「事業を創る人」の大研究

著者 :
  • クロスメディア・パブリッシング(インプレス)
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  • Amazon.co.jp ・本 (223ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784295401568

感想・レビュー・書評

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  •  新規事業創出のお勉強。

     考えてみれば、事業を創るということは、経済合理性という観点からすれば非合理的な経営活動であり、普通に考えれば「やらないほうが得策』なのです。
     新規事業には多大な経営資源が必要です。ヒト・モノ・カネといっ た会社の貴重な経営資源を動員するには、相応のコストが必要となります。コストを上回る利益を出すには、当然、事業の成功確率や成功によって想定されるリターンがある程度、予測可能な事業に対して投資がされるというのが経営の大原則です。しかし、新規事業の場合は、事業の成否や得られるリターンが事前には予測不可能な状況で経営資源を動員する必要があります。
     つまり、こうした不確実性の高い新規事業に対して資源動員の意定をしなければならないという新規事業特有の矛盾が社内からの批判や部門間の軋轢を一層助長しているわけです。こうした新規事業特有の構造的な難しさを、全て「創る人の能力の問題」に帰結させてしまうの はあまりに筋違いでしょう。

     多数の新規事業を手掛けることで有名なサイバーエージェントは、2004年から2014年までの10年間、「ジギョつく」という手上げの式の社内事業プランコンテストを年2回実施していました。
     このコンテストでは、1回につき500から600、多いときには1,000件もの新規事業アイデアが集まっていたといいます。この取り組みは、メディアにも多数紹介されるなど、非常に活性化していました。しかし、 同社の藤田晋社長によれば、10年の間に「本当に会社の将来に必要だと思える新規事業」が「ジギョつく」の中から生まれることはなく、「人と資金を投入し、会社の将来を懸けてもよいと思えるアイデアは新規事業プランコンテストから出てこない」と結論づけ、2014年6月に「ジギョつく」の廃止を決めます。
     サイバーエージェントの実例からも明らかなように、どんなに社員のモチベーションが高く、コンテストで勝ち抜くほどに優れたアイデアであろうとも新規事業の成功には直結しません。なぜなら、こうしたアイデア一本勝負の新規事業創出施策には「アイデアが必ず腐るメカニズム」とでも言うべき構造が潜んでいるからです。
     「ビジネスアイデア・ワークショップ」や「新規事業プランコンテスト」は、文字どおりアイデアの質で厳選されます。新規性や面白みがないと判断されれば提案は否定され、否定された社員は「どうせ新規事業プランなんか出しても無駄」とそのアイデアとともに腐ってしまいます。

     ここでいう「構造」とは、創る人や新規事業を取り巻く環境のことを指します。例えば、既存事業にとって新規事業は限られた会社の経営資源を奪い合うライバルと位置づけられるため、新規事業への風当たりは当然きついものになります。また、新規事業は成功確率が見えない”博打的要素”が強いため、周囲からの批判を買いやすく、資源の動員に難色を示されることも少なくありません。こうした対立構造が新規事業推進の阻害になっていることは序章でお伝えしたとおりです。

     経営陣はすでに実績を出している既存事業の価値観やルールをそのまま新規事業にも適用してしまいがちです。そうした経営陣の姿勢が創る人のモチベーションを下げてしまう場合も少なくありません。
     例えば、新規事業が参入しようとする市場の規模は、既存事業のそれと比較して小さく、参入初期に期待できる利益率もかつて既存事業を開始した当初と比べれば低いかもしれません。あるいは、新規事業が対象とする顧客層が、既存事業での得意先である資金力豊富な大企業とは異なり、新興系企業を相手にすることになるかもしれません。そうした際、既存事業での成功体験や経営慣行にとらわれ、つい新規事業の可能性を過小評価してしまう恐れがあります。


    第1章 まとめ
    ▶「事業を創る」とは、「既存事業を通じて蓄積された資産・ 市場・能力を活用して、経済成果を生み出す活動」である。
    ▶新規事業がなかなかうまくいかないのは、個人の能力だけの問題ではなく、成熟した組織に見られる「構造上の問題」で ある。
    ▶さまざまな企業において「新規事業プランコンテスト」「イノベーション・ワークショップ」などのアイデアを重視した 取り組みが多数行われているが、周囲の人々をどう巻き込んで進めていくのか、という問題に対する取り組みはあまり重視されていない。
    ▶事業を創る道のりは「茨の道」。1人で乗り切れるものではない。創る人個人に任せきっていては、新規事業は成功しない。
    ▶組織全体がこの構造を理解した上で、創る人・支える人・育てる組織が三位一体で機能する必要がある。


     コーゼーションとは、まずは、決定要因の秩序を理解してから実行するという段階を踏む思考様式です。典型的な例としては、「PDCA」のような「何かを計画し、準備し、実施し、評価する」といった考え方があります。いわば因果に基づいた“お膳立てモデル”とでも言うべき思考様式です。まず「これを創りたい」という明確なゴールを設定し、その オールからさかのぼって必要な資源やたとるべき行動計画を立て、段階 ごとに実行して評価する、戦略的かつ合理的な思考法なのです。
     その対極にある考え方がエフェクチュエーションです。こちらは、まずは実行してから決定要因の秩序を理解するという段階を踏みます。行動ありきの、言ってしまえば「ゴールイメージがなくても、とりあえずありものを合わせてなんとかやってみる」という“あり合わせモデル" です。新規事業のように、人材も資金も限られている状況下でも「今ここにあるものでできることは何か」と考えてとりあえずやってみる、という挑戦的かつ柔軟な発想ができます。


    第2章まとめ
    ▶創る人は、大学時代からリーダーシップを発揮し、社会人との交流機会も豊富で、入社後しばらくは既存事業でキャリアを歩む傾向がある。
    ▶既存事業での経験は「社内人脈を得る」「組織内地図を理解する」上では、有効である(が、長すぎると「過剰適応の罠」に陥りがちなので要注意!)。
    ▶事前の「バカな」を事後の「なるほど」に変換する事業創造プロセスを可能にするには、周りを巻き込んで資源を調達する「ネゴシエーター」と、限られた資源の中で“あり合わせ 料理”をつくれる「エフェクチェエーター」の要素を兼ね備えておく必要がある。


     ここまで見てきたように新規事業を任せる際に、最も重要なことは「マインドセットの切り替えが必要だ」ということを丁寧に伝えることです。その次に重要なのは、創る人がこの先に直面するであろう「悶絶経験」(詳しくは第4章にて)を前もって告知し、ショックを軽減させる、という一種の予防行為です。

     そこで本書では、「RJP」と「RDP」という2つの“新規事業のワクチン”についてお伝えします。
     RJPとは、Realistic Job Previewの略で、日本語では「現実的職務予告」とも言われます。現実的職務予告には、個人がある組織に入る前に抱く非現実的に高い期待を抑え、組織に参入したあとに経験する「幻滅」をできる限り抑制する狙いがあります。具体的には、その仕事の内容のよい面ばかりでなく、ネガティブな面も含めてしっかりと事前に伝えておくことが、その後の職務適応を促したり、離職を防ぐ効果があることがこれまでの研究で明らかになっています。

     新規事業の場合であれば、さらに第4章で詳述する創る人の経験を事前に予告しておく必要があります。仕事の変化だけではなく自分を取り巻くあらゆる環境が予想以上に大きく変化すること、そして今の価値観や仕事に対する考え方や価値観、自分自身への期待といったパースペクティブがひっくり返ること。これまで経験したことがないような過酷な体験に身を置く中で経験するジレンマを予告することが創る人に新規事業を任せる場合には、RJPとセットでジレンマの予告が必要なのです。これを私たちは、RDP(現実的葛藤予告:Realistic Dilemma Preview)と名づけることにしました。

     「どういう職務になるか」「どういうジレンマを乗り越えなければならないのか」という2つの事前予告をしておくことで、「これからあなたに行ってもらうのは大変な部署である」ということを覚悟してもらい、「最初は不条理な環境で物事が進まない現実にもがき苦しむかもしれないが、最終的には経営者視点を獲得し、この経験でしか叶わない成長を遂げられる」と、自分がたどっていく道筋をしっかりイメージしてもらい とはいわば、沼地を予言して見取り図を渡し、入口から出口までの道のりを見せるのです。
     
     新規事業を任せるときに、このRJPとRDPがあるのとないのとで は、その後の結果が大きく変わります。もちろん、任せる段階でいくら 入念に新規事業ワクチンを打っておいたとしても、その先に待っている 「茨の道」が変わるわけではありません。問題をゼロにすることはできないため、見取り図の通りにジレンマを抱え、孤独を感じ、悩んで落ち込んだり、腹を立てたりすることも当然あり得るでしょう。
     しかし、それが個人としての資質や能力の問題ではなく、あくまでも「新規事業」ならではの構造上の問題であると受け止めることができれば、今置かれている状況が永遠に続くわけではなく、試行錯誤のうちに 取り出すことができると思える余裕が心に湧いてくるものです。


    第3章 まとめ
    ▶事業を創る人を選ぶ際の必須要件は、積極的に新規事業を通じて成長しようというモチベーションがあること。
    ▶どんなに既存事業で優れた成果を出している人材であっても、新規事業に対して後ろ向きの人材の登用は控えるべきである。
    ▶新規事業を任せるときには、既存事業と新規事業のゲームの違いを理解させ、この先起こり得るジレンマを予告し、なぜ君に任せるのかという期待を伝えること。さらに、事業の出口を前もってイメージさせ、事業のシナリオに応じた撤退基準とインセンティブプランを用意し、事前に握っておくこと。
    ▶さらに、「任せた」ではなく、「一緒に乗り切ろう」という共同登山のスタンスを明確に示すことが重要。


    第4章 まとめ
    ▶創る人の悶絶経験は、4つのタイプに分けられる:「既存事業部門」ジレンマ、「経営層・上司」ジレンマ、「部下」ジレンマ、「自己」ジレンマ。
    ▶創る人は孤独な戦いに耐えねばならず、支えを必要としている。
    ▶支える人のキーマンは、「経営者」「新規事業経験のある上司」「社外の新規事業担当者」。
    ▶経営者は、安易な多産多死型スタンスではなく、深くコミットすることが求められている。
    ▶新規事業部門の責任者が部長クラスの場合は専任体制、役員クラスの場合は掛け持ち体制が望ましい。
    ▶社外の創る人とは積極的に交流すべきだが、そこで得た知見を社内で活用するという第一目的を忘れずに。


    第5章 まとめ
    ▶既存事業と上手に関わるには“遮断”と“接続”のバランス を意識する。
    ▶新規事業に肯定的な組織風土をつくるのは経営者の仕事。
    ▶育てる組織をつくるには、まず「気枯れモデル」からの脱却が必要。
    ▶創る人に対して「成果」よりも「プロセス」を重視する評価制度が重要。
    ▶経営リーダーとしての学びを生かせるキャリアパスを準備する。
    ▶転職・独立を応援する。引き止めたいのなら、新規事業を任せる段階で出口の話をすることが大事。

  • 誤字脱字が多く、読むのに少々イライラする。書いてある内容は尤もだと思うが目新しいことはない。あまり「大研究」という印象は持たなかった。

  • イノベーションが起こせない問題は人ではなく、組織構造に起因するってのが新しいなと思った。
    実際、誰かを変えるよりも組織構造とか仕組みを変えるとうまく行くことたくさんあるよなって思った。
    誰かを攻撃したり責めたりするより、どうすればうまくいくかを考えるほうが有意義よね。

  • どうかなぁ。アンケートを図表にして解説してくれるので、分かりやすい。ただ、アンケートの中身が、会社に対する不満というか、新規事業を進める人に対しての人事評価が足りないとか、なんて言うか、居酒屋トーク的。そりゃ、そうだ。共感の根源は私自身も、感じた事があるから。日本の大企業は、会社によっては、自発的な企画を任せようとする文化はなくは無い。ただ、これが事業として当たった所で、個人の成果としてはあまり結びつけず、また、上司の提案じゃなければ好意的に捉えない節がある。逆に、上司の提案ならば、数字を取り繕ってでも、結果が良かったという報告に。すごく良くわかる。良くわかるので、学びがない。

  • メモ。
    資源動員の仕組みがないアイデアは報われない、
    新規事業の成功失敗を予め定義明確化
    優れた交渉人、巧みな理由付け職人
    事業を創るということは創る人と支える人を育て未来ある組織を創ること

  • 新規事業に対しての思い込みに気づける本だった。実際の調査データがベースで、読みやすい文体。

  • データ豊富に、企業内新規事業における人・組織の課題、留意についてまとめられている。各章ごとにまとめもあり、読みやすい。

  • わかりやすいが、薄っぺらくない、今どき珍しいビジネス本。

  •  新規事業をやるにしても、既存事業をやるにしても、アイデアも重要だが、それを形にする「人」が大事だと思い知らされた一冊。
     また、人を巻き込む力、意思決定者のコミットが重要なキーポイントになる。
     「事業を創る」とは、「既存事業を通じて蓄積された資産・市場・能力を活用して、経済成果を生み出す活動」とあり、自分の今のスキルを既存事業とした場合、それをかつようして次の視点につなげる。→これがやりたいこと。
     チーム力が試される以上、自分のモノサシで人を判断することはできるだけ避けたいとおもった。

  • 社内で、新規事業を創るのは難しいと言います。
    新規事業は戦略が大切と言いますが、上手くいかないことも多いものです。
    何が真因なのか。
    新規事業に関わるさまざまなデータを集め、会社や現場、組織までも科学的に分析しています。
    その結果分かったのは、「新規事業を成功させるのは斬新なアイデアではなく巻き込み力」、「新規事業の敵は『社内』にあり」ということです。
    新規事業を創る人や経営者には、おすすめです。

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著者プロフィール

立命館大学教授

「2024年 『〈学知史〉から近現代を問い直す』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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