かなたの子 (文春文庫 か 32-10)

著者 :
  • 文藝春秋
3.11
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本棚登録 : 782
感想 : 79
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167672102

作品紹介・あらすじ

12月wowow連続ドラマ化のホラー傑作!生まれなかった子に名前などつけてはいけない――日常に形を変えて潜む、過去の恐怖。著者の新境地、泉鏡花賞の傑作短編集

感想・レビュー・書評

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  • 交通網が発達して、日本各地を移動する物理的な距離感が随分と縮まった現代。しかし、都会にはないその土地ならではの言い伝えや伝承というものは地方にはまだまだ存在するように思います。私が泊まった北関東のある旅館では、夕食後に女将が、その土地に伝わる言い伝えを昔話風に語ってくれるという催しが好評を博していました。そして、そんな言い伝えや伝承というものには、何故か”ねばならない”、”してはいけない”という不思議な決まり事が多いように思います。昔々には何かしらの理由があってそんな風に禁忌とされた事ごと。その先には何か得体の知れない闇の世界が広がっているようにも感じられます。『日本の闇は、なにかじっとり身体にまとわりつくようなじめじめした湿度の高いもののように思います』と語る角田光代さん。この作品は、この国の各地に残る『都会ではなかなか見えにくくなった日本の闇』に光を当てる物語、あなたを異界へと誘う、あなたの背筋をゾクゾクとさせる物語です。

    八つの短編から構成されたこの作品。いずれも『闇』の世界に足を踏み入れていく作品ばかり。そう書くと”ホラー?”という印象が先立ちますが、読めば読むほどに、そのような分類の次元を超えた、奥深い本物の『闇』の世界を垣間見ることになる作品が並んでいるように思います。ただし、人によってはトラウマになってしまいそうなそんな物語も存在するこの作品。もしかすると人によっては手にすること自体、注意が必要な作品なのかもしれません。

    そんな注意を要する代表格の一つが最初の短編〈おみちゆき〉。その冒頭から読者の全神経を鷲掴みにして『闇』の世界へと一気に連れ去っていきます。

    『おみちゆきは毎晩、村が寝静まったころに行わなければならない。集落の家々が、もちまわりで行う。昔は男にしか許されていなかったらしい』という村に伝わるその伝承。『一度いけば千日命を延ばしてもらえる』という言い伝えがあるものの『いきたいわけではない、そんなものは気味が悪くておそろしいだけ』と考えるのは主人公の征夫。しかし、『暗闇のなか、「今日はあんたがぐるごどはないけれど、いっしょにいぐかい」』と問う母に『うんいぐよと返事をし、自分のはんてんに急いで腕を通した』征夫は『息を殺して母親のあとを』ついていきます。『ひいいいいい、ひいいいいい、と風が遠くでうなり続けている』闇の夜。『お寺のちょうど裏手』にあるという『和尚さまのお墓』へと辿り着いた二人。『土から地上へと竹の筒が飛び出している』というその場所。『いつものとおり筒の前にひざまずいて祈り、腰をかがめて筒に顔を近づける』母親。『女の泣く声のような風の音が、征夫の耳のすぐ近くで聞こえる。聞こえるはずもないのに、鈴の音がそのなかに混じっているような気がする』という緊迫の場面。しかし母親はそのまま戻ってきます。『筒に白い布を結ばなかったということは、和尚さまはまだ生きている』というその意味合い。『月光和尚さまがお墓に入られたのは夏の終わりだったから、もうふた月も前のことになる』というその起点。『生きたままお墓に入ることも、お墓から体を取り出すことも、もう何十年も前に法律で禁止されている』ため、夜半に行われたその作業。『和尚さまはお棺にお入りになり、男たちが石と土で埋めた』という夏の終わり。以降『和尚さまが生きながらお墓に入ったことは他言無用』という日々を送る村人。そんな和尚さまの話をする子どもたち。『和尚さまはいづまで生ぎられるんだべ』と呟く友人の きみ子。『和尚さまはひょっとしたら、出してけろって言っているがもしれないね』と続ける きみ子に『んなごどあるわけねえべ』と返す征夫。そして再び征夫の家に当番の日が訪れます。『月の障り』となり『すまないが征夫、ひとりでいってけねが』と言う母親。やむなくひとり家を出て墓へと向かう征夫。『卒塔婆や頭のない地蔵を通りすぎ、そろそろと和尚さまのお墓に近づ』いて『地中からのびる筒の前に立つ』征夫。『和尚さま。呼びかけようとするが声が出ない』征夫。『口だけぱくぱくと動かして』、筒へと顔を近づけた征夫、そして…というこの短編。村人から慕われていた月光和尚が即身仏になるために生きながらにして墓に埋められたという衝撃的な内容と、その墓を幼くして訪れた主人公の姿が描かれていきます。ただし、結末にある意味でさらなる衝撃が待ち受けている、読者の想像の遥か上をいくこの作品。読後、即身仏について思わず調べずにはいられなくなった私。そんな私の脳裏に、恐らく一生消えないであろう強烈な印象を残した作品でした。

    そんな最初の短編の興奮冷めやらぬ中、二編目の〈同窓会〉は、一気に時代が現代へと飛びます。小学校の同窓会に参加し続けるという主人公が『だれも一言も触れないが、このなかの数人は、こうして集まることで確認し合っているのだ。あのことを忘れてはいないよな、と。あのことを口外してはいないよな、と』という彼らが併せ持つ過去。そんな過去にあったある衝撃的な出来事を『事故か、あれは事故だったのかよ』と同窓会を続ける理由へと重ね合わせていく、こちらもトラウマになりそうな衝撃度の高い短編でした。

    そんな衝撃的な作品が二つ続いた後、この作品は後半に向かって本来の色を出していきます。それは人の『いのち』に焦点を当てていく物語です。上記二編が主に物理的なインパクトで読者をトラウマにする物語でしたが、後半は精神世界の物語が中心となって、読者に違う角度からのインパクトを与えていきます。そんな中でも書名ともなっている〈かなたの子〉はそんな精神世界を強く感じさせる物語です。

    『生まれるより先に死んでしまった子に名前などつけてはぜったいにいけない』という『その付近での了解ごと』。『生まれなかった子は次に生まれてくる』というその考え方。しかし『死んだ子と、次に生まれてくる子は別な子なのに違いない』と思う主人公の文江。『だからこっそり、如月、と名づけた』というその秘密。『男か女か教えてもらえなかったが、その月に生まれるはずだったから』というその理由。『真一の先祖が眠る墓に埋められた』子ども。『彼方の世界にいけないから』、『菓子も、玩具もそなえてはいけない』と言う真一の母。しかし『こっそり墓に寄』り、『しゃがんで手を合わせ、如月、如月、と呼びかける』文江。『それから一年しても次の子はできなかった』という現実。それが『墓に供え物をしていることがばれて、文江は義母にこっぴどく叱られた』という展開。そして、『寺の裏に足を運ばなくなって三月目』という運命の時、『文江は身ごもった』と、その先の未来が訪れるも、違和感が消えない文江。そんな文江の『夢に如月があらわれた』という運命の機会が訪れます。そして如月が夢の中で残した言葉のその先に不思議世界が語られるこの作品は、極度の不安感を読者に与え、物語の不安定さを残したまま静かに幕を降ろします。〈前世〉〈巡る〉という他の短編もそうですが、『いのち』というものはその人がひとり生まれ、ひとり死んでいくという単純なものではなく、前世や来世といったものとの繋がりの中に存在するもの、そういった精神世界が角田さんらしい独特な雰囲気感の中で描かれていく、まさに異界を感じる物語でした。

    『押し入れのなかの薄暗い感じは日本人の原風景のひとつ』と語る角田さんが描く八つの短編には、まさしく日本ならではの『闇』が絶妙な温度感で描かれていました。インパクトの大きなその内容が心を鷲掴みにして離さない八つの作品。そんな八つの作品が共鳴し合い、溶け合い、そして時空を超えた異界へと読者を誘う、そんな独特な雰囲気満載の個性あふれる作品でした。

    • さてさてさん
      nazunaさん、こんにちは。
      コメントありがとうございました。多作の角田さんの中でもこの作品は独特な空気感を纏っていますよね。私もレビュ...
      nazunaさん、こんにちは。
      コメントありがとうございました。多作の角田さんの中でもこの作品は独特な空気感を纏っていますよね。私もレビューで『闇』の世界へ連れ去っていく、というような書き方もしましたが、とても深い作品だと思います。抜け出せなくなる、もしくは戻ってこれなくなるのではないか、という怖さもありますね。
      私は2019年の暮れからブクログというより、読書をスタートしました。読書歴は極めて浅い人間ですが、ここ2年半で相当数を読んできたことで、こうして多くの方と繋がれるのがとても嬉しいです。
      フォローありがとうございます。
      こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。
      2022/03/14
    • nazunaさん
      さてさてさん
      丁寧なお返事をありがとうございます! 子供の頃から本の虫で、読むものがないと不安になる活字中毒ですが、最近物忘れがひどく(笑...
      さてさてさん
      丁寧なお返事をありがとうございます! 子供の頃から本の虫で、読むものがないと不安になる活字中毒ですが、最近物忘れがひどく(笑)、読んだことを忘れて同じ本を買ってしまったり、読み始めてからすでに読んだ本であることに気がついたりといった情けない状態に陥っていることがままあります。備忘録を兼ねてbooklogを始めてみました。読んだ本に感想がおいつかず申し訳ないかぎりですが、さてさてさんの素晴らしい感想を拝見し、何かこう…気持ちが高揚してきたような(笑) さてさてさんには及びもつきませんが、ちょっと頑張ってみようかと思いました。
      2022/03/15
    • さてさてさん
      nazunaさん、ありがとうございます。
      私は本の虫から一番縁遠い人生を送ってきました。学校の読書感想文は本文を一切読まないで巻末の解説を...
      nazunaさん、ありがとうございます。
      私は本の虫から一番縁遠い人生を送ってきました。学校の読書感想文は本文を一切読まないで巻末の解説を適当に繋げてそれっぽい感想をくっつけて提出していただけでした。
      そして、世の中には”反動”というものがあると知ったのが最近です。つまり、今までの人生で一切読書をしてこなかった”反動”で読書&レビュー漬けになっています。思えば、きっかけとなった本である恩田陸さん「蜜蜂と遠雷」を読んだ後にブクロクの場を見つけたのが運命でしたね。この場がなければ三日坊主で終わっていたかもしれません。それから二年半でこの角田光代さんの作品ももう21冊読了まで来ました。”高揚”とお書きいただきましたが、私もレビューを書いてアップするという感覚にそれを感じます。プロフィールにも書いていますが、週三回のリズムができているので今後も当面はこんな感じで…と思っております。
      今後ともよろしくお願いいたします!
      2022/03/15
  • 伝承された土俗的な話はホラーに近いゾワゾワ感があって面白い。

    昔の地区ごとの閉塞的な生活を彼等なりに、時には訳の分からない理屈を付けて平穏な生活を守ってきたのかもしれない。
    1人の命より集落の存続。怖っ。

  • 短編集。角田光代ってこんなホラー(というよりファンタジー?)も書くのかとちょっと驚き。

    「おみちゆき」
    村で即身仏となった和尚を掘り起こすと、無残に苦しむ姿でミイラ化。のちに見世物小屋で残虐な殺人鬼として紹介されるミイラと再会する。
    和尚の真意はわからないけど、せっかくみんなの幸せを祈って死んだのにこの仕打ちはかわいそう。無常。このお話が一番まとまっているしオチもあって好き。

    「同窓会」
    暗闇を恐れる主人公。トラウマの原因は、昔スーツケースに入ったまま見殺しにした同級生だった。
    遊びの延長で死んでしまった友達、という設定はよくあるのでそこからの同級生のどろどろを見たかったのにあっさり終わってしまった。

    「闇の梯子」
    謎の言葉を話すようになる妻。押入れの奥のはしごを登ると、謎の部屋があった。
    え、結局なんだったの…?主人公までどうしちゃったの…?と消化不良。

    「道理」
    妻と喧嘩した男は元カノに電話をする。久々に会った元カノは、昔男が言った「道理」を信じて奇妙な発言を繰り返すのだった。
    男がクズ野郎過ぎて元カノが狂った話。結局、妻まで道理と言い出したのは何だったのか…?

    「前世」
    母に殺される夢を見る女。嫁いだ女は口減らしに自分の子を殺す。
    愛している子を殺すというのは、私には考えられないけどかつて日本で実際にあったこと。心が痛い。

    「わたしとわたしではない女」
    生まれなかった双子の妹に恨まれていると思いながら生きてきた女が、孫の出産に立ち会う。
    結局生まれなかったのは誰なのか?境目があいまいになった。

    「かなたの子」
    女は生まれなかった子に「きさらぎ」と名をつけ、家族に内緒で会いに行く。妊婦なのに水なんかに浸かって大丈夫!?というのが気になってしまった。お腹の中の子ときさらぎの扱いの差…。

    「めぐる」
    パワースポット巡りの最中に倒れた主人公は、自分の子であるなつきのことが思い出せない。
    この短編集はこの話を書くための習作だったのでは?と思った。結局なつきのことどうしたのだろう?虐待?殺害?許された感じになってるけど、それでいいの?

  • 読みはじめたら、あれっ。この本思っていた感じと違う。と感じ読むのをやめようかと。
    でも、止められなかった。
    読みたい内容じゃない本を一気に読んだのは初めて。
    「前世」と「かなたの子」が印象的で古くから伝わる闇の話だが、伝えていかなければならないことなのでは、と感じた。
    この本も八日目の蝉に続き重かった。

    • 9nanokaさん
      古くから伝わる闇の話…ちょっと怖い話なのでしょうか。
      読みたい内容はどんなことだったのか気になりました(^^)
      古くから伝わる闇の話…ちょっと怖い話なのでしょうか。
      読みたい内容はどんなことだったのか気になりました(^^)
      2014/10/13
  • 今昔物語集のように、前の短編に出てきたテーマが次の話にも関連していき、一つの大きな物語を成している。死後の世界に行き着くまでの暗い坂道をのぞき込んでいるような印象がした。流石の角田光代さん、ロック母も良かったが、この短編も素晴らしかった。

  • 角田さんにしては珍しい(?)ホラー寄りの短編集。前半4作は男性が主人公で、「同窓会」や「道理」なんかは現代的な怖さだったけれど、即身成仏という特殊な題材を扱った「おみちゆき」や、引越し先の古い家で妻が狂い始める「闇の梯子」は土俗的で不条理な怖さ。とはいえそこは角田光代さんらしく、ちょっとした会話やエピソードで、怪奇現象以前にすでに破綻している男女や夫婦の機微なんかの表現がとても上手い。上手すぎて逆に、ホラーとしての怖さが薄れるのがもったいないかも(笑)。

    後半4作は女性が主人公ということもあり、母と子、産むことと死ぬこと、生まれるものと死んでゆくものの同化みたいな現象が起こっていて、それぞれ筋書きは違うながらも同じテーマだった印象。男性主人公が遭遇するホラーよりも、やはり女性視点のもののほうが生々しい手触りのようなものを感じてしまいます。

    個人的にインパクトが強かったのは、過去と未来が記憶の中で混濁してゆく「前世」と、表題作の「かなたの子」。「かなたの子」の中で、生まれずに死んだ子がいるという「くけど」という場所が登場するのですが、この「くけど」、解説によると出雲神話で有名な島根県にある実在の場所だそうで、ラフカディオ・ハーンが訪れてエッセイに書いたりもしているとのこと。作中での描かれ方は賽の河原のようでもあり、なんとも神秘的で美しい場面でした。

    ※収録作品
    「おみちゆき」「同窓会」「闇の梯子」「道理」「前世」「わたしとわたしではない女」「かなたの子」「巡る」

  • とくに

  • 怖いような、不気味な話が詰まった短編集。怖いけど、なぜか惹きつけられる。

  • ホラー要素のある短編集
    人生の道理について語るヨガ講師に恋してせいで振った元カノが数年ぶりに再会すると人生の道理について語ったりし出した「道理」が一番好きだった
    けどどの話も私的に消化不良起こす終わり方
    角田光代の短編集はこのパターン多い、それでも作中にでてくる言葉選びとストーリーの最初から続きをどんどん読みたくなる文章で楽しく読めるからすごい

    あとは即身仏の話、飢餓のせいで子供を殺す女、生まれた時に死んだ双子の片割れにずっと見られながら生きてる女、死産した女、過去に同級生をスーツケースに誤って閉じ込めてしまって殺したことがずっとトラウマになってる男とかの話

  • ホラー?というのか?
    内容としては 読見やすいかもしれないけど
    見事に全ての話が好きにはなれなかった。

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著者プロフィール

1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸科卒業。90年『幸福な遊戯』で「海燕新人文学賞」を受賞し、デビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で、「野間文芸新人賞」、2003年『空中庭園』で「婦人公論文芸賞」、05年『対岸の彼女』で「直木賞」、07年『八日目の蝉』で「中央公論文芸賞」、11年『ツリーハウス』で「伊藤整文学賞」、12年『かなたの子』で「泉鏡花文学賞」、『紙の月』で「柴田錬三郎賞」、14年『私のなかの彼女』で「河合隼雄物語賞」、21年『源氏物語』の完全新訳で「読売文学賞」を受賞する。他の著書に、『月と雷』『坂の途中の家』『銀の夜』『タラント』、エッセイ集『世界は終わりそうにない』『月夜の散歩』等がある。

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