静かな雨

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (107ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163905716

感想・レビュー・書評

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  • 宮下奈都さんのデビュー作。
    約100ページと、サラッと読める文量。

    たい焼きといえば私の大学時代、歴史の上では何度目になるかわからないたい焼きブーム(当時はクロワッサンたい焼きとか)が到来し、仙台の街中にもたい焼き屋が点在していたので、私もよく買い食いしていたなぁと懐かしい気持ちになった。

    なんて話はどうでもよくて、本作は事故で短期記憶をとどめておくことができなくなってしまったこよみさんと、その常連、果ては恋人となる行助(ゆきすけ)との日々が描かれたお話。

    事故の後で記憶の機能についてはダメージを受けても、価値観や考え方は一貫し、美味しいたい焼きを作り続けるという職業魂を失わないこよみさんがとても魅力的。

    ・あたしたちは自分の知っているものでしか世界をつくれない。
    ・あたしの世界にもあなたはいる。あなたの世界にもあたしがいる。でも、ふたつの世界は同じものではない。
    この二つのこよみさんのことばが印象的。

    記憶は、大事だけれど、ものすごく大事な訳でもない。と言うのがこの本から抱いたイメージ。

    記憶力があるかないかにかかわらず、
    同じ景色を見ていても、同じものを食べていても、感じ方は人それぞれで、隣にいる人と100%同じ感想を抱くことはない。
    もうその時点で私たちは半分しか交わっていないのだから、もし明日、相手の記憶から自分が消えてしまっても悲観的になる必要なんてない。

    自分と相手との繋がりには、単純な記憶の共有以外に、同じ経験をした時にどれだけ深い部分で感情を共有できるかという深さの部分がある。そういう意味で、感受性を上げるために、世界を知ること、経験値を上げることは大切だなと感じた。

    次は『羊と鋼の森』を読もう。

  • デビューのきっかけとなった、宮下さんの原点ともいえる作品。
    どこか痛いものを抱えて生きる人同士の優しいかかわりを描く、宮下世界がもう構築されている。

    物語の中に出てくる本、こよみさんが2冊買ってしまった本のお話とずいぶんかぶっていると思うのだけれど、終わろうとしている人のお話ではなく、まだみずみずしく若い人のお話だ。

    全部忘れてしまったわけではない。
    こよみさんを作った「土台」は確かにそこにある。
    その土台の上に、今は毎日テントの張りなおしだけれど、いつか家が建つかもしれない。
    おいしいたい焼きが焼けるのなら、毎日焼いていけるのならそれでいいじゃない。

  • 記憶を維持できない病気を患うこよみさんの話。だけど病気可哀想みたいなお涙頂戴話じゃなくて、すべての人にかかわる、記憶についての話だと受け取れた。
    病気の有無にかかわらず人間の記憶はどんどん薄れていくし、大切な思い出も忘れてしまうかもしれない。でもそれで全部無くなっちゃうわけじゃないよって語りかけてくれているようで、あたたかかった。

    母が私の幼少期の思い出話をしてくれた時、私ははっきり覚えていなくて、母は寂しそうにしていた。でも、覚えていなくてもちゃんと残っているから悲しまないでほしいと思っている。大切に育ててもらった感覚は消えず、今の自分にまでちゃんと繋がっているはずだ。世のお母さんお父さんたちも「大人になったら忘れちゃうのかな」と悲しむ必要はないと思う。不意に断片的に思い出したりすることもあるし。
    プレゼントをもらった時のことに対しても、新しい視点が生まれた。くれた人は「このプレゼントはこういうところが良いんだよ、それがあなたに合っていると思ったから選んだよ」と選考理由を教えてくれたが、数年後、選んだ本人は全く忘れていて悲しく思ったことがある。でも、そのたくさんの優しさ、頑張って調べて考えてくれたあたたかさはそのとき受け取ったまま ちゃんと自分が覚えているから、なくなったと思わなくてもいいのかなとちょっと思えた。


    こよみさんはいつも記憶関連で日常に起こるひっかかりをスッと受け流している(ように見せている)けど、雨のシーンでは、現実が辛いということと正面から向き合っていた。そして苦しんでいる姿を初めて人に見せたのだと思った。
    すごく悲しかったけどすごく美しかった。透明感があって、とてもやるせなく、でもどこか勇ましかった。世の中立ち向かいたくないことばかりだけど、立ち向かう人の姿はやっぱりかっこいいし美しい。凛々しい。
    自分の生き方も、人にかける言葉も、物事の捉え方も、自分で選ぶことができる。選ぶ作業はすごく大変で、正しくあろうとするのはめちゃめちゃ辛かったりもするけど、選ぶことはできるんだと再確認した。

  • こよみさんと行助(ユキスケ)

    『静かな雨』がしっくりくる
    優しい2人の日々

    リスボンと名付けた
    リスの話の所は泣けました

  • 前情報なしで読んだらだいすきなたい焼きの話でした。決して明るいだけの内容ではないが、たい焼き屋さんの情景が目に浮かぶし、たい焼きが食べたくなった。こよみさんのたい焼き食べたいな

  • 忘れても忘れても、ふたりの世界は失われない…。
    短期間しか新しい記憶を留めておけなく
    なってしまったこよみと、大学の研究室で
    働く行助。ふたりの恋を、本屋大賞受賞作家が
    瑞々しい筆到で紡ぐ。

  • 宮下さんのデビュー作。
    僅か100頁強の薄い本です。ページの上下の余白も広く、短編と呼んでもおかしく無い作品です。

    主人公は足に障害を持つ男性。知り合って間もないヒロインは事故によって『博士の愛した数式』と同じ記憶障害になってしまいます。(そういえば『羊と鋼の森』を読んだ時も『猫を抱いて象と泳ぐ』を思い起こしました。何故か私の中では宮下さんと小川洋子さんが繋がってしまうようです。)

    瑞々しい静寂の中、淡々と語られる透明感のある物語。
    優しく、でもそれだけでは無く、時に弱さからくる悪意も顔を出したりする。

    こう書くと随分気に入ったよう思われるでしょう。でも「そんなに良い印象か?」と問われればそうでも無い。
    いや、上に書いた内容には嘘は無いのですが、ストーリーの建て方なのか文章のリズムのせいなのか何処かでスレ違った印象があり、物語に深く入り込めなかったようです。

  • 宮下奈都デビュー作はこれだったんですね。イメージで勝手に「スコーレNo4」かと思っていました。
    とてもとても短い本で、ゆとりを持った行数で100Pですのであっという間に読み終わります。ボーイミーツガールな青春小説かなと想像して読みましたが、途中から難病ものになるのかと意外な感じがしました。
    宮下さんの本はとても背景がシンと静かな感じを毎回受けます。これもまさしく静かな本です。感情のざわつきが有っても小さな波紋のまま消えて行き、再び鏡のような水面を取り戻す湖のようです。

  • 事故で直近の記憶が留めておけなくなった女性、こよみ。彼女とふたりで暮らすことを選んだ行助の日々。

    ブクログの梅雨に読みたい本の談話室で目に留めて
    好きな作者さんだったので読んだ。

    確かに静かな雨のような、ひっそりしたお話。

    そんなにぎゅうっと詰まった行間の本ではない。静かで、悲しいお話だった。

    もしも二人が終わるとしたら、それは本当に痛みの伴う、回避できないさよならが来るのだろう。

    痛くすらなく、淡々と終わるのかも知れない。
    それこそ、降った雨が地面にしみるように。

    音もなく。

    私にはそれが、意外と早いような気がして
    優しい物語だとか、ロマンチックだとか
    そういう恋物語には読めなかった。

    主人公のふたりは、現実的で。鋭い。

    言うと壊れることは口に出さず、儚い今日を
    重ねて生きている。

    狙ったところは、穏やかな雨のようなお話。

    だけど私には、表紙のようにグレイッシュな
    せつないお話に見えて、かなしかった。

  • 本屋大賞第一回受賞作。高次脳機能障害で眠ってしまうとその日の記憶が消えてしまうこよみさんと彼女が全てであった行助との物語。
    脳に記憶が残らなくても、忘れても忘れても育っていく二人の関係。たい焼きの味は深みを増している。たい焼きがこよみさんを明日へ繋いでいく。
    行助の世界にこよみさんがいて、こよみさんの世界には行助が住んでいる。二人の世界は少し重なっている、それでじゅうぶんだ。
    透明感のあるとても綺麗な物語に惹かれます。

著者プロフィール

1967年、福井県生まれ。上智大学文学部哲学科卒業。2004年、第3子妊娠中に書いた初めての小説『静かな雨』が、文學界新人賞佳作に入選。07年、長編小説『スコーレNo.4』がロングセラーに。13年4月から1年間、北海道トムラウシに家族で移住し、その体験を『神さまたちの遊ぶ庭』に綴る。16年、『羊と鋼の森』が本屋大賞を受賞。ほかに『太陽のパスタ、豆のスープ』『誰かが足りない』『つぼみ』など。

「2018年 『とりあえずウミガメのスープを仕込もう。   』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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