「南京事件」を調査せよ

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (278ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163905143

感想・レビュー・書評

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  • ・桶川ストーカー殺人や、北関東幼女連続殺人などの
     他の著作も読んでいたので、期待していた

    ・Nテレで過去に特別番組を放送していたらしい。
     見たかった

    ・南京大虐殺というのは、教科書の情報しかしらず
     政治的な問題になっているのもあって
     個人的には避けたい気持ちが強かった

    ・あった、なかったレベルではなく、当事者の日記など
     きちんとした一次資料レベルの情報を知れたことは
     とてもありがたかった

    ・さらにそういった情報が以前から発信されていたことを
     自分がまったく知らなかったということが、
     きちんと理解しようとしていなかったし、
     興味を持たなかった自分の姿勢の反省にもなった

    ・この本を読んで、全員が同じ感想を
     持つわけではないと思いますが、
     各個人が考えるきっかけになり、機会があれば
     忌憚なく意見を交わせるようになれないものかと
     率直に思った

  • 南京事件は、あったのか。元兵士の日誌が今も残っている。その中にある、ある夕刻の川沿いの描写はあまりに凄惨で、重く、息苦しくなるほど。だけど知らなくてはならない“事実“なのだろう。南京事件があったのかどうか、「肯定派」「否定派」があるのではなく、「利害」か「真実」かがあるのみ。利害から、「あったはずがない」「あってはならない」と真実をすり替える政治家。これまでの「桶川ストーカー」や「北関東連続殺人」のような犯人を調査報道で追い込んでいく感じではなかったけれど、読んでよかったと思える1冊。後半に打ち明ける、自分の祖父も満州の地で兵士であった事実。「じいさん、あんたそれでよかったのか」と対話するように調査を進める筆者。必ず「自分ごと」として事件と向き合っていく姿勢がよかった。

  • 「「南京事件」を調査せよ」
    2016年、清水潔さんの本。

    テレビドキュメンタリー畑の方が書いた本です。
    全然知らなかった本なのですが、きっかけは高橋源一郎さんの「僕らの民主主義なんだぜ」という本で取り上げていたことです。

    著者の清水さんはテレビ局員で、長らく「調査報道」を手がけている方のようです。

    「調査報道」というのは、官公庁などの発表を記事にするだけではなくて、独自の取材活動を大いに行って、調査して、報道すること。

    これ、おそらくは報道機関の中でも花形の活動です。取材する側の作家性というか姿勢が問われるし、発表されたことを報道したり、「専門家」のコメントを聞いてくる活動の比べれば、人件費という面では遥かに予算がかかっています。

    一方で、かんたんに言うと「やらせ」や捏造の危険とも隣り合わせな分野ですね。だって、予算もかかっているし、手柄を立てれば大きいわけです。反面、「空振りでした」とか「間違っていました」だと、なんにもなりません。担当者のキャリアにも大きなコトになってしまいます。

    そして、バレにくいんですね。比較的。だって、独自調査活動ですからね。できれば、自分の都合のいいコトだけを報じたい。

    だから、僕の理解している限りでは、調査報道をやる人、長年やり続けている人っていうのは、よっぽど「強い人」。人間力のある人、アタマだけではなくて精神と肉体がタフな人、良心なのか自虐心なのか野心なのかともあれココロの筋肉の逞しい人なんだろうなあ、と思います。善人か悪人か、というのは条件には入らないでしょう。何が悪で善なのか、というのが未分化な沼地に素足で入っていく勇気が必要な作業でしょうから。

    #

    閑話休題それはさておき。

    読んでみるととてもシンプルな本。

    清水さんはテレビ局員ディレクターとして、2015年、戦後70年の特集として「南京事件、南京大虐殺と呼ばれる事象」の調査報道を担当することになります。
    そこで大事なことは、「何があったのか、できるだけ一次資料から当たること」。

    つまり、「何があったのか」だけなんです。それが善なのか悪なのか、批判されるべき行為なのかそうではないのか、そういうことはさておいて。



    で、とにかく。

    ○数少ない、「実際そこに居た人」に話を聞く。つまり今90歳以上くらいの人たちです。

    ○そこに居た人たちの手記、日記を探す。それも、後年書かれたものではなく、その日に書かれた日記とか。

    ○知り得たことを、南京現地に行って、地形とか地理とかが真実性があるのか調べる。

    ○それ以外にも、手記や日記や証言の信憑性を裏取りする。残っている戦闘記録、船舶の記録、他の人の証言などと突き合わせる。

    ○限られた時間と許可の中ではあるけれど、中国南京現地でも取材をする。

    などなど、という地道な作業ですね。

    *作者自身が明記していますが、マスコミでもなんでもないサラリーマンの方が、ほそぼそと何十年も行っていた、「福島県の従軍経験者の方々の聞き取り調査」が、清水さんの取材活動の背骨になっています。

    #

    で、その結果として。

    「南京大虐殺は、あった」ということなんですね。
    ただ、何が「大」なのか。
    そして何が「虐殺」なのか。
    そういう枝葉末節な議論はあるだろうから、本のタイトルは「南京事件」なのでしょう。

    とにかく、日本軍による、無抵抗な非戦闘員の殺害暴行強姦、及び100%白旗を掲げて武装解除されている戦闘員に対しての組織的な集団殺人行為は、確実にあった。人数的にも、どんなに少なくとも「万」という単位ではあっただろう。

    と、しか思えません。という結論。

    #

    善悪はともあれ、その事実確認をハードボイルドに行う記録は、なかなか面白い。言ってみればミステリー。本の書き方としても、エンターテイメントで平易で読ませます。

    #

    作者の清水さんも同じような意見だったと思うのですが、以下、若干私見も混じって。

    南京大虐殺があった、というのは、あまり日本人としては誇らしいものではないわけですが、事実あったものを「なかった」とか、「数が違うから信憑性が」とか「一部の事実が捏造だ。だから全部が嘘に決まっている」とか「日本人がそんなことするわけがない」などということをいうよりも、あったことを認めるほうが、遥かに誇らしい。

    南京大虐殺があった、ということが、日本長年暮らしてきた民族が、民族として劣っている、なんていう結論にはまったくなりません。
    もともと、劣っているとか優れているとか、受験勉強の偏差値みたいな物差しがおかしい。

    それに、戦争行為があったときに、非戦闘員への殺害暴行強姦略奪、それから非武装員への集団殺人というのは、常にあることです。(だから「非難しなくていい」とは全く思いません。まず事実として、常にある)

    そして、戦闘戦争を体験した民族で、そこに手を染めなかった民族なんているわけがありません。人数の多寡はともあれ。

    つまり平たく言うと、皆、加害者であると同時に被害者でもあるわけです。まるで人生そのもののように。

    だからどうなんだ?
    と言われたら、とにかく、やってしまったことを認めて被害者に「ごめんなさい」と言うしか無いと思います。「ごめんなさいぢゃ済まないよ」と言われても、みんなの前で隠さず「ごめんなさい」って言うしかないぢゃないか、と思う。

    そして、被害者としては、加害者がみんなの前で「ごめんなさい」って言ったなら、「もういいよ。でも今後お互い気をつけようね」って言うしかないぢゃないか、と思う。

    #

    この本のオモシロサは、そういう「調査報道」のサスペンスと同時に、ぼんやりしたホラーでありミステリーであることですね。

    つまり、「南京事件は無かった」と、あらゆる客観性と合理性を超えて言う人がいる。「南京事件に触れないほうがいい」という人がいる。「日本人はそんなことするわけない」という人がいる。

    普通に考えたら中学生だって「?」となるような圧迫的な空気感がある。それはいったい、何なのか。
    正体不明の怪物が常に影を見せているような恐怖感。謎。
    つまり、国家として正当化したい、民族として正当化したい、というどす黒い情熱があります。

    そして、戦争があったという事実とどう向き合うか、報道とどう向き合うか、という安倍政権の動きがある。僕達がふらっと生きている間に、真綿がしまるように報道の自由、言論の自由は締め付けられているのではないか。

    そんな指摘が鋭い味わい。

    シンプルな中に、サスペンスの愉しさとゾッとする肌合い。

    こういう本ばかり読むのも疲れますが、たまには読みたくなります。
    なんていうか、外界の触感の確認というか。

    #

    ちなみに、本書は終盤、清水さんのお祖父さんという人が、日露戦争に従軍していた、という事実を確認する旅になります。
    祖父、父、自分という三代に渡って、日本のアジアでの戦争、その加害と被害とがあざなえる縄の如し…という。
    *お父さんが確かシベリア抑留とかそういうご苦労をされたという記述があったような。

    そのあたりは加害と被害の裏表という後味に向けて素敵でありつつ、ちょとだけセンチメンタルな臭いが強かったかな…と思ったり。

  • 2017・1・27読了。テレビではトランプ大統領がマスコミ批判をしている。就任式の参加人員がオバマの時より少ないっていうのは嘘だって。一目瞭然の空撮写真があるにもかかわらず。。当然マスコミだって時に誤ったり意図的に誘導するような報道をすることもあるだろうが、だからと言って事実を前にしてなお自分に都合の悪いことはすべて嘘だと言って切り捨てる。こういうタイプの人間はいつの時代、どこの国にもいるのだろう。著者はこのように一を持って十を否定するような批判の仕方を「一点突破型」といって南京事件の存在否定派にこのタイプが多いと指摘している(もちろん著者はトランプ大統領のことには触れてないので、あくまで個人的な感想です) そして一点突破型の人にとって大切なのは事実かどうかより、名誉や国益といった広い意味の「利害」だとして、南京事件の論争の根底にあるのは史実に対する「肯定派」と「否定派」の対立ではなく、「利害を主張するイデオロギー」と「真実を重視するジャーナリズム」の対立だという。これまで多くの社会的な事件に関わって真実を追求してきた著者のジャーナリストとしての誠実な調査は、一次資料を多角的詳細に検証することにより南京事件(日本軍の南京入場後、多くの非戦闘員や民間人が日本軍の兵士によって殺害された)の存在を裏付けた。日本政府も外務省のホームページを通じて南京事件の被害者数は諸説あるものの、その存在自体は認めているにもかかわらず、著者が敢えてこの面倒で鬱陶しい事件の調査を自ら買ってでたのは、今でも都合よく歴史を修正しようとする勢力が厳然と存在し、SNSなどを通じて垂れ流される根拠なき情報を鵜呑みにする人たちが多いことに対する危機感とジャーナリストとしての使命感からだと思う。誤った情報は偏見を生み、偏見は世代を超えて伝播する。そのことの危険性を改めて心に刻みたい。多くの心無い批判を覚悟の上でこの時代にこの本を残して下さった著者の勇気と良心に、この国を愛するものの一人として敬意を表したいと思います。

  • 「南京事件」と呼ぼうが「南京大虐殺」と呼ぼうが、虐殺された中国人30万人という数が真実であろうがなかろうが、日本兵が極めて多数の中国人捕虜を銃殺し、銃剣でとどめを刺し、そして焼き払ったのは真実なのか。それを記す陣中日記と証言の数々が、ここに掲げられる。ホロコーストのようなジェノサイドはよそ事だと思いたいけれど、限りない事実が見えてくる。ならば事変、戦争における非人道的行為を挙げても虚しいだろうと逃げたくもなる。そう、「民族主義やナショナリズム、皮膚の色や血統で他人を排除してきた」浅慮を省み、一人ひとりを見なくてはいけない。それでも憂慮に堪えないのは、民主主義の法治国家であっても、いや、あるからこそ、誤った政治のリーダーを選んでしまえば、個人として抗い正すことは不可能であること。

  • 南京大虐殺はあったのか、なかったのか。
    南京攻略戦に従軍した兵士たちの手帳の記録や日記をもとに南京で何が起こったのかを紐解く。

    中国側の主張する30万人、40万人という被害者数と日本側の主張は一致することはないだろう。南京事件のとらえ方が違うからだ。
    でも捕虜に対して行われた内容は本書を読めばはっきりするだろう。

  • 南京事件を扱ったドキュメンタリーでありながら、事件そのものよりも実は著者個人の心象記録の部分が印象に残る。途中「(中国人は)どうしようもないな」などというこちらがドキッとさせられる、それでいて巷間ありふれた嫌中ムードを差しはさみつつ、最後にはそれらの描写が本書を手にする「ありふれた日本人」の自画像として反転し読者自らの立ち位置を問い返さざるを得なくなる仕掛けには思わずうなってしまった。

  • 文庫Xこと『殺人犯はそこにいる』の著者が、戦後70年企画のドキュメンタリーで南京事件を取り上げるべく、事件を遂行した兵士たちの日記と事件発生日の関連記録を調べ上げてまとめた、極めて客観的な調査報道。「南京大虐殺はなかった」などと言われても、中国大陸が戦場になったのと、日本兵がそこで人を殺したのは揺るがない事実だ。それを丹念に調べ上げて、現地調査も行って導いた結果には納得がいく。そしてそれが起こった日中戦争も含んだ、近代日本が関わった戦争への道筋は、決して過去の過ぎ去ったものではないというのを忘れちゃいけない。未来が暗くならないように、過去を見て考えていかなきゃいけない。

  • 思わずしかめっ面になってしまう、突き付けられる「現実」の重さ、怖さ・・・「調査報道」の神髄を改めて見せ付けられた思いです。

    この本のベースはテレビであり、その高評判に、見逃した自分の愚かさを呪いましたが、十分に伝わってきました。

    南京事件については、あっただのなかっただのの論争があることは知っていましたが、正直に言えば特段の関心はなかったです。ただ、日本礼賛的志向はないので、「否定派を否定する」感覚だけはありました。でも、勝負あり、でしょう。

    戦争をしたくて仕方ない勢力に、つける薬を開発してくれたら、ノーベル賞でも世界遺産でも差し上げたいものです。

  • 氏の著書は毎度購入し、すぐに読んでいる。今回もそうだ。とにかく何が真実だろうか、それだけを追い続ける姿勢に頭が下がる。右から見ようが、左から見ようが、上から見ようが、そうかどこから見ても、現実は現実なんだろうな、などと考えながら読んでいた。

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著者プロフィール

昭和23年生。皇學館大学学事顧問、名誉教授。博士(法律学)。
主な著書に、式内社研究会編纂『式内社調査報告』全25巻(共編著、皇学館大学出版部、昭和51~平成2年)、『類聚符宣抄の研究』(国書刊行会、昭和57年)、『新校 本朝月令』神道資料叢刊八(皇學館大學神道研究所、平成14年)。

「2020年 『神武天皇論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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