河村作品で登場回数が多く、好意的に描かれる男性の一人が織田信長。
正室・濃姫との夫婦ぶりが温かい、「咲くやこの花」「夢路さそい」。
妹・於市と二人の仲の良さもポイント。
信長と於市の雰囲気は、「明日香皇女」の中大兄皇子と朝霞皇女を彷彿とさせる。
表題作「五徳春秋」では、歴史上のエピソードを逆手に用いる手法が使われる。
徳川家康の長男・信康に嫁いだ信長の娘・徳と、姑・築山御前との不和は、徳が父に宛てた手紙にて知られるが、このように内容を逆構築できるのかと目から鱗が落ちる思い。
築山と信康を信長が処分させた一件の裏を描いたお話は、徳の手紙の信憑性に左右される。
ラストの注釈に添って深読みが許されるなら、決して突拍子のない想像ではないのだと、歴史物の面白さを改めて感じる次第。
また、蒲生氏郷と正室・冬姫に関心を抱くきっかけになった、「花散る里」。
信長の次女・冬が、父の人質であった少年・忠三郎(氏郷)と無垢な純愛を育む過程は微笑ましく、周囲から見守られる様も温かい。
信長の悪戯めいた提案に、計らずとも二人は互いを思い遣る。
十四歳の忠三郎に嫁いだ冬は、諸説分かれるが、九~十二歳辺りらしい(漫画では十三歳)。
現代の感覚だと十八、九の青年と十四~六くらいの少女の釣り合いに相当するのか。
例に漏れず(?)、彼女もかなりの美人だったのだとか。
裏付けはおそらく、夫の没後、冬を側室に望む関白・秀吉の要請を出家して撥ね付けた談話からの憶測だろう。
彼女の誇りと一途さも興味深いところ。
加えて忠三郎の、信長にも気に入られる利発さ、生涯側室を持たなかった稀さ。
城下整備や商業政策を始めとする領地の切り盛り。
利休の七哲と呼ばれた茶の道、キリシタン信仰など、多方面の才覚も面白い。
数々の優れた顔を持つ男と、彼に貞節を捧げ、家系の断絶を見届けた女。
知る人ぞ知る名将と奥方をもっと知りたい。