カリブ海偽典 (最期の身ぶりによる聖書的物語)

  • 紀伊國屋書店
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感想 : 7
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  • Amazon.co.jp ・本 (972ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784314010672

作品紹介・あらすじ

カリブ海の小さな島で、死の床に就くひとりの男。第2次大戦後に世界各地の独立戦争に参加した、このかつての島の英雄が身ぶりで語るその生涯を、言葉の記録人シャモワゾーが必死に書きとっていく-植民地支配に抵抗した老人の闘いとは?その闘いのもつ意味とは?ゴンクール賞受賞作家が紡ぎだす、深い響きをたたえた物語。クレオール文学を超えた圧倒的な小説世界。

感想・レビュー・書評

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  • 世界各地の独立戦争に参加したマルチニック出身の老人の臨終に立ち会い、彼の「身振り」によって示される人生の回顧を記録した、という体裁の小説。

    だがこの小説の柱となるのは戦いの記憶ではなく、幼年~青年期に遭遇した数々の偉大な女性に関する記憶である。
    彼女らを通して今は失われてしまったマルチニックの伝統というか文化というか習俗といったものが、多分に幻想的に語られている。
    そしてその彼女たちの身振りを通じて、それを無意識に真似ることで、老人自身マルチニックの伝統を引き継いでいたことに気づくのである。

    一方でこの小説のもう一つのテーマ、「支配-被支配」関係との戦いという面もしっかり表現されている。
    老人が若かりし日は支配者は見えやすかった。植民地主義者が支配の権化で、彼らを打ち倒すべく独立闘争のなかに身を投じることが、支配-被支配関係の打破に繋がると思われた。

    しかし植民地支配を脱却しついに手に入れたはずの自由のもとでも、違ったかたちで支配-被支配関係が継続していることを、老人は年老いて故郷に戻って発見する。
    それは例えば資本主義のシステムそのものという、以前に比べ戦いにくいものに姿を変えていた。
    支配関係を倒すだけでは別の支配がそれに取って代わるだけ、というジレンマから脱することは、この世において果たして実現するのか。
    老人はその事実に愕然とし、自分の人生を失敗と捉え、臨終の宣言をするのである・・・。

    こう書くと救いのない終わりのように見えるが、それでもどこかに「支配-被支配」が存在しない世界が築けるのではないか。いかなる支配関係をも超越する偉大なる愛をもって人々が接し合う、そうした社会は本当に実現できないのか。
    この問いに微かな希望を持たせて終わるラストはなかなか清々しい。

    非常に分量が多く、本自体の重量も重く(なぜ上下二分冊にしなかったのだろう。通勤途上に読むのが大変だった)、とっつきにくい印象を与えるが、読んで損はない、充実した小説。
    『テキサコ』よりも楽しめた。

  •  カリブ海マルティニーク島の作家の長篇。
     
     主人公バルタザール・ボデュール=ジュール氏は世界各地の植民地独立運動で長年活躍した兵士であるが、現在は死の淵にある。そして語り手である<私>はその彼が「身ぶり」により伝える生涯の記録を行うことになる。

     九百頁となかなかの大部で様々な事物と共に語られるのは抑圧された植民地の歴史であろう。基本的には主人公やその幼少時からの庇護者及び主人公に取り憑く女悪魔らの比較的少ない主要登場人物の運命が描かれるというのが話の骨子だが、題材は非常に多岐にわたり、エピソードはカリブ海のみならず世界各地に及ぶだけではなく、主人公は透明人間になるは蛙にななるは、男装の共産主義者の妹はゾンビと子どもが出来ていしまうわ、織物になったり怪物になったりする人物がいるわで、まさに奇想天外。しかし鬼面人を威すような筆致ではなく、むしろ寄せては返す波のようにゆったりとした心地よいリズムが保たれている。
    解説にもあるが、この「身ぶり」による語りというのは、言語的に伝達し得ない歴史の手触りのようなものをも伝えていこうということなのだろう。豊かな想像力と表現で世界そのものを描くという大きな力を持つ傑作。

  • 970ページの大作。3週間かけて、とても甘い南国フルーツを食べるような、温かい流れるプールでぷかぷかと流されていくような、気持ち良い読書体験ができた。こんなに続きが気になるのに、うっとり眠くなる本ってあんまりない。テキストの奔流に圧倒されながらも、かさかさになっていた右脳部分に水気が戻るような、自分の葉をぐっと広げるような感じがした。

    でも、うっとりしたまま終われるものでもなく... 抽象語を組み合わせた言い回しが多くて、すとんと腑に落ちる概念が頭の中になかなか見つからない。何が書いてあると思うことにすべきか、逡巡しながらページを繰ることになった。読む人によって、また同じ人でも読む時期によって、かなり違うことを思い浮かべそうだ。散文というより詩なのかもしれない。だからうっとり度が高いのかもしれない。枕元に置いておいて、繰り返し読める本だと思う。眠くなるし。

    バルターズは「俺の人生ってつくづく駄目でしたわ」って死ぬ宣言をするわけだけれど、最後には全然駄目じゃなかったことが伝わってきて、「全うする」ってこういうことか、と思った。それは別に特別な人だけがやれることではなくて、ちゃんと掃除するとか、庭の手入れをするとか、そういう日々の雑事も含まれている。世界中の独立戦争に参加した男の話なんだけど、世界を股にかけた活躍の件はあくまで背景。そんな設定も、華やかな装丁も、すてきな贅沢な本だった。

  • カリブ海の小さな島で、一人の老人が自らの臨終を宣言した。世界中の独立運動で戦った偉大な独立主義者バルタザール・ボデュール=ジュール氏は“身ぶり”によって自分の生涯を語りだし、それを<私>が傍らで言葉に記す……。400年前の奴隷船の記憶、地にはびこる呪いとの格闘、森の生活、愛した女たち、驚きと喜び、怒りと挫折の物語。これは植民地支配によって断絶させられた歴史、人々が強いられてきた沈黙を逆手にとり、壮大で豊饒な物語を自ら紡ぎ直そうする試みなのだろう。まるで空白は許さない、とでもいうように全編に詰めこまれた奇想天外で饒舌な語りが素晴らしかった。

    物語中、強烈な印象を残す女たちが何人も現れる。青年となったバルタザールに教育を施す男装の革命家デボラ=ニコラ、彼女の妹で、この世のものではない優しさを体現するアナイス=アリシアなど。なかでも最高に格好よいのが、幼いバルタザールを庇護し、とてつもない知恵を持ちながら若い娘のような外見のマン・ルブリエ(“マントー”=治癒する人)。「記憶を失えば、世界を失うのさ、とマン・ルブリエがある日彼に言った。そして、世界を失えば、人生の脈略そのものを失うのさ」(p.568)(2002年)

  • 文学

  • 今年最初は他に決めていたのに、パラパラしたらあまりにも面白く広く色彩豊かで一気に終えてしまった・・・勿体ない。植民地支配に抵抗した英雄が身振りで紡ぐ、小さき人びとの物語。圧巻です。

  • 書評家、トヨザキ社長のおすすめにより読み始めましたが、、、なげーよ(950p.)。厚すぎるよ(5.4cm)。持ち歩きにくいよ。そしておもしれーよ。マルケスの百年の孤独とかお好きな方にはおすすめです。

    舞台は、カリブ海に浮かぶフランスの海外県の小島マルティニーク。
    北南アメリカ、アフリカ、中東、東南アジア、世界各地の植民地支配への抵抗運動に参加した(と称する)男が、死の床で半ば錯乱しつつ回想する数奇な一生。

    1.不確かな始まり ホンネ島の心が動く
    臨終の始まりにあたって、果てしない人生で繰り広げた反植民地戦争の数々を反芻するかわりに、バルタザール=ボデュール=ジュール氏は、精力のおき火に掻き立てられ、彼の存在を高揚させた七百七十二の恋のことを考えた。
    プロローグ。臨終までの三十三日間にわたって、主人公が身ぶりでその人生を語りだすまでのいきさつについて。

    2.魔法にかけられた子供時代の三十二の恋をめぐる不確かな物語
    主人公バルタザール=ボデュール=ジュール氏の幼年時代。出生の際、スペルのおばあさんのような強力な女悪魔に死の呪いをかけられた主人公を両親は必死に守りますが、家族とその周辺には呪いによって死が蔓延します。両親は、森に生きる良い魔法使い=マントーに子どもを託し、死んでしまいます。子どもはマントーと一緒に生活し、森で生きる術、女悪魔から身を守る術を学びながら成長していきます。

    3.青年時代におけるあれこれの恋愛をめぐる数々の不確かな物語
    女魔法使いは呪いを解いたり、難産を助けたりする仕事をしているのですが、この世のものではない者に胎まされた女の助産の仕事に付き添っているとき、主人公はその女の美しい娘に出会い、一目で恋に落ちます。そして、娘の叔母に勉強を教えてもらうという名目で家に通うようになり、やがてその美しい娘と叔母の家でいっしょに暮らすようになります。叔母は植民地主義に対する怒りで男(のような外見)になっており、急進的な共産主義者として、主人公にこの世にはびこる植民地主義とその悪行を叩きこみます。世界に抑圧と不公正を見て憤慨する叔母と対照的に、美しい姪は世界の良い面ばかりを見る優しい夢見がちな女性で、家に引きこもりサン=ジョン・ペルスの詩とこの世のものではない者たちとの交感に耽っています。主人公とこの叔母・姪との共同生活と女悪魔の襲来による破滅、その後主人公がこの世のあらゆる抑圧に抵抗する反逆者になるまでの経緯。

    4.老年期の残りの愛をめぐる数々の不確かな物語
    世界各地で反逆者として戦った主人公は、老境に入り故郷の島に戻ります。フランスの海外県になり、グローバリゼーションの波にのまれた故郷の島の変貌ぶりにとまどいつつも、あいかわらす植民地支配への抵抗活動をやめず、観光産業に破壊される自然環境を守るエコテロリストに、あるいは若者を麻薬漬けにする麻薬組織の根拠地の破壊などの活動を積極的に行うようになります。また、地元出身の英雄として多くのラジオ番組に出演し、自分の驚くべき経験や人生訓などをまくしたてるようにもなります。しかし、娘のようにかわいがった姪の死をきっかけに、そうした活動に関心を失い、世から隠れ過去の追憶の中に生きることに。やがて迎えた臨終のときに主人公が出会うものは。

    以上はあらすじのあらすじのようなもので、本筋(と思われる)話のまわりに、まるでジャボチカバの実のように多くの逸話・ほら話・おとぎ話が挿入されます。

    マルティニークに住んでいた原住民はヨーロッパ人に皆殺しにされ、その後、白人とアフリカから連れてこられた奴隷たちが住むようになった島です。色々な意味で、それぞれ故郷から引き離されている、こうした島に生まれた人間がアイデンティティを確立する困難さがうかがえました。

    日本翻訳文化賞を受賞されているそうで、長いけど、文章表現は平易で読みやすかった。

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著者プロフィール

パトリック・シャモワゾー(Patrick Chamoiseau)
カリブ海マルティニック島出身のフランス語作家(1953年生まれ)。日本語訳に『素晴らしきソリボ』(河出書房新社)、『クレオール礼賛』(共著)、『クレオールとは何か』(共著)、『テキサコ』(以上,平凡社)。『幼い頃のむかし』、『カリブ海偽典』(以上,紀伊國屋書店)、『クレオールの民話』(青土社)がある。

「2024年 『マニフェスト 政治の詩学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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