ダライ・ラマに恋して

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  • 幻冬舎 (2004年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344006751

ダライ・ラマに恋しての感想・レビュー・書評

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  • 「ダライ・ラマに恋して」
    タイトルからしてミーハーな本だろうと思って軽く手に取ってみたんだけど、当初の期待の小ささを「ごめんなさい!」と懺悔したくなるほど、ものすごーく面白かった!

    筆者は、ラオスの彼を日本に呼び寄せようと努力していた最中、ラオスで暮らす別の女性ができたと振られてしまう。
    大失恋で絶望していたとき、ふと『ダライ・ラマ 365日を生きる智慧』という本を手にとり、ダライ・ラマのラブ&ピースな笑顔に魅了され、「ダライ・ラマに会いたい!」と一念発起。
    ダライ・ラマに会うことを夢みつつ、チベット、ラダック(チベット仏教徒がたくさんすむインド北西部)、インドを旅し、ダライ・ラマに出会うまでを書いた疾走感あふれるノンフィクション旅行記。
    中国政府にダライ・ラマへの信仰を禁じられ、行動も言論も大きく制限されているチベットの現状に切なくなり、前世の記憶を持つという少女の話には、「アンビリーバボー」以上の衝撃を受け、仏教の教えとともに生きる人々の生活に感嘆し、ダライ・ラマを追いかける筆者とともにダライ・ラマへの思いを熱くし、一気に読んでしまった。

    いっぱい書きたいことはあるんだけど、何よりも、旅の中で出会うチベットの人たちがもう!本当に!素敵で。
    世の中にこんな人たちがいるんだ、こんな村があるんだ、と本当に驚いた。
    ラダックの人たちの、こんにちは、ありがとう、さようなら、全部がつめこまれた「ジュレー」という言葉が大好きになった。

    チベット医学では、病気は全体的なバランスの崩れとみなすから、専門のジャンルはない。
    そして、ラダックでメンタルの病気にかかる人はほとんどいないという。
    “「ここで暮らしている人たちは、たくさん考えるよりはたくさん祈るから、心を平安に保つことができるんだよ。」”

    そう、ラダックの人たちの日常生活の中にはお祈りがある。ダライ・ラマが長生きをすること、すべての人の幸せと平和を祈る。
    “「きみも僕も、世界中の人がみんな、平和を望んでいることに変わりはないもの。すべての人の幸せと平和を願えば、自分もその中に含まれているじゃない。」”

    医師であるツェワンは、「自分が健康で長生きできるように」と祈るという。
    その理由を問う筆者に、ツェワンは答える。
    “「長生きして、一人でも多くの患者を助けたいんだ。自分が不健康だと、ほかの人のことを助けてあげられないからね」”
    …筆者が、皆が皆あまりにもできすぎているから、感心を突き抜けて笑ってしまった、という感覚がわかる(笑)

    そして、チベットの人たちに深く信仰されているダライ・ラマのこと、チベット仏教のことを知るにつけ、もっと知りたいという気持ちが起こる。

    青い空と雪を被った山々。風にたなびく色鮮やかなタルチョ(祈りの旗)。
    “「タルチョの黄、緑、赤、白、青色は、それぞれ、地、水、火、風、空を表しているんだ。ほら、旗に経文が印刷されているのが見えるだろう?僕たちチベット仏教徒は、風が仏教の教えを運んでくれると信じてるんだよ。」”

    すべては変わりゆくものだ、というのがブッダの教えの大切なひとつ。
    親が死ぬのが怖い、という筆者に、チベット難民の青年カルマは言う。
    “「『この世に永久に変わらないものはない』ってことが本当にわかっていれば、親の死だって自然のこととして受け止められるはずだよ。」
    「(親が死んで)悲しくなるのは、自分が不安になるからでしょ?関心は自分に対してだよ。てるこの関心は、親の死よりも、自分自身にあるんだ。それは、変わりゆくものを受け入れようとしない、執着心からくるものだよ」”

    大失恋をした筆者の問いかけに、カルマはさらに言う。
    “「執着すればするほど、幸せは遠ざかってしまうんだ。ただ愛せばいいんだよ。執着せずに。」「執着しないってことは、大事にしないってことじゃないよ。執着しないで、ただ、大事にするってことが大切なんだ。『すべては永続しない』、なんでも変わっていくものだからこそ、そのときどきでちゃんと大事にすればいいってこと。」”

    お坊さんでもない普通の青年が、こんなに仏教の教えを深く理解しているなんて。
    「情けは人のためならず(、自分のためである)」という、よく子供のころから聞いてきた言葉が、すぅっと身に入ってくる。

    仏教の教えの一片を切り取った新興宗教がたくさんあるからか、これまでなんだか胡散臭いイメージがたくさんあったのだけど(オウム真理教だって、「カルマ」とか何とか言ってたと思うし)、全然そんなんじゃないなぁと思った。

    最後は、ダライ・ラマとの面会へ。面会前の筆者の緊張と興奮がものすごく伝わってきて、私まで緊張してくるし、法王の握手による感動の波動(?!)で、なぜか涙が出そうになった。
    もう完全にダライ・ラマのとりこだ。

    ミーハーはミーハーなんだけど、旅行記として面白いだけでなく、ダライ・ラマのこと、チベットのこと、仏教のことを考える入門的な一冊になると思う。
    是非構えずに読んでみてほしい。

  • 『ダライ・ラマに恋して』『ガンジス河でバタフライ』などキャッチーなタイトルが目を引き、ミーハーと思いつつ読んでみる事に。
    これが何のその面白い!

    旅行記でありながら後半はかなりの仏教本。
    しかしながらそれを全く感じさせない著者の平語調。
    思わず自分もダライ・ラマに会ってみたい気にさえなってしまう。
    たかのてるこ初読みだけど、凄いなこの人!

    早速、他の本も読んでみようと思う。

  • おもしろかった、です。旅の日記です。
    「~に恋して」というタイトルは、ウソではなく、本当に恋してる。
    ダライ・ラマは私も興味を持っている人だけど、ココまでの熱意はない。
    でも、これを読んで、自分もダライ・ラマ14世に会った気分がするからふしぎ。
    チベット仏教やダライ・ラマのおカタイ本に抵抗がある人向け。

  • ダライ・ラマの本に深い感銘を受けた著者は、なんとダライ・ラマ本人に会いに行くことを決意します。失恋のショックで傷心中だった著者ですが、ダライ・ラマを育んだチベット文化の地で、人生で本当に大切なことを学んでいきます。チベット文化の独特な風習とダライ・ラマの魅力を、ユーモア溢れるエッセイで楽しむことができます。

  • ダライ・ラマ氏やチベットのことがちょっと知れてよかった!でもなんか物足りなかったかなー

  • チベット仏教
    ダライ・ラマは輪廻転生を信じるチベット仏教より、ダライ・ラマの死後に転生したと考えられる子供を探し次代のダライ・ラマとなる。
    よい行いをすることで次代も人間に転生できると考え、相手への思いやりと平和を祈り生活をする。
    仏教が生活に根ざしており、五投拝礼によって、祈りを捧げる
    執着は全ての悲しみの元となる
    すべてのものの幸せと世界平和を祈ることで、自分自身も幸せをえることができる。

  • 失恋した著者がダライ・ラマに会いに行く話。
    そんな簡単にダライ・ラマに会えるのかと思いましたが、なんと会えちゃうのがすごい。

  • その名の通り「ダライ・ラマに会うため」が目的の旅。
    チベットって良く耳にする地名だけど案外何も知らない(関心を持っていない)自分に気づかされる。経済的に大きな影響力を持つ中国に対し、こうした現実をなんら改善出来ない世界。共産党の一党支配である中国国内で圧倒的な存在感をもつ彼は「亡かった存在」にしたい人物なのであろう。
    日本人である我々は、何事もあいまいで、信仰という概念もあいまい。ソレが良いという人やゆるさが心地よいという事も一つの考え方としてアリなのであろうが、現在の我が国を取り巻く様々な出来事はここから原因があるのではないであろうかと考えさせられた。
    チベット仏教の教えという、唯一絶対の考え方。ソレが人々の生きるプリンシブル(原理原則)であり、秩序の中心軸である。
    自由を履き違えて振りかざす我らは、物質的な豊かさにある欲を犠牲にしてでも、精神的な基軸を求める時期に直面しているのではないだろうか。
    隣国との様々な軋轢に対する、国としてのまとまりの無さや危機感の欠如、国内での震災被害者への支援の進行と政治など様々な出来事を通じて深く考えさせられる1冊であった。

  • 私の人生を変えた本と言っても過言ではない。考え方が変わった。

  • 001.2005.3/25 2刷、並、カバスレ、帯なし
    2012.6/30 伊勢BF

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