abさんご

著者 :
  • 文藝春秋
2.69
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本棚登録 : 1347
感想 : 218
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  • Amazon.co.jp ・本 (128ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163820002

作品紹介・あらすじ

75歳の「新人女性作家」のデビュー作。蓮實重彦・東大元総長の絶賛を浴びて、「早稲田文学新人賞」を受賞した表題作「abさんご」。全文横書き、かつ「固有名詞」を一切使わないという日本語の限界に挑んだ超実験小説ながら、その文章には、「昭和」の知的な家庭に生まれたひとりの幼子が成長し、両親を見送るまでの美しくしなやかな物語が隠されています。

はたして、著者の「50年かけた小説修行」とはどのようなものだったのでしょうか。その答えは、本書を読んだ読者にしかわかりません。文学の限りない可能性を示す、若々しく成熟した作品。

感想・レビュー・書評

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  • 思いがけない本の形。表題の一篇は左からの横書き、他三篇は右からの縦書き、そしてあとがきならぬ「なかがき」ふしぎな心地

  • #3349ー44ー172

  • 横、ピリオド、コンマ、ひらがなだらけ。変。
    掴みきれない雰囲気に、スタンディングオベーションです。

  • みるく色のそらと,みるく色のうみのあわいで,はい色をしたにほんごが,きまぐれにたゆたっていました.
    このそらはきおくで,このうみはゆめなのかもしれませんでした.だから彼女が,彼女だけが,みるく色にゆびをひたし,まどろむにほんごをすくい出すことができました.すくい出したにほんごを,(彼女にとって)ふさわしい頁へ,(彼女にとって)ふさわしいにほんごのとなりへそっとよこたえ,いみを,けしきを,もの語りを,めざめさせることができたのでした.

  • 「文体がとても美しい。静謐で、柔らかい。遠い記憶を辿るときの感覚に似ているかもしれない。輪郭がぼやけて、感情は上澄みだけが残っている」
    蛹はソファに寝転がり、ぽつぽつと、そんなことを言っていた。それを聞きながら、僕はその本をめくっている。はじめはひどく読みにくい文章だと思ったけれど、慣れれば彼の言う静謐さや柔らかさの方が、印象として強くなっていく。たしかに美しい、と思う。

    水族館に似ているかもしれない。
    暗い通路を進む、あの感覚だ。
    両側には様々な水槽が並んでいる。その中にはそれぞれ生き物がいる。彼らは、ただ幸せに泳ぎ回っているのかもしれず、何かしら複雑なドラマがあるのかもしれず、それは外からは分からない。彼らがいかなる感情を抱いていようとも、それはこちら側の僕には伝わらず、ただ「綺麗だ」と思う。記憶あるいは心象というものは、案外そういうものかもしれない。

    小さな水槽で慎ましく暮らす彼らを、おろかと思うこともできる。だがそれはそれとして、彼らは美しく、そこに完結して存在している。水槽に住まうのが、過去の己であったとしても。

    「ところでこれは結局のところ、どういう話なんだろう」
    僕は、目を閉じて眠りかけている蛹に問いかけた。
    「つまり、お前がどう捉えたのか、ということだけれど」
    「あのさ、先生」
    と、蛹は力なく批難めいた声を出す。
    「具合が悪いから呼んだのに、なんで患者をほっといて読書してるんだろう?」
    「僕の専門は精神科だし、専門外の僕から見ても、お前のそれは風邪だよ。とりあえずベッドで寝る習慣を付けて欲しいな」
    「……もっともなことを言うときの先生は、正直つまらないと思う」
    それは、なんというか、期待に沿えなくて申し訳ない。
    「で、こっちの問いかけには答えてもらえるのかな」
    「記憶の描写という表現が、結局は一番シンプルだろうね。幼い頃に母親が死んだときの記憶、父親と家事手伝いとの暮らし、家を出るときのこと、それから、長い時間を置いて、死んでいこうとする父と過ごした時間について。描かれているのはだいたいこんなところだろう」
    そんな具合に並べながら、蛹は胸の上で、弱々しく指を折った。考えながら見切り発車で喋っているのだろう。
    「戦前から戦後へと変わっていく世の中の様子が、幼い子供の印象として描かれているのも面白いと思う。子どもの成長という軸がそこに重なると、急に不思議な奥行きが生まれる」
    なるほど、と僕は頷く。
    もしかすると、後半になるにしたがって読みやすくなるのは、慣れもあるけれど、ただこの主人公の記憶が、近くなるに従い鮮明になるということかもしれない。ふと、そんなことを思った。そして、そんなことを思っているうちに、ソファの上の病人は、力尽きて眠ってしまっていた。

    とりあえず、病人をベッドに運ばないといけないなあ、と思う。できれば最初からベッドで眠ってほしいのだけれど、そこは個人の趣味趣向なので仕方ない。僕はわざとらしくため息をつくと、本にしおりを挟み、ソファから立ち上がった。

  • 雑誌で出たときに読んでたけど、単行本買って再読。早稲田文学7での対談読んでからの再読だから、前よりも多くの言葉に良い意味でのひっかかりを感じることができた。あの時間の遠近感が、自分が子供だったころの懐かしい諸々(もちろん負の感情も)を思い出させてくれる要因かも。人が嫌いで興味が薄く、物ばかり書いているという黒田さん。言われてみればその通りだ。なんせ片親がどちらの親かすら書かれてはいないのだから。物や景色、見えたもの見えなかったもの、使われなかったもの、「言えなかった」という事実だけが残る言葉たち。過ごさなかったもうひとつの時間。自分の来し方をこんなふうに綴ることができたら素敵だ。

  • 表題の『abさんご』は、ひらがなの多い横書きの物語という点だけでは児童文学かのような印象であるけれど、実際には正反対に集中して読み進めないとすぐ迷子になるような難解な上級者向けのお話しでした。記憶が曖昧になりがちな昔の思い出話の感情の部分、印象的な情景を、滲ませたり、ぼかせたりしながら書いているような、絵にすれば水彩画のような世界観だなぁ、と思いました。縦書きの3部作『毬』『タミエの花』『虹』はタミエという少女が主人公。毬を上手くつけなくて不器用だったり学校をサボって草花と戯れることが好きだったり、大人受けはしない子供だけれど、読んでいると自分が子供だった時もこんな感覚だったかも、と思えるほどに親近感を感じました。大人には理解不能な子供の心理描写が細かいです。でも『虹』の最後の方で明らかになったタミエの過去が衝撃でした。セピア色の昔の写真を見ているような作品ばかりでした。

  • 表題作はなぜか横書きで左側から読む作り。ひらがな多めで漢字とのバランスの法則はわからないまま、大変読み辛いのだけど、これが不快ではない。基本的に正しく美しい日本語を使える人の「くずし」なので、つい読まされてしまう。ストーリーらしきものは一応あるけれど、追うのは無駄な気がする。文章のリズムと雰囲気、場面場面の細部の描写を味わったほうが楽しい本だと思う。わかるかわからないかではなく、好きか嫌いかで言うなら私は好き。

    他の3編は縦書きなので普通に右側から読める。表題作との間に50年の時間があるけれど、タミエという少女の連作短編。これはこれで嘘つきで劣等感まみれの少女の心理が手に取るようにリアルで面白かった。

    ※収録作品
    abさんご/毬/タミエの花/虹

  • ◆aとbは、行くことのなかった分かれ道・「両親との生活」「他者の混じらない父子のみの蜜月の生活」という可能性や選択肢。選ぶこともかなわず・ものわかりよく諦めてしまってきた、母が死に父が死ぬまでの4歳から40年にわたる「父子で見ないふりをしてきた日々」の重なりを悔やむ手記。◆感受性を持ちながら表に出さず内にこめ、軽蔑を腹に抱きながら知らぬ顔でさわりなくふるまう主人公の在り方は読んでいて心地よいものではない。しかし独特な感受性を持つ筆者によって描き出されたその心の有様は、時に詩のようなきらめきを放ち、手放しがたい魅力を持つ。◆最初は横書き・ひらがな(表音文字)多用で、英文を意識している?と思いましたが、読んでいて、「これは古文だ!」と。古文の呼吸で読み始めたら、するする読み解ける。◆好きだったのは、「家事がかり」への恨み言色少なく幼少の自己を客観的に描いた〈窓の木〉と〈満月たち〉。
    ◆巻末同時収録のタミエ三部作(25・26歳の作品)は「じんじょう」で読みやすく、黒田さんの言語感覚をつかむためこちらから攻略。「毬」「タミエの花」は、ちいさい人の濃密な時間の流れが丁寧に描かれていてとても好み。特に「タミエの花」は、雑草好きな方にはぜひ読んでみてほしい。◆三部作最終の「虹」は、ちょっと強引な展開が残念。その必要はあるのかなぁ。タミエの性格を形作るのに必要だったとしても、その年齢である必要はわからなかった。でも、「abさんご」と続けて読んで、黒田さんにとって「虹」には特別な意味が付随しているのだなあと思った。【2013/06/21】

  • 人生の記憶という終わらない迷路を、迷路のままで懐かしくそして感情豊かに書き出した。

    横文字でひらがなで対象を指し示す主語もはっきりしないその書き方は最初難しいけれども、一度なれてしまうと、それ含めて大きな世界の一部で、世界の構造として意識した芸術的な作品であることがよくわかるし、別に読みにくくない。

    『誰もが親しんでいる書き方とはいくぶん異なっているというだけの理由でこれを読まずにすごせば、人は生きていることの意味の大半を見失いかねない』と蓮實重彦大先生が論評しているけどまさにそのとおりで、新人賞とか芥川賞とか関係なく、純文学好きなら必ず読むべき。

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