浪費なき成長―新しい経済の起点

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著者 : 内橋克人
  • 光文社 (2000年2月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (249ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334972479

浪費なき成長―新しい経済の起点の感想・レビュー・書評

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  • この世はゼロサムではない、ポジティブサムであるって事を再認識させられた本だな。こういう人が日の目を見るような世界を創らないとね。

  • いまの時代にとって重要な視点であると思った。
    「基地がいらない。」という意見に対して、
    「経済の振興をどうするのか?」
    ということを問われたときに、
    「ハコモノでなく、自然と環境を守る方が大切なんだ」
    ということを述べています。

    今回の「浪費なき成長」は、
    実に明快にこの話を組み立てています。

    1,いま誰のための「改革」か?

    「改革」が過去の惰性をあらため、
    真に「あるべき姿」めざしての
    意識と生活のあり方の転換なら、
    いわれるまでもなく国民はすでに
    「改革」の実践に向けて歩き始めている。
    (いま問われているのは、)
    一体誰のための「改革」がすすもうとしているのか、
    それが問われている。

    あり得る姿を「惰性のシステム」、
    これに対してあるべき姿を
    「実験的社会システム」などという新しい概念との連環。

    2,「節約と成長」は両立しないか?

    「浪費をしてくれないと景気は回復しない。」

    3,「リスク社会」への誘い。
    「自己責任」「自助努力」「自立」・・「自己責任社会」
    「リスク社会」「不安社会」
    ハイリスク・ハイリターン 

    <儲かるときは儲かるが、損をしてもそれはあなたの責任>

    「リスクに挑戦せよ」
    「失敗しても自己責任で」
    「それは世界の流れだ」

    「幻の1200兆円」 個人金融資産の神話
    個人金融部門 の負債が376兆円ある。
    そのうち60%が住宅ローンの支払い。
     
    落伍恐怖症
    人々より遅れをとるのではないか?
    置き去りにされるのではないか?

    「生きる」「働く」「暮らす」
    人間というのは、全体的な存在です。
    私たちの日常というものはきわめて
    トータルなものです。
    人は「生きる」「働く」「暮らす」
    というものがバラバラでなく、
    統合されていてこそ、
    全的な存在としてこの世にあり得る。

    「経済」と「社会」の分裂、
    つまり経済は繁栄しても、社会は衰退する。

    「物価の下落は消費者の利益になり、
    経済が活性化するから市場の正義である」 
    消費者主権 消費者利益

    市場そのものの膨張がこれ以上臨めない
    経済構造のもとでは、価格が下がれば賃金が下がります。
    結局は、リストラという名の人員整理が社会現象化した。

    「生産条件」と「生存条件」のあいだに矛盾のない時代。
    牧歌的資本主義
    ひとりががんばって働けば皆が幸せになれた時代。

    2つの条件が次第にかけ離れていく。
    生産条件をよくしても必ずしも
    社会の生きる人々の生存条件がよくなるとは限らなくなった。
    公害 効率を上げたが、社会にコストを転化した。

    現在は、乖離ではなく、逆転し、反比例するようになった。
    生産条件が向上すると、逆に、生存条件が悪くなる。

    <景気回復のためにお金を使えば使うほど、
    景気の足がひっぱられる。>

    「リスクとコスト」を家計に転化する経済政策

    不安を極小にする。不安を解消できたのか?
    不安を実質において膨張させるような方向に手がうたれている。

    情報の非対称ということが
    前提となっての寄生と保護のセーフティネットが
    きちんと法整備されている。

    「職を奪うということは人間の尊厳を奪うことです。」
    雇用を削減し、勤労者の首を切れば経営者は高い評価を受ける。

    ○何故ゼロ金利なのか?
    国債を有効に発行し売るために。
    国債の金利が低率にならないのか?
    日米の金利差は、最低4%とする。

    ○そのゼロ金利で何が破たんするのか?
    年金制度は、予定金利 5.5%を想定していた。
    時価ペースの運用利回りの実績は、
    98年でも2.6%に達していない。
    スローパニック「おだやかな恐慌」

    ○何故国債を発行しつづけるのか?
    その結果として、日本の税収の40%(22兆円)が、
    いまや国債費の利息と元本の返済に充てられる時代になった。
    国債発行残高
    1983年 100兆円
    1986年 150兆円
    1999年 334兆円

    アメリカは、年率3%づつの個人消費をのばしてきた。
    そのうち1%は、キャピタルゲイン
    株価の上昇による差益

    ○単に強いものが勝つ、
    勝者のために世界の市場がある、
    勝ち残れないものは淘汰されて当然、
    正義は市場が判断する。

    インターネット自由貿易圏
    知的所有権
    デジタルアーカイブ ;アーカイブは、「保管収容」する。
    農業を国際戦略産業として位置づける。

    遺伝子組換え作物
    「不安なものはたとえ安くてもいらない。」
    自覚的消費者の誕生

    第1次流通革命 ダイエーの価格破壊
    「価格決定権を、製造業から消費者に近い流通に奪い取った。」

    第2次流通革命 選択の自由の提供
    消費者の多様な価値観にこたえて、多様な商品を品揃えする。
    消費者の好きなものを選択することができる体制をつくった。

    「あんしんを売る」が第3次流通革命の核心
    「モノづくりをしているメーカーと、
    それを消費する消費者、すなわち生産と消費を
    つなぐために流通がある。
    その流通が果たすべき役割は、
    いまや生産者にかわって消費者に
    あんしんを保証し提供すること

    フーズ FOODS、エナジー ENARGY、ケア CARE
    FEC自給自足圏形成論

    浪費なき経済成長
    社会的矛盾の解決にむけて仕組みをあらためる
    経済行為そのものが、経済の適正な成長をもたらす。
    そのための必須条件は、ひとつはそのような
    循環を可能にする制度を求めて、
    さまざまな社会的実験を積み重ねる。
    もう一つは、とられる政策に対しては
    国民の合意と積極的参加が不可欠である。

    「浪費なき成長社会」とは、
    経済の成長を浪費(消費の拡大)によって
    求めるのではなく、経済構造の矛盾の解決にむけて
    社会参加型経済を築くことで問題を解決する社会構造

    膨張大量消費を維持するために、
    「短いサイクルで商品を陳腐化して、
    どんどん、どんどんステさせる」という、
    「強制廃棄」をもたらす企業戦略であった。

    ○短サイクル・マケーティング モデルチェンジをくり返す。
    クルマ、パソコン、

    膨張大量生産、膨張大量消費、短サイクル、大量廃棄、

    日本は、社会全体の構造的浪費に支えられてきた。

    人々は、ボランタリーに、自発的に、
    誰から強制されるわけでもなくシンプルな生活をする。
    「いかに簡素な生活、わかりやすい生活、
    シンプルな生活をするかということをもって、
    価値とする社会がはじまる。」デュエイン・エルジン

    エコロシカルマケーティング
    「私たちは動物実験をしない。」
    「あなたは不安だというが、科学的な根拠がない。」
    バネ型企業 最小になったときにエネルギーは1番高い。
    「飛翔の前の一屈」

  •  不合理な社会システムが、なぜそうなってしまっているのか 普段なかなか_何故そうなのか_分からないことへの答えを著者の本でよく見つける。例えばこの本では、農産物のほとんどがなぜ大都市を目指すのかそのわけを見つけた。

     本書では佐賀県のタマネギの例が引いてある。佐賀県産のタマネギが大阪に送られ佐賀市の市場には北海道産が来る と。何故か。

     答えは「野菜生産出荷安定法」(1966年、昭和41年施行)にある。この法律に基づき、国の指定産地に認定してもらうと補助金や価格暴落時の保証などの農政優遇措置を受けることができる。その代わりに*生産量の半分以上*を指定消費地域(都市部)の中央卸売市場に出荷することが義務づけられている。

     こんな仕掛けがあったなんて知らなかった。

     野菜は地のものをまず地元で食べる これが基本だと思うが、日本ではわざわざ鮮度を落として食べるようにし向けてあるらしい。



     また国の発表する資料のまやかしも見つけることができる。こんな具合だ。

     平成10年度「年次世界経済報告」(世界経済白書・経済企画庁)に、オランダがオランダ病といわれた経済的疲弊を克服した経緯についての記述がある。

     「労使問題で、賃金上昇率の抑制だけでなく、労働時間短縮、早期退職制度を通じたワークシェアリング、パートタイム雇用の積極的創出等についても合意をとりつけた。この合意以降、政府が低めに設定した法的最低賃金をガイドラインに、労使協議を行い、賃金上昇率の抑制に協力している」

     「新規に創出された雇用のうち、三分の二以上がパートタイム雇用である」

     と、このように雇用創出にワークシェアリング(パートタイム)の効用が大きかったと書いてある。以上の部分にウソはない。しかし・・・

     ●オランダのパートタイマーが正社員と同じ賃金を保証されていること
     ●ワークシェアリングと同時に社会保険などの労働条件の整備があったこと

     は書かれていない_らしい_。(←原文に当たっていないので念のため。ともかくこのようなご都合主義の書きぶりは結果として白書の価値をおとしめる)

     これではオランダと日本のワークシェアリングは同じ呼称でも、特に雇用される側から見れば似て非なる制度ではないか。その他の箇所を読んでも、どうも日本の労働施策は、先進諸国と比べて雇用者側に(それも大企業に)肩入れしすぎである。

     本書のむすびで著者は以下のように書いています。

    -------引用開始----------------------------------------------------------

     なぜ、ここに「浪費なき経済成長」をあえて主張するのか、といえば、日本社会で説かれる「浪費による成長」こそ、めぐりめぐって重い巨額の国民負担を生むに至ること。

     浪費とは何か、議論はあるでしょうが、私は単に質素・倹約の勧めをいっているのではなく、適正な消費の範囲を超えた濫費、消費し尽くす「消尽」の構造、つまり巨大な浪費がなければ成長もあり得ない、というような経済のあり方が果たして持続可能なのか、いったいそのような経済の仕組みは誰が構築したものなのか、そのような仕組みによって誰が利益を得ているのか──それを問うているということなのです。

    -------引用終了----------------------------------------------------------

    今年もよろしく。

  • 分類=共生経済。00年2月。

  • 自己責任という、クリアーな言葉に巻き込まれ、負け組みとなるのは努力が足りないと切り捨てられる。しかし人々が目にするのは負け組みばかり。

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