- Amazon.co.jp ・本 (339ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309208619
感想・レビュー・書評
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ある夏の夜。十四歳の李念念の住む村で“夢遊”が村人たちの間で伝染し始めた。
夢遊になった人々は日々の生活でやっていること、畑仕事などをやり始める。まではまだ他愛もない不思議さと滑稽さだったのだけれど、夜が深まるにつれ多くの人が夢遊になり夢も深くなっていくなかで、普段のなかで抑圧されたものや欲望などが表に出てくる。物語が進むにつれ読んでいるこっちも熱に浮かされていくようで。ページをめくる手が止まらなかった。
物語のなかに閻連科が作家として出てくる。こういう物語に作家として閻連科が出てくるのは、どういう意図があるのだろうと思いながらも読んでいく楽しみがあった。
夢遊になっているなかで自分の欲望を叶える者と、そこに便乗する起きている者たち。時間は刻々と日の出に向かうが……。念念の視点で、一時間に区切ってどう夢遊の夜の出来事が起こっていったのかが書かれているのだけれど、そこに念念の家族の話も乗っかっていき人の気持ちの機微のすごさを堪能した。終盤が一番こわかった。混沌とはこういうことなのかという気持ちと支配されることの恐ろしさと。あんな阿鼻叫喚があった後の美しさにはなんとも言えない気持ちになった。
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閻連科氏の作品はたくさん読んできた。黒い豚の毛、白い豚の毛、丁庄の夢、愉楽、硬きこと水のごとし、など、どの作品もおどろおどろし、中国社会の様々な部門を取り上げており、強い印象を受けるものばかりであった。本書は、その中でも特に強烈な印象、何が何だか訳がわからないゴチャゴチャとした社会、延々と続く、混乱する村の中など何をメタファーとして使っているのだろうか?と考えながら読み進めた。当初は、文化大革命の時代を人々が夢の中にいるように混乱した状況を夢遊病者のように表現しているのかと思いながら読んでいたか、太平天国も出てくるし、夢と現実を行ったり来たりする中で、太陽が死んだ日に社会がどうなり、人々がどのように行動するのか?奇妙な小説ではあるが、いろんなことを考えさせられた。第一次世界大戦はあたかも夢遊病者の戦争であった。と言う新聞記事を読み、夢遊を取り上げた著者の思考の一端に触れた気がした。
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「夢遊」って設定なんで覚醒してる時の欲望とか関係してんねんけど、ビジュアル想像するとゾンビにしかならんのよね、不思議なことに。
あと、屍体から油とるとかアウシュビッツの髪の毛とか金歯回収みたいなの思い出したり。 -
千年に一度発症する夢遊。現実ではできない欲望を夢遊にかかる事で剥き出しにする。14歳の男の子がその1日を夢遊にかからないよう、助けようと努力?波にのまれながらしているような感じで語っている。読みにくいけど、両親が善を施して悪事を帳消しにしようとか、人の殺したい、殺す動機、投げやりなど悪を正当化、そして作者自身も登場人物として描いているが情緒不安定で堕落しきっている。明けない夜はない、努力しないと太陽は登らないよと言われている感じがする作品でした
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週刊金曜日2022114掲載 評者:長瀬海(書評家)
東京新聞20221112掲載 評者:豊崎由美(ライター)
朝日新聞20221119掲載 評者:阿古智子(東京大学教授,社会学,中国研究)