ヒトラーの秘密図書館

  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163721200

作品紹介・あらすじ

余白の書き込み、アンダーラインが、独裁者と第三帝国の精神形成を物語る。世界の運命を決めたその一冊、その一節。

感想・レビュー・書評

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  • 戦争やホロコーストの主導者でありナチスを率いた為政者として極悪人とされるヒトラーだが、時代や大衆の雰囲気を踏まえれば、当然ながら単純な善悪二元論では語れない。ユダヤ人排除の動きはナチスが決定的なものとしたが、それ以前から存在した。政治家は、ある種のポピュリズムの象徴として発生するものにも思える。社会が求めているものを「言語化」し「手続き」を踏み、集団として行動を起こすための「シンボル」である。手続きにも隙があり、いつの間にか独裁を許し、個人の権限を不可逆的に増長する。これらの組み合わせが反響し合い、悲劇が加速する。

    それはまるで、本のようだ。

    本が時に社会を扇動するように、本もまた、社会が求めるものを言語化し、代弁する。大衆に読まれる本が意識して書かれ、社会全体がエコーチェンバーの様相を纏う。言語化は、教育に用いられるのだから、意識的か否かに関わらず、社会全体が相互コンセンサスとして書物を生み出す。一億総表現者として、それに類する媒体により、再生数を稼ぐ行為に似ている。社会に求められる事を振る舞い、消化し、共通言語化していく。その機能は、メディアや民主主義に通底するサピエンスの集団認知を導くための営為や現象だ。

    本が人をつくる。

    ヒトラーと同じ本を読み、会得したならば、第二のヒトラーが生まれるだろうか。そうならないのは、当時と今日の社会契約が成立しないし、物理的にも時間軸にも距離感があるからだ。当時なら生粋のヒトラーユーゲントの誕生か。今なら大丈夫だろうか。しかし、危うい。未だ人類は、カンフー映画を見て自らの強さを錯覚する生き物だ。

    学歴はなかったが、ヒトラーは猛烈な読書欲に取り付かれていた。ヒトラーは幼い頃の思い出として、父親の蔵書を引っ掻き回したことや特定の著書の作品に読みふけったことを語っている。一晩で一冊以上、蔵書は一万冊を超える。また、ヒトラーの蔵書の中にはスピリチュアルやオカルトに関する書籍、ノストラダムスの予言に関する本などもあった。19世紀末にヨーロッパのユダヤ人の組織的強制移住を主張したラガルドのエッセイ集。ユダヤ人排除の思考が本により増長されたのか、既にそうした社会だったという事である。

    本にはその本自身の運命がある。
    仮託されアイコンとして言語化する主体は、運命を背負い、為政者のごとく焚書されゆくのだろう。

  • 誰よりも読書家で勤勉であったヒトラーが読書を通じて、如何に政治力を高め、狂っていったか。

    ホロコーストは当時のドイツでの風評の影響も大きい。
    暴走していくナチズムに昨今のネット右翼の姿を重ねてしまった。


    "自分が元々抱いている観念という「モザイク」を完成させるための「石」を集める"というヒトラー読書方法は、
    ・目次を読み、
    ・本の内容を予想し
    ・自らの知識と関わるページから読み進める
    という巷で言われる速読術の基礎に則っている。

    あの独裁者が用いたことで速読術に箔はついたが、道を誤った時にそれに気がつかないという致命的弱点も証明してしまったと思う。

  • ヒトラーという人間の人生において、本の存在はとても大きかったようだ。

    強烈な個性・思想の源泉は、彼が内に持つ気質や狂気だけではなく、他者の思想から影響を、または確信を得ることで育てられたのかもしれない。

    この本を読んで、そんな風に感じました。
    歴史に疎いせいか僕は知らなかったのですが、ヒトラーはたいへんな読書家として知られているのですね。
    いつも夜中まで書斎の明かりがついていた、というエピソードだけ聞けば、伝記を書かれる偉人とオーバーラップしてくる気がします。

    ヒトラー自身も「我が闘争」という著書を執筆していますが、これはあまり評判よろしくなかったようです。
    読書家が必ずしも執筆が得意かというとそうでもないというのは、古今東西よくある話ですが…。

    一番不気味だったのは、ポーランド侵略のエピソードと合わせて解説されていたオカルト関連の書籍についての件でしょうか。彼の狂気とうまくシンクロさせて描かれていました。

    蔵書の視点から、ある人間を観察するという本書の構成は、なかなか…と感心いたしまし。

  • ヒトラーに関する本は数多くある中でも読書家である点に重きを置いたものは珍しいと思います。
    本は読者の思想や目標に大きく影響します。魔法のようです。
    ヒトラーの行いは様々な人間との交友も然る事ながら、個人的な読書も大きく影響しています。
    蔵書の半数が軍事関係の本であるのはヒトラーを思えば自然ですが 、オカルト本なども熱心に読んでいるという事実には驚きを隠せません。
    人間の内面に大きく関わる本。
    ヒトラーはどのような本をどのように読んでいたのか。
    彼のように「死ぬほど真剣な仕事」としてではなく、一人間の読書生活の本をゆっくり読んでほしいです。

  • ヒトラーは書内にもあるように読書家で賢明な人だったのでしょう。
    ただ、大戦が始まってからは戦争の本が中心となり、どこかでベクトルがくるったのでしょう。

  • 借りたもの。
    ヒトラーの散逸した蔵書の中から、10冊の本を取り上げ、ヒトラーの思考を垣間見ようと試みたもの。
    岩田温『政治学者が実践する 流されない読書』( https://booklog.jp/item/1/4594080324 )にて、やってはいけない読書術――新しい知識や視点を得るためではなく、自分がもともと抱いている考えを補完するために情報をあつめるためのもの――として紹介されていた。
    ヴァルター・ベンヤミンの言葉「蔵書を見ればその所有者の多くのこと――その趣味、興味、習慣――が分かる」と語ったことを紹介し、ヒトラーに影響を与えたであろう本とヒトラーの人生・政策を照らし合わせる。

    本にはヒトラーによる書き込みや、口ひげ?!と思しきものも挟まってたり……

    散逸してしまい、その全貌を完全に知ることはできなくとも、諸々の調査によって垣間見える人物像……
    芸術家でありたいと望みながら叶わなかった夢の跡であったり。
    (間接的に世界的なナショナリズム台頭もあったと思うけど)プロイセン的なるものに心酔し、ベルリンに理想を実現しようという野望を持ったり。
    人種差別もヒトラー個人が特化していたのではなく、世界的に(掘り下げれば長い歴史がある)支持されていた思想であり、フォードの悪名高き『国際ユダヤ人』が多大な影響を与えていたり。(でも金髪碧眼でもないヒトラーは何でアーリア人に拘ったのか理解に苦しむし、この本からも垣間見れない…)
    教養に対するコンプレックスであったり……
    野心家であることは伝わってくる。
    つまり中二病的な誇大妄想と劣等コンプレックスの塊に思えた。
    デヴィッド・ヴェンド『帰ってきたヒトラー』( https://booklog.jp/item/1/B01N0RKC4H )も観たが、そこに描かれた傾聴上手でプロパガンダを得意とするカリスマ性が微塵も感じられない……しかしそのカリスマ性?から沢山、書物が送られたようだし…
    それらは裏を返せば……この本が言うところの「恫喝と口車とペテンの上に築かれていた。否定的で辛辣な警句を駆使して、彼は批判を封じ込め、注意を逸らしてきた」(p.79)ためだろうけれど…

    幻の『我が闘争』の3巻の話も挙げられている。
    紹介されている本たちを見ると、多くの研究者が指摘している通り、ヒトラーの『我が闘争』はそれらの焼き直しであることが理解できる。
    それら切り貼りされた知識のモザイクが、第二次世界大戦を動かしていたのかと戦慄する。

    ヒトラーという存在が、世界に戦争をもたらし、ジェノサイドを起こそうとした悪魔的なものではなく、また狂人でもなく……小さな人間の姿になっていく。

    一万冊あったと言われる蔵書。
    しかし、読書家ではなく愛書家であり、コレクションであったと……
    巻末にある付録の、ヒトラーの蔵書を見た、調査した人々のコメントは辛辣だ。
    「調べた本の中に、読み込まれた痕跡があるものは一冊もなかった」(p.343)
    「ヒトラーの蔵書は、どんな分野にせよ一つの分野で総合的な知識や学識を体系的に得ようとしたことのない人間のそれである。国家の重大事に適切な決断を下す際に絶対的に必要となる知識(世界史、戦史、経済地理学、国家政治学など)がヒトラーの蔵書に完全に欠落していることが、ヒトラーが決断を下す際に拠り所とした知識の基礎を特徴づけている」(p.347)
    そこに偉大な、感服するような本物の知性は見出されなかったようだ。

  • ナチス

  • 正しい読書とは何なのか?
    人を善に導くこと?

    どのように結実するかは読み手の性質が左右する、そう思いたい。

  • 「ヒトラーは読書家だった。少なくとも一晩に一冊、ときにはそれ以上の本を読んだという。彼は16,000冊以上の本を所有していた。」学歴コンプレックスを解消するために貪るように、真剣に書物に向き合ったヒトラーの蔵書は戦後の混乱の中で大半は散逸して所在不明である。著者は、アメリカ議会図書館とブラウン大学で保存されている1,300冊を紐解き、さらにその中からヒトラーが確実に読んで参考にしたと確定的に思われる10冊について紹介している。単純な本の内容紹介ではまったくなく、ヒトラーが人生、あるいは政治のどの時期に読んで、そしてそこから何を得たかということが膨大な資料の精査、関係者のインタビューから浮き彫りになってくる。情報のソースも巻末に一覧で示されており、学術的価値も非常に高い。深夜、「静粛に!」の札を掲げてドイツの将来をひたむきに考慮するヒトラーの姿が脳裏に浮かんでくる。

  • 佐藤優著「知の教室」の158頁に解説が載っていた(忘れないようにメモしておく)。

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