漁師の愛人

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (180ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163826004

作品紹介・あらすじ

〈驚愕しながら、あきれながら、時に笑いながら、何度でも思う。ここはどこ?〉妻子持ちの音楽プロデューサー、長尾の愛人だった紗枝。会社の倒産ののち漁師への転身を決めた彼の郷里へ伴われ、移り住むことになったのだが、身内意識のつよい漁師町で「二号丸」と呼ばれていることを知ったのは、やって来て、たったの十日だった。「妻」から時折かかってくる長電話に、敵意にみちたまなざしを向ける海の女たち。潮の匂いと海上にたちこめる白い霧。いつまでも慣れることのできない生活でいちばんの喜びは、東京にいたころよりはるかに生き生きとしてみえる長尾の笑顔だったが、彼が漁師仲間の喜寿祝いで紗枝を紹介する、と急に言い出した――閉塞する状況を覆す、漁を生業とする男たちと女たちの日々の営みの力強さ、すこやかさ。圧倒的な生の力を内に秘めた「漁師の愛人」。〈問題は、私たちが今、幸せであったらいけないと感じていることかもしれない〉震災から一か月足らず。女三人でシェアハウスして暮らす毎日があの日から一変してしまった。藤子の恋人(カフェ経営者)は、炊き出しボランティアで各地をまわり、ほぼ音信不通。ヨッチは、彼氏がホテルから妻のもとに逃げ帰って以来、微妙な感じ。眞由に至っては、大地震の三日後にこの家を出て行ったきり、帰ってこない。雨もりの修理にたびたびきてくれる63歳の小西とのなにげない会話と、豚ひき肉の新メニュー作り、ビーズ細工のストラップ作りが、余震のさなかの藤子の毎日を支えていたのだが。2011年春の、東京のミクロな不幸と混乱を確かな筆致で描いた「あの日以後」。その他に【プリン・シリーズ】三篇を所収。

感想・レビュー・書評

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  • 不思議な読後感。
    「少年とプリン」、「老人とアイロン」、「ア・ラ・モード」は微笑ましいような、呆れるような、なんとも言えない「君」が登場する。
    なんかどんどんプリン好きになってないか?とか考えるとじわじわと面白い。

    「あの日以降」と「漁師の愛人」は全く違う話なのに読後感は似ていると思った。
    女性の強さを感じられるお話が好きで、そんなお話に出会う度に私も強くなりたいと思う。
    弱虫で意気地なしで泣き虫で、そんな人間にもいざという時に笑える力があるといいな。

  • 短編集は苦手だが、何とか読み終えた感があった。前半の3つの物語の共通点はプリン。プリンをめぐる闘いである。プリンが好きだから読めたのかもしれない(これは冗談)。

    少年とプリン
    給食のプリンが1つなくなり、君(主人公)の小学校担任・水恵先生は君がプリンを盗んだときめつけ泥棒扱いをする。君は無実を伝えようとするが、どう言葉で対抗すべきかその言葉を探すそして、口から音としてでた瞬間、ただ言いやすいだけの言葉に置き換わっている。君の『ある、ある』を共感できる作品。大人が子供にというよりも、絶対的優位にあると分かっている強者は、弱者に対して、理不尽な言葉を浴びせで言葉(あるいは力)で、自分の正当性を説明し、ねじ伏せたがる。
    年配者に語彙量で負けてしまう小学の君に置き換えて、表現の幅の乏しさを痛感する機会は、この歳になってもある。
    最後に「水恵のトレイからプリンを取りあげ、窓の外を渡る風のなかへとそれを軽やかに解き放つ。」言葉に代えて行動で担任と戦った君になんだかスカッとした。

    老人とアイロン
    家族3人が4個入りのプリンを分ける時、当然2人は1個で1人が2個。まさか2人で2個ずつなんて、想定外だと父親・民雄 がプリンを食べれなかった稚幼な怒りを2ヶ月前の進路調査で「アイロン師」と書いた息子・君にあたる。親が子供に意味はあるけど、大人気なくあたる。きっと父親は、子供に恥ずかしいと思いながらも、やり場のない怒りを子供にぶつけたのだろう。そう考えてしまったので、君が記した「アイロン師」が、とても繊細で大人びた考えのように思てならなかった。「次から次へ、その動作にはおそらく一寸の無駄もない。その一途な瞳が仕事中、窓の外へと向けられることもない。…その一事に鬼気迫る集中力で挑み続ける彼に、君はときおり記憶もおぼろな祖父の姿を重ねて見たりもする。」
    半年前に君が見た旧式のアイロンを握りしめた老人はまさにアイロン師でクリーニング屋ではなかった。

    あの日以降
    カフェ定員の主人公・藤子、スポーツジムインストラクター・ヨッシ、テレビ番組関連の会社員で人妻・眞由の3人は一戸建て住宅で暮らしていたが、東北震災により生活が一転してしまう。
    被災したわけではないが、震災からの復興が、自分たちのこれからの人生の復興につながる話し。
    今ある生活打破したいと思っていても、容易にはできないものである。生きていく限り、動いて、求めて、歩んで行く、変化が日常になるようになのか、日常になった変化をまた歩んで行くためなのか?震災は沢山の人生に影響を与えた。でも、人は生きている限り乗り越えなければならないし、乗り越えることができるものだと振り返ることができた。

    ア・ラ・モード
    タイトルだけを見て、ア・ラ・モードなるプリンがないものもあるのか?それは一般的な言葉なのか?と、思いながら読み進める。古い正統派の喫茶店を主人公・君が選択した時点で、『あぁ、プリンがないのか』と想定したものの、まさか「すみません、今日はプリン・ア・ラ・モードがないみたいで、ア・ラ・モードだけならできるそうですけど」と言う説明があろとは!
    確かに君の怒りはもっともだが、ユニクロのヒット商品であるブラトップの話をグローバリズムとして説明する時点で君に評価を下してしまった。
    最後の「急激な疲労感にかすむ君の目に、…実態のないアベノミクスのように。」をしれっと入れているところに、うけた。

    漁師の愛人
    故郷で、漁師に転職した男性・長尾と愛人・紗江の話。しかも男性の田舎と言う閉鎖的な社会で、男性には親戚もいる、そして若い(と、言っても50代なのだが)漁師後継者である。道徳違反ではあるが、歓迎されるだろう。そして男性に向けられるはずであった道徳非難は、全て愛人に覆いかぶさる。昭和をほぼ生きたような方達は、男女問わずに愛人という類の人間は受け入れがたい。しかもよそ者の女性!自分たちの縄張りに入ってきた紗江への老漁師の妻たちの視線、言動も納得してしまう。女性は自分より若いあるいは可愛い女性には概して厳しいものだ。
    そのせいか、妻・円香と紗江の関係がこの物語の癒しのように感じた。更年期障害の女性が万引きをする心境を円香が語るが、「すごく怖いの。で、この怖さから逃げるには、一度やってみるっきゃない」と説明する発想がなるほどそんな解釈もありかと理解できた自分も恐ろしかった。
    二人で乗り込んだ、ボロ船。荒海に飛び出たはいいが、沈まずに港に着きますように。さまざまな海の景色を楽しむ余裕も出てくることを願わずにはいられない。

  • 森絵都に対して勝手に優等生イメージを持っていた。
    文章は巧いけれど、さほど心に残らないような。
    それより何よりほとんど読んだことないじゃない(笑)

    新作?の「みかづき」が面白いよ、と友人に勧められたが図書館の予約はいっぱい。
    それならとこの本を手に取ってみた。

    あら、あら、あら。
    いいじゃない、森絵都。
    こんなに尖ってる文章書く人だったの?
    うんうん、少年の思春期特有の感じ、分かる分かる。
    一緒に大人に反抗して、校庭駆け出して、背伸びして。
    スカッとした。

    思春期だけじゃないよ、アラフォーのやり場のない気持ちだって書いちゃうよ。
    大人になったってぐずぐずよ、うんそうよね。

    もうちょっと読みたい。え?もう終わり?
    この絶妙な終わり方、すごいわ。
    短編、上手いねー。
    長編はどうなんだろう?
    森さんの長編てどれがお勧め?
    どなたかお勧めありますか?

  • 短編集。

    「あの日以降」は、東日本大震災の直後の話なのですが、2020年の3月、コロナ禍で街から人が消えた状態になった時もこうなったのではないかなぁ。と、思いました。

    他は、子供たちよ、大人も完璧じゃないんだよ。それでも色々とあるから、たまには当り散らすこともあるんだよ。
    だから、少し目をつぶってあげて。と、思いました。

  • 『少年とアイロン』
    担任教師に反抗したい気持ちをうまく言葉に変換できない小学生。プリンが好き。

    『老人とアイロン』
    父親と苛立つ中学生。口論の原因は冷蔵庫のプリン。老人のアイロンさばきに憧れる。

    『あの日以降』
    三十台後半の女性三人でのルームシェア。地震後、彼女たちのパートナーの変化。彼女たちの生き方。

    『ア・ラ・モード』
    プリン好きな少年は青年になっていた。彼女とホテルに行くことも大切だが、一番大切なのはプリン。せっかく入った喫茶店のプリンは品切れ。ア・ラ・モードだけなら作れると言われる。昔のようにブチ切れることもできない。でもイライラは収まらない。

    『漁師の愛人』
    東京から彼の故郷の漁港へ越してきた。仕事を失った彼は漁師になり、今では生き生きとしている。「私」は彼の妻ではなく、愛人だから彼の親戚たちと接することが難しい。「私」に向けられるのは悪意に満ちた陰口。
    彼の妻からの電話はいつも彼が漁にでているときにかかってくる。奇妙なつながり。「私」は日本海を眺めながら悩み、彼の妻は東京で更年期障害に悩む。

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    『あの日以降』と『漁師の愛人』について。
    ともに電話の声と回想でしか登場しない(ここにいない)人が重要な役割を担っていて、不思議な共通点だなと思った。
    2011年のあの地震以降、色んなことが変わったと思っていたが、変わったのではなくて本質が浮き出されたのかもしれないと感じる。自分を優先してしまう本質な卑しさ、誰かに愛されたい、異性を感じたいという本質的な衝動。理性の皮に覆われて見えなかった人間としての本能の部分。

    森絵都さんの文章は読みやすい。そういえば数年前に読んだ森さんの小説『この女』は阪神淡路大震災直前の話だった。
    今回は東日本大震災のあとの話。災害の前後に関心があるのかな。人の感情の動きを追う話は面白い。

  • 短編5編。
    『少年とプリン』、『老人とアイロン』は、年長者からの押し付け的な空気がニガテ、歳の差はいつまでたっても縮められないのだから、年上だというだけの理由で意見されるのはちょっと。
    『あの日以降』妙齢の女性が考えそう。ひとりだと心細いから女友達を頼りにしたい。
    『ア・ラ・モード』プリン・ア・ラ・モードが食べたくて個性的な喫茶店を選んだのに「ア・ラ・モードだけならできる」ってどうよ。注文を取消してしまいそう〜。ブラトップの部分は強く共感。どこの街へ行っても同じようなお店が……。だから、わざわざプリン・ア・ラ・モードだったのに。
    『漁師の愛人』男性のほうがイジイジ考えこんでしまうのか? 女性はさっぱりしたもんだ。

  • 何年ぶりかに読んだ森絵都さん。
    以前読んだときに持った瑞々しいイメージはそのままに、大人が楽しめる作品になっているなと感じました。
    それぞれ独立した短編ですが、「少年とプリン」「老人とアイロン」「ア・ラ・モード」に出てくる男の子は同じ少年に思えました。理不尽と思うことに立ち向かうところ、周りは疑問に思っていないことに異議を唱えるところが面白い。やっかいな性格ではあるけれど、憎めないなと思えるキャラクターでした。
    「あの日以降」は重苦しくない語り口ですが、いろいろと考えるところがありました。あの日以降、多くの人の人生や考え方が変わった。思いだすのはつらいことだけど、あの日感じたことは忘れてはいけないな。
    「漁師の愛人」は大人の恋愛の複雑さと滑稽さがビシビシ伝わってくる。
    こんなに良い作家さんなのに、どうして前に読んでからこんなに読まずにきてしまったんだろうと反省。森さんの他の作品もたくさん読んでいきます。

  • 森絵都が愛人…!と衝撃を受けて手に取った。
    いや、一、二冊しかこれまでに読んでいないので、もしかしたらそう意外でもないのかも知れないけども。
    でもYAのイメージだったので。

    短編集で、どれも文章は読みやすい。
    登場人物も大体が地に足が着いていて、しっかり人間観察に裏打ちされているのだなと思った。
    ただ…構成が、何故こうしたのかちょっとわからない…。
    同じ少年を扱っている三つの短編のうち、最後の一つの前に別の作品を入れたのはどういう意図だったのだろう…。
    大分混乱し、実は関連があるのかと行ったり来たりして集中出来なかった…。
    それとも私が汲み取れていないだけなんだろうか…。
    最も良かったのは3.11に関する「あの日以降」。
    安易な結末だと思わないでもないが、何よりそのことを書こうと踏み切った勇気に価値があると私は思う。

  • 森さん、プリン好きなのでしょうか?
    3作品にプリンが登場!
    しかも、食べられずに憤怒する場面の多いこと!
    ちょっと笑えます。

    あとの2作品は、3.11を思い起こす『あの日以降』と
    表題作の『漁師の愛人』

    『あの日以降』は、ちょうど3年前の震災を題材にしています。
    震災をきっかけに様々な決断をする女性達の話です。
    『漁師の愛人』も、サラリーマンを辞めて漁師になった彼に
    付いてきた紗江の決断。
    狭い地域の女衆の目が怖いです
    革命児は叩かれます……

    どちらも、女性であるが故の弱さと葛藤しつつも、
    どこか腹をくくれる強さを持っています。
    大丈夫、生きていける!そんな勇気をもらいました。

  • サクッと読めます。結構好きです♪

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著者プロフィール

森 絵都(もり・えと):1968年生まれ。90年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞し、デビュー。95年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞及び産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、98年『つきのふね』で野間児童文芸賞、99年『カラフル』で産経児童出版文化賞、2003年『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞、06年『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞、17年『みかづき』で中央公論文芸賞等受賞。『この女』『クラスメイツ』『出会いなおし』『カザアナ』『あしたのことば』『生まれかわりのポオ』他著作多数。

「2023年 『できない相談』 で使われていた紹介文から引用しています。」

森絵都の作品

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