有栖川有栖選 必読! Selection5 他殺岬 (徳間文庫)

著者 :
  • 徳間書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (386ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784198947484

作品紹介・あらすじ

ペンの暴力か? それとも正義の報道か? 美
容業界のカリスマ・環千之介の悪徳商法を暴露
したフリーライター・天知昌二郎。窮地に陥っ
た環と娘のユキヨは相次いで自殺。残された入
婿の日出夫は報復として天知の息子を誘拐、5
日後の殺害を予告してくる。ユキヨの死が他殺
と証明できれば息子を奪回できる可能性が。タ
イムリミット120時間。幼い命がかかった死
の推理レースの幕が上がった。

イラスト 夢子

〈目次〉

Introduction 有栖川有栖

他殺岬
 第一章 残り120時間34分
 第二章 残り91時間30分 
 第三章 残り57時間0分 
 第四章 残り35時間4分 
 第五章 残り2時間10分 

Closing 有栖川有栖

感想・レビュー・書評

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  • 美容業界のカリスマ・環千之介の悪徳商法を暴露したフリーライター・天知昌二郎。その報道をきっかけに環と娘のユキヨは自殺。残された婿の日出夫は復讐心に駆られ、天知の息子を誘拐し、5日後の殺害を予告する──。

    日出夫の妻・ユキヨの死が他殺だと証明できれば、復讐を阻止できるかもしれない。タイムリミットは120時間!足摺岬から投身自殺をしたユキヨの身辺調査に一縷の望みを託す。東京から高知にまで渡る事件!他殺と犯人の立証!鉄壁のアリバイ崩し!息子を取り返す!難題だらけの誘拐ミステリ!

    息をつかせぬ展開もさることながら、テーマである「愛の形」の描き方にも唸らされた。親子愛、夫婦愛、自己愛。様々な愛情が交差しているのに、どれも暗闇に沈む岬のような哀愁を感じた。突き詰めればどんな愛も自己愛や自己満足へと至るのだろうか。愛とはその孤独に責任を負うことなのか。岬に打ち付ける波音にも似た余韻が思考に残り続ける。

    有栖川有栖セレクション4『真夜中の詩人』に引き続いて、今回も誘拐ミステリ。前作の「裕福な家庭と一般の家庭の多重誘拐」「身代金要求なし」という謎も魅力的ながら、今作の「復讐で殺害するための誘拐」「息子を取り戻すという絶対条件」「自殺とされたものを他殺と立証する」という無理ゲーを攻略していく展開は見事だった。あと、無性にチョコとシューマイが食べたくなる(笑)

    p.172
    「誰だって、自分がいちばん可愛くて大切なんです。これを否定したら、人間は生きてゆけません。また、それが当然なんです。だから、信じられるのは自分だけです。何も人間同士、信じ合うことはないでしょう」
    「だったら、愛も否定なさいますか」
    「愛というのも、信じ合うことと同じでね。うまくいっているときは、愛している、信じているということになる。しかし、うまくいかなくなると、愛なんてものは消え失せてしまう。要するに愛するとか信じ合うとかいうのは、贅沢なものなんですよ」

    p.220
    「天知さんは春彦ちゃんに、ああしてくれ、こうしてくれって要求しますか。男と女の愛にしても、同じでしょう。本物の愛なら、与えるだけです。報酬抜きの、献身なんだわ。」

    p.291
    心身ともに男を愛することができない女、という劣等意識と自己嫌悪なのだ。女としての値打ちがあるのか、男を愛する資格があるのか、生きている意味があるのか、と苦悩することにもなる。
    それだけに、報いられることのない愛に、固執するようになるのである。愛する人のために、一方的に尽くす。献身であった。そういう形でしか、愛しようがないのだ。

  •  ルポライターの天知昌二郎の息子、春彦が誘拐される。誘拐したのは、天知の記事がきっかけで自殺をした環ユキヨの夫、環日出夫。ユキヨの自殺の原因が、天知の記事だとして、その復讐のために誘拐をしたという。そのため、通常の誘拐と異なり、身代金等要求しない。120時間=5日間、天知を苦しめ、その後に殺害することが目的
     環ユキヨが、天知の記事が原因で自殺したのではなく、誰かに殺されたのであれば、日出夫には復讐の動機がなくなる。そもそも、天知は、ユキヨが自殺したことに違和感があった。かくして、120時間で、環ユキヨが他殺されたこと、その真犯人を探すための捜査を始める。
     天地は、①自殺として処理されたものが他殺だったことを立証する、②その犯人を特定する、③犯人が偽装したアリバイを崩す、という3つの課題をクリアする必要がある。タイムリミットがある捜査。全5章の章立ては、残り120時間34分→残り91時間30分→残り57時間0分→残り35時間4分→残り2時間10分となっており、サスペンス感満点の盛り上がりを見せる。
     犯人になり得る条件として、①断崖の上で会っても警戒されない人物、②手紙を遺書と利用するため、ユキヨのバッグに入れることができる、③ユキヨの行動を熟知している、という3つの条件から、枝川秀明、鶴見麗子、十文字敏也の3人をピックアップする。しかし、枝川と鶴見の二人にはそうそうにアリバイが成立。この作品は、基本的には十文字敏也を容疑者とし、十文字が犯人であることを立証するための捜査という展開を見せる。
     他殺岬という作品にある最大の意外性は、天知の住むマンションの大家でもある宝田真知子の存在。28歳で独身。再生不良性貧血という病気で、結婚を諦め、好きな人がいるとして、ボランティアで春彦の世話をし、捜査にも協力をしている女性。この真知子が好意を寄せている男性が、天知であると見せかけて…実際は、黒幕である十文字を愛しており、この犯罪の実行犯的存在であるという展開。この点は大きな意外性となっている。
     冒頭で、春彦が通う保育園で、保母さんが変死するという事件が描かれているが、この事件も関わってくる。それどころか、この保育園が廃園になれば、「桜トップス」という企業の建設用地が確保される。十文字は、この桜トップスのディベロッパーであり、大きな利益を有する。
     この保母である花形アキ子は、偶然、春彦の誘拐犯である環日出夫と宝田真知子が一緒にいる姿を見ていた。この目撃者を消さないと、誘拐時に疑われるのは必至。そのため、宝田真知子が、花形アキ子を殺害する。
     こういうご都合主義的な偶然があるのが、笹沢佐保のミステリの特徴でもあり、欠点のようにも思う。物語に意外性を付与し、面白い筋書きにするためには仕方ないといえるか。
     整理すると、この物語には、環日出夫という自殺した環ユキヨの夫が、自身の借金等を理由として、自殺に見せかけてユキヨを殺したことから始まる。
     ユキヨは自殺として処理されており、一見、完全犯罪に思えたが、この自殺が不自然だと見抜いた十文字が、他殺であると気付き、環日出夫に天知の息子、春彦を誘拐させる。その目的は、最終的に、春彦の通う保育園を廃園に追い込むということ。この誘拐に、普段は春彦の世話をしている天知に近しい人物である宝田真知子が協力する。
     日出夫と真知子が一緒にいる場面を目撃した、保育園の保母も殺害。誘拐、殺人事件等が続き、園長は保育園を続けることを諦める。十文字は目的を達する。
     天地は真相には気付くが、宝田真知子は、全ての罪をかぶり、十文字は関係ないという。そういったやるせない終わり方を見せる。
     誘拐の動機がしっくりこない部分はある。この作品の中では、保育園は廃園に向かうので、目的を達成しているが、目的達成のための手段といては不確か過ぎる。やや動機が不自然。あとは、花形アキ子殺害の動機となる日出夫と真知子が一緒にいる場面をアキ子が目撃したという偶然。この偶然も、物語の重要な部分でもあり、偶然で片付けるのはやや苦しい。このアキ子殺しがなければ、保育園が廃園にはつながらなかったようにも感じる。
     とはいえ、自殺をしたユキヨの復讐をしていたと思われた日出夫こそがユキヨ殺しの犯人だったという意外性。自ら、ユキヨが自殺として処理されているのに、疑惑の目を抱かせるような誘拐をするという展開は面白いプロットである。あとは、宝田真知子の存在。天知のために捜査に協力するヒロインと見せかけ、共犯者。しかも黒幕の罪を被ろうとするほどの忠誠心を見せる実行犯。愛する十文字のために、花形アキ子の殺害までしていたというのは意外性が高い。
     トータルで見て、サスペンスと意外性が高い、誘拐モノの傑作といっていいデキ。★4で。

  • 自分の書いた記事によりある父娘を自殺に追いやってしまった天知。彼の息子が自殺した娘の夫に誘拐された。ただ復讐のための誘拐であり、犯人との交渉の余地はないと思える中、天知はもし娘の死が自殺でなく他殺であったのなら復讐の意味がなくなると考え、事件の捜査に奔走する。迫るタイムリミットの中、彼は真相にたどり着き息子を取り戻すことができるのか。サスペンス感溢れるミステリです。
    なにその斜め上の発想! と感嘆してしまいました。自殺として何の違和感もない事件を、まさかそんな理由から他殺として捜査しようとは。そしてきっと他殺ということになるのだろうな、とは思ったものの。調査が進むほどに自殺の印象が強められるし、手掛かりのなさにも呆然。いやこれ絶対に無理でしょ。絶望的な徒労しか見えないのでは。
    ところが。もちろんそのままではないのですねえ。あれよあれよという間に思いがけない展開に。序盤から描かれていた別のある事件も当然関係はあるのだろうと思っていましたが。そう繋がるのか! そして誘拐に隠された真の意味にも驚愕でした。

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著者プロフィール

1930年生まれ。1960年、初長篇『招かれざる客』が第5回江戸川乱歩賞候補次席となり、本格的な小説家デビュー。 1961年『人喰い』で第14回日本探偵作家クラブ賞を受賞。 テレビドラマ化されて大ヒットした『木枯し紋次郎』シリーズの原作者として知られ、推理小説、サスペンス小説、恋愛論などのエッセイ他、歴史書等も著し、380冊近くもの著書がある。2002年、逝去。

「2023年 『有栖川有栖選 必読! Selection11 シェイクスピアの誘拐』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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