イスラーム国の衝撃 (文春新書 1013)

著者 :
  • 文藝春秋
3.76
  • (83)
  • (164)
  • (127)
  • (16)
  • (7)
本棚登録 : 1468
感想 : 165
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166610136

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  •  うちの両親はカトリックで、毎週必ずではないにしても日曜日は教会でミサを受けるのが幼少期の常識だった。長じて、科学的思考に親和性を持ち、SFなんか読みふけっていた少年にとって信仰の相対化はたやすいことであったが、それに先だって子供心にまず疑問に思ったのは、ミサのあとの集会で「布教しましょう」とか言っているのに、両親がちっとも布教しないことだった。
     教義を守ってねえじゃねえか。ということだが、では厳格に守るとどういうことになるのか、というと、原理主義となるのである。

     本書によると、「イスラーム国」は何ら新しいコンセプトは出しておらず、ムハンマド時代に確定された教義、つまり世界のイスラム教徒の常識に基づいた主張をしているのだという。それもものすごいこじつけ解釈というわけではなく、イスラム教徒なら誰でも知っているような、あるいは正面切って反論できないような教義に基づいて自己の行動を正当化しているだそうだ。この辺はイスラーム教に明るくない平均的な日本人にはピンとこないところだろう。
     例えば、「カエサルのものはカエサルへ」と一応は政教を分けるキリスト教、異教徒による支配を諦めているかの感があるユダヤ教と異なり、イスラームはムハンマドが多神教徒を武力で倒してイスラーム法の国を作ったということが教義の中心にある。「アッラーの道のために」という目的にかなった戦争がジハードであり、それへの参加がイスラーム教徒一般に課せられた義務である、というのはイスラーム法学上、揺るぎない定説である。よって、イスラームの民が異教徒に支配されているとか、イスラーム教が危機にあるという認識があれば、ジハードに身を投じなければならないというのが、アル=カーイダから「イスラーム国」までの論理である。
     イスラーム教ではムハンマドの正統的な後継者がカリフである。「イスラーム国」の指導者バグダーディーがカリフを宣言するのもまたイスラームの常識に則って世界中のイスラーム教徒の盟主であると宣言しているわけである。もちろんそれに同意するイスラーム教徒は少ないが、イスラーム統一国家への夢をかきたてるという意味で支持する者が出てくるのだ。
     しかも「イスラーム国」ではやはり聖典のハディースによって、世界の信仰者と不信仰者の全面対決が起こるという終末論的な教えを唱えている。いまこのようなテロ集団が生じたことは、オスマン帝国崩壊後のアラブ世界の分割やイスラエルの建国など欧米の勝手な振る舞いに端を発するという批判は正しくとも、非信仰者であるわれわれ日本人は「イスラーム国」に滅ぼされるべき敵であるということも認識しておかなければならない。
     よって筆者は「神の啓示による絶対的な規範の優位性を主張する宗教的政治思想の唱導」を日本の法執行機関と市民社会がどこまで許すか許さないか、確固とした基準を示さねばならないと述べる。

     こうしてみていくとイスラーム思想は大変危険な思想ではないかと思う。上記の思想は過激派の思想というわけではなく、穏健なイスラーム教徒も広く受け入れている教義だからである。もちろん危険視は西欧的価値観のもとにある日本の思想的な現状からみた限りのことかも知れない。しかし結局われわれは何かに価値観の基盤をおかねばならない。そのとき最大公約数的に受け入れやすいのは、民主主義や自由主義のイデーしかないだろう。われわれがイスラーム法を受け入れるわけがないからであり、「イスラーム国」が奴隷制を復活するのを許すわけにはいかないからである。
     そこで筆者は「イスラーム国」が呈示する過激思想を世界のイスラーム法学者が反論できるような宗教改革をしなければならないのではないかと述べる。

     本書の論点は「イスラーム国」成立に至る思想的・政治的な流れ、その実情、今後の中東情勢の見通しなど多岐にわたり、たいへん勉強になった。ただ、中東の今後の見通しを読むだに弱者が踏みにじられていくのだろうと思わざるを得ない。

  • これが1年前に出てるんだから素晴らしい。必読。

  • グローバルジハードの一級研究者だけあって内容濃い

  • イスラーム国の成り立ちのためにイスラーム教やカリフ制を理解する必要があるし、戦闘員をならず者と大くくりしないようグローバル・ジハードという崇高な共同主観があることを理解する必要があるし、でまだまだ消化に時間がかかる本になりそうです。

  • ざっと勉強するにはよい。

  • 話題になったこともあり、イスラム国についての導入本として、読んでみた。内容はいまいちまとまってはいなと感じるが、それでも知らないことが多かったので、目をとおせて良かった。

  • イスラム国およびアラブ諸国で起こっている事に対する歴史的な知識を入れるには良い本。

  • 著者の専門とするイスラム政治思想史の知識に立脚したイスラム国の分析は説得力があった。イスラムの専門家といわれるものが、往々にして露骨にアンチ西欧に立脚して立論にしているのに対して、誠実な印象を持った。

  • 2014年に日本人がシリアで拉致されて斬首され、その衝撃的な映像で存在を世界に知らしめた「イスラム国」の正体を書いた本。
    欧州では、イスラム国の存在は日本にいるよりずっと身近であるが、日本に住む著者がここまで書くのはすごいと思う。
    アルカイダと何が違うのか、など謎の部分を丁寧に簡潔な文章で説明してある。中東情勢を知るのに一番分かりやすい本ではないだろうか。
    まとめると、イスラム国は2011年の「アラブの春」により中東諸国の政治基盤が緩んだ環境で、ジハードを呼びかける過激派が、シリアとイラクの無統治地区で勢力を広げて発生したものらしい。また、代表者がメディアで宣伝をしたアルカイダと違い、地下組織的なネットワークで個人単位で活動しているケースも多い。
    斬首映像がいかに心理的効果を考えて工夫して作られているかや、オレンジの囚人服が意味するものなど、本書で初めて知った。読んでよかった。

  • 中東における宗教的、思想的派閥その他諸々について勉強不足なオイラにはチト難しかった・・・汗

全165件中 31 - 40件を表示

著者プロフィール

東京大学先端科学技術研究センター教授。専門はイスラーム政治思想史・中東研究。著書に『アラブ政治の今を読む』(中央公論新社)、『増補新版 イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社)『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)、『シーア派とスンニ派』(新潮選書)など多数。

「2022年 『UP plus ウクライナ戦争と世界のゆくえ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

池内恵の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
トマ・ピケティ
三島由紀夫
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×