異星種族<セネクシ>との果てない戦いを繰り広げる世界が舞台。<セネクシ>を抹殺することだけを目的に育てられた、妖精のような姿をした少女・プルーフラックス。<セネクシ>の研究者で、人類のことを知ろうとする阿頼厨(アライズ)。両者の視点を中心に描かれるSFファンタジー。
    設定や用語がかなり特殊で、誰の視点・会話なのかを把握するのもなかなかに難しいため、整理しながら読み進めないと訳が分からなくなること請け合い。その難解なテキストに酔いしれることが出来れば、内容をしっかりと理解出来なくても楽しめることが出来ると思うが、そうでない人には苦痛で仕方がないかと。間違いなく人を選ぶ作品。

    『凍月』は、『鏖戦』とは対称的で、比較的読み進め易い近未来SF。人類が地球から月や火星に植民した世界が舞台で、地球から冷凍保存された人間の頭部410個を月に持ち込み、その記憶を甦らせるプロジェクトを巡る物語。
    絶対零度を実現するという研究内容や、ラストの展開をちゃんと説明しろと言われると難しいが、物語の展開と結末を大枠で理解することは、テキストを追っていれば十分可能な内容となっている。

    "The Hard SF"な『鏖戦』も嫌いではないが、個人的には読み易さのバランスが取れた『凍月』の方が好みだったかな。

  • 中編「鏖戦」「凍月」の二作収録。
    どちらも共通しているのは独特な世界観で造語が説明無く飛び交うところ。

    「鏖戦」
    はるか未来、人類が異星人と戦っているようだけど人類は人体改造してるし文化も戦争に特化した物になっているようでまるで異星人同士の戦争のよう。
    でも異星人の方が更に訳分からない価値観だからまだ人類の方が感情移入できるな、という感じで。
    その表現が古語というか当て字や文体などで行われている所が面白い。あと途中からある事情(だと思ったけど読み違い?)で文体が変わって行くのも面白かったです。
    大変難解でしたが、その奥にある幻想的な風景が良かったです。

    「凍月」
    未来の月に住む科学者がある経緯で四百数十人分の冷凍頭部を手に入れる事から始まる物語。
    こちらは月に入植した家族が世代を経るうちに大型化し、「家系」と呼ばれるまとまり同士で軽い政治闘争が起きている中、新興宗教を母体とした集団が権力を持ち始め、その集団が主人公たち所属「家系」にちょっかい出してきたけど何で?というのが軸になってます。
    こちらはミステリー的な要素もあれば政治に関わる人の哲学と成長と変容をも描いていて、硬軟取り混ぜて描ける人なのだなと感服しました。

    どちらもP.K.ディック作品の様な題材なのに人が違うとこういった味付けになるんや…みたいな感じです。そういう風味が好きな方にお勧めします。

  • 鏖は皆殺しの意味
    30-40年前とはいえ代表作だけあって古さを感じない
    『鏖戦』はついて行けなかった

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